望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百四十二話 アルファとオメガ

 

 

 相対する、黒き魔人と白き魔人。

 

 かたや重厚にして禍々しく。かたや研磨されて神々しく。

 

 まるで相反する対存在のような二つの機神が、正面から対峙する。

 

 シオン達ちっぽけな人間は、足元からその二つの威容を見上げる以外に他は無い。

 

『アルファ……マギアス……?! 馬鹿な……!』

 

 漆黒の魔人と融合したヌルスが零すのは困惑に揺れる声。大して、白き魔人と一体化したアルテイシアは一言も漏らさずに、静かに戦いの構えを取る。

 

『あり得ない、あり得ない!! 確かに君ならば、私に出来た事は出来て当然……だがそれだけでは足りない! 迷宮構造の決定権、それを持たぬ君にそれだけの大質量を作り出す事が出来る訳が……っ!? いや、まさか……そういう事か!? 他ならぬ、君だからこそ、君だけに出来る……!!』

 

「御名答。その通り、このアルファ・マギアスは金属魔術で生み出しました。魔力さえあれば理論上、いくらでも金属を作り出せるこの魔術ならば、このような大質量の準備も可能。特別な資源など必要ない。貴方のオメガ・マギアスが従来の魔術理論の最果てであるのならば、これは新しい魔術の始まり……新たなアルファ、という事です」

 

『だが……だとしても、魔力は!? それだけの大質量を構成するだけの膨大な、それこそ無限に近い魔力は一体どこから用意するというのだ……?! はっ、そういう事か!』

 

 動揺していたヌルスが、次第に冷静さを取り戻していく。左手を前に突き出し、右手を引く独自のバトルスタイルを取って、黒の魔人が臨戦態勢をとる。

 

『見掛け倒しか! そのようなものを用意すれば、私が交渉のテーブルに着くとでも?』

 

「さあ。それは、自分でお試しなさっては?」

 

『無論……! 受けよ、我が一撃!』

 

 地響きを立てて、オメガ・マギアスがアルファ・マギアスに駆け寄る。慌てて足元から退避するシオン達をちらりと視線で見送って、アルテイシアはヌルスの一撃を正面から受け止めた。

 

『つぁっ!』

 

「甘い」

 

 繰り出される手刀を、左手で軽く払うようにしてあしらうアルファ。勢いを殺せずつんのめるオメガの胸元に、お返しと言わんばかりに掌底を叩き込む。大質量に“押し返されて”、オメガの巨体が反対方向に突き飛ばされた。

 

『ぬぐぅ!? こ、この手応え……?』

 

「これでもまだ、見せかけだけと思います……かっ!」

 

 その隙を逃さず、アルファが今度は駆け寄り、素早くワンツーを決める。左右からの拳撃に、なすすべなく殴打されるオメガ。が、そこでアルファの動きが止まる。

 

 見れば、オメガの尻尾が長く伸び、白い脚に絡みついていく。凄まじい力で引き倒されるようにバランスを崩すアルファ。

 

「ちっ!」

 

『ぬぅ……これはどうだ! “ライトニング・ディスラプター”!!』

 

「上等です、アストラル・フルブラスト!」

 

 オメガが掲げた右の掌に、凄まじい雷の魔力が集中する。悪魔の魔術による、超高出力の攻撃魔術。

 

 それに対し、アルファは逃げるのではなく真正面から撃ち返した。

 

 交差する、雷撃と閃光。極太の魔力の柱が、クロスカウンターの形で巨体に撃ち込まれる。

 

 規格外の雷撃が白き魔人の右肩を打ち砕き、迸る超高熱の白い閃光が黒い魔人の右腕を消し飛ばした。互いに身体を欠損し、反対側に吹き飛ばされる二体の魔人。

 

 壁に超質量が叩きつけられて、世界が震えるような振動が轟いた。

 

「あわわわわ」

 

「もっと! もっと離れて! 巻き込まれたら死ぬ!」

 

「うわわわわわ」

 

 その大激突から、シオン達は悲鳴を上げながら逃げまどった。彼女達が逃げ去った直後、頭上から巨大な瓦礫がガラガラと降ってきて間一髪で難を逃れる。

 

「何あれ何あれ何あれ何あれ!!」

 

「シオンさん知ってたんですかアレェ!?」

 

「どっち?! いやどっちでも知ってたけど! 実際やり合うの見るとはた迷惑にも程があるわよアレ!!」

 

