望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第四十九話 初めてのコンビ

 

 

 結論を言うと。

 

 アルテイシアにヌルスが抱いていた不安は、全くの杞憂だった。

 

 彼女は間違いなく、非常に優れた魔術師であり、優秀な戦闘者である。

 

 その事を、数度の交戦で彼女はしっかり証明して見せた。

 

 そして、今も、また。

 

 先導するアルテイシアが、不意に足を止める。ヌルスもまた魔力の流れで魔物の存在を感知できたが、それはアルテイシアの予兆あっての事だ。魔物としての超感覚を合わせても、彼女の魔力感知による先行に及ばないというのは、やはりすさまじい事だ。

 

「ハイドポッドが数体。待ち伏せのようです、逆に奇襲しましょう」

 

 頷き合い、杖を取り出す。

 

 繁みに溶け込むように佇む魔物の姿に向けて杖を構えて、お互いに息を合わせて呪文を詠唱する。魔術師同士、合図する必要はない。互いの魔力の高まりを重ね合わせればよいだけだ。

 

「アストラルレーザー!」

 

『α γ β』

 

 魔力の発露を感じ取ったのだろう、ハイドポッドがすぐさま戦闘態勢に入るのが見えたが、もう遅い。

 

 アルテイシアの放った光の線が袋状の本体を貫き、遅れてヌルスの炎の矢がもう一体を焼き尽くした。

 

 地面に落ちて忽ちパチパチ音を立てて燃え尽きる魔物達。

 

『お見事』

 

 文字に書いてアルテイシアをねぎらう。

 

 先ほどからこんな感じだ。魔術は確かに呪文を詠唱する手間があり、即応性に乏しいが、十分な余裕をもって先制できれば戦闘自体が成立しない。ヌルスが懸念していた触媒やスクロールの残数も、アルテイシアが協力してくれるおかげで文字通り半分に負担が減少出来ている。最初はどうなるやら不安ではあったが、実際の所ヌルスばかりが得をしている、という状況に申し訳なくすら思えてくる。

 

「いえ、まだです……上!」

 

 緊張感を解かなかったアルテイシアの言葉に従って、二人ともその場を飛び退る。直後、二人の立っていた場所へと粘液で綴られた網が上からぶぁさ、と被せられた。

 

《まだいたのか……》

 

 上から降ってきたのは、人の倍ほどの巨躯を誇る巨大な蜘蛛だ。その目は筒状に伸びており、双眼鏡や望遠鏡を思わせる。脚も体も細くて長く、脚の間には糸で紡いだ捕獲網が編まれている。それで頭上から二人を捕らえるつもりだったのだろうが、空振りした事でそれが地面にくっついてしまい、引きはがすのに難儀している。

 

「アストラルセイバー!」

 

 ヌルスが攻撃呪文を紡ぐよりも早く、アルテイシアが戦意と共に言霊を紡いだ。杖から伸びた光の剣で、ヒュン、と巨大蜘蛛の体を薙ぐ。一瞬の間を置いて、その体がバラバラに寸断されてその場に崩れ落ちた。恐るべき切れ味である。

 

 細長い手足がバラバラにされて転がるのを見て、ヌルスは訳もなくひゅんと肝が冷え込んだ。

 

 死体がパチパチと炭化していく。残心を残しつつも今度こそ杖をしまうアルテイシアに、ヌルスは先ほどの文面を塗りつぶして新しく文字を掲げた。

 

『よく気が付いたな』

 

「いやまあ、ちょっと今、視線には敏感でして……なんか見られてるな、と。ええ。他意はありません。ええ」

 

《??》

 

 何やらアルテイシアの返事はもごもごとして歯切れが弱く、ヌルスは首を傾げる。素直にすごいと思うのだが。スカートの裾を抑える彼女はまた体温が上昇しているようだ。先ほどの体調不良をまだ引きずっているのかと考え、少しヌルスは心配する。

 

 それはそれとして、とヌルスは周囲を見渡した。近隣に、そこまで背が高い木はない。この魔物は、一体どこから降ってきたのか?

