望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百四十四話 抱擁

 

 

 これが走馬灯というものか。

 

 眼前に迫る拳を前に、ヌルスはどこかぼんやりと考えた。

 

 思えば、短くも波乱に満ちた魔生であった。

 

 巣窟迷宮エトヴァゼルの2階層で生れ落ち、自我を得て、まあそれから色々あった。

 

 挙句の果てには迷宮を飛び出して、人間に使える魔術師になって、ついには魔王だなんて名乗る事になった。

 

 そんな波乱万丈の生涯を送った魔物など、きっと他にはいないだろう。

 

 オンリーワンという訳だ。

 

 思い返される事はたくさんある。本当に色んな事があった。

 

 なのに、なんでか。

 

 ヌルスの目に思い返されるのは、その中で半分にも満たない、金色の髪の少女と過ごした時間ばかりだった。

 

 それを見て、ようやくヌルスは理解した。

 

『ああ』

 

 驚きと共に、妙な納得もある。その命の最後に、ヌルスは一つ、真理を得た。

 

『私は、アルテイシアの事を愛していたのか』

 

 今更だな、と苦笑する。

 

 時は止まらない。無防備に体を曝け出すオメガ・マギアスの装甲を、白い拳が粉砕してめり込んでいく。あとほんの少しで、ヌルスが融合している胴体核をその拳が叩き潰す。

 

 それで終わりだ。

 

 あとはきっと、シオンやアルテイシア達が何とかしてくれる。愚かな自分にできなかった事でも、きっと彼女達ならうまくやれるだろうと心から信じて。

 

 ヌルスはいつになく、穏やかな気持ちで最後の瞬間を待ち受けた。

 

 だが。

 

「こんのぉおおお……ヌルスさんの……!」

 

 その瞬間は、未来永劫訪れる事は無い。

 

 装甲を突き破ったアルファ・マギアスの指が開かれる。そしてその中に身を隠していた金髪の魔女が、オメガ・マギアスの機体内部へと躍り出た。

 

 ぎょっとして目を見開く触手の中心部に、煌めく髪を翻して飛びかかり、そして。

 

「お馬鹿ーーーーーーーっ!!」

 

『ぷぎゅげごぉ!?』

 

 鉄拳一発。

 

 見開かれた眼球のど真ん中に、毎晩練習してきた右ストレートが雷鳴のように突き刺さった。

 

 びくんっ、と触手を痙攣させて、ぐったりとダウンするヌルス。小さな拳状に陥没した眼球からダクダク血涙を流して沈黙するヌルスを前に、アルテイシアは手についた鮮血を拭う事もせず、触手の塊を掴み上げてガクガクと揺さぶった。

 

「ふざけてます? ねえ、ふざけてます? 流石に冗談なんですよねえ?」

 

『あ、あばば、アババッ!?』

 

「ヌルスさんを心配する人の気持ちを利用して自殺未遂とか本気でやってるんなら馬鹿の所業ですよ、お馬鹿! 間抜け! あんぽんたん! 甲斐性なし! へたれ触手! 魔物のゴミ!!」

 

 ガクガク揺さぶりながら容赦なく罵倒するアルテイシア。その言葉の一つ一つが、先のストレートと変わらぬ威力でヌルスの心を打ちのめした。

 

 すっかり芯を粉微塵に砕かれたヌルスはぐったりしたままされるがままだ。そんな魔物を、アルテイシアは体液やら粘液で汚れる事も厭わず、両手でぎゅぅっと抱きしめた。

 

「でも、好き……。やっと、やっと会えた。ヌルスさん……」

 

『ア、アルテイシア……』

 

 涙声で自分を抱きしめる彼女に、ヌルスはしばし躊躇った後、控えめに彼女の背中に触手を回した。ヌルスでも読める空気はあるのである。

 

 しばらく抱擁した後に、ヌルスはとても気まずい思いでおずおずと尋ねた。

 

『その……いつから……?』

 

「ヌルスさんを直接ふんじばるのはもう最初から狙ってましたよ。まさか相打ち特攻と見せかけて人をダシにしての自殺を選ぶとは思いませんでしたけど、責任感とかないんです? あんだけ大口叩いていたのはブラフですかヘタレ。よくもまあそこまで人をコケにできますねこのスカポンタン」

 

『ぐふぅっ』

 

 流れるような罵倒の嵐が帰ってきてぐんにゃりするヌルス。その心はもう完全にバッキバキだった。

 

『ごめんなさい……生きててごめんなさい……ぐええ……』

 

「もう、何を言ってるんですか。命を粗末にしたらいけませんよ」

 

『はいぃ……』

 

 脱力してなされるがままのヌルス。アルテイシアは小さくわらって、ちゅっ、とそのピンク色の肉塊に口づけを落とした。

 

 ぼわ、っと淡いピンク色だった肉塊がショッキングピンクに染まる。

 

『え? え?』

 

