望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百三十九話 再会

 

「じゃあ、扉開けるわよ」

 

 しばし休憩して気力を取り戻したアルテイシア一行。彼女らは、行く手を遮る巨大な壁のような扉の前に立ち、装備を整えていた。

 

 これだけ大仰な扉である。この先に何かが待ち受けているのは間違いない。

 

 最大限の警戒を保ちつつ、そっとシオンが扉に触れる。

 

 すると。

 

「わ……」

 

「扉が勝手に……?!」

 

 ほんの少し触れただけなのに、巨大な扉が静かにかつ滑らかに動き出す。音もなく開いていく扉を前にしばし顔を見合わせる一行だったが、意を決して先に進む。

 

「これは……」

 

「随分広いですね……」

 

 その先に広がっているのは、お城の大広間を思わせるような、果てしなく巨大な空間だった。

 

 聳え立つ柱は大木の幹であるならば、大理石の床は寒々しい荒野か。

 

 そこにあるのは石造りの彫刻がうねるように生い茂る、命無き芸術の荒野。頭上を見上げても、天井はあまりにも遠く霞がかっており、あろう事か雲のようなものが立ち込めていた。日差しは十分に差し込んでいるようだが、全体的に霧がかかっていて反対側の壁も見えない。

 

 屋内ではあるが、あまりにも広すぎて屋外のようになっているというべきか。

 

 げんなりとシオンが首を振った。

 

「これはこれで骨が折れそうね。どこに行けばいいのか」

 

「…………」

 

「アルテイシア? どうしたの?」

 

 愚痴っていたシオンが、黙りこくるアルテイシアの様子がおかしい事に気が付いた。

 

 彼女は口を引き結んだまま、霧に閉ざされた広間の向こう側をじっと見つめている。その瞳が虹色に煌めいていることに、シオンは遅れて気が付いた。

 

「……来ます」

 

 彼女の言葉に合わせたように、広間に重い鐘の音が響き渡った。

 

 ごーん、ごーん、という鐘の音。それによって、立ち込めていた霧が俄かに晴れていく。その向こうに、黒く巨大な影が差した。

 

「これは……」

 

「空飛ぶ、船だべか?」

 

 見上げる一行にも、黒い影がかかる。霧の向こうから現れたのは、空に浮かぶ漆黒の船だった。大きさは外洋船並み。帆はなく、代わりに大きなオールがいくつも側面から突き出して、それがゆっくりと宙をかいている。つなぎ目の無いつるりとした船体も相まって、何か巨大な生き物がゆっくりと泳いでいるようにも見える。その船の穂先に、なにか蠢くものの姿があった。

 

 船体と同じく、漆黒の鎧姿……そう一行が認識した次の瞬間、それは勢いよく船先から飛び降りて、一行の前に着地した。衝撃で土煙が巻き起こり、皆の視界を遮る。

 

「敵!?」

 

「くっ……!」

 

 慌てて武器を構える一行。一方、黒船は襲来者を送り届けた事で用事は済んだと言わんばかりに、大きく迂回してきた道を引き返していく。

 

 遠ざかっている黒船は気になるが、土煙の向こうで動きを見せない襲撃者の方が気になる。シオンは黒船への関心を意識して断ち切り、煙の向こうにいる相手に全神経を集中させた。

 

 白い煙の向こうで、チャキチャキ、という鎧の擦れる音がする。人間であればあの重装備であの高さから飛び降りて無事で済む筈がない。相手は新手の魔物か、フロアガーディアンか。

 

 警戒する一行の前で徐々に煙が薄まり、やがて床に立つ漆黒の鎧姿が露になる。

 

『…………』

 

 それは、見るからに禍々しい、漆黒の鎧を纏った魔術師の姿だった。

 

 素肌を一切見せない、暗黒のフルプレートメイル。肩や首回りが大きく迫り出し、仮面の頭部は半ば鎧に埋まって一体化している。籠手はまるでナイフのような爪が備わりそれだけで殺傷力がありそうだ。

 

 背中からは赤黒く染まったマントを広げ、鎧の各部には目玉のような装飾が対峙する相手を睨みつけている。ジャラジャラと鎖飾りのようなものまでぶら下げている様子からは、どう考えても人間が装着して動けるような重量ではない事が伺える。

