望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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メリークリスマス!!


クリスマス特別編

 

 

 

 その日、ヌルスは隠れ家でゆっくり休憩を取っていた。

 

 魔物であっても疲労はたまる。ここ数日忙しく動き回った事もあり、しばらく横になる予定だった。

 

 ちょこちょこ掃除した床には目につくほどの埃はない。

 

《まあ、たまにはいいか……たまにはね》

 

 むちゃむちゃと魔力結晶を触手でしゃぶりながら床に這いつくばり、まったりと時間が流れるに任せる。迷宮内部では一分一秒の無駄が取り返しのつかない事へと繋がるのを考えれば、実にぜいたくな話である。

 

《というか私だって本当は危険な迷宮探索とかしたくないんだがな。はあ……そこらへんに迷宮の外でも生きていける方法、転がってないかな》

 

 そんな風に自分でもわかり切ってる事をつぶやきながら、ゴロゴロするヌルスだったが、ふと、妙な物音を聞きとがめて動きを止めた。

 

《ん、なんだ?》

 

 通風孔の方から、何やらゴソゴソ音がする。

 

 気が付いたヌルスの背にヒヤリと悪寒が過る。

 

《……む》

 

 この隠れ家は、ヌルスの生命線だ。迷宮の中にあって唯一の安全地帯。それは、事実上ヌルスしか出入りできない、というのがとても大きい。

 

 だがもしヌルス以外の存在がここに出入りできるようになったら、そのアドバンテージは消滅する。むしろ、他に逃げ場がない以上、例えば迷宮のモンスターがここに入ってきたらヌルスには成すすべがない。

 

 とはいえ、あの狭くて曲がりくねった通風孔を通り抜けてくるようなのは、それこそ触手型モンスターしかいない。

 

 自分の同族であれば、ある程度どうにかなる。ヌルスは物音を立てないように慎重に杖と触媒を手にし、通風孔の様子を伺い見た。

 

《他の魔物であれば出てきた途端に吹っ飛ばすが……》

 

 改めてみると、確かに何かいる。

 

 ガサゴソと孔の奥から聞こえてくる音に、ヌルスの緊張感が高まっていく。

 

 その時だ。

 

 うにゅん。

 

 3層に繋がる通風孔から、何か白くて丸くて柔らかいものが、無理やり押し出されるように飛び出してきた。

 

《?!?》

 

 驚愕のあまり背後に後ずさるヌルス。その目の前で、あきらかに物理法則を無視した感じで通り抜けてきた白い物体は、どさりと音を立てて床へと落ちた。音からして、何か布の袋。そしてその内部には、角ばった何かが大量に入っているようだ。

 

 さらに、孔の奥から、にゅ、と白い腕が伸びてきて、ヌルスは自らの正気を疑った。

 

《?!?!》

 

 見ている前で、粘土のように人体がにゅるり、と押し出されてくる。完全に物理法則を無視した動きで孔から這い出てきた人物は、先に通った袋の上に落下すると「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。

 

「あたたた……」

 

 服についた埃を払いながら立ち上がってくるその人物。赤い服を身に纏い、金色の髪を三つ編みに。顔には丸メガネをかけた、青い瞳の女の子。

 

 彼女の事を、ヌルスは知っていた。

 

《アルテイシア!? え、あ、いや? え?? なんで?》

 

「おっと違いますよヌルスさん。私はアルテイシアではあーりません!」

 

《え》

 

 人間には聞こえないはずのささやきに返事が帰ってきて固まるヌルス。そんなヌルスに、アルテイシアの姿をした何者かは、うふふ、と笑って口元に指をあてた。

 

「私はサンタ! サンタテイシア! 良い子のヌルスさんにプレゼントを持ってきました!」

 

《……は、はぁ。プレゼント、です? え、よいこ?》

 

 混乱のまま、うねうねと触手をくねらせて困惑をしめすヌルス。

 

 この少女からは敵意の類は全く感じないが、それはそれで困惑するばかりである。そもそもなぜ知り合いと同じような姿をしているのだ?

