望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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『もしかしたらそんな未来が』 その1

 

 アルテイシア・ストラ・ヴェーゼはクォークス魔術学院の生徒である。

 

 しかし実質の所、彼女は入学時点で既に学生の域を越えた能力を保有しており、授業は単なる単位の取得でしかなかった。

 

 在学中からいくつもの新魔術を開発し、若い生徒達から尊敬の目で見られる彼女は、しかし既存権益を享受する者達からすれば恐怖の象徴であった。

 

 彼女が本格的にその才能を花開かせれば、魔術界の勢力図は一変する。そしてそこに自分達の席が無い事を理解していた彼らは、無理難題を押し付けてアルテイシアを学園から遠ざけた。

 

 その無理難題とは、迷宮の踏破。

 

 迷宮を構成するパンデモニウムリリィを用いた研究レポートが、彼女の卒業にあたって押し付けられた難問であった。

 

「いいのか、アルテイシア」

 

「ううん。皆の勉学を邪魔する訳にはいかないから……」

 

 出発の日。

 

 アルテイシアは、見送りにやってきた学友たちと別れを惜しんでいた。

 

 エミーリア、エルリック、ロション。教師陣からの圧力で生徒達が離れていく中でも、最後までアルテイシアの味方でいてくれた友人達。

 

 だからこそ、皆を巻き込む訳にはいかなかった。

 

「いや、でもさ。流石に無理だよ、一人じゃ。やっぱり俺達も……」

 

「そうよ、私達だって……」

 

「ううん、いいの。大丈夫」

 

 明らかに作り笑い、無理をしていると分かる笑顔で、しかしアルテイシアはきっぱりと友人達の好意を断った。

 

 本当は、ありがたい。嬉しくてたまらない。だけど、これを引き受けたら、きっと後悔する。“理由は分からないが、そんな気がする”のだ。

 

 ローブの袖に触れる拳を隠し、アルテイシアは表面上は笑顔を取り繕って、友人達に分かれを告げた。

 

「ちゃんと手紙は送るから、読んでね」

 

「う、うん」

 

「アルテイシアも、気を付けて」

 

 そうして、アルテイシアは旅に出た。見送る友人達に何度も何度も振り返って手を振り、見えなくなるまで別れを惜しんで、そこから先は一直線。

 

 迷いも躊躇っている時間ももったいない。こうと決めたら、彼女は突撃する猪のようであった。

 

 攻略できそうな迷宮にも、既に目星はつけている。

 

 巣窟迷宮エトヴァゼル。つい近年発見されたばかりの、小さな迷宮。出現する魔物の強さからしても、大して深い迷宮に成長はしていないと考えられる。

 

 アルテイシア一人で攻略するには、都合のいい条件が揃っていた。魔術師の火力なら、強引に突破するのも無理じゃない。

 

「大丈夫、私一人でもやれるんだから……!!」

 

 気合を込めるアルテイシア。

 

 だが、彼女は知らなかった。

 

 これまでの人生、魔術の研鑽に打ちこんできた自分が、一般的な視点から言うと「世間知らず」であり、これまで友人達のサポートがあったからこそ問題なくやってこれたのであって、どこぞの世界線と違い一人である今は、目的地にたどり着くのも一苦労だという事を。

 

 結局、彼女が目的地であるエトヴァゼルに辿り着いたのは、数か月後の事。乗る馬車を間違えたりして路銀が尽き、宿屋や旅亭でアルバイトに明け暮れての事だった。

 

「う、うぅ……何てこと……」

 

 這う這うの体で何とか街に辿り着き、冒険者登録をするアルテイシア。

 

 その背後、世間話に華を咲かせる冒険者の一人が、ある噂について話をしていた。

 

「なあ、兜かぶりって、知ってるか?」

 

 

 

◆◆

 

 

「兜かぶり、ですか……」

 

 そしてその噂は、当然アルテイシアの耳にも入った。

 

 容易く3層に辿り着いた彼女は、薄暗がりの中できょろきょろと周囲を見渡した。

 

「興味ありますねえ。魔術の練習をする謎の魔物……学術的に興味深い! 魔物は基本、迷宮で繰り返し再生されるプログラムに過ぎないはずですが、永く運営される迷宮には必ずといっていいほど固有の特性を得たネームドが存在します。その発生の端緒に触れる事が出来るかも!!」

