望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百四十話 大魔術合戦

 

 何故、どうして、とは言わない。

 

 灼熱地獄と化した迷宮の中、崖の上からこちらを見下ろす漆黒の魔王を相手にアルテイシア達の心は一つだった。

 

 あの、血を吐くような絶望の絶叫。それを聞いてしまっては、もはや放っておくわけにはいかない。

 

 ストライフとニコリもそれは同じ。

 

 今のヌルスは、自縄自縛に陥っている。袋小路に入り込んでしまって、自分の意思ではそこから抜け出せない。このままここに居てはいけない、とわかっていても。

 

 苦しいや悲しみは、時に居心地が良いと感じてしまう事もある。

 

 そういう時、それは違う、とぶん殴ってやるのもまた友の仕事だと、人間達は知っている。

 

「まあ、想定の範囲内ね。どの道一発ぶん殴ってやるつもりだったし、ちょうどいいわ」

 

「お手柔らかに……なんて、そんな必要はありませんか」

 

「むしろこっちが消し飛ばされない事を考えるべきね」

 

 軽口を叩き合いながら身構えるアルテイシア達だが、一方でその頬には冷や汗が滲んでいる。

 

 かつては心強い仲間だったヌルス。それが敵対するとなればどれだけの力を持つのか、それを一番分かっているのは彼女達だ。

 

 ヌルスは動かない。

 

 先手は譲るつもりなのか沈黙を保つ魔王相手に、最初に動いたのはニコリだった。

 

「いくだで! “空の旅人 積もりて山を埋め その歩みは屋根から地面へつらつらと とんがりずんがり伸びていけ!”」

 

 杖を振る彼女の動きに合わせて、巨大な氷の槍がヌルス目掛けて殺到する。

 

 巨大なドラゴンであっても、迎撃せざるをえなかったほどの魔術である。大質量に加え、鋭くとがった切っ先はその勢いもあわせて城壁すら貫く。

 

 いくらヌルスが頑丈な鎧を纏っていても、直撃すればひとたまりもない。しかし……。

 

『無駄だ。“メルティングストーム”』

 

 それは突如吹きあがった、溶鉄の渦によって一瞬で溶かしつくされた。残滓の水滴すら蒸発させながら渦を巻く赤黒い灼熱が、反撃と言わんばかりにアルテイシア達に降り注ぐ。咄嗟に運動担当の二人が、それぞれ相方を抱きかかえてその影響範囲から離脱した。

 

「何あれ、溶けた鉄!? あいつ、いつから金属魔術を使えるようになったの?!」

 

「違います、あれは迷宮の構造物を転用したんです! ヌルスさんはこの迷宮の創造主、この迷宮内では全てがあの人の思うがまま! この魔城そのものが、ヌルスさんの攻撃魔術なんです!」

 

「インチキじゃないの!?」

 

 言い合うシオンとアルテイシア達だが、アルテイシアの言葉を肯定するように、地形が次々と変化していく。天井からは無数の釣り天井が降り注ぎ、地面は罅割れ隆起する。その中を逃げる冒険者達は、まるで巨大な怪物の顎の中で翻弄されるかのよう。

 

 シオンとストライフは、相棒を抱えたまま何とかそれをやり過ごすが、到底ヌルスに反撃どころか近づく事もできない。

 

『無駄だ』

 

 その窮状を高みから見下ろし、魔王ヌルスは冷酷に告げる。

 

『君達が優秀な冒険者であっても、私とは立っているステージが違う。大人しく諦めて帰り給え』

 

「……あら? 本当にそうかしら?」

 

『む』

 

 しかし、アルテイシアはその状況で微笑む。

 

 彼女は何を思ったのか、両手の指を広げて、ヌルスに指し示した。

 

 10本の指。

 

 仲間達は何の意味か分からず首をかしげたが、しかし当のヌルスはまるで不味い事を見せつけられたかのように、ギクリと硬直する。

 

「私の目は誤魔化せませんよ。今、“連続で10回”魔術を使いましたね?」

 

『…………』

 

「それに今の攻撃、魔術で迷宮に干渉して構造を変化させていました。つまり、ここはもう、超高難度コースではない。それはつまり」

 

 ぶわ、とアルテイシアの髪が広がる。綺麗な金髪が、その内側から光を放って煌めいている。

 

 白い頬に銀色の魔力回路を浮かび上がらせながら、アルテイシアはにこりと笑った。

 

「魔術使用に制限がない。その意味は、おわかりですね」

 

