望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百三十八話 魔犬のおつかい

 

 立ち昇る光の柱から、次々と魔物達が姿を現す。

 

 そのいずれもが伝説級。

 

 九つの首を持った触手の怪異、真っ白な鱗をもつ気品高きリザードナイト、全身に棘をはやした巌のようなオーガ、剣のような一角を持った黄金の竜。

 

 一体一体が、超高難度コースで交戦したそれをも上回る、最上級の大型魔物。

 

 それがぐるりと、十数体。部屋を取り囲むように出現する。

 

 当然、入口から少し進んだ場所で構えていたアルテイシア達の背後にも出現する魔物。三つ首の巨大な猛犬の姿に、一行は振り返って戦慄した!

 

「で、でっかいワンちゃんだべさ!?」

 

「三つ首の犬……魔犬ケルベロス!? 超有名どころじゃない!?」

 

「ひ、ひぇ……」

 

 突如として出現した魔物の大軍勢。だがそれに竦み上がったのはアルテイシア達だけではない。

 

 宙を舞うシャードビーストの群れが、恐れをなしたかのように部屋の中央に固まる。蚊柱のように飛び回るそれらに、魔物達が雄たけびを上げて威嚇した。

 

『キュイイイ!!』

 

『ガゴァアア!』

 

「うひゃああ!?」

 

 響き渡る大音量に、耐えきれず耳を塞いで床にしゃがみ込む冒険者達。そんな彼らには目もくれず、魔物達はシャードビーストへ一斉攻撃を開始した。

 

 巨大触手の九つの首から矢継ぎ早に魔術が放たれ、リザードナイトが口から氷の息吹を吐き出す。それらは空中を飛び交う無数のシャードビーストを次々と打ち砕き、凍てつかせていく。

 

 聳え立つ巨大な氷の柱に、オーガが突撃して諸共に異形の怪物を撃ち砕き、黄金の竜が額の角を振り回して多数のシャードビーストを薙ぎ払った。

 

 魔物達の猛攻に、シャードビーストもやられてばかりではない。

 

 無数の欠片が巨大触手に纏わりつく。そのまま生命エネルギー、あるいは魔力を吸収しようとするが、それを成す前に触手が分泌した強酸の体液で張り付いたシャードビーストが全滅した。シュウシュウと音を立てて溶けていくサイケデリックな塊の横では、オーガに取り付こうとしたシャードビーストが逆に全身に生える棘に串刺しにされている。

 

 個々では無理とみたのか、たちまち結集するシャードビースト。それらはいくつかの中型個体を形成するが……相手はその程度で歯が立つような魔物ではない。

 

 クモのような形をとって飛び掛かったシャードビーストを、リザードナイトはシールドバッシュで粉微塵に打ち砕いた。黄金の竜が飛び上がり全身を発光させると、放たれたレーザーの雨が無数の中型個体を纏めて消し飛ばす。

 

「ひぇええええ!」

 

「む、無茶苦茶やりますねえ!」

 

 そんな魔物達の大暴れの間をかいくぐって、冒険者達は壁際に退避する。

 

 安全距離を取って見守る前で、なおも魔物達によるシャードビーストの蹂躙は続く。もはや趨勢は明らかであり、残るは空間の亀裂だけだ。

 

 勿論、亀裂さえあればそこからシャードビーストは無限に湧いてでてくるのだが……そこで、今度は迷宮そのものが動きを見せた。

 

 ガコン、と音を立てて床と天井から棘のようなものが生えてくる。ある程度伸びると、それらはバリバリと電撃のようなものを裂け目に浴びせかけ始めた。

 

 すると、みるみる内に裂け目が小さくなっていく。虹色の魔眼を持つアルテイシアには、それが電撃を浴びせかけられたからではなくその逆、裂け目から迷宮が何かを吸い出しているのがはっきりと見えた。

 

 やがて維持するだけのエネルギーを吸いつくされた裂け目は見ている前で閉じていく。そうなれば、あとは残党処理だ。増援を断たれ物量戦を封じられたシャードビーストなど、矮小な怪物でしかない。忽ちの内に魔物達の容赦ない攻撃に晒されたそれらは、今度こそ一匹残らず全滅した。

 

 標的の殲滅を確認し、魔物達が勝鬨を上げる。

 

 それにビリビリと身を震わせながら、アルテイシア達は青い顔でじり、と壁際に身を寄せた。

 

「……アルテイシア先生に一つ聞きたいんだけどさ。魔物とシャードビーストって敵対してんの?」

 

