望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百三十六話 これで共犯者です!

 

「き、聞くんじゃなかった……」

 

「すっとらこだべだべ……」

 

 宿屋の床に両手をついて項垂れているストライフとニコリ。そんな二人に対し、アルテイシアとシオンはにこにこ笑顔である。

 

「あー、すっきりしたー。やっぱ仲間に隠し事ってよくないわねー」

 

「ええ、ええ。全くです」

 

「そっちはいいかもしれないけどさあ! こっちの気持ちも考えてくれるぅ!?」

 

 がばぁ、と床から起き上がったストライフの絶叫。

 

「そんな話聞かされて、ああそうなんですね、さようなら、とか行くわけないでしょ!?」

 

「というか、恐らく普通に王国や教会から既にマークされてますからね、お二人。知らないで襲撃されたら事でしたし、まあよいタイミングでした」

 

「うああああーーーー!」

 

 頭を抱えて再び床に蹲るストライフ。

 

 まあ、酷い話である。とっくの昔に、知らない間に自分達が後戻りできない道に誘い込まれていたとか、誰であってもこうなる。

 

「鬼! 悪魔! 触手!!」

 

「うふふふ何を言われても今の私達はへっちゃらぴーです」

 

「もはや失う物の無い無敵の冒険者だからね、あたしら」

 

 後ろ向きすぎて一周回って前向きですらある。とはいえ、流石にシオンはストライフ達に同情と申し訳なさがない訳ではない。

 

「いや、騙すような真似してほんとごめんね……でも事情が事情だったから……」

 

「ま、まあ仕方ないべとゆったらそだべ……んだ。犬にかまれたとでも思って諦めるべさ」

 

「それは、そうかもだけど……」

 

 とりあえずいち早く立ち直ったのはニコリだった。彼女に諭されて、ストライフもしぶしぶ顔を上げる。

 

「……でもよく考えると、アルテイシアさん達も俺達も何も悪い事してなくない? それでなんで命を狙われないといけないわけ? ヌルスさんの件も、先に剣を向けたのは王国の方なんですよね? なんか腹立ってきたぞ」

 

「おっとこれは想定外」

 

「意外に過激派だったわね」

 

 落ち着いてくると、今度は逆に自分達を取り巻く状況の理不尽さにむかっ腹が立ってきたらしい。ブツブツ言いながら怒りゲージを上げ始めたストライフを、まあまあ、と今度はアルテイシア達がとりなした。

 

「まあ、ぶっちゃけ王国だの教会だのを個人で敵に回す方が面倒よ」

 

「そうです。どうせやるなら全部まとめて吹き飛ばすぐらいでないと」

 

「アンタはちょっと黙ってて、話が進まない」

 

 さらに言えばアルテイシアはやるといったらやる女である。燃え上がる王国を背景に、にこやかに笑う白い魔女の姿を思い描いてシオンは頭を抱えた。

 

「でも、話を聞いていて疑問に思ったんですけど、どうしてヌルスさんは魔城迷宮を開放しているんでしょう? 彼の目的を考えれば、人間なんか立ち入れないようにしたほうがいいんじゃないですか? 外敵を防衛対象に招き入れる理由なんてあるのかな」

 

「それなんだけど。貴方達に事情説明するついでにこっちも考えの整理が出来たわ。ヌルスの考え、ちょっとわかったかもしれない」

 

 そしてアルテイシア達も抱いていた疑問にたどり着いたらしいストライフ達に、シオンはとんとん、と指でテーブルを叩きながら考えをまとめた。

 

「まず、ヌルスの目的はシャードビーストの流出阻止と、辺境伯民の保護。これがまず絶対条件ね。王国軍との交戦も、王都他主要都市への爆撃も、全部これを達成する為に必要な行動だった。これは分かるわね」

 

「ええ。でもだからこそ、そこまでして守った魔城を、冒険者に解放するのはおかしい、という話では?」

 

 シオンの言葉に、アルテイシアも首を傾げる。

 

 もし彼女がヌルスの立場ならば、魔城の解放など絶対にしない。報復で王国を滅ぼすまではしないとしても、どっちにしろ人間達が話に聞く耳もたないのなら、硬く門戸を閉ざすのが道理のはずだ。

 

 しかしシオンはそんな彼女の反応に、ちっちっ、と指を振って窘めた。

 

「アルテイシア、貴女の良くないとこよ、そこ。私情を無意識に理論に組み込むとこ。いい? そもそも、今の魔城で市民が生活できているのは、ギルドが秘密裏に支援してくれているのが大きいとみなすべきだわ。いくら辺境伯領を飲み込んだ魔城が大きいといっても、永遠にこの白い城に閉じ込められて暮らすなんて、理屈では納得できても感情では耐えられないわ。それでも問題がないのは、ギルドの御蔭で外との交流があって、外部の物品が入ってきて、恐らく人間も少数は出入りしているからよ。さて問題、ギルドはどうして、そこまでして魔城に協力してくれているのでしょう?」

