望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第四十五話 姦しきは乙女かな

 

《よし、通じた!》

 

 コウコク頷いて、通じている事を肯定し、しきりに自分自身を指さす。しばし口元に指を添えて首を傾げていたアルテイシアだが、はっとしたようにヌルスの鉄兜を指さして叫んだ。

 

「ヌルス! ヌルスさんという訳ですね!!」

 

 ぱあ、と喜色に染まる笑顔に、ヌルスもコクコク頷いて肯定する。続けて別の紙を取り出し、続けて文章を刻んだ。

 

『申し訳ない。私は遠い場所から来た。諸事情があって言葉を発する事が出来ない故、筆談で失礼する』といった内容である。

 

「……え、えと。もうしわけな……い?」

 

 ダメだった。字が汚すぎて長文は通じないようである。

 

 仕方なく、短い短文で意思疎通を試みる。今度は、問題なく伝わったようだ。

 

「なるほど……。もしかして、喉を傷めておられますか? 魔術師には時々いるんですよね、単純な詠唱はできるけど、言葉を発するのが難しい人。うっかり薬品の湯気をすっちゃったりとか、変な呪いをかけられた、とか。ヌルスさんもその口ですか?」

 

《そ、そうそう。そんな感じ》

 

 実際の所全く違うのだが、実に都合のよいアルテイシアの勘違いに便乗する事にする。

 

 ただ、嘘はついていないが、相手の勘違いに便乗しているのはどうにも悪い気がした。

 

《……すまない。やはりウソなんだ……だがこれ以上のウソは重ねない。誓って》

 

 ヌルスの思いは伝わらない。この裏切りを知っているのはヌルスだけだ。その心を切り裂く痛みは、贖罪が叶う事はない。

 

「まあ、筆談できれば十分ですよ! それよりも、すいません。急な事で荷物が散らばっちゃいましたね。拾わないと……」

 

《あ、これはどうも》

 

 足元の草地に散らばった紙を拾おうと、アルテイシアがかがみこむ。ヌルスも続いてしゃがんで紙を拾い集める。念のために持ち出していた資源だが、使う相手がいるとなれば話が違う。無駄使いは厳禁だ。

 

「と、これは何か書いてありますね。メモです、か……ね……?」

 

 散らばった紙のうち、すでに使用済みの一枚を目にしたアルテイシアは何気なく目を走らせ、そしてその内容をざっくり理解するとその場で凍り付いた。数秒の硬直ののちに我に返った彼女は、ヌルスに食ってかかる勢いで問いかけた。

 

「ヌヌヌヌヌ、ヌルスさん!! こ、これ! これ!! どこでどうやって!?」

 

《?!?!》

 

 興奮のあまりか、あれだけ頑なに保っていたはずのパーソナルスペースを踏み越えてくるアルテイシア。ヌルスは両手を前に構えて彼女の勢いを阻止しつつ、いったい何がそんなに驚きをもたらしたのか、彼女の手にするメモを確認する。

 

《あ》

 

 彼女が手にしているのは、ヌルスがこの階層攻略の為に情報をまとめた地図だ。一見すると意味不明な記号と図形の羅列でしかないが、この階層に苦戦する冒険者からすれば確かに重要な情報だろう。ましてや恐らく、この考え方は一般的ではないはずだ。

 

 それを一目で意味を理解し、革新的である事を看破したあたり、やはりこのアルテイシアという少女、唯者ではない。

 

 が、今は彼女を落ち着かせる方が先決だ。この距離は正体を看破される恐れ以上に、ヌルスが落ち着かない。

 

 とんとん、と肩を叩いて彼女の体を押しやる。それでアルテイシアも我に返ったのか、戸惑うように自分の手を見下ろすと「きゃっ」と小さな声を上げて飛び退った。

 

「す、すいません!! 私ときたらはしたない……で、でもこれ! 4層の攻略の王道が変わりますよ! どうやってこんな地図を?」

 

《ああ。それはまあ……上だよ、上》

 

 返された地図を受け取りつつ傍らに生えている木を指さすと、アルテイシアの目に理解の色が浮かんだ。

 

 やはり、理解力というか頭の回転が尋常ではない。魔術師というのは皆そうなのか、とヌルスはなんだか自分に自信が無くなってきた。少なくともヌルスは知識ゼロの状態では、説明されないと地図の価値はわかりそうにない。

 

「そ、そうか、上から見下ろせば……。こんな密林の中、上から見下ろしても見通しなんか効かない、って考えてたけど、それが思い込みだった……!? 迷宮の構造は魔素で現実をゆがめる際になんらかの特定の方向性が与えられるというけど、それを考えれば何かしらの明確な攻略法が存在すべき、という先生の考察が正しかったという事……!? だったら……」