「……まあ、そういう訳です。皆まで言わせないでください」

 

 流石のアルテイシアもちょっと恥ずかしくなったのか、頬を桜色に染めて顔を少しだけ背ける。それでも、触手に回した両腕を離すつもりはない様子。

 

「全く、惚れた方が負け、とはよくいったものです。まあ、そういうダメダメな所も、ヌルスさんらしいといえばそうなんですが」

 

『アルテイシア……』

 

「言っておきますけど、こっちに関していつから? とか聞いたらこのまま握りつぶしますからね? それぐらいわかってくださいね?」

 

『は、はひっ』

 

 全身で抱き着きながらも背後に回された指がぐっと、何かを抉り出すように爪を立てるのを感じてヌルスは震え上がった。現在のヌルスに本体とよべる部位はないのだけど、今のアルテイシアは魂でもなんでもフィンガーしそうな気迫があった、頷くしかない。

 

 そんな、圧倒的上位者として恐ろしい笑顔を浮かべてヌルスをホールドしていたアルテイシアだが……不意に、その笑みが弱弱しく陰る。

 

「それとも……私の事は特に好きではないですか? 迷惑……だったり、します?」

 

『い、いや全然そんな事は無いっ! 好きだとも、私だってアルテイシアの事は愛しているとも!』

 

 気弱な様子から一転、それだけはあり得ないと声を張り上げて触手を絡ませるヌルス。ピンクの触手に肩を抱かれて目を丸くするアルテイシア。

 

 しばし硬直した彼女は、クスクスと小さく笑い始めた。

 

『アルテイシア……?』

 

「ああ、いえ。すいません。私達何をやってるんだろうなって……ふふ、うふふ。ヌルスさんも必死すぎ……」

 

『あー、いや、それは、その。……自覚したのもついさっきなので……』

 

 小声でヌルスが付け足すと、ますますアルテイシアはクスクスと笑いを深めた。そんな彼女を見ていると、ヌルスも何だか可笑しくなってきて、身体を揺らしながら小さく笑った。

 

『アハハ……なーにやってたんだろうなあ、私達』

 

「ええ、全く……うふふ……」

 

 互いに笑い合う、少女と触手。

 

 穏やかに微笑みながら、少女はもう一度、そっと触手を抱きしめた。

 

「悲しい事、辛い事。きっとたくさんあったのでしょう。でもそれを一人で抱え込まないで。一人で出来ない事も、二人でやれば半分です。大丈夫、きっと、なんとかしますから。だから……死にたいなんて、思わないで。私を、一人に、しないで……」

 

『……そうだな。君を、この世界に一人残して消える訳にはいかないな』

 

 

 

 

 

「やっと、やっと追いつきました」

 

『ああ。ようやく、君と歩幅を合わせられた』

 

 

 

 

 

 

 

 抱き合う様にして互いによりかかる白と黒の魔人。

 

 その姿が、ほろほろと、土くれのように崩れていく。幻の如く消える巨人を、はらはらと息を呑んで見守る三人の仲間達。

 

 そして巨人の姿は完全に消え……立ち込める霧の向こうから、ひと塊の何かと、誰かが歩いてくる。

 

 白い靄の向こうに掠れていたその姿がはっきりとして、金の髪を靡かせる少女が手を振れば、仲間達は歓声を上げて二人の元に走り出した。

 

「ヌルス! アルテイシア!」

 

「アルテイシアさーん!」

 

「ヌルスさんも無事でよかった!!」

 

 屈託なく、躊躇いも恐れもなく、ただ悦びだけを顔に浮かべて駆け寄ってくるかつての仲間達を前に、ピンクの肉塊はちょっと気まずそうに歩みを止めた。

 

 そんなヌルスの触手を、アルテイシアがちょちょい、と強く引っ張って、仲間達の元に連れていく。

 

「えがった! 本当にえがっだぁ……!」

 

「ああほらニコリ、そんなに号泣しない」

 

「だっでぇ……!」

 

 感極まって泣きじゃくる恋人の涙を、手慣れた仕草で拭ってやるストライフ。そんな彼らに肩を竦めてハンカチを差し出すシオン。

 

「ね、大丈夫でしょ?」

 

『そうだな……』

 

 顔を傾けてバチコーンとウィンクするアルテイシアに、ヌルスは小さく頷いて、遠く魔城の天井を見上げながら呟いた。

 

 

 

 

 

『色々あったが……やはり、私は仲間に恵まれている』

 

 

 

 

 

 遠い記憶の中。

 

 魔術師の少年少女と、初老のクレリックが、たくさんの領民たちが穏やかに笑っている。

 

 その笑顔を刻みつけるように思い返しながら、ヌルスは傍らの少女を小さく抱き寄せた。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 その日。

 

 四人の冒険者が、人知れず魔城に姿を消した。

 

 彼らの行方を人間達は誰も知る事はなく、やがて人々は彼らの事を忘却していった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

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