望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第四話 好奇心は蟲を殺すか

 

 冒険者を、人間を知りたい。

 

 目的を持ったソレは、身を潜め、冒険者の様子を伺うようになった。

 

 幸いにして冒険者の注意は積極的に襲ってくるモンスターにだけ向けられており、腐肉漁りの小さな触手には大した興味はないようだった。身を隠す隙間はいくらでもあり、またもし見つかっても、攻撃する様子も見せない触手に関しては特に興味もないのか、見逃される事も多い。

 

 それでも皆無ではない。時折、何か嫌な思い出でもあるのか、執拗に追撃してくる冒険者もいる。そしてそういった冒険者にはある共通点があった。

 

 ソレも、人間が大別して二種類いる、という事は知っている。そのうちの片方が、やたらとソレを目の敵にしてきたのだ。人間の社会には詳しくないのだが何かしらの理由があるのだろう、とソレは解釈した。

 

 理由が分かれば対応のしようもある。近づく冒険者は吟味し、攻撃を受ける種類の冒険者がいる場合はやり過ごす。そうする事で、より近くでソレは冒険者を観察する事が出来た。

 

 その過程でわかった事がある。

 

 彼らは、個々を独立した存在として認識している。それがどういう事かというと、例えばソレ自身は、自分を無数の触手型モンスターの一部であると自己認識している。まず群れの存在、あるいは同類が先で、そのうちの一匹が自分だと。

 

 だが人間は違うようだ。彼らは集団で行動する一方で、その中で自分自身の存在を一番に置いている。そして同じ人間同士で行動する上で、自分と他人の区別をつけるために、個々が固有の識別を持っている。

 

 その識別を、名前というらしい。

 

《名前。そうか、名前か》

 

 その概念は、ソレにとって衝撃的だった。

 

 思えば、ソレは本来の触手型モンスターとは大分かけ離れてしまっている。もはやその一部に戻れないならば、従来のそれと区別するべきなのかもしれない。

 

 だとしても、何と名乗ればいいのか。

 

 盗み聞くに、人間の場合は親から名付けられるものらしい。だがモンスターに親などいないし、そうなれば自分で名乗るしかない。

 

 悩んだ末に、ソレは己をヌルス、と名乗る事にした。

 

 人間達の言葉で、無、を意味するらしい。存在しない事、というとネガティブだが、同時に始まりを示す言葉でもある。新しく己を始めるにあたって、そう悪い名前ではないのではないかと、ソレは考えたのだ。

 

《ヌルス。0。そう、私はこれからヌルスと己を定義する》

 

 そう決めた瞬間、ヌルスは己が生まれ変わったような気分になった。

 

 これから、何になるか、何を成すかはヌルス次第である。何も持たないヌルスだが、それはすなわち何にだってなれるという事でもあるはずなのだ。

 

 ただの弱小モンスターとして迷宮に散るか、それ以上の存在になるか。全てはこれからにかかっている。

 

《ふふ。そのために、これからも頑張っていかなければ……うん?》

 

 自己定義に成功し、理想の未来絵図を描いて悦に浸っていたヌルスは、しかしそこで、自分の体に変化が起きている事にようやく気が付いた。

 

 これまでは、迷宮の凹凸に隠れられる程度だった小さな体。それが気が付けば、倍以上太くなっている。それだけではない、それこそ蛆虫や蛇のような一本触手だった体が、今は身体の半分ぐらいから複数の触手に枝分かれしている。見た目の気持ち悪さもサイズもパワーアップ、到底、無害といえるような見た目とは言い難くなっていた。

 

《あれ、おかしいな》

 

 確かに最近、こそこそリソースを吸収していたので少しずつ体が大きくなっていた自覚はあったが、いつの間にこんなことに。

 

 いや、それはともかく、この体のサイズと形では、物陰に隠れられない。

 

 もし今冒険者に見つかったら、手ごろな獲物として処理されてしまう。弱いのは変わらないのだ。

 

《いかん、すぐにどこかに逃げなければ。……あ》

 

 だが、そうはいかないのが世の常。上手く行ったり行かなかったりする冒険者の悲喜交々を見てきたヌルスはそれを分かっていたはずであり、そして今、身をもって体験する事となった。

 

 部屋の片隅でわちゃわちゃしていたヌルスを見下ろすように佇む、冒険者が一人。皮鎧を装備したその人間は、すでに鉄の剣を抜き放ち、絶対零度の視線でヌルスを上から見下ろしていた。

 

 よく見れば、髪が長く、全体的に体の造りが華奢……これまでもヌルスを発見し次第駆逐にかかる事が多いほうの人間だ。

 