 

 そしてその手に握られた、巨大な杖。一瞬メイスか何かと見まがうようなトゲトゲで太い杖の先端には、複雑な形状の、それこそ城のような飾りが取り付けられている。

 

 ぎらり、と仮面のスリットの向こうから、赤い深紅の眼光が一行を睨みつけた。

 

『ようこそ、冒険者達』

 

「喋った……?!」

 

「ま、魔物だべよな? 人っつうこたねえよな……?」

 

 ストライフとニコリがぎょっとして後退る。一方、シオンとアルテイシアは、黒い鎧を前にしながら無防備に呆然と突っ立っていた。

 

 鎧でくぐもった声。それに加え、アルテイシアの目はそれが煌めく魔力で構成された存在である事が見て取れていた。

 

 夜空の星のように瞬く、煌めく純粋な魔力の輝き。

 

 忘れない。

 

 間違えるものか。

 

 見た目こそ、異形の存在と化してはいるが……。

 

 

 

 

 

「ヌルス、さん?」

 

 

 

 

 

 それは疑問形であっても、ほぼ確信に近い問いかけだった。

 

 ストライフとニコリがぎょっとして視線を二人の間で往復させ、シオンが仮面をゆっくりと外す。

 

 そんな人間達の前で、漆黒の魔王は重々しく頷き、厳かに応えた。

 

『……我は魔王ヌルス。この監獄の魔城の支配者であり、囚人である』

 

 それは、遠回しな否定でもあった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 突然の再開。

 

 探し求めていた相手と顔を合わせたというのに、アルテイシア達の間に漂うのは喜びよりも困惑が勝っていた。誰しもが、目の前の相手にどう話しかければいいのか戸惑っている。

 

 そんな中で、真っ先に動いたのはやはりアルテイシアだった。

 

「ヌルスさん。私、ヌルスさんの御蔭で助かったんですよ。ほら、見てください。もうすっかり元気です」

 

『……そのようだな。良かった。本当に、良かった』

 

「はい……!」

 

 アルテイシアの目に涙が滲む。頷き返す鎧の赤い眼光も、心なしか穏やかに見える。

 

 やはり、この相手はヌルスで間違いない。

 

 アルテイシアは一歩踏み出して、胸に手を当てながらヌルスに呼びかけた。

 

「そうです。ヌルスさんのおかげで、私はこうして生きています。だから、もういいんですよ。ヌルスさんが、これ以上一人で苦しむ事も、辛い思いをする事もないんです。私、貴方を助けたくて、ここまで来たんです。ねえ……」

 

『…………シオンも、そうなのか?』

 

「……主目的はちょっと違うけど、そうね」

 

 懇願するようなアルテイシアから目を逸らすヌルス。シオンは低く答えながら、腰のナイフの柄に手を置いた。

 

「主目的は、私の馬鹿旦那をぶん殴りにいく事かな。生きてるんでしょ? 婚約者をほっといて何してんのよ、あの馬鹿」

 

『……。そうだな、アトラスは生きている。無事とは言い難いが。今のシオンに殴られたら、ちょっと危ないかもな』

 

「あっそう知ったこっちゃないわよ」

 

 何故か。

 

 言葉を交えるほどに、ぴりぴりと空気が張り詰めていく気がする。

 

 困惑するアルテイシアを他所に、会話はどんどん進んでいった。

 

「ヌルスさん……?」

 

『そちらの二人は……そうか。エトヴァゼルで合ったな。元気そうで何よりだ』

 

「あ、お、覚えていらっしゃったんですね! お久しぶりです!」

 

 ヌルスに声をかけられて、ストライフが笑顔を浮かべる。何せ、ヌルスは迷宮で手あたり次第に人助けをしていたので、助けられた側はともかく、ヌルスが一冒険者を覚えているとは思わなかったのだ。

 

『ああ。助けた冒険者は一通り記憶しているよ。この魔城の普通コースにも、何人か来ているのを確認している。……まさか、超高難度コースに押し入ってきているとは、思わなかったが。よくもまあ、レッドドラゴンに勝てたものだ。自信作だったのだが』

 

「ええと、はい。それは、アルテイシアさんが凄かったというか。俺達は全然……」

 

『そうか……』

 

