望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百三十七話 災いは未だ消えず

 

 魔城の最奥、魔王の間。

 

 先日までそこは巨大な水槽が佇み、内部でヌルスが傷を癒していた。

 

 しかし、今その水槽はごぽごぽと音を立てて内部の液体を排出しながら、白い蒸気に包まれていた。

 

 水槽の壁面が白く濁り、細かくひびが入る。直後それは内部からの圧力に耐えかね、バリンと砕けて周囲に飛び散り、空気に融けるように消えてなくなった。

 

 砕けた水槽の中からあふれ出すのは、無数の触手の塊だ。ピンク色のそれが津波のようにわっと溢れ出すのも一瞬の事。

 

 広がる勢いが反転し、逆再生のように縮んでいく触手の塊。

 

 それが凝縮しきった後には、白い煙の中から一着の鎧が、重々しく立ち上がった。

 

『むぅ……』

 

 漆黒の全身鎧。

 

 箱型の胴体部に、大きく張り出した肩当て。両手の指は大きな爪が伸びており、胴体や膝など、あちらこちらに目のような装飾があしらわれている。

 

 随分と特徴的なデザインの鎧だったが、何より目を引くのはその装甲版の分厚さだ。

 

 本来軽量化のためにフルプレートメイルといえど鉄板の厚さは数ミリ程度のものだが、あきらかにこの鎧はそれどころの厚さではなかった。人間には到底着用できないほどの超重装甲。

 

 胴体鎧の上部はフードのように広がっており、その影に顔を隠している。半ば胴体にめり込んでいるようにも見える兜の奥で、ぎらり、と赤い光が灯った。

 

『ふむ……思ったよりも重く、大きくなってしまったが……まあよしとしよう』

 

「魔王様、お目覚めですか」

 

『アトラスか。うむ。具合は悪くない』

 

 煙を避けて退出していた臣下が戻り、魔王の前に膝をつく。

 

 魔王……ヌルスはそれに一瞥をくれると、バヂン、と爪で大きな音を立てた。

 

 それを合図に、水槽の残骸が床に収納される。代わりにせり上がってきた大きな玉座に、魔王ヌルスは重々しく座り込んだ。

 

『よっこら、しょっと』

 

「……魔王様。衆目の前では、そのような掛け声は出さないようにお願いします」

 

『あ、ごめん。つい』

 

 うっかり、と頭をゴリゴリ爪で擦って照れるヌルス。その、見た目をどんなに恐ろしく着飾っても抜ける所の無い純朴さ、安堵すればいいのか不安に思うべきなのか、臣下……アトラスは苦笑いである。

 

「それより、魔王様。重要な報告があります」

 

『ん? なんだい? ……しかし玉座ちょっと小さかったかな、鎧で削れそう……』

 

「シオンとアルテイシアが、迷宮に入って来たようです」

 

 バガガゴォン!! という地響きがした。

 

 玉座から滑り落ちたヌルスが尻もちをついた音である。

 

『な……なな……? い、今、なんて……?』

 

「ポイント・バンブーからの報告です。二人らしき冒険者が、仲間二人と共に宿を利用しているそうです。いかがなさいますか?」

 

『い、いかが……イカがなさいますって、えっ!? ほんとに!? ほんとにアルテイシアが!?』

 

 人型を取り繕う余裕も忘れて、ダバダバと四つん這いで重鎧が駆け寄ってくる。仰向けのまま手足が曲がっちゃいけない角度で曲がって走り寄ってくる姿に、うぉ、とアトラスは首を引いた。

 

 ちょっと気味が悪い。あと圧が強い。

 

「恐らく、ほぼ間違いないかと。外見上の特徴に加え、あの超高難度コースを突破できる力量となると、他に考えづらく」

 

『超高難度コース!? あ、そか、バンブーはそこに置いてたな。え、あれ突破してきたの!? 調整ミスったのをそのまま放置してたんだけど……なら間違いない、アルテイシアだ! そ、そうか、そうか! アルテイシアが……! そうかぁ……良かった、目が、目が覚めたんだな! ああ、ありがとうスカーシハ様! ああ、そうかぁ……!』

 

 その場で飛び跳ねんばかりに喜びを露にするヌルス。鎧の形も忘れてウネウネする様は微笑ましいが、しかし、事はそれだけでは終わらない。

 

 良心の呵責に胸が痛むのを感じながらも、しかしアトラスは冷徹に、ヌルスに問いただした。

 

「それで、どうなさいますか?」

 

『え? どうするって、あ……』

 

 もじもじうねうねしていたヌルスが、ぴたりと動きを停めて、そして床にぺしゃりと潰れる。

 

 そう。

 

 今の彼には、立場と責任がある。何より、あまりにも大きな罪がある。

 

『どうする……どうする、か……』

 

