望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二十九話 地下森林の迷宮

 

《わっぷ》

 

 転移陣による移動は一瞬の事だった。青い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には全く違う景色が広がっている。それに魅入る暇もなく、感じた浮遊感のままに地面に叩きつけられ、ヌルスはべしゃっと潰れた。

 

《おっとととと……》

 

 胴鎧に収めた本体を労わりつつ身を起こすヌルス。その様は海辺出身の冒険者がみれば、蛸壺をかついで動きまわる蛸のようにも見えただろう。

 

 もちろんヌルスは蛸ではないのだが。見ようによっては、もっと悍ましいものではある。

 

《ふぅ。ここが4層か……?》

 

 ヌルスには眼球は無い。よって、どのような暗闇でも明るい光でも感覚が損なわれる事はないのだが、そうだとしても快、不快はある。じめじめと薄暗かった3層に比べ、4層はいかにも風光明媚な景色が広がっていた。

 

 天井からは、流石に太陽ではないだろうが何かしらの光が降り注ぎ、それを浴びて無数の植物が生い茂っている。魔法陣のある岩場周辺は流石にそれほどでもないが、そこから数歩踏み出せば、先の見通せない森林地帯といっても過言ではない。植生も様々で、高木低木、葉の形も広いものから細長いものまで様々だ。

 

 どっからどう見ても、亜熱帯あたりの森林である。

 

《いやおかしいだろ》

 

 何故か持っている人間の一般常識の知識に照らし合わせて、思わずヌルスは突っ込みをいれた。ここは迷宮内部である、地下である。それも4層というそこそこ深い階層。そこに、光量も豊かな森林が広がっているとか、在り得なさすぎて異常である。

 

 いやまあ、自然に彫刻や計算されたような間取りが生成されていた2層も、十二分におかしいといえばおかしかったのだが。それを踏まえるとワイルドに岩盤の地肌が露出していた3層が、むしろレアケースなのかもしれないとすら思えてくる。

 

《いやいや、流石にそんな事は……ないよね?》

 

 否定する思考にも力が無い。巣窟迷宮エトヴァゼルで誕生したヌルスは、当然ながら外の世界も他の迷宮も知らない。断言するには根拠が乏しすぎた。

 

 と、そんな感じでヌルスがまごまごしていると、人の気配が近づいてくる。はっとしたヌルスは我に返ると、あわあわとその場で身悶えした。

 

 今のヌルスはどこから見ても立派な不審モンスターである。冒険者と遭遇すれば戦闘は避けられない。さらに4層を歩いているという事はヌルスより確実に格上だ。戦えば命はない。

 

 咄嗟に手近な大木の根元に隠れる。人間では身を隠せないだろうが、胴鎧さえ収めるスペースがあれば、不定形に近い体の構造だ。なんとか身を隠したヌルスは、感覚を研ぎ澄ませて近づいてくる気配に探りを入れた。

 

 人の気配は二つ。二人パーティーで4層を歩いているのなら、それなりの凄腕に違いない。片方からは、僅かに魔力の名残を感じる。魔術師だろうか。

 

 気配はどんどん近づいてくる。それにつれて、声も微かに拾う事が出来た。

 

「……さて、そろそろ転移陣が使えるかな」

 

「前の階層で誰かが戦ってる時は使えない、ってのは地味に不便ね」

 

「仕方ないさ。転移陣とは呼んでいるが、もともと人間の為に用意された機能じゃない。本来、迷宮からしたら人間は排除対象だからな」

 

「まあそうなんだけど……」

 

 繁みをかき分けて姿を表したのは、いかにもといった感じの冒険者二人組。重装備の剣士の男と、その相棒らしい魔術師の女だ。密林地帯という事からか、両者とも装備の上から外套を羽織って、虫や葉除けにしているようだ。男の方は少し蒸し暑そうに見える一方、魔術師の方は外套の下からはやたら薄い上に露出の多い装束を纏っているらしい。まあ、同じ魔術師としてヌルスも気持ちが分からない訳ではない。呪文を詠唱し魔力制御を行う時、色々体にくっつけてると邪魔なのである、本当に。それに見た目ほど無防備ではない。何やらツンとした香りの存在を感じる、獣除けの香でも焚きしめているようだ。

 

 それを踏まえてもやはり十分な装備とは言い難い。つまり、4層という環境でも我を通せるだけの実力があるという事だ。間違いなく、ヌルスより術者としては格上だろう。上達に行き詰っている身としては、いっそ教えを請いたいぐらいだ、とヌルスは思った。

 

「……あら?」

 

 おまけに感覚も鋭い。不意に違和感を覚えたように魔術師が足を止めて周囲を見渡し始めたので、ヌルスはとにかく心を無にして自然と一体化する事に努めた。何もいませんよー、私は自然の一部ですよー、とひたすら存在感を薄くする。

 

「どうした?」

 

「んぅ……。気のせいだったかしら。不可思議な魔力を感じたのだけど」

 

「魔物か?」

 

「どうかしら。もっと根源に近い、昏く歪んだ気配がしたのだけれど……」

 

 数度周囲に視線を巡らせ、やがて女魔術師は首を振った。

 

「ごめんなさい。勘違いだったみたいだわ」

 

「それならいいんだが。お前の勘はよく当たるからな。少し警戒しておくか」

 

「そうはいっても今日は上がりでしょう? 数日ここに籠っていたから、早く蒸し風呂に入りたいわ」

 

「俺も酒場のエールが恋しいぜ……」

 

 ヌルスに気が付くことなく、雑談をしながら転移陣に消えていく二人。それを見送って、今度こそ周辺に人の気配がない事を確認してから、ヌルスはゆっくりと這い出てくる。

 

《さて。どうしたものか……》

 

 4層には例の隠し部屋の通風孔が繋がっていないのは確認済み。よって、隠し部屋に戻るには一度3層に戻らなければならないが、先ほどの様子を見るとしばらく3層の転移陣周辺は人が途絶える事は無いだろう。今の状態でノコノコ戻っても発見されて駆逐されるだけである。

 

 最低限、冒険者に見えるよう偽装を施さなければならない。だが、その為の装備が足りない。大雑把に正体を隠すための外套、人っぽく振舞う為の兜や手甲、そういった物が最低限必要だ。

 

 3層では湖の底に沈んでいるものを引き上げればいくらでも簡単に用意できるが、果たしてここはどうなのだろうか。階層が下になるにつれて確かに危険度は増すだろうが、往来する冒険者もそれ相応の猛者になってくるはず。残留品はそれに従って少なくなっていくのが道理のはずである。

 

《まあ、調べてみなければ何も始まらんな。それに気をつけるのは冒険者だけではない》

 

 そう、4層には4層のモンスターもいる。それらからすると、ヌルスは部外者であり餌でしかない。そちらの襲撃にも気をつけなければならない。

 

 森、という地形を考えると、獣型モンスターが多いのだろうか。あるいは昆虫型か? どちらにせよ、死角が多い環境だ。注意を払う必要がある。

 

 見た所、森の中にも道らしきものがある。先ほどの二人の冒険者もそこを通ってきたようだ。獣道ならぬ、冒険者道、という事か。しかし当然ヌルスはその道を使う事が出来ないので、その近くを隠れて進む事にした。

 

 どうやらこの階層は、進路の自由が極めて高いようだ。確かに木々が生い茂り、視界は悪いが、それを抜きにすれば好きなようにどこにでも行ける気がする。だが、それなら冒険者の道ができるはずもない。

 

 

 

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