「理屈では、まあ。シャードビーストが世界を滅ぼすなら、当然迷宮も滅ぼす訳で、そうなると自らの存在を第一とする魔物からも敵ですからね。そりゃあ敵対するでしょう」

 

「そう。んでさ、そのシャードビーストが居なくなったらさ。次は、誰を敵にすると思う?」

 

 そのシオンの言葉に合わせたかのように、居並ぶ魔物達がぎろり、と視線を冒険者達に差し向けた。

 

 ひぃん、とストライフとニコリが竦み上がり、シオンとアルテイシアは冷や汗ダラダラで戦いに備えた。

 

「まあ、こうなりますよね……」

 

「……ちょっと勝ち目、薄いわね」

 

 二人の見立てだと、これらの魔物は一匹一匹がドラゴンと同等。そのドラゴン相手に、正攻法では四人がかりであれだけ苦戦したのだ。そんな魔物を10体以上同時に相手にするなど、ただの自殺行為である。

 

 ちらり、と視線を向けるが、部屋の出入口は閉ざされたままだ。到底逃げられそうにない。

 

 立ちすくむ一行の前に、ずしん、と足音を響かせて出てくるのは巨大なケルベロス。燃え盛るような赤い毛皮の犬が、ぎろり、と上からアルテイシア達を見下ろしている。

 

「……アルテイシア」

 

「分かっています、切り札を使います。数秒稼いでくれれば、なんとか」

 

 覚悟を決める彼女達に、すんすん、とケルベロスが顔を寄せて匂いを嗅ぐ。

 

 次の瞬間、牙を剝いて襲い掛かってくる予想にシオンが刃を手に前に出るが……。

 

 

 

『ワフゥ!!』

 

 

 

「……はい?」

 

「え?」

 

「は?」

 

 突然の、甘えるような声。

 

 呆気にとられたシオンの顔を、不意を突いてケルベロスがぺろり、と舐める。乾いてざらりとした触感の舌に顔を嘗め回されて唖然とする彼女の前で、ケルベロスは黒くて丸い、でっぱり気味の目玉をくりくりさせながらお座りをした。

 

『ヘッヘッヘッヘッヘ』

 

「……犬?」

 

「そりゃ犬ですけど……」

 

 困惑しつつ、アルテイシアが前にでてケルベロスの頭を撫でる。深紅の魔犬は嬉しそうに尻尾を振ると、こっちも撫でて、と変わりばんこに他の頭を差し出した。

 

『きゅーん、くーん』

 

『わふわふ、わふわふ』

 

「ええー……? ちょっと、どれぐらいしたら満足なのこれ……?」

 

 エンドレスなでなでに突入しているアルテイシアをよそに背後に視線を向けると、魔物達は各々、その場で伸びをしたり寝っ転がったり、自由に過ごしている。とても冒険者に敵意があるようには見えない。というかケルベロス以外は興味も無さそうである。

 

「……もしかして、シャードビースト以外に関心がない?」

 

「迎撃の為だけに配備されている魔物……魔物??」

 

 それって果たして魔物に分類していいのだろうか。シオン達は首を傾げた。

 

「あのーみなさんーちょっとー代わってくれませんー?」

 

 そしてアルテイシアはやたらと懐いてきたケルベロスの頭をひたすらなでなでしていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 迷宮の回廊を歩くケルベロス。

 

 その赤い毛皮の上に、四人の冒険者の姿があった。思ったよりも揺れない魔犬の背中で、一行はすっかりくつろいでいる。

 

「あ、ほら、あっちよ、あっちー」

 

『わふぅ!』

 

 手綱というかリードを握っているのはシオンである。彼女の合図に合わせて、とてとてとて、と小走りでケルベロスが元気よく歩いていく。

 

 その様子を後ろから観察しつつ、アルテイシアはのほほんとお茶をすすっていた。

 

「いやー、助かりますね。この距離を歩くのはしんどかったかも」

 

「そういう問題か?」

 

「やだらめんこっなこいづ」

 

 わしわし、とニコリが赤い毛皮をかきまわしてにっこりとし、ストライフは苦笑い。

 

 あの後、すっかり一行に懐いてしまったケルベロス。部屋の扉が開いたので先に進んだところ、一緒についてきてしまうので、どうせなら……とその巨体の背中に乗ってみたのだが、これがなかなか快適である。

 

 そしてそのまま、馬車代わりにひたすら続く回廊を乗せて行ってもらっているという訳である。

 

 見た所、回廊は先が見えないほど長く長く続いている。ある意味ではボスラッシュよりよほどタチが悪い、もし重装備のパーティーだったら歩いているだけで力尽きていたかもしれない。