 

 しばし腕を組んで思考にふけるアルテイシアだが、すぐにはっと我に返る。

 

 そう、彼女はただいま、恩人との会話中だったのである。それを放っておいて考え事にふけるなど失礼極まりない。先ほどから情緒が乱れに乱れまくった失礼な子になってる事を理解して、彼女は顔を真っ青にした。

 

 まあ、肝心のヌルスはほえー、と彼女の様子を賢いんだなあ、と眺めていただけなのに、特に悪印象も何も無いのだが。このあたり、出自もあってか妙におおらかなヌルスである。

 

「……そ、その……失礼しました。ええと、この話は、その、また今度という事で……。うぅ……」

 

 とはいえ、こちらに対し好意的な少女がしょげているのはあまりに哀れだ。ヌルスは拾い上げた紙の一枚にさらさらとメッセージを連ねた。

 

『気にしていない』

 

『もし恩を気にするというのなら、一つ頼まれごとをしてほしい』

 

『この地図も、その頼まれごとに必要ならば提供しよう』

 

 少女が目を丸くする。

 

「え、えと? 頼まれごと……ですか? それは、はい、勿論……」

 

『探している物がある』

 

 少し表現に悩んでから、結局ヌルスはストレートに要求を伝える事にした。

 

『この階層のどこかに、人が通れない通路がある。それを見つけたら教えてほしい』

 

「人が、通れない通路……ですか。そんなものを探して……いえいえ! 追及するつもりはありません、わかりました!」

 

『助かる』

 

 メガネをクイッ、として「お任せください!」と主張するアルテイシアに、感謝の意を伝える。ついでに、地図の中身をもう一枚にサラサラと移して、彼女に手渡す。今、階層の更新直後で、彼女達のパーティーも苦戦しているはずだ。その中で、この地図が少しでも助けになれば結果的にヌルスにとっても大きな得になる。

 

 ただ資源や情報をため込むのではなく、リターンが最大になるように適切に投資する事が大事、そのぐらいの事はヌルスにだって分かる、簡単な事だ。

 

『仲間との相談も必要だろう』

 

『次にこの階層に日が昇った時に、またここで会おう』

 

「わかりました! 多分、大丈夫です。私たちは数日、この階層に留まって探索する予定なので……。それじゃあ、細かい話はまた明日、という事で」

 

《うむ》

 

 そして、二人はそこで別れた。

 

 手を振って離れていくアルテイシアを、ヌルスは長い間、見えなくなるまで見送った。やがて彼女の姿が梢の向こうに消え、僅かに仲間らしき影と合流し、魔力が感知できないほど遠くに去って行ってから、ヌルスは手元の地図に意識を戻した。

 

《…………なるほど。奇縁か》

 

 一人ではどうしようもなかった事は事実。それを、恩があるとはいえ人間の協力を得た事が、果たしてどうなるか。人間と接触の機会を増やせば、正体を気取られる事はあるかもしれない。信用というものを得たところで、それがヌルスの正体が魔物、それも触手型であるという事に対して何か言い訳になるものだろうか。

 

 わからない、が。

 

 正直詰んでいる現状を、一人で打開できるとも思えない。

 

 ここは危険を冒すだけのリターンがある場面だと、考えるしかない。

 

《さて。そろそろ、今晩を過ごすのによい所を探すか……。残っている触媒とスクロールの管理もしなければならないしな……》

 

 気持ちを切り替え、ヌルスは地図を片手に階層の入り口方面へと引き返した。入り口近くには高い木もある。冒険者から隠れて高所に登れば、安全に休息を取る事ができるだろう。暗くなってからだと、戻ってくる冒険者の目を避けるのが難しくなる。いまのうちに戻るべきだ。

 

《しかし、アルテイシア、か。そういえば、人間から名乗られたのは初めての事だな。ふふ。アルテイシアか、良い名前だ》

 

 考えてみれば、これまで遭遇してきた人間には皆、名前があった訳だ。改めてその当たり前の事を意識すると、人を見る目が変わる気がする。

 

 すべての人間に、母と父がおり、その母と父にまた両親がいる。魔物と違い、人間は雌雄の個体が繁殖行動を行わなければ生まれてこないし、さらに生まれてから一人前になるのに10年以上の年月を必要とする。それを考えると、どうにも不思議な気持ちになってくる。

 

《うーん。それだったらもうちょっと命を大事にした方がいいんじゃないのか? 私だって死にたくないが》

 

 人間というものはよくわからん。首を傾げながら、ヌルスはその場を後にした。

 





皆さん、今年も一年ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。良いお年を。
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