望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第四十六話 二つの派閥

 

 翌日。

 

 まだ空の明かりがまだ薄明りのうちにヌルスは動き出した。

 

 魔術の触媒が心もとない以上、可能な限り交戦は避けるべき。理由がはっきりせずともこの階層の魔物は暗い間はあまり活発に動かない事を考えると、まだ暗いうちに動き出すのが良い。特にまだ明るいうちに戻るから、早めに動きださないと活動時間が減ってしまう。

 

 約束の時間にはまだ時間がある。何をして時間をつぶすか……そんな事をぼんやり考えながら歩いていたヌルスは、しかし目的地に人影があるのを見咎めて足を止めた。

 

 うっすらと朝霧がかかる森の中、佇んでいる濃紺のローブの姿。帽子からはみ出している、先端が白く変色した金髪の三つ編みは、アルテイシアだ。

 

 彼女はこちらに背を向けて、肌寒さにか肩を抱くようにして佇んでいる。

 

「うぅ……ちょっと寒いかな……くしゅん」

 

《…………》

 

「……あっ! ヌルスさん、おはようございます!」

 

 繁みをガサガサと揺らして近づくと、気が付いたのかアルテイシアが笑顔と共に振り返る。その鼻は少し赤かった。

 

 ヌルスは内心溜息をつくと、取り出した紙につらつらと文字を書いて彼女に差し出した。

 

『ついてきなさい』

 

「え……と? わ、きゃ」

 

 アルテイシアの手を取り、地図で確認していた空白地帯に連れていく。籠手の上からわかるぐらいに、彼女の体は冷え切っているように思えた。人間というのは一定の体温を維持していないと体調を崩すらしいという知識が、ヌルスの頭の中を通り過ぎた。

 

 いったい、なぜ。いつから。

 

 心なしかイライラしている自分に気が付いてヌルスはすこし困惑した。

 

 向かった空白地帯は、特に何もない、ちょっとした広場のようだ。特にモンスターが寄り付かない、という事もないので冒険者の姿はないが、周辺の視界が確保されているという意味では繁みの中より大分マシだ。そこまでアルテイシアを引っ張ってくると、彼女を座らせ、ヌルスは懐から使用済みの紙と、使い切ったスクロールの束を取り出した。それらを積み上げ、杖の先端を炎属性のそれに交換する。

 

『α γ β』

 

 ファイアボルトの魔術を弱く放ち、火をつける。たちまち燃え上がり小さな火種となったそれを指し示し、アルテイシアに温まるよう命じた。

 

「あ、その……。ありがとうございます……」

 

 遠慮しつつも、寒いのは事実だったのだろう。おずおずと火にあたる彼女を横目に、広場に落ちている木の枝を探して炎に放り込む。紙は火の付きが良いが、すぐに燃え尽きてしまう。枝も湿気ていたらダメだが、幸い燃えないほど濡れている訳ではないようだ。

 

 一通りの燃料を追加しすぐには消えない程度に炎が大きくなったのを見ると、ヌルスも火にあたることにした。いやヌルス本人は寒いのも暑いのも平気だが、アルテイシアがこうして寒そうにしているのを見る以上、人間の真似、という意味では自分も炎に当たっていた方がよいのではないかと思ったのだ。

 

 焚火を前に、二人並んで温まる。パチパチと枝が弾ける音が小さく響いた。

 

「その……すいません……」

 

 しばらくして、アルテイシアが申し訳なさそうに呟いた。

 

「ヌルスさんを待たせたらいけないと思って……早くから待っていたんですけど……」

 

『自分を大事に』

 

「はい……ごめんなさい……」

 

 しょんぼりと肩を落とすアルテイシア。その体が、ずいぶんと小さく見える。

 

 いや、実際に小さいのだ。こうして距離が近いとよく分かる。人間にも二種類おり、それが男、女、と呼ばれている事、その両者には大きく体格の違いがある事をヌルスは知っている。アルテイシアはそのうちの華奢な方、つまり女だが、その中でも特に貧弱な体格のように見えた。触手の一本でも絡めれば、容易く骨を折ることができそうだ。

 

 勿論そんな事はしないが。

 

 意味がないどころか、これまで培ってきた冒険者からの信用を一気に失いかねない危険な行動でしかない。あくまで生存の為にしか過ぎない冒険者への擬態と、そのための人助けだったが、それが巡り巡って今、アルテイシアとの出会い、という形で結実している。何がどう巡るか分からないのが世の中であるというのを理解したなら、衝動的な攻撃や破壊活動は控えるべきだ。

 

 たとえ、魔物の本能が人を害せよ、と訴えていても。

 

 しばし沈黙が流れる。

 

 やがて静寂に耐えきれなくなったように、アルテイシアが小さく訪ねてくる。

 

「……そういえば、その。ヌルスさんはニコライ式を実戦で用いているんですね」

 