 そう、シオンはアルファ・マギアスの事を知っていた。ほかならぬ再会した夜に彼女が見せられたのが未完成のアルファ・マギアスである。その圧倒的な力を前に、オメガ・マギアスに対抗しうる……すなわち、ヌルスと交渉が成立する、と認めたからこそ、彼女はアルテイシアを信用したのだ。

 

 それが、まさかガチンコで戦う事になるとは思っていなかったが。

 

 そんなちっぽけな人間達の悲喜こもごもを気にもかけず、二体の魔人は壁から起き上がった。

 

 その体には、撃ち合った魔術で大きなダメージが生じている。だが……。

 

『この程度……』

 

「でしょうね。それは私も同じですが」

 

 オメガ・マギアスは損傷した右腕を根本からパージ、折りたたんでいた予備の腕を展開して元通りに。

 

 一方、アルファ・マギアスは金属の精製によって、破壊された部分をたちまちのうちに修復してしまう。

 

 僅か数秒で、お互いに見た目上は何のダメージも無い状態にまで復旧すると、再び距離を挟んで睨み合う。

 

 仕掛けたのは全く同時。

 

 何の合図もなく、申し合わせたように両者が極大魔術を解き放った。

 

『龍翼展開……イスカ・ディールの霹靂!』

 

「流体金属放出……フルメタル・ストームウェイブ!」

 

 オメガ・マギアスが翼を広げ、そこから無数の雷撃を解き放てば、それに対してアルファ・マギアスは強く地面を踏み鳴らし、白き鋼鉄の津波を生み出す。

 

 剣山のような突起を無数に解き放って押し寄せる鉄の津波を、雷鳴が片っ端から打ち砕く。壁のようにそそり立った金属が、朽ちてボロボロに崩れ落ちて再び対峙する両者。

 

 白い魔人が、攻めあぐねたように腕を組む。一方、黒い魔人は腰を落とし、獣が今にも飛び掛かるような姿勢で相手の様子をうかがっていた。

 

 ふぅ、とアルファ・マギアスの操縦席でアルテイシアがため息をついた。

 

 彼女が立っているのは、祭壇のような拵えの小さな部屋だ。壇上に埋め込まれた無数の魔力結晶に手を当てて機体を制御するアルテイシアの前には、魔術で外界の様子が映し出されている。

 

 虹色の魔眼で両者のコンディションを確認するも、互いに消費した魔力はすぐさま補充されて何の消耗にはつながっていない。

 

 見た所、通常魔術の腕前ではほぼ互角。

 

 彼女としてはこの領域にヌルスが達した事を喜びたいのが正直な所だが、このままでは千日手もいいところだ。

 

「これでは埒があきませんね」

 

『では諦めるかね?』

 

「その上から目線、やめてほしいんですけどね。正直その大仰な言動、似合ってないですよ」

 

 肩を竦めるような仕草の白い魔人に、しかしヌルスは何も返さない。

 

 ヌルスはいつだって大真面目だ。ましてや、事情があるとはいえアルテイシアに刃を向けている。ふざける余裕などあるはずもなかった。

 

 その余裕の無さからヌルスの心情を慮り、アルテイシアも悲し気に目を伏せる。

 

 が、それも一瞬。

 

 人の心を忘れつつある半人の魔術師として、彼女は嘲弄するような言葉を紡いだ。

 

「その傲慢の源、当ててあげましょうか。……歪みの魔術。私達を殺さない為に、貴方はあえてそれを使っていない。自分は本気を出していない、出すまでもない。そう思っているのではないですか?」

 

『……君を侮っているつもりはない。今も、驚愕させられてばかりだ。だがその事とは別に、それは事実ではないのか? 君達に、私の歪みの魔術に抵抗する術など無い。君が今も立っているのは、私がその切り札を切っていないからだけに過ぎない』

 

 冷静に事実だけを指摘するヌルス。

 

 そんなヌルスに、彼女は余裕を取り繕って、軽く右手を伸ばし、くいくい、と人差し指を曲げて挑発した。

 

「ですから。それが傲慢だというのです。……来なさい」

 

『何?』

 

「私に歪みの魔術を放って見せろ、というのです。その思い上がり、修正してあげましょう」

 

 挑発そのものの呼びかけ。

 

 それに固まったのはヌルスだけではない。

 

 離れた場所から状況を伺っていたシオンが、顔色を変えた。

 