 

「これ、どういう仕様なんでしょう?」

 

「ドラゴン突破できると考えてなかったみたいだからなあ……あとは作ってないのかも……」

 

「あり得ますね、それ……」

 

 のそのそと歩くケルベロスの上で、のんびりと談話。まあ、魔物と戦わないならそれに越したことはない。

 

 と、突然ケルベロスが足を止める。どうした? と訝しむ四人をよそに、ケルベロスはその場にしゃがみ込むと、足を枕にして頭を下げた。変わらず尻尾をふりふりしながらも、テコでも動くつもりの無い様子のケルベロスに、アルテイシアがあはー、と苦笑い。

 

「……これ以上歩くなら撫でろ、って事でしょうか」

 

「よっぽど気に入られたのね貴女」

 

「頭三つも撫でるの大変なんですが……」

 

 いいつつ、よしよしよしー、とケルベロスの頭を撫でまわすアルテイシア。それに応じて、ぱたっ、ぱたっ、と揺れていた尻尾が、ぱたたたたっ、と元気よく振られる。巻き起こった突風と、飛んでくる抜け毛に、ニコリがくちんっ、とくしゃみをした。

 

「へ、へぶげっ」

 

「ははは、まあ、そうなるよな……。しかしホントアルテイシアさんに懐いてるよな。俺達が撫でてもあんなに嬉しそうじゃなかったし」

 

「撫でて燃料補給してるみたいね……ととっ」

 

 一しきり撫でられて満足したのか、座り込んだ時と同様にすっくとケルベロスが立ち上がる。わふっ、と一声鳴いた彼は、今度は突然、たったかたか、と走り始めてた。

 

 突然の揺れ、吹き寄せる風に、四人が悲鳴を上げて毛皮にしがみつく。

 

「ちょ、ちょっとーー!?」

 

「揺れる揺れる揺れる!!」

 

「うわあああ!? ストップ、ストップ!!」

 

 静止の声が上がるも、それは届かない。なでなでされてやる気をチャージしたケルベロスは、それが尽きるまでの間、馬車の数倍の速度で長い迷宮の回廊を疾走した。

 

 他に聞く者の居ない迷宮の奥で、男女の素っ頓狂な悲鳴が響く。

 

『ワフワフッ!』

 

「きゃあああああーーーーっ!?」

 

 疾風のように駆け抜けるケルベロス。

 

 走って、走って。長い回廊を駆け抜けて。

 

 およそ一時間近く只管走って、そこでようやくケルベロスは足を止めた。

 

『ハフッハフッハフッハフッ』

 

「ま、満足した……そう……よかったわね……」

 

 三つの首から舌をだらんとさせて息を荒げるケルベロス。満足気なその表情に、滑り落ちるようにして床に降り立ったシオンはげんなりと首を振った。

 

 その背後では、へにょへにょになったアルテイシア達が床に伸びている。歩いている時はそうでもなかったが、走り始めた途端にめちゃくちゃ上下する背中で、一時間ほど毛皮に必死にしがみついていたのだ、無理もない。

 

『わふぅ!』

 

 思う存分走って満足したのか、ケルベロスはぺろり、とシオンの頬を嘗めると、そこで踵をかえした。とてとてとて……と小走りで来た道を引き返していくその姿が、光に包まれて消えていく。またどこぞでシャードビーストが出現したので呼ばれたのか、出現していられる時間が過ぎたのかは分からないが、まあとにかく人騒がせな魔犬だったな、とシオンは消えていく姿を見送った。

 

「まあ、またいつかどこかでね。……んでもって……」

 

 魔犬を見送ったシオンは振り返る。

 

 ケルベロスが突然足を止めた理由。それは、長く続いた回廊の終わりに差し掛かったからだ。シオン達の前に佇むのは、小さな砦ほどもある途方もなく巨大な扉。

 

 豪華な装飾が施されたそれが、ただの扉という事もあるまい。

 

「……いよいよ、本丸って事かしらね」

 

 シオンはこの先に待ち受ける者を想像し、眉をひそめた。

 

 恐らく。

 

 決戦の時は近い。

 

 出てくるのは剣士か、触手か、はたしてそれ以外の何かか。

 

「……まあそれはそれとして、ちょっと休憩ね」

 

「た……助かります……」

 

「へにょへにょにょろり……」

 

 とりあえず、今すぐには使い物にならなさそうなパーティーメンバーに、ふかーく溜息をつくシオンなのだった。

 

 どうにも緊張感が持続しないパーティーである。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

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