《???》

 

 突然の知らない言葉を当然のように言われてヌルスは困惑した。しばらく考えて、どう思いなおしても聞き間違いではない事を確信してから、素直に聞き返す事にする。

 

 さらさらと紙を指でなぞる。

 

『ニコライ式とは?』

 

「……え? ご存じ、ない?」

 

『私の知識は古い本からの受け売りだ』

 

「あ、あー……。そういう……ヲホン。わかりました、軽くご説明しますね」

 

 咳一つで仕切り直し、アルテイシアが佇まいをなおした。膝を抱えたように座っていた状態から、足を横に寝かせる女の子座りに。そういえば、今日は妙にマントが短くて足がよく見えるな、とヌルスは今更ながらに思った。理由は分からないが、寒かったのはこれが原因ではないか? 血色の良い大腿部がよく見える、少し不用心ではないだろうか。

 

 いや、人間の脚の動きを見るにはちょうどいいかもしれない。

 

 会話が始まる前に、ヌルスも立ち位置を崩し、アルテイシアの全身がよく見える位置に座り込んだ。

 

「では、まず。現代では、魔術は大きく分けて二つの派閥に分かれているとされています。これはおよそ30年ほど前の話ですので、恐らくヌルスさんが参考にした書物はそれ以前のものなのでしょう。今では、従来の魔術をニコライ式、新しく分岐した系統をエジニアス式、と呼称しています。この二つは単純に言うと、理論派と実践派の違いになります」

 

《ほほう》

 

「ニコライ式については、ヌルスさんもよくご存じですよね。触媒と術式回路を用意し、対応した呪文を詠唱する事で術式回路を起動し魔術を使う。術者が魔術に秀でていれば、術式回路を書き換えたりする事で臨機応変に対応できますが、一方で知識が足りなければ何もできません。また、不安定で、呪文詠唱の熟練度によって発揮される性能が変わったりします。戦闘の手段というより、あくまで魔術という理論を実行するためのもの。それがニコライ式です」

 

 ほほう、と話に聞き入るヌルス。確かに彼女の言う通り、ニコライ式というヌルスの使う魔術は不安定だ。3層のフロアガーディアン戦でもそうだったが、正確な詠唱などで威力を上げる事が出来るという事はその逆もあるという事だ。体調や状況によって威力が上下するのは確かに、戦闘の手段とは言い難い。

 

「それに対し、エジニアス式は、ニコライ式の目標の一つでもあった、画一化された魔術の運用システムです。才能に大きく左右される事なく、ある程度の素養があれば、誰でも同じように決まった手順で魔術を発動するための、いうなれば魔術の工業化手法ともいえます。その分、高度に発動システムがパッケージングされているので、調整などは難しいのですが、そもそもの基本術式に幅を持たせる事で対応できます。発動も、呪文の詠唱ではなく規定の起動コードを呼称する事で発動するという違いがありますね。せっかくですので、実演しましょうか」

 

 言いながらアルテイシアは、懐から短い棒のようなものを取り出した。ペンかな、と見ていたヌルスは、その棒の先にキラリと輝く触媒を見咎めて認識を改めた。

 

 違う、これは魔術の杖だ。

 

 ヌルスの使うものに比べて、短く軽く、圧倒的に扱いやすい。

 

 なるほど、確かに戦いの手段としてはより洗練されている。

 

 まじまじと観察するヌルスの前で立ち上がったアルテイシアは軽くスカートの汚れを払うと、杖を後ろの繁みへと向けた。

 

「……アストラルレーザー!」

 

 言葉と共に、杖から一筋の光が放たれる。その閃光は藪の奥へと鋭く差し込まれると、そこに隠れていた一匹の魔物を貫いた。

 

 ギャン、と悲鳴があがり、たちまちのうちに頽れる魔物。パチパチパチと音を立てて灰になる魔物を見届けて振り返ったアルテイシアは、にっこりと微笑んだ。

 

「このような感じです。わかりやすくなったでしょう?」

 

《お、おぅ……》

 

 間違いなく、輝くようなかわいらしい笑顔なのだが。ヌルスは自分の体がはみ出していないか不安になって、きゅっとローブを襟元でより合わせた。

 

 多分あの魔術で撃たれたら無茶苦茶痛いんだろうな……と背筋が寒くなる。

 

 それにしても、エジニアス式とかいったか。魔術の規格化、パッケージング化。それは、より魔術を普遍化するべきである、というあの魔術書の著書がうたっていた魔術が目指すべき未来そのものだ。どうやら世界はヌルスの知識より大分先に進んでいるようである。

 

 つまり、今現在の魔術は、実践と研究、二つの流れにはっきりと分かれている、という事か。

 

 なるほど。それならば、研究用の魔術を実戦に用いていたら不思議がられるのも道理。ではいまからそちらに鞍替えするか、と言われると、不可能だと言わざるを得ない。

 