「……彼女達の目的は恐らく、ヌルス様本人に事の次第を問いただす事でしょう。真実を素直に話せば、彼女達はこちらに協力してくれると思いますが」

 

『それは、駄目だ』

 

 即答。

 

 むくりと身を起こし、魔王としての威厳を纏いながら、ヌルスは決まりきった結論を口にする。

 

『人類の敵になるのは私だけで十分だ。彼女達を巻き込む訳にもいかない。アルテイシアも、シオンも、きっと私達の事を心配してくれたのだろう……だがだからこそ、二人を己に責の無い理由で、人類と敵対させる訳にはいかない。全ては、私達で完結しなければならない』

 

「やはり、お考えは変わりませんか」

 

『そうだ。魔物である私が、全ての罪過の源であるべきなのだ』

 

 頑ななまでの態度。

 

 説得は不可能と判断して、アトラスはほぞを噛む。

 

「では、どうなさいますか? 彼女達の実力なら、じきに迷宮を突破してここに辿り着くでしょう。半端な人材を差し向けた所で、阻止できるとは……」

 

『私が出る』

 

「……え?」

 

 

 

『私自らが彼女らを撃退し、それを永遠の離別とする。それで、全て終わりだ』

 

 

 

 ぎらり、と鎧兜の奥で赤い眼光が煌めく。

 

 アトラスは項垂れるように首肯し、ただ「御意」とだけ返した。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 迷宮内の街で一泊したアルテイシア達は英気を養い、翌日に意気軒昂と出発した。ストライフの怪我も、手当を受けた事ですっかり良くなっている。

 

 まだ包帯は取れないものの、腕をぐるぐると回したストライフはよし、と頷いた。

 

「うん、全然許容範囲」

 

「無理しないでくださいよー」

 

「ま、迷宮探索してれば、骨のヒビの一つや二つ、ね」

 

 ちょっと怪我する度に半年療養していたらどうにもならないというのが正直なところだ。大体は、怪我をしてパフォーマンスを落としながらも、包帯を巻いて迷宮に挑んでいくものである。それで怪我をして、さらに能力がおちて、それが原因でさらに怪我を……という泥沼も、また冒険者にはよくある事なのだが。

 

 その点、エトヴァゼルに挑んだ時のシオンのパーティーは恵まれていた。経験豊富な剣士のアドバイスに、神官の祈祷による治療もあった。多少の怪我なら全回復して冒険に望めるというのは、やはり望外に恵まれた環境だったのだろう。途中からは文字通りの意味で肉壁になってくれる触手もいたし。

 

 亡き人を思いチクリと胸が痛むシオンだったが、彼女はそれをおくびにも出さず、一行の先頭を歩く。

 

「さ、ドラゴンの次は、何が相手かしらね」

 

「で、伝説のブレインサッカーとか……?」

 

「いやあ流石にドラゴンに比べたら格落ちでしょ」

 

 そんな風に雑談を交えながら、見送りの市民に手を振りつつ迷宮に繋がる扉を潜る。

 

 門が閉ざされると、聞こえていた生活音も閉ざされ、シン、とした静寂が周囲に満ち満ちた。

 

 壁の向こうに広がっていた街を睨むようにしながら、ふとシオンがぼそりと呟く。

 

「……なんていうかさ。あれはあのままでいいのかもしれないわね」

 

「シオンさん?」

 

「いやさ。ああいうの見せられちゃうと、私達がヌルスに会おう、って迷宮攻略してるの、実はとんでもなく迷惑なんじゃないかなって……」

 

 しみじみとした彼女の呟きに、アルテイシア達も気まずそうに口をつむぐ。

 

 それでも、なお……。

 

「だとしても、駄目です。それではヌルスさんが独りのままです」

 

「ま……そういう事よね」

 

 宿屋で話した時と変わらない結論を口にするアルテイシアに、シオンも苦笑い。ストライフとニコリも、考えは変わらないようだった。

 

「ごめんごめん、ちょっと感傷的になっていってみただけよ。どっちにしろアトラスは一発殴る」

 

「はい!」

 

 躊躇いを改めて否定して、一行は気持ちを固めて迷宮の続きに向かった。

 

 長く続く回廊を、朝の陽ざしの中進んでいく。

 

 すこしばかり歩いたところで、次の部屋に到着した。

 

 だが……。

 

「……なんかちょっと広いわね」

 

「ですねえ」

 

 たどり着いたのは、これまでの部屋と比べると数倍近い大きな部屋だった。

 

 四角ではなく円形のドーム状の室内は、床がすり鉢状に凹み、まるで大きな会議室か何かのようだ。

 

 周囲を警戒しつつアルテイシア達は部屋に入るが、どういう訳かなかなか魔物が姿を現さない。

 

「何も出ないわね。ただの通過点?」

 