 それも、今のヌルスは無害とは言い難い上に、恐らく人間からすると生理的嫌悪感を抱きやすい見た目に変化している。

 

 触手であるヌルスに汗腺はない。しかし急激に体温が下がっていくのを彼は感じた。

 

《ま、まってくれ、私は別に君達を襲う意思は……!》

 

「……殺す!」

 

 言葉の通じない命乞いほど虚しいものはない。それどころか、わちゃわちゃと触手をもつれさせるヌルスの様は攻撃の前振りに見えても仕方ないだろう。

 

 混ざり気のない純度百パーセントの殺意と共に、鉄の刃が襲ってくる。ひぇえ、と体を跳ねさせて、ヌルスは必死に尺取虫のような動きでその場を逃げ出した。ぶんぶん振り回される鉄の刃を一撃、二撃と回避するが、そのあとが避けきれず、横薙ぎに振るわれた刃がでっぷり太った腹をしかと捉えた。体表から分泌する粘液とコラーゲン豊富なコリコリの皮膚のおかげで切断こそされなかったものの、殴打に等しい衝撃でその体が宙を舞う。

 

《ぐ、ぐええ……だ、だがチャンス!》

 

 恐らく今の一撃で真っ二つにするつもりだったのだろう。だが、結果としてはヌルスを仕留め損ね、吹き飛ばされた事で距離が空いている。この機を逃してはいけない。ヌルスは恥も外聞もなく触手を必死に蠢かせて逃走を図った。

 

「しまった、思ったよりも頑丈な奴……! みんな来て! 触手のクソ野郎が居るわ! 逃げられる!!」

 

《ひぃいい……!!》

 

 冒険者の呼び声に応えて、遠くからドタバタと足音が響いてくる。その足音の高さは、如実に彼らの殺意を示していた。

 

 心の底から恐怖を感じ、ヌルスは迷宮を逃げまどう。

 

 だが単純な移動速度では人間の方が速い。しかも、今日に限って巡回型のモンスターがこのあたりに居ない。間取りの理解の差で今は何とか距離を稼げているが、掴まるのも時間の問題だ。

 

《だ、だがこの先に逃げ込めば……!》

 

 二つ先の曲がり角に向かって急いで這いずる。あの角を右に曲がった先は、モンスターの待機部屋だ。普段から二匹以上のモンスターが常駐しており、ただ入ればヌルスもただでは済まない。が、前述したモンスターの性質上、冒険者がやってくれば普段の食物連鎖関係は一旦棚上げになり侵入者の撃退が最優先事項になる。自我と理性を得た事でそういったモンスターの本能が薄いヌルスなら、その間に抜け出す事が可能だ。

 

《とにかく今は一刻も早く先に……ひぃ!?》

 

 しゅるるる、と風を切る音を感じ取り、ヌルスはとっさに触手をひっこめた。直後、ヌルスが今まさに逃げ込もうとしていた曲がり角へ続く道を塞ぐように、タタン! と矢の早撃ちが二本、床に突き立っていた。

 

 遥か後方、視覚とも聴覚とも違う感覚器官が、弓矢を構える冒険者を認識する。呼び声に応えて合流してきた複数の冒険者の内、最後方に控えていた長い耳を持った金髪の女性。彼女は氷のように冷え切った視線で、素早くつがえた次の矢をキリリ、と引き絞っているのが感じ取れた。

 

 ヌルスの中にある知識が警告する。

 

 今のは観測射撃だ。腕の立つ冒険者は初撃から当てに来るが、基本的に射撃は二発目以降が本命。一の矢の観測データをもとに、次はより正確に狙ってくる。

 

 つまり、この先の曲がり角に逃げ込むのは下手だ。相手は恐らくヌルスがそちらに逃げ込もうとしているのを理解した上で、進路上に予測射撃をしてきた。次はない。

 

《ひ、ひぃい!?》

 

 逃げ道を防がれ、一瞬だけ混乱に思考を止めてしまうヌルス。

 

 足音はどんどん近づいてくる。このままでは稼いだ距離も無駄になる。そもそもこのまま硬直していたら後ろから弓矢に射抜かれる。

 

 脚を止めては駄目だ。そしてどこに逃げるか予想されても駄目だ。

 

 混乱したまま、ヌルスは予定を変更し、一つ前の曲がり角に逃げ込んだ。急にバックした触手の動きを予想し損ねたのか、続く矢はわずかに狙いを外し、ヌルスの体のすぐ横に突き立った。

 

 九死に一生を得たヌルスだが、浅慮の代償をすぐに支払う事になる。

 

 確認するまでもない。もともと分かっていたことだ。

 

 この先は、行き止まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

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