望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
「どなたですか?」
近づいてくる冒険者の気配。
アルテイシアはヌルスの入った篭を後ろ手に隠しながら、警戒を隠そうともしない硬い声で呼びかけた。
返事はすぐにあった。
「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったの」
近くの岩陰から、すっと姿を現す二人組みの人影。彼女らは松明を掲げると、アルテイシアにもよく見えるように自分達の姿を炎の下に晒した。
茶髪の女剣士と、金髪の弓使い。
一目見て、アルテイシアは彼女らの佇まいがこの場に不相応である事を見抜いた。弱いのではない、強すぎる。女剣士の装備は一見すると質素だが、革や金具の艶が市販品とは段違い、金髪の弓使いも手にした弓は銀色に輝く特別品。それに加え、長い金髪の下にある耳がとんがっているのも確認できる……恐らくはエンシェント。町中ならともかく、迷宮の中ではあまり見ない存在だ。
まさか上級冒険者がカツアゲを? アルテイシアは訝しみながらも、表向き愛想よく声をかけた。
「どうやらそれなりの手練れでいらっしゃるようですけど、私に何か?」
「ああいや、本当に深い意味はないのよ。女の子がソロで潜ってるのを見て、ちょっと要らぬお節介心が湧いてね。警戒させたならあやまるわ」
「そうですか、それはご心配をおかけしました。でも、心配は無用です」
あくまでも警戒を崩さないアルテイシアの態度に、女剣士はこまったなあ、と額に手を当てた。傍らのエンシェントは一言も発さずに顔を俯けてどうにも陰気な様子。
「……警告……」
「ああ、わかってる。いや、別にお嬢さんの実力を侮ったとかじゃないの、ちょっと戦いぶりを見せてもらったからね。そのバスケットに入っているのは魔道具的なものなのかしら? 面白い武器を使うのね」
「ええと、まあ。そんな所です」
どうやら、ヌルスの存在については良いように解釈してくれたようだ。最大の懸念点が払拭されて、アルテイシアもほっとする。
それを彼女の警戒が緩んだと見て取ったのか、剣士は続けて語り掛けてきた。
「まあ、それでお節介ついでに一つ忠告というか、伝えておきたい事があって。お嬢さんみたいな、若くて綺麗な女の冒険者には、是非とも耳に入れておいてほしい話があるの」
「? なんですか、女性を狙う犯罪者でも出ました?」
「似たようなものね」
女剣士は一呼吸おいて、そして忌々し気にその言葉を口にした。
「2層で、ヒドラ型の触手魔物が発見された、って話は聞いている?」
「……なるほど。それで、注意をよびかけているのですか?」
「そうよ。知っているとは思うけど……触手型魔物、特にヒドラ型魔物は、恒温動物の雌を苗床にして繁殖する性質があるわ。見つかったのはまだ小さくて弱い個体だったけど、逃がしてしまったから今はどうなってるか分からない。もし、あれが大きく成長していたら……捕まったら、それこそ女として生まれてきた事を後悔するような目に合うのは間違いないわ」
そして、それを恐らくは実体験済みなのだろう。呪いを込めて呟く女の目には、底知れぬ憎悪の洞がぽっかりと空いている。その隣で頷くエンシェントの瞳も、同じく。
背後に回した篭の中で、ヌルスが小刻みに震えているのを感じて、アルテイシアは事情を全て理解した。
「なるほど、そういう事でしたか」
ぎゅ、と鞄の持ち手を握りしめる。
さて、この状況……どう言いくるめてやり過すか、アルテイシアは頭を捻った。
◆◆
アルテイシアに警告を告げる二人組の冒険者。
どことなく、陰を感じる二人組。触手被害を語る口調は、伝聞だけではなく実感がこもっているように感じられる。
もしかすると、当人がその被害者かその縁者。それならば、階層に似つかわしくない武装と佇まいも頷ける。リハビリがてらという事かしら、とアルテイシアは推測した。
しかし、要らぬお節介にも程がある。
何せ、今彼女の手にしているケースの中には、ほかならぬ触手魔物が身を潜めている。その存在が二人にバレれば、ヌルスがどういう扱いを受けるかは火を見るより明らかだ。
とっととこの場を離れたい所だが……。
「ねえ、貴方、今一人なんでしょう? どうせだったら、私達とパーティーを組まない?」
「え?」
「どうせ何か事情があっての一人なんでしょう? こちらは女所帯のパーティーよ、気兼ねする事はないわ」
まさかの勧誘と来た。恐らく、アルテイシアが何か事情持ちだと見たのだろう。
実際事情持ちだし、男の冒険者からの勧誘は確かにうっとおしかった。ヌルスと出会う前であったらむしろ喜んで応じる誘いだったが、今は駄目である。
どう見ても、ヌルスの事がバレ次第惨殺確定。
断る他は無い。
「ご忠告、ありがとうございます。でも私は一人の方が気楽なので……」
「あら、そう? まあ、無理強いは出来ないか」
「ええ、そういう事ですので。申し出は有難いのですが、またの機会に……」
そう言って、穏やかに断ろうとした瞬間、アルテイシアは気が付く。
目の前で会話する女剣士。その影に隠れた弓使いが、キリキリと弓を引き絞っている。狙いは……アルテイシアが手にするペットケース!