『……っ!』

 

 ヌルスが腕を振り、迷宮そのもので一行を押しつぶそうとする。

 

 閉じる顎のように迫ってくる、天井と床。それを前に、アルテイシアは小さくつぶやいた。

 

「“アンライフ・フォレスト”」

 

 彼女を抱きかかえるシオンの足元に浮かぶ巨大な方陣。その中から生えてくるのは無数の銀色の棘。魔力によって生成された金属の柱は瞬く間に爆発的に増殖し、床を天井を穿ち、破砕し、枝分かれしながら聳え立った。傍らのストライフだけを避けて増殖する鉄のイバラは、瞬く間に周囲を覆い尽くし、迷宮を飲み込んでいく。

 

『むぅ!』

 

 ヌルスが杖を振るい、自分に迫る金属柱だけを溶解させて防御する。だがそれ以外は、アルテイシアの生み出した金属の森にすっかり覆われてしまう。

 

 メギメギメギ、と音を立てながら広がっていく金属の樹海は、迷宮の構造を完全に抑え込むと一定の広さを持ったドーム状の空間を作り出す。

 

 生み出されたバトルフィールドの中央で、アルテイシアがシオンの腕から降り、にっこりと微笑んだ。

 

「まあ、ざっとこんなものです。自分に有利なフィールドを作るのは、ヌルスさんだけの特権ではないという事です」

 

『……流石だな、アルテイシア。やはり君は天才だ。だが……』

 

 かつん、と鉄の床に降り立ち、しかしヌルスにはまだ余裕があった。

 

『見た所、私の迷宮操作を力づくで押さえ込んでいるだけだ。ここからさらに、私への攻撃に展開した金属魔術を使う事は出来まい? そしていくら君が天才であっても、これだけの大魔術を発動しながら、並行して新たに金属魔術を使う事は出来ないんじゃないのか?』

 

「あら、それはヌルスさんとて同じでしょう?」

 

『ふ。買いかぶってくれる。……となれば、ここからは……ありきたりな、普通の魔術で相手をしよう!』

 

 ヌルスが杖を振ると同時に、無数の火球がその周辺に生じる。

 

 一方、アルテイシアも相対して、複数の水球を作り出す。

 

 互いに放たれた魔術が正面から激突し、発生した水蒸気の濃霧が周囲を覆い尽くした。

 

「あ、当たり前のように多重詠唱でやり合わないでほしいんだべ!?」

 

 同じ魔術師(正しくは精霊魔術師ではあるが)としてその攻防が理解できるニコリが呆れとも驚嘆ともつかない叫びをあげる。彼女からすればさっきから起きている事は常識どころか理外の現象である。

 

 一方、シオンとストライフには魔術は分からぬ。分かる事は唯一つ、今なら恐らく戦いが成立するという事だ。

 

 逃亡から一転、反転してヌルスに向かう。俊足で間合いを詰める二人を支援すべく、アルテイシアが再び魔術を放つ。

 

「“アストラルレーザー”!」

 

『“アイスウォール”!』

 

 アルテイシアの放つ光の光線を、氷の壁を作り出して防ぐヌルス。シオンとストライフは頭上を飛び交う魔術の攻防をやり過ごし、目の前の氷壁を迂回してその左右から挟み込もうとするが、不意にその足が意図せずして止まる。

 

「?!」

 

「足が……?!」

 

 理由は簡単。いつのまにか床が氷に覆われており、それに踏み入れた二人の足はそれに張り付いてしまったのだ。そしてその氷の出所は、ヌルス自身。

 

 鎧の足元から、まるで池の底が抜けたかのように大量の水が染み出し、それがアイスウォールによって凍り付いているのだ。

 

『シオン。君ならば気が付くべきだったな』

 

「くっ」

 

 そう、ヌルスの体は大量の水を貯蓄できる。ただ魔術の腕がいいだけではない、そういった特異性と組み合わせての応用がヌルスの真骨頂だったが、敵に回すとここまで予測不可能だとは、とシオンは歯噛みする。

 

『このまま寝ていてもらおう。“ブリザードウォール”!』

 

 氷と風属性の合成魔術。

 

 真冬の大雪原の如き吹雪に見舞われ、忽ち凍える二人。冷気によって戦意とは裏腹に意識が閉ざされる、その直前でこんどは焼けつくような熱波が二人を包んだ。

 

「そうはいきませんよ、“サンライトストーム”!」

 