 

 巣窟迷宮エトヴァゼルはまだ発生してから時間が経っていない(とこの時は思われている)迷宮だ。そういった迷宮ならではの、魔物の突然変異のきっかけを観測できるとしたら、それは魔術的にも大きな意義がある。

 

 それに、件の魔物が本当に魔術を使おうとしているのなら、魔力触媒の他に何か魔術回路に該当するものを持っているはずだ。それを調べる事で、新しい魔術の形式に触れる事が出来るかもしれない。

 

 そういうのがなくとも、魔術に使えるほどの高品質な魔力結晶を持っているのは確実。1層2層のクズみたいな魔力結晶ではアルテイシアの求める魔術触媒には到底品質不足なので、実はわりとカッツカツなのだ。

 

「魔術の使えない私なんてただの美少女ですからね……流石に3層からは魔術抜きではきついでしょうし」

 

 しゅしゅしゅしゅ、とシャドーボクシングで風を切る拳。ちなみに1層は魔力触媒がもったいないのでフロアガーディアンまでの道のりは素手で乗り越えたアルテイシアである。

 

 魔物でも 目を突かれると 怯む。

 

 とにかく、実利でも学術的好奇心でも、兜かぶりを探す事は彼女にとって理に適っているのである。

 

「さあて、とりあえずは噂の特殊魔物ちゃんを探しますか」

 

 アルテイシアは眼鏡を外すと、迷宮の中の魔力の流れを探り始めた。暗闇の中、動き回るいくつもの魔力反応。魔物は分かりやすく、魔物の形をしていて……冒険者は、ほとんど魔力がないか極わずか、しかし魔力結晶を持っていると点のように強い反応が見受けられる。見れば湖の底にもいくつか反応がある。

 

 最悪、魔力結晶に関しては湖の底からサルベージするかな、と考えながら周囲を見渡していたアルテイシアは、ふと道の外れで変な反応がある事に気が付いた。

 

「ふぅん?」

 

 もしょもしょ動く、触手魔物らしき反応。キラキラ輝くその魔力反応も興味深いが、それがさらに点のような反応をいくつも抱えている。消化中……という割には、いつまでも魔力結晶が消える様子がない。

 

 魔物に取り込まれた魔力結晶は霞のように溶けて消えてしまう。明らかに、意図して持ち歩いている感じに見える。

 

 本能で動く魔物が、魔力結晶という餌をその場で食べずに持ち歩く。明らかに特殊な行動だ。

 

「幸先がいいですね。さっそく見つけました!」

 

 アルテイシアはこっそりと、小さな魔物の後を追う。

 

 兜かぶりはんしょんしょと聞こえてきそうな拙い足取りで、3層の外れ、横道の水たまりに入っていった。あそこは確か、外のお店が魚を養殖しているあたりだ。

 

 近場では貴重な水場である上に、迷宮の魔力の影響か、大きく美味しく育つ事で有名である。しかし冒険者からは危険を冒して向かうような場所でもないので、基本的に捨て置かれている。

 

 なるほど、安全に魔術の練習をするにはよさげである。逃げ場がないのはいただけないが。

 

「ほほう。以外と知性が高そうですね」

 

 感心しながら、アルテイシアは入口からこそっと横穴を覗き込んだ。

 

 そしてその奥では、兜かぶりが魔術の練習を行っていた。

 

 名前の通り、鉄兜をすっぽりかぶった触手魔物。それが枝の先に魔力結晶を括りつけた即席の杖をぷんぷん振り回して、もちょもちょ呪文らしきものを詠唱している。

 

『α……ぎゅん、あ……ヴェタ……』

 

 発声が上手くいかず、魔術は失敗。しょんぼり、と兜を傾けるものの、すぐに気を取り直して再び詠唱を試みる。杖を振り回してたどたどしく呪文を詠唱する兜かぶり。失敗しても、失敗しても、落ち込んでも、めげずに何度も何度も練習を繰り返す。

 

 その姿を見て、アルテイシアは……。

 

「か……かわいい…………!!!」

 

 すっかり、心を奪われていたのだった。

 

 

 

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