「!」
咄嗟に手を上げて矢の一撃を回避する……が、気が付けば目の前に迫った女剣士の姿。彼女の手には抜き放たれた剣。
高速でアルテイシアの思考が焦りと共に疾駆する。
バレていた? いや、それならもっと直接的に取り押さえに来るはず。ならば……魅入られてる、と判断された? 曖昧な言動が、触手を庇っているように見えたのかもしれない。
相手の動きは予想より速い、想像以上の手練れ。アルテイシアにはもうなすすべがない。
無言のままの一閃が、アルテイシアの鞄を切り裂く。
引き裂かれたペットケースから、中に入れていた魔力結晶がバラバラと散らばった。
「ごめんなさいね、これも貴方の為なの。さて、触手……は……?」
「あれ、いない……?」
引き裂かれて転がるケース。その中に、ヌルスの姿は無かった。
◆◆
引き裂かれて散らばるケース。
その中に忌まわしい触手の姿がない事に、女冒険者は困惑の声を上げた。
「あ、あれ、居ない?」
「あれ、じゃないですよ何するんですか!?」
困惑する冒険者をよそに、アルテイシアはしゃがみ込みとバラバラになったケースの破片を拾い集め、その状態を確認して肩を落とした。
「せ、せっかくの試作魔道具が……どういうつもりです!?」
「あ、いや。その。その中に触手を匿っているものかと……触手魔物の犠牲者には、認識をゆがめられて自分から進んで魔物を匿う者もいるから……」
「だからって壊す事ないじゃないですかあ! ああもう、触媒とか高かったのに……!!」
ケースの内壁に仕込んであった素材が引き裂かれて駄目になっているのを見て、アルテイシアは涙目である。そんな彼女に、どうやら勘違いだったらしい、と認識した女冒険者達はぺこぺこと頭を下げた。
「も、申し訳ない!!」
「ごめんで済んだら憲兵は要らないんですよ! 今回の件は冒険者ギルドに報告させてもらいますからね!!」
「はい、それはもう……! ほんとにすいませんでした……!」
ぷんすかするアルテイシアにひたすら頭を下げるしかない“チョッパー”の面々。最終的にその場は、後程正式にギルドを通して謝罪する事で和解する事となった。
すごすごと退散していく女冒険者達をぷんすこしながら見送ったアルテイシアは、きょろきょろと周囲に他の冒険者が居ない事を確認すると回廊を降りる。そして今度こそ周囲に誰も居ない側道の奥、ぽっかり空いた横穴に潜り込むと、羽織っていた学院のローブを捲った。
その下には……。
「大丈夫ですか、ヌルスさん?」
『ミミィ……』
学院指定の白いシャツ。その脇腹に、震えながらしがみついているピンクの触手。今だに震えが止まらない様子のヌルスを抱き上げて、アルテイシアはよしよしと慰めるように抱きしめた。
「それにしても無事でよかった。あの状況でケースから脱出して私の服に隠れる緊急手段、上手くいってよかったです。それにしても話には聞いていたけどガチでしたね、彼女達。話があそこまで通じないとは……」
『(ガタガタブルブル)』
「よしよし、怖かったですねえー。ヌルスさんは悪い触手じゃないのにねえー」
恐怖で震えが止まらないヌルスを慰めるように撫でてやるアルテイシア。しばらくすると気持ちが落ち着いてきたのか、ピンクの触手の挙動も落ち着いてくる。
首をもたげてちょっと気落ちした様子のヌルスに、アルテイシアは苦笑した。流石にこれだけの付き合いになってくると、この触手が何を考えているか分かってくる。
まあその時点で、この魔物はもはや魔物とは言い難い。
「いっておきますけど、やはり危険だからここらで手を切ろう、とかいうのは無しですからね?」
『!?』
「ああ、やっぱり。いいですか、ここまで来たら一蓮托生です! 彼女達は浅い層を活動拠点にしているみたいですから、もっと深い層まで潜っちゃえば問題ないです! そうですねえ、4層か5層ぐらいまで降りちゃえば、彼女達もそうそうおっかけてはこないでしょう。ヌルスさんも成長できるし、一石二鳥です!」
枝分かれした口元の触手をもちゃもちゃさせて困惑しているヌルスに、アルテイシアは小さく笑みを浮かべる。
「概ね、私が危ない、とでも言いたいんでしょう? ふふん、大丈夫ですよ、私天才ですから! それでも、というなら、じゃあヌルスさんが強くなって私を助けてくれればいいじゃないですか。ね?」