 

「え……」

 

「そりゃ……」

 

 シオン先生の言葉に、顔を見合わせる門下生三人。代表してストライフが、おずおずと手を上げた。

 

「魔城は、ギルドからすると攻略する意味が薄くて……いや、それだと協力はしないか。……魔城の存在は、ギルドにとっても利益が大きいから?」

 

「あら賢い。大正解~。そうよ、ギルドはあくまで魔素汚染災害を防ぐのが目的の組織、魔素を蓄積しない構造の魔城はギルドにとって攻略する意味は薄いけど、出資する意味は大きいわ。なんせここでは、他の迷宮と違って、管理下で比較的安全に冒険者を育成する事が出来るからよ」

 

 シオンは説明しながら、懐から魔力結晶を取り出した。超高難度コースで得られた、規格外の魔力結晶。外に持ち出せばひと財産になるそれは、本来であれば迷宮の最終守護者クラスを倒さなければ手に入らない物。

 

 まず流通などしていない代物であり……それが、迷宮にいかにギルドが苦慮しているかを物語っている。

 

「いい? 一般的な迷宮は、本気で攻略するつもりの冒険者なんて全体の一割いればいい所。大半の連中は、その日暮らしの事しか考えてない根無し草。それでも、彼らは現状維持には欠かせないけど……ギルドだって本心では、現状維持ではなく迷宮を攻略して数を減らしたいに決まっているわ。だけど、それが出来ないのは実力と志のある冒険者が不足しているから。そして、どちらかといえば足りないのは志ではなく、実力よ」

 

 迷宮探索は命がけである。ほんの些細なミスが死に繋がり、そして当然、死ねば人は生き返らない。それに対して生き物ではなく現象に過ぎない魔物は無限に湧いて出てきて、迷宮の構造も定期的に変わる。もとより、あまりにも冒険者に対して不利なのだ、迷宮攻略というものは。

 

 それを踏まえてギルドも冒険者教育には近年力を入れつつあるようだが、結局、本当の実力は場数を踏まねば積み上げられない。結果、無数の犠牲者を出しつつも冒険者を迷宮に投入し続けて、たまたま生き残り攻略を達成する冒険者が現れるのを待つという、極めて非効率的なギャンブルに懸けざるを得ないのが現状だ。

 

 だが、ヌルスの生み出した魔城迷宮は話が違う。

 

 この迷宮は攻略できない、攻略してはいけない迷宮だが、一方で理不尽さはさほどでもない。入口には案内の看板があり、冒険者は実力に見合った階層を探索できる。内部には冒険者を支援する宿が存在し、そこで手厚い支援も受けられる。よって、冒険者は安全な拠点を確保した上で、複雑な迷宮の探索や強力な魔物への対処を実地で習得する事ができる。さらに言えば、冒険者が魔城の住人に監視されているという話は、逆に言えば死にかければ助けてもらえるという事でもあるはずだ。それでいて、ここで問題を起こすような粗忽な冒険者は恐らく秘密裏に処分されているだろうし、そしてそういった人間はギルドからも必要とされていない。

 

 ギルドからすれば、これほど有難い話はない。勝手に冒険者の質を高めてくれて、それでいて協力的。今は新しい迷宮という事でベテランも新人もここに押しかけているが、少しすれば落ち着くだろう。そうなったら恐らく、ギルドは新人が経験を積む場所としてこの魔城迷宮を利用するはずだ。

 

 そしてそれを黙認する限り、ギルドは魔城との繋がりを維持する。そうすれば、魔城にとってもメリットは大きい。

 

「少なくとも、話の通じない王国や教会、魔術学院……はもう無いか。とにかく強欲に目が眩んだ馬鹿どもと違って、ギルドは商売の相手として成立するって事。ここでもし、ギルドすらも締め出して魔城を閉じたらどうなると思う?」

 

「……さしものギルドも、魔城と敵対せざるを得なくなる……?」

 

「そうよ。いくら魔素を蓄積しない迷宮、と説明しても、閉ざされて内部を確認できないんじゃギルドもその役目上、多少強引にでも調査しない訳にはいかなくなるわ。でもこうやって迷宮を開放し、内部の様子を公開している限り、ギルドが魔城を疑う事はない。ヌルスが最終的に、恒常的にシャードビーストを封じるのか、あるいは根本的な対処を行うのか、その意図はまだ分からないけど……人類と決定的に敵対してしまえば、そちらへの対応にリソースを割かなければならなくなる。現状では、冷戦状態を維持しつつも、話の通じる相手には曖昧な共存状態を維持するのが一番よ。感情を別にすればね」

