望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。


お正月特別編

※現代パロです。本編には関係ありません。

 

 

 

 ヌルスが目を覚ましたのは、耳元で鳴るスマホの喧しいバイブレーションによるものだった。

 

 ベッドの中から手を伸ばし、スマホを布団に引きずり込む。

 

 画面には、次々と友人達からルーインを通して通知が届いていた。

 

『あけましておめでとうございます!』

 

『あけおめことよろ』

 

『ハッピーニューイヤー』

 

「……」

 

 一通り無感情にそれらに目を通して、ヌルスはスマホを再び枕元に置き、自らは布団に籠ったままだった。

 

 外は寒い。

 

 新年とかどうでもいいからもう少し寝ていたい気分だった。

 

 が、しかし。

 

 再びうとうととし始めた彼女の意識は、ドンドン、というドアをノックする音で妨害された。

 

「…………」

 

 こんな朝早くからやってくる相手には心当たりがない。

 

 よって人違い。証明完了。

 

 ヌルスは無視して布団に潜り続ける。

 

 だが、来訪者は諦める様子はないらしい。ドンドンドン、とドアを叩く音は強くなるばかりだ。それでも無視していると、やがて不意に音が途絶えた。

 

 よかった、やっと諦めたか。

 

 ヌルスがそう安堵していると、ガチャリ、とドアの鍵が回る音がした。

 

「……なぬ?」

 

 思わず布団の中で目を見開く。

 

 そうこうする間も、ドアの開く音に続いてドドドド、と廊下をかける音が響き、ついに寝室のドアがガタッと押し開けられる音がした。

 

「おはようヌルスさーん! あけましておめでとうー!!」

 

「ひゃああああ!!」

 

 大家特権で侵入してきた襲撃者は祝いの言葉を言いながら一切の容赦なく布団を剥ぎ取りにかかった。突如として冷え切った朝の空気にさらされ、ヌルスは悲鳴を上げてもんどり打ってベッドから転がり落ちた。

 

「イチチチチ……シ、シオンさん! いきなり何するんですか!?」

 

「新年そうそう寝正月決め込もうとするヌルスさんが悪いんですよー。私は大家のご命令を実行しただけですぅー」

 

「むぐぅ……あ、あとそれから、いったでしょ。私の事はヌルスではなく、ヴィヴィアンと呼びなさい」

 

 襲撃者は、緑色の髪が特徴的な大家の手伝い、シオンであった。正月という事で気合の入った晴れ着を纏った彼女の手には、布団ががっしりと握られている。どうやら返すつもりはないらしいと見て取ったヌルスは、しぶしぶ身を起こして朝の冷気に身を震わせながら、サイドテーブルの上の眼鏡を手に取った。

 

「えー、ヌルスさんはヌルスさんじゃないですか」

 

「ち、が、う! それだと後で困るんです! いいから、私の事はヴィヴィアンと呼ぶように」

 

「はーい、わかりましたー」

 

 気の無い返事に肩を落としながら、ヌルスはすっくと身を起こした。今のやり取りですっかり目が覚めてしまった。

 

「ほら、もう二度寝はしませんので布団を返してください」

 

「はーい」

 

 布団を取り返し、ベッドメイキング。

 

 それが終わったら流しに向かう。鏡を見れば、寝間着姿の美少女の姿。髪は末端にかけて金色にグラディーションが掛かった銀髪、目は赤紫色。造詣が整っているが、表情の乏しさ故氷のような冷たさを感じさせる美女がそこに居た。

 

「よし。今日も問題なし」

 

 顔を洗って髪を整え、化粧水や乳液で顔を整える。ただ、化粧はあまり行わない。しなくても十分美人な顔というのもあるが、肌への影響などを考慮して最適なものをまだ見つけていないのだ。

 

 手早く朝の支度を整えていくヌルスの様子を見て、後ろで控えていたシオンがほへー、と感嘆の声を上げた。

 

「いっつも思うんだけど、なんだかんだいって手間暇を惜しまないよね、ヌル……ヴィヴィアンさん」

 

「この体の管理責任があるからな。品質維持は勿論、風評被害にも気を配る必要がある。これぐらいは最低限の嗜みです」

 

「はぁ……」

 

 思っていたのと違う方向の答えが返ってきてシオンはつまらなさそうに首を傾げる。一方でヌルスは淡々と準備を続け、30分後にはどこに出しても恥ずかしくない振り袖姿の銀髪美女が爆誕していた。

 

「これでよし。どうだ、シオンさん。違和感はないか?」

 

「見た目には違和感はないよ、見た目には」

 

「何か引っかかる言い方だな……」

 

 どうにもぱっとしないシオンの言い方にヌルスは首を傾げる。これでも自分なりに勉強した結果なので、そうはっきりしない言い方をされると気になってしまう。

 

「何か駄目なのか?」

 

「駄目っていうか……ヴィヴィアンさん、自分を着飾るというより、こう、芸術品をどうこうするような感じだからさぁ」

 

「それはそうだろう。この体はまさしく芸術品だろう? 私のヘマで台無しにしてはいけない」

 