 光素と風の合成魔術。吹き付ける砂漠の風によって吹雪は打ち消され、シオン達の足を捕らえていた氷が融解する。転がるようにその場を離脱した二人は、一端味方の元へと後退した。

 

「寒い! 暑い!」

 

「殺す気!?」

 

 なお、救出方法については不満が大いにある模様。北風と太陽どころではない寒暖差に文句を言う前衛二人に対し、アルテイシアはしれっと言い返した。

 

「だったらあのまま凍り付いていた方がよかったです? あのまま眠ったら、ここに戻れないようどこか遠くの村に配達されてましたよ」

 

「わかってるわよ、それぐらい。それでも文句を言いたいときってあるのよ……ありがと」

 

「いえいえどういたしまして」

 

 軽口を叩きながら、ヌルスが放った魔術を相殺するアルテイシア。炎と雷鳴がぶつかり合い、ぐわわん、と魔力の波動が暴風になって吹き荒れる。

 

 お互いに大技を押さえ合いつつも、その上で魔術の腕はほぼ互角。

 

 正直言うと、アルテイシアは驚嘆していた。ここまでヌルスが腕を上げていたとは思わなかったのだ。

 

「流石ですね……触手で魔術回路そのものを構築し、さらに人間には不可能な多重詠唱。俗世の連中が貴方を魔王と呼んだのも納得です」

 

『そういう君こそ、さっきからやっている事が人間業ではないぞ? 見た所、肉体の魔力ラインそのものが魔術回路として機能しているな。それも、自分の意思で自在に変化させる事が出来る、杖もスクロールも今の君には不要という事か』

 

「そういう事ですね。ヌルスさんや半神の要素が混じったせいですかね? 最初は戸惑いましたが、割と便利ですよ、これ」

 

 そう。今もアルテイシアの体内は、人間の臓器として機能していない、混沌の魔力そのもので構成されている部分が数多くある。それらを一時的に魔術回路として構築するというのが、アルテイシアがやっている無詠唱かつ多段詠唱の秘密である。

 

 しかし、そこには一つ大きな疑問がある。

 

『だとしても……魔力はどこから? まさか肉体を構成している魔力を直接つかっている訳ではあるまい。五大属性魔術を使い分けられるという事は、それぞれの属性の魔力をどこからか引っ張ってきている事になるが……』

 

「うふふふ。乙女は秘密がつきものなのです。いくらヌルスさんでもそれは教えてあげられませんよ」

 

『そうか……そういう事ならまあ、仕方ない』

 

 あっさり納得するヌルスに、内心シオンは「素直か!?」と突っ込みたいのをぐっとこらえた。やっぱりそういう所は変わっていない。

 

 すなわち、悪辣なのはいつも人間の側である。

 

「ところで、私相手に手一杯で大丈夫です?」

 

『何?』

 

 時間は稼いだ。アルテイシアはパーティーの一番背後、前衛二人に隠れるようにして準備を進めていた魔術師……否、精霊魔術師に合図を出した。

 

「ニコリさん!」

 

「はいだら!」

 

 呼びかけに返ってくるのは気合十分の掛け声。ニコリは杖を振り上げると、膨大な魔力を解き放つ。

 

 その色と量に、鎧の奥でヌルスが動揺する気配。

 

『その魔術は……いや、魔術ではなく……そうか、精霊術か! ぬかったか!』

 

「現れ出でよ……”雪将軍”!!」

 

 精霊魔術は、精霊の力を借りて自然現象を操る。だが、優れた精霊魔術師は、精霊そのものの力を借りる事ができる。

 

 鋼鉄のバトルフィールドに、極寒の風が吹く。

 

 先ほどのヌルスのブリザードなど比較にならない冷気が立ち込め、冒険者達の装備に霜が降りる。蟠る冷気の中で、白い結晶が急激に育ち、見る見る間に巨大化していく。

 

 差し込む巨大な影を前に、漆黒の鎧が気圧されたかのように後退る。

 

『これは……魔力で精霊に仮初の肉体を……?』

 

「冬将軍! ヌルスさんをとっちめちまうだ!」

 

《オォォオオ……》

 

 ずぅん、と地響きを立てて動き出すのは、氷で出来た巨大熊。広い迷宮が狭く見えるほどの巨体でもって立ち上がった“雪将軍”が、極寒の吐息を口から噴き出す。

 

 その巨大な腕が、ヌルスを叩き潰さんと振り上げられた。

 

 

 

◆◆

 

 

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