 起動コードはなるほど、人間であるならば非常に簡単で確実だ。日常会話では意味のない単語をせっせと覚えるよりも、意味のある言葉の方が覚えやすいに決まっている。が、それは人間の話であって、ヌルスには少し、難しい。

 

 現状だって、それっぽい“音”を出しているだけなのだ。人間の言葉の発音が必須、となると何もできない。

 

「どうやら、ずいぶん古い資料で勉強されたようですね。もしかして、遠い所からいらっしゃいました? もしかして、喋れないんじゃなくて、こちらの言葉をご存じない?」

 

『解釈はそちらにまかせる』

 

 ボロが出ないようにそっけなく返しつつも、それは使える、とヌルスは頷いた。今後アルテイシア以外の人間と接触する機会があったら、それで押し通そう。

 

 まあそのためには、最低限自分の名前をしゃべれるようにはなっておかなければならない。無事隠し部屋に戻れたら何より優先しよう、とヌルスは心に決めた。

 

《はぁ。だとしても難易度高いだろうな。人間の声が発声できるように体が変化しないかな……》

 

「? あ、そろそろ日が差してきましたね。暖かくなってきました」

 

 アルテイシアの言葉に顔を上げると、頭上の光が一層強くなってきたのが見える。気が付けば頭上は青白い光に満たされ、4階層は活気あふれる密林の姿へと戻っていた。

 

 確かに暖かくなってきたが、魔物たちも活発に活動を始める事だろう。つまり、聊かアルテイシアには危険な環境になってきた、という事でもある。

 

 そもそも話がずれていたが、ここで彼女と待ち合わせしたのは、隠し通路の探索に協力してもらえるか、どうかという話だったはずだ。

 

『探し物に協力してくれる話はどうなった?』

 

「ああ、それなんですけどね? ちょっと、少しもめてまして……」

 

 やはりか。まあ当然の話だろうとヌルスは納得する。4層は決して楽な階層ではない、アルテイシア達が4層に来たばかりなのかそうでないのかは分からないが、人助けをする余裕はあるまい。

 

「あっ、協力できないってわけじゃないんですよ! あの地図とかすごい助かりましたし! ただちょっと、皆で探索してたら、実力不足って事でしばらくブートキャンプしたほうがいいなってなりまして」

 

『つまり協力できないという事では?』

 

「そうじゃなくてですね。その。私一人なら、ご協力できるという話で……」

 

 なるほど。

 

 ヌルスは話が分かったと首を振って見せたうえで、じっと懐疑の視線をアルテイシアに向けた。

 

 その意味合いはちゃんと伝わったようで、むすぅ、とアルテイシアが頬を膨らませる。

 

「あー、もう! 丸のみにされてた奴が役に立つのかぁー? って視線ですね、それ! 流石にわかりますよ!」

 

『理解いただけて何より』

 

「すっごく馬鹿にしてませんか!?」

 

 杖を振り回して遺憾の意を示してくる少女に、『わかったわかった』とヌルスはなだめるように籠手の手のひらを向けた。

 

 半分ぐらいは冗談である。相手の反応が面白かったからつい調子にのってしまったが、今さっきもアルテイシアはヌルスが気が付いていなかった魔物を先に発見し仕留めて見せた。あの時魔物につかまっていたのは油断というより事前知識が無い状態で不意打ちを受けたのが実態だろう。思い返せば、魔力索敵を行っているのはヌルスも同じなのに、消化液だかよだれが垂れてくるまで気が付かなかったのは一緒だ。ああいう手合いがいる、と知っているのと知らないとでは大きく危険度が違うものだし、一度受けた不意打ちは二度と許すまい。

 

『冗談だ』

 

「むー。いいですよ、実戦で証明してあげます! 今日一日はフリーですので、とくと私の実力を見せてあげましょう!」

 

『期待している』

 

 どうやらヌルスが参考にしている資料は古いようだし、現役の魔術師の戦いは勉強になる。そういう意味で100%本心での書き込みだったのだが、アルテイシアはそうは受け取らなかったようだ。「絶対に見返してあげるんですから!」と言いながら前を行く彼女に、人間っていうのは難しいなあ……と改めて思いながらその後ろについていくヌルスなのだった。

 

 と。そういえば大事な事を伝えていなかった、とヌルスは指を走らせた。

 

『探すのは外壁だ。中央部を探しても探し物はない』

 

「? かまいませんけど……なんで断言できるんです?」

 

『ここに地下はない』

 

「?? まあ、外から探すほうが効率的と言えば効率的ですから、別にそれならそれで」

 

 まあ、知らぬが仏である。深くアルテイシアが追及してこなかった事を良いことに、ヌルスはトラウマに触れずに済んだことにほっと安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮の下。

 

 満たされた水の中で、巨大な何かがゴポリ、と蠢いた。

 

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