「だ……駄目よ、アルテイシア! ヌルスの力は貴方の知っているそれじゃない! 今のヌルスは、その気になれば国一つを滅ぼす事だって難しくはない! 無謀な挑発は……!」

 

『いいだろう、アルテイシア。君に、今一度私の力を、証明してやろう……』

 

「ヌルス……?!」

 

 シオンが頭を抱える前で、黒い魔人がまっすぐ左手を前に差し出す。

 

『魔弓展開』

 

 じゃこん、と腕から板状のパーツが展開される。さらにぐわ、と開いた右の掌からは、螺旋状に捻じれた結晶体の鏃が突き出し、ずるずると矢が引き出される。展開した弓と矢を合わせて構え、その切っ先をアルテイシアに合わせるヌルス。

 

 ……魔弓ヴァルザークは、ある程度の効果範囲の収束が可能だ。相手が生身の魔術師であるならばいざ知らず、巨体を誇る金属魔術の生み出した傀儡であるならば、多少吹き飛ばしても問題は無い。

 

 アルテイシアが融合して操っている訳ではないのは確認済みだ。戦いの合間も、ヌルスは魔眼でずっとアルファ・マギアスを観察していた。出所の魔力こそ不明だが、その構造は把握している。

 

 故に断言できる。

 

 驚かされはした。だが、それはイコール、脅威であるという訳ではない。

 

 命を奪う事だけはしない。だが、力の差は思い知ってもらう。

 

「嘘でしょ……」

 

 魔弓を構えるヌルスの様子に、シオンが絶望に満ちた声を上げる。

 

 ヌルスは……本気だ。本気で、アルテイシアに弓を引くつもりでいる。あれだけ守ろうとした、自分自身の命より大切にした相手に。

 

「駄目よ……駄目、逃げてアルテイシア!!」

 

『もう遅い。魔弓ヴァルザーク……発射!!』

 

 歪みの魔術、そして悪魔の魔術を修めたヌルスの奥義が、アルファ・マギアスに撃ち放たれる。

 

 いくら人智を超えた魔術の結晶であっても、否、だからこそ、歪みの魔術の前にはなすすべはない。どのような質量も、硬度も、あくまでこの現実世界の法則の上にたってこそ。それそのものを打ち砕く、異界の力に抗う術はない。

 

 もし、抗う事ができるとしたら。

 

「はぁあ……」

 

 それは、同じ始原の魔力、そのものに他ならない。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 アルテイシアは、それを、知っている。

 

 全ての過ちは、そこから始まったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「……ディメンション・レイ・セイバー!!」

 

『な……なにぃ!?』

 

 アルファ・マギアスの束ねた右の五指から、昏く輝く光の剣が伸びる。輝ける闇というこの世界の法則と矛盾した刃を振りかざし、アルテイシアは真正面から魔弓ヴァルザークを迎え撃った。

 

 昏き一閃が、飛来する矢を魔力結晶ごと真っ二つに叩き斬る。

 

 勢いのままに左右に分かれた矢弾が、迷宮の内壁に着弾して漆黒の爆発を生み出した。

 

 空間を捻じ曲げるバキバキという悍ましい音と共に解放される始原の魔力。その暗黒の光を背後に背負い、白い魔人が残心に手刀を斜めに構える。

 

 弓を放った姿勢のまま、黒い魔人が瞠目するように顔を上げた。

 

『……ば、かな……っ!?』

 

「忘れていましたか? 忘れていましたね。私は今やこの世界でたった二人、貴方以外の歪みの魔術の使い手であり……貴方の弟子でもあった事を! 忘れるものですか、私は貴方の教えを、一瞬たりとて忘却した事などない……!」

 

 そう。

 

 迷宮でのほんの一時。ヌルスに無理をいって、歪みの魔術を使った事。その事で酷くヌルスに心配されて、正直それがちょっとくすぐったかった事。……そして恐らくは、それを暗部に見られた事で、暗殺の口実になってしまった事。

 

 全ての悲劇の始まりを、自らの愚かさ故に引き起こした事を、その罪をアルテイシアは忘れた事など一度としてない。

 

 ヌルスが他者の罪を背負った救世主であるならば、アルテイシアは正真正銘の罪人である。

 

 それでも。

 

 その罪で、大切な人を救えるのならば。

 

「私は、いくらでも罪に汚れましょう……!」

 

 動揺に隙を晒すオメガ・マギアス目掛けて、白き魔人が疾風のように駆け寄る。

 

 そして、振りぬかれた黒の刃が、その左腕を付け根から切り落とした。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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