「事情を知らないとものすんごい高慢ちきに聞こえるね……」

 

 シオンは苦笑しながら、少しだけ帯を直してやる。

 

「うん、ばっちし。それじゃあ、いこっか!」

 

「うむ!」

 

 

 

 新雪のつもる街を歩く。

 

 まだ朝が早い事もあり、空気はシンと冷え切っている。通りには人の影はない。

 

 だが、静寂に満ちているかというと、そうではない。通り過ぎる家々、アパートからは正月番組の放送がかすかに聞こえてくるし、新年を祝う楽しそうな談笑も微かに届いてくる。

 

 皆、それぞれで正月を楽しんでいるのだろう。

 

 人がいないのは、あまり目立ちたくないヌルスには願ってもない事だ。

 

 と。

 

 ちょうど神社前の交差点に差し掛かったところで、赤信号を待つ知り合いと遭遇した。

 

 金髪の白人男性。

 

 ヌルスの家の大家、アトラスである。

 

「……む」

 

「やあ。あけましておめでとうございます、ヌル……ヴィヴィアン」

 

「ええ。あけましておめでとうございます、アトラス」

 

 一瞬言い淀んだもののちゃんと呼んでくれたアトラスに、笑顔で挨拶を返すヌルス。こちらの事情を把握した上で意思を尊重してくれている事に感謝を込めて頭を下げる。

 

「シオンもありがとう」

 

「いえ。対して手間はかかって、ない。でも、私がおこしにいかなかったら昼までねてた……かも?」

 

 アトラスはシオンにも声をかけるが、彼女の返事はつっけんどんで愛想が無い。ヌルスと会話している時とは大違いだ。

 

 それでいて、どっちが彼女の素かというと、多分ヌルスと話している時のが素に近いだろう。

 

 別に実際の所、彼女がアトラスを嫌っているとか、そういう訳ではない。むしろその逆。

 

 シオンは、自分を助けてくれたアトラスを深く慕っている。が、それ故に、彼の前だと照れやら焦りやらが出て、こういったつっけんどんな態度になってしまう、らしい。肝心のアトラスも察しが悪いのかおおらかなのか、シオンの態度を不審に思う事もなく、そういう女性だと認識して気にしていない様子だ。

 

 人間関係は複雑怪奇というが、これは下手すると複雑骨折しているのではないだろうか。そろそろ付き合いが長くなってきてそのあたりの事情を把握しつつあるヌルスからすると、シオンの恋路を応援しつつもその前途を考えると途方にくれるような気分になる。

 

 上手くいってほしいものだが、はてさて。

 

 知り合いと合流し世間話をしながら、神社に続く階段を昇る。

 

 新年にも関わらず、朝が早いからか、寒いからか、そこまで信仰深い人がいないからか、神社の境内はすいていた。出迎えてくれた初老の神主に挨拶をし、まずは水場で手を清める。以前はひしゃくで口もゆすいでいたが、大規模な伝染病の流行以来、それは自粛されている。ただの蛇口から出る水で手を洗うと、冷えた指先がシンシンと痛んだ。

 

 乾いたタオルで水気を拭い、賽銭箱の前に並ぶ。

 

 隣に立つシオンが、小さく訪ねてきた。

 

「ねね。ヴィヴィアンさんは何願うの? 私はね……」

 

「アトラスとの事だろう? 神頼みするまでもなく、ぶち当たって砕けた方が早いと思うが」

 

「砕けたらだめでしょ!」

 

 多分相思相愛だと思うんだがなあ、と思いつつも、ヌルスは小銭を賽銭箱に放り込み、ガラガラと鈴を鳴らした。

 

 手を合わせ、そこでふと考える。

 

 願い。

 

 ヌルスにも、確かにある。絶対に叶えなくてはならない、絶対に誰にも譲れない願いが。

 

 だからこそ、神頼みはできない。

 

 神様に手助けしてもらうとか、叶えてもらうとか、それではダメなのだ。そんな不確定なものには頼れない。

 

 絶対に。

 

 

 

 絶対に、手を届かせる。彼女に。

 

 

 

 気が付けば、隣のシオンが顔を上げる気配があった。結局、最後まで願いは思い浮かばず、ヌルスも顔を上げる。

 

「さ、帰りましょ。結局、ヴィヴィアンさんは何願ったの?」

 

「秘密さ」

 

「えー」

 

 本当は何も願えなかったとは言えず、曖昧に誤魔化してヌルスは踵を返した。売店で熊手を購入しているアトラスを見つけ、そちらに歩み寄る。

 

 その時にはもう、願いの事など忘れていた。所詮、付き合いで来ただけの事。

 

 ヌルスにとって、初詣という行事に大した思い入れはない。

 

 

 

 だから、ヌルスは気が付かなかった。

 

 境内の墨にひっそりとたたずむ、絵馬をかける場所。

 

 そこに、一つの絵馬が息をひそめるように飾られていたことに。

 

 

 

 思い人の、心知らず。

 

 

 

 

 

 

 

『今年こそ ヌルスさんが幸せになれますように

 

                           アルテイシア』

 

 

 

 

 

 

 

 

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