「それにしては、なんだか物々しい雰囲気ですが……」

 

 そろって首を傾げる。

 

「ま、何も出ないならそれでいいわ。先にすすみましょ」

 

 しばらく待っても何も起きない事に見切りをつけ、シオンが皆を先導して先に進もうとする。

 

 その時だった。

 

『警告! 警告!』

 

 突然の事だ。甲高い子供のような声でアナウンスが鳴り響いたかと思うと、真っ白な迷宮に真っ赤な照明が一斉に灯った。不安をあおるような不協和音が鳴り響き、そこかしこから唸るような音が聞こえてくる。

 

「なに、何事!?」

 

「警告?! 何の?!」

 

 すぐさま身を寄せ合って全方位警戒するアルテイシア達。疑問の答えはすぐにもたらされた。

 

『しゃーどびーすとノ出現ヲ確認! 該当区域ヲ隔離シマス!!』

 

「シャードビースト!?」

 

「見てください、シオンさん、出入口が!」

 

 聞き覚えのある言葉に驚嘆するシオンが、その傍らでアルテイシアが悲鳴を上げる。見れば、入ってきた出入口が降って来た隔壁で閉ざされ封鎖されている。視線を反対側に向けると、出口も同様に。

 

 一瞬にして密室とかした室内に、なお一層赤く警告灯が点滅する。

 

『しゃーどびーすとガ出現シマス! 逃ゲ遅レタ人ハ頭ヲ低クシテ身ヲ守ッテ下サイ!』

 

「っ! あ、頭が痛い……!」

 

「この感覚は……!」

 

 ずきん、と低気圧のような痛みが頭を襲い、ニコリとアルテイシアがその場で膝をつく。一方、シオンとストライフは何も感じない。二人は慌てて様子のおかしい二人を抱え上げると、急いで壁際まで退避した。

 

「ええい、一体何が起きてるっていうのよ!?」

 

「シオンさん、あ、あれ……!」

 

「あれって何よ、ってええ!?」

 

 アルテイシアが弱弱しく指さす方向、部屋の中央に目を向けたシオンが瞠目する。

 

 真っ赤な照明で彩られた部屋の中心。そこに、漆黒の亀裂が走っている。

 

 空間そのものが罅割れたようなその亀裂は赤い光に染まる事はない。厚さも質量も感じないそれは、目の錯覚というか、じっと見ていると認識が可笑しくなってしまいそう。

 

 その暗闇の向こうに、何かが無数に蠢いている。

 

 直後、亀裂は大きく開かれて、内部に犇めく無数の目玉を露にした。亀裂を飛び越えて、欠片のような奇怪な生物達が雲霞の如く噴き出すと、部屋の中を舞い踊る。

 

 その怪物達を、シオンはよく知っていた。

 

「シャードビースト!?」

 

「こ、これが……! 本物は初めて見ますね……!」

 

「う、づったらこれだ……! おっがね……!」

 

 シオンの言葉に振り返ったアルテイシアが、奇怪な怪物達を二度見する。同時に、虹色に輝いた魔眼が、その本質を彼女に見せつけた。

 

「やはり……! これは、生物のようであって生物ではない! 本体は、あの亀裂……その向こう側に広がる異空間そのもの! 隣接する異次元を貪る捕食生命次元が奴らの正体……!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、シャードビーストって滅ぼされたんじゃないのか!? 嘘だろ、魔城の中だとまだまだ全然出てくるんじゃないか! 王国の連中、これわかっててあんな事してたのかよ!? 馬鹿じゃないのか!?」

 

 確信を得るアルテイシアに対し、ストライフは困惑しきりだ。

 

 一応事情は聴いているとはいえ、やはり実感に差があるのだろう。本物を見ていない、という点ではアルテイシアも同じだが、彼女は歪みの魔術や、オメガ・マギアスの原型になった巨腕と戦うシャード・ヒュドラの存在を朧げにだが覚えている。それに対し、完全に伝聞、それも王国らが都合のいいように歪曲した情報が基礎にあるストライフの理解度が違うのは当然の事といえた。

 

「言ってる場合!? これだけの数、放っておいたら大変よ! この場で滅ぼす、手伝いなさい!」

 

「言われなくとも!!」

 

「ああくそ、この部屋は素通りできそうだと思ったのに!!」

 

 四人が武器を構え、群れを成すシャードビーストの撃退に入る。

 

 しかし、そこに水を差すように再びアナウンスが響き渡った。

 

 

 

『執行ぷろぐらむ起動。“処刑者(エクスキューショナーズ)”、展開します。冒険者ノ皆サンハ死ニタクナカッタラ退避ヲ推奨シマス』

 

 

 

 その言葉と同時に、壁面にいくつもの光の柱が立ち昇った。

 

 

 

 

 

 

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