 そこで、ようやくヌルスが視線をアルテイシアに戻す。

 

 不安げに、アルテイシアはその視線を見つめ返した。虹色の瞳が、不安に揺れている。

 

「ヌルスさん……?」

 

『アルテイシア……』

 

 

 

 

 

『……皆を連れて、魔城から去れ。そして、どうか二度と、私のような存在に関わろうだなんて思わないでくれ。それが、私の最後の願いだ』

 

 

 

 

 

 誰かが、ひゅ、と息を呑む気配がした。

 

「そんな……ま、待ってください。私は……」

 

「ふざけんじゃないわよ!?」

 

 言い返そうとしたアルテイシアの言葉に被せる形でシオンが激発する。彼女はつかつかと歩み寄ると、ガッ、とヌルスの鎧の首元に掴みかかった。

 

「人が、どんな気持ちでアンタたちを心配してたか分からない訳?! 大体アトラスもアトラスよ、生きていたなら一言ぐらいくれればいいのに! 何様のつもりよ!!」

 

『……今や、私達は人類の大敵、アークエネミーといっても過言ではない。君達を巻き込みたくなかったのだ』

 

「そんなもんとっくの昔に巻き込まれているわよ! アンタらに何があったか、どんな目にあったか、コッチだって大体わかってる。理不尽な目に合って、それでも大切な者を守るために手を汚したって事も、ちゃんと理解している! その上で、私達はここに来たのよ! 馬鹿にしないで!!」

 

 言い争うヌルスとシオン。言いたい事は全部シオンに言われてしまって、アルテイシアはしょげつつもコクコク頷いた。その背後では、ストライフとニコリもあわあわしながら、シオンの言葉に同意している。

 

「そ、そうですよ! こんな所に籠っていても、何にもなりませんって!」

 

「そうですそうです、大体ヌルスさんのされた事を考えればあんなの正当防衛の範疇です。私は一切気にしませんよ」

 

 続いてのアルテイシアの言葉。シオンは正直ちょっとは気にしてほしいんだけど、と思いつつも、ヌルスの首元をひっつかんだ手を離さない。

 

「ほらね。皆覚悟を決めてここに来てるのよ。それでも納得いかない訳?」

 

『……私は』

 

「うん?」

 

 鎧の奥で、赤い光が小さく瞬く。

 

『私は、たくさん、たくさん殺した。国の兵士も。教会の神父も。戦争に参加した冒険者達も。何よりも、守るべき辺境伯の民を、己の力不足で数多く見殺しにした』

 

「それは、だからアンタだけの責任じゃ……」

 

『殺したのは私だ! 死ぬ、とわかっていて拳を振り下ろし、魔術を放った! 生きている限り、人には無限の可能性がある……そう信じながら! 私は、己の望む未来の為に、その可能性を踏みにじったのだ! 私に、私などに……』

 

 激昂の叫びは、まるで血を吐くようだった。

 

『私に、幸福になる権利など、無い!!!』

 

 腕を振るい、シオンの手を払うヌルス。

 

 突如として、その足元の床が隆起し上昇しはじめる。それとは反対に、アルテイシア達の床は沈み込み、さらには周辺の地形までもが次々と変化する。

 

 白い石の平原は瞬く間に突起物の立ち並ぶ洞窟へと変わり、あちこちから溶岩のような赤い灼熱の液体が噴き出し広がっていく。燃える炎の池の中、飛び石のような足場に取り残されるアルテイシア達。

 

 その様子を崖の上から見下ろすヌルス。赤き炎に照らされて、漆黒の鎧がほの赤く輝く。

 

『この魔城で苔生し、朽ちていく事が我が宿命! 我が望み! それを否定するというのなら、いくら君達相手であろうと、容赦はしない! 殺しはしないが……この魔城に二度と来れぬよう、その身に恐怖を刻んでやろう!!』

 

「そう……本気って訳ね」

 

『我は、ヌルス……魔王ヌルス!! 己が愚かさの果てに、運命に見切りをつけた弱き者!! 冒険者達よ、己が信念を貫こうというのならば、私を見事、打ち倒して見せるがいい!!!』

 

 はっきりと拒絶の意思を示し、黒き鎧の魔王は、愛しき者達の前に立ちはだかった。

 

 

 

 

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