『……!!』
アルテイシアの提案に、しばし悩むように動きを止めた触手だが、最終的には力強く頷いた。可愛らしく頼り甲斐のある相棒に、アルテイシアはなんだか胸の奥から溢れてくる温かい気持ちを抑えられずに、くりくり、とその頭っぽい部分を人差し指で撫でさすった。
やめてよー、と言いたげにしながらも、手の上から逃げ出さないヌルス。ぴとぴとと吸い付いてくる小さな触手の感触をくすぐったく思いながら、彼女はふふん、と満面の笑みを浮かべた。
「これからもよろしくお願いしますね、ヌルスさん!」
『ミミィ』
◆◆
『アルテイシア? 何を見ているんだ?』
ここは魔王城の最深部。純結晶を収めた主魔力炉にやってきたヌルスは、その前で何やら見入っている様子のアルテイシアに首を傾げた。
「ああ、ヌルスさん」
『……何か見ていたのか?』
声をかけられて振り返るアルテイシア。その瞳が虹色に輝いているのを見て、ヌルスは彼女が何をしていたのかを理解した。
虹色の魔眼。
ヴァルザークとの最終決戦の最中、限界まで酷使したアルテイシアの魔眼が空間の欠片に触れた事で発言したものだ。ただ魔力を見るだけでなく、もっと高度の概念をも認識できるようになったそれは、はっきり言うと人の手に余る代物である。長期間多用すれば、視座に意識がひっぱられ、人間性を喪失する恐れもある。
あまり多用していいものではないが、まあアルテイシアなら大丈夫だろう、とヌルスは深く考えなかった。
「ええ、はい。ちょっと」
『何を見ていたんだ?』
「そうですね……可能性といいますか」
言いながら、アルテイシアは輝く純結晶を見上げた。
「もしも、の話です。私が一人で迷宮にやってきて、そこでアトラスさんじゃなくて私がヌルスさんと仲良くなる、みたいな世界があったら、どうだったのかなって」
『随分と限定的な条件だな。それで見れたのか?』
「……まあ、ちょっとは」
実はそうなるように並行世界にちょっかいだしました、とは言えず、アルテイシアは曖昧に言葉を濁した。ヌルスはちょっと訝しんだが、まあアルテイシアだし悪い事はしていないだろうと気にしない。
信頼するのはいいがここまでくると妄信である。アルテイシア全肯定botと化したヌルスに、アトラスはじめとした臣下が頭を抱えているのは内緒の話だ。
「なかなか幸せそうにやっていてちょっと嫉妬しちゃいましたね」
『? 何故だ? 今はすぐそばに居られるだろう?』
「……ふふふ、それもそうでしたね。ちょっと変な事言いました」
本気で気にしてない様子のヌルスに、アルテイシアはほろ苦く笑う。
きっとあの世界のアルテイシアは、友人の喪失も、愛する人に苦難の道を進ませた後悔も無く、ただ幸せいっぱいに思う未来へと進むのだろう。自分と違って、罪を背負う事なく。
その事で並行世界の自分を妬ましくは思うが、まあ確かに、ヌルスの言う通り、ここにこうして二人が一緒に居られる現実。それを一番大切に思わなければならないだろう。
「ふふ、ヌルスさん、ぎゅーっとしていいですか?」
『構わないが、ああいや、ちょっと待て。鎧の上からだと硬いだろう。ちょっと脱ぐ』
もしょもしょ蠢いて鎧を脱ぎ捨てるピンクの肉塊。
ウェルカム、と触手を広げるヌルスの様は、まあ普通の人間なら腰が引ける程度にグロテスクだったが、アルテイシアはまったく気にせずに飛びつくとぎゅうう、と強く抱きしめた。
「はふぅ……うーん、やっぱりこの抱き心地がいいですねえ……幸せ……」
『ああ、うん、君が幸せならそれでいいんだけど……チョットキツゥイ……』
芯をがっちり捉えられてギュウギュウに抱きしめられるヌルスが、ぴくぴく触手を痙攣させて遠回しにギブアップを伝えてくる。そんなヌルスに、アルテイシアはにっこり笑って一層強く抱き返す。
これまでに、いろんなことがあった。悲しい事も、辛い事も。
それでも彼女は今、幸せである。
それは、確かな事だ。
『ギ、ギブギブ』
「あらあ、もうおしまいですか? んー、じゃあ他の事で埋め合わせしてくださいね♪ ささ、寝室に行きましょうほらほら」
『アーーッ』
◆◆