 

「はい、そうです! お行儀よくしている子には、サンタさんからプレゼントがもらえるのです!」

 

《はぁ……。いや、しかし、私がよい子? それはないだろう、私は魔物の存在する意味に反した存在だ。自己の存在を最優先とし、人間と協力したりもしている。魔物としては悪い子なのではないか?》

 

「変な事考える魔物ですね貴方……」

 

 ヌルスの抗弁に、サンタテイシアと名乗った少女は面倒くさそうに眉を顰める。彼女はちっちっち、と指を振りながら、出来の悪い生徒にするように説明を始めた。

 

「別に、迷宮は魔物に何かを求めてなんかいないですよ。冒険者に協力しようと、魔物同士で破壊しあおうと、別にどうでもいいのです。ヌルスさんが良い子なのは、目的をもって頑張ってるからですね! ただ生きている、活動しているだけの事に、善悪はないので!」

 

《はあ……》

 

 なんだかしれっと魔物権を全否定されたような気もするが、ヌルスはぽやぽやと頷いた。

 

「だいたいプレゼントを上げようというのにぐだぐだ言わない! そこはタダでもらえるんだから、ありがたく受け取っておきなさいな」

 

《いやでもタダより高いものはないっていうし》

 

「ほんっとめんどくさいですね貴方……」

 

 サンタテイシアは心底めんどくさそうな顔で眉を顰めつつも、袋に上半身をつっこんでがさごそ始めた。

 

「という訳で、はい! これが今回の貴方へのプレゼントです!」

 

 そういって彼女が差し出した箱に、いぶかしみながらもヌルスは触手を伸ばして受け取った。サイズも重さも大したことはない。それこそ、魔力結晶が一個、入っているかどうか、というところだろうか。

 

「どうぞ、ご開封ください」

 

《ふむ?》

 

 促されるがままに包装をほどく。ラッピングは上質な紙を糊付けしているようで、触手の先端を潜り込ませて紙を破かないようにして包装をはがしていくと、これまた質の良い白い木材で作られた箱が出てきた。はがした紙を丁寧に折りたたんで横におくと、ヌルスはかぽりと蓋を開いてみる。

 

《おっ》

 

 箱の中には緩衝材として綿が詰められており、その中央に虹色に輝く魔力結晶が収まっていた。

 

 複数の触手で持ち上げ、しげしげと全方位から観察する。ただの魔力結晶ではなく、何やら土台のような、紫色の乾いた肉のようなものがこびりついているようにも見える。魔物から無理やり引きはがしてきたような具合だが、魔物の体はそんな事をしたら灰になってしまう。

 

 少し気になる点はあるが、超級の高品質魔力結晶である事は間違いないようだ。

 

《え、本当に? これくれるの?》

 

「ええ、はい、どうぞ! パクッといっちゃってください!」

 

《おぉー……》

 

 渡した本人がそういうなら、まあ遠慮する必要はない。

 

 ヌルスは言われた通り、虹色の魔力結晶を触手で包み込んだ。

 

《おぉ……お? お? おぉおおおお……?!》

 

 

 

 

 

 その日、巣窟迷宮エトヴァゼルは崩壊した。

 

 大地震と見まがう振動に戸惑う近隣の町の人々が目にしたのは、迷宮のあった場所から吹き上がる土煙と、その中からゆっくりと姿を現す、とてつもなく巨大な触手型モンスターの姿だった。

 

《わーっはっはっはっは、生きてる! 迷宮の外でも生きているぞ! 私は自由だ! わーはっはっはっは!》

 

 体を震わせ、初めて浴びる太陽の光に身を震わせるヌルス。その上に乗った真っ赤な衣装の少女が、同じく笑いながらびしぃ! と遠方を指さした。

 

「さあヌルスさん! これで貴方は自由です! どこへなりともいくのです! わーはっはっは!!」

 

《わーはっはっはっはっは!!》

 

 地響きを揺らしながら、東に向かって侵攻を開始するヌルス。足元から見覚えのある金髪の剣士や赤髪の剣士、お揃いのローブと帽子の少年少女が見上げてくるのに挨拶のように触手の一つを振りながら、ヌルスは太陽の昇る方へとひたすら歩いて行った。

 

《ふはははははは! 私はヌルス! 世界一巨大な、触手モンスターだ! わーはっはっはっは》

 

 

 

 

 巣窟迷宮エトヴァゼルの片隅にある、小さな魔術師の隠し工房。

 

 その中で、一匹の触手型モンスターがスヤスヤと寝入っている。

 

《むにゃむにゃ……なるほど……超高濃度の魔力と魔素が安定供給されれば迷宮の外でも……ムニャムニャ……》

 

 一定のリズムで膨らんだり縮んだりするその様子は、見るからに幸せな夢の中にいるのが明らかだ。とても分かりやすい。

 

 そんなヌルスの眠る机の片隅には、小さなカードが置かれている。本日は人間にとって何か意味のある日という事で、早めに引き上げる知り合いから手渡されたものだ。

 

 そのカードには、丸っこい文字で、こう書かれていた。

 

 

 

 

『ハッピー メリークリスマス!』

 

 

 

 

 

注:この世界にイエス・キリストが存在するかどうかは、定かではありません。

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