 

 シオンの説明に、アルテイシアはほえー、とぺちぺち拍手を送った。そんな事まで頭が回らなかったというか、考えもしなかった、という感じである。一方、ストライフはうんうん首を捻り、ニコリは苦笑いしていた。

 

「す、すごい人は難しい事を考えるんだなあ……」

 

「人っていうか魔物だけどね……あとは、将来的な事も考えてるのかしらね」

 

「将来?」

 

 首を傾げるストライフに、シオンは服の上から胸に手を当てた。そこには、アトラスの婚約指輪が今も、鎖で下げられている。

 

「……魔物であるヌルスには、多分寿命はないわ。それに対し、人間は何十年も経てばごろっと世代が入れ替わる。怨恨が忘れられる事はないけれど、それでも当事者でなければ考えも変わるわ」

 

「ああ、それもそうか。完全に敵対して可能性をなくすよりも、遠い未来に賭ける、ってのは確かにありかな」

 

 国家間でも珍しい話ではない。先代の王の時代には不倶戴天の仇として殺し合った国同士が、時代ではその怨恨を乗り越えて手を結ぶ……何もおかしい話ではない。ましてや、シャードビーストという人類、否、世界の敵が相手よ。時間をかけて理解させれば……」

 

 そもそも本来ならば、魔城と敵対するのがおかしな話なのである。

 

 世界を滅ぼす爆弾を、なんとか押さえつけて蓋をしているのが魔城迷宮だ。道理でいえば、人類にはそれを全力で支援する理由はあっても、破壊しようとするならもってのほかだ。

 

 今は頭が煮え立っていても、時間がたって冷静になれば賢明な判断をするはず……ヌルスならきっとそう考えてくれるはずだというシオンの信頼の言葉に、しかし否を唱える言葉があった。

 

「それは……駄目です」

 

「アルテイシア?」

 

「それは、駄目です。だって、そんなに時間がたって、当事者といえる人間が居なくなったら……誰がヌルスさんの気持ちを慮ってくれるんですか? 誰があの人の苦しみを一緒に背負ってくれるんですか? 駄目です、そんなの……ヌルスさんを、一人ぼっちにするような事、そんなの私は……許容できません」

 

 アルテイシアの言葉に、今度はシオンとストライフ達が顔を見合わせる。

 

 くすり、と困ったようにシオンは笑い、肩を竦めた。

 

「……そうね。あのなんでも一人で背負いこもうとするお馬鹿さんを、一人にしちゃ駄目よね」

 

「ヌルスさんは馬鹿ではありませんが?」

 

「あー、はいはい。そうですね」

 

 うわコイツめんどくせえ、とシオンは半眼でアルテイシアを睨んだ。

 

 相変わらずヌルスの事になるとどこに情緒の境界線が引いてあるのか分からないアルテイシアである。

 

「だけど実際どうするのよ。ヌルスとついでにアトラスの顔をひっぱたくつもりでここまで来たけど、この状況見せられると現状が妥協点として一番よさげに見えるけど。ちょっかい出さないほうがよくない?」

 

「いいえ、いいえ。あのですね、そもそもがこの魔城自体がその場しのぎの応急処置って事を忘れては駄目です。一番いいのは、シャードビーストの浸食、その抜本的対策! そしてその為には、頭脳は多ければ多いに決まってます! つまり、私! ヌルスさん一人で対応するよりも、この世紀の大! 天! 才! の私が協力したほうがより良い考えが浮かぶに決まっています! それはヌルスさんだってわかっている筈……にもかかわらず、要らぬ気を使って私を遠ざけようとするなら、それはもう! ぶん殴って目を覚まさせるしかありません!!」

 

 袖を捲って細い腕でシュシュシュ、とシャドーボクシングするアルテイシア。非力なくせに異様に切れ味の鋭いジャブだった、毎夜練習しているだけの事はある。

 

 無抵抗のままボコボコに滅多打ちにされるヌルスを想像しながら、シオンも小さく苦笑する。

 

「ま、私もアトラスの顔を一発ぶん殴らないと気が済まないし、結局、そうするしかないか」

 

「です!! シュッシュ!」

 

「あ、あの皆さん、お手柔らかにね……?」

 

 物騒な事を言い始めた二人に、ストライフは腰が引けている。自分の恋人が穏やかでおとなしい女性で本当に良かったと彼は心から天に感謝した。

 

 と、そこでコンコン、とドアをノックする音が響く。

 

「皆様方。食事のご用意ができましたので、食堂にどうぞ」

 

「あ、これはご丁寧に、どうも」

 

 

 

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