 

 アルテイシアも、灰の中から赤い魔力結晶を拾い上げながら首を傾げている。

 

「魔力感知にひっかからなかったのは、相当に高い所から襲ってきたからだと思うのですが、周辺にそんな木はありませんよね……?」

 

 それは間違いない。ヌルスも同意見だ。

 

 しばし考えた後に、空……のように光る天井を見上げる。

 

 こうして見上げると、雲が無い以外は青空に見える。だが、間違いなくここは地底で、こうして見えるのも天井なのだ。

 

「……天井、ですか。張り付いていて、そこから降ってきた、と? あり得なくはないですね……。結局ここは地下空間なのですから、外縁部から壁を昇っていけば天井に居座れるはず。見た目の印象に引きずられすぎていましたか」

 

 もしそうなら大分面倒くさい相手だ。

 

 ヌルスはともかく、アルテイシアの魔力感知にひっかからないほどの高さに潜んでいるなら、事前察知はほぼ不可能だ。4人パーティーならともかく、二人ぐらいの少人数で行動していたら初撃で全滅、という可能性もある。

 

「どうやら、あまり見晴らしの良い所にも出ない方がよさそうですね。ある程度、梢で身を隠しながら進んだ方がよさそうです。それはそれで、他の魔物の奇襲を受けやすくはなりますが」

 

『情報は出回っていないのか?』

 

「聞いたことがありませんね。これだけ厄介な性質をもった魔物が、ギルドから警告が回っていないとは考えにくいです。初見殺しで生存者が今までいなかったのか、あるいは迷宮更新で新しく生まれた種なのか。多分後者の可能性が高いです。戻ったらギルドに報告しましょう」

 

 新種。確かに、迷宮の顔ぶれは常に一定ではない。何かしらの切っ掛けで、新しい種類が生まれてくる事はしばしばある事だ。今回、迷宮が晴れの日を迎えた事で誕生した新種に、たまたまヌルス達が遭遇したと考える方が自然だ。

 

 確かにあの蜘蛛モンスターの初見殺し性能は高いが、これまで遭遇者が全滅している、というのは少々考えにくい。見た所あの細い手足ではパワーが無いだろうし、時々いる重装甲の冒険者相手には決定打にかけている感じがする。捕らえた後空に連れ去るのかその場でトドメを刺すのかは知らないが、それらしい痕跡も残さずこれまで全ての冒険者を仕留めてきたというのは土台無理な話だ。事実、今こうしてアルテイシアに奇襲を回避されているのだし。

 

「他にも新手の魔物がいるかもしれませんね。注意していきましょう」

 

『ああ』

 

 頷き合って警戒を新たにし、アルテイシアを先頭に再び移動を再開する。

 

 揺れる彼女の金髪の三つ編みと、スカートが翻る度にチラチラ見える健康的な太ももの動きを無意識に追いながら、ヌルスは今後の事を少し考えた。

 

 地図によれば、外周部はもうすぐだ。この階層の構造を考えると、ヌルスの求める通気孔が存在するとしたら外壁部しか考えられない。ただ、この階層はそれなりに広い。その全部をぐるり、と探して回る事になったらそれなりに骨が折れる。それに、あくまであるとしたら、だ。残念ながら通気孔そのものが無い、という可能性だってある。

 

 その場合は果たしてどうすればいいのか。トラブルを招くのを覚悟で2層のフロアガーディアンの突破を試みるか、あるいは5層を目指して潜っていくべきか。どちらにしても、残された物資の消耗具合を考えると現実的ではない。

 

《頼むよ……》

 

 こういう場合、人は神に祈ると言うが、人ならぬ魔物であるヌルスは祈る神などいない。魔物を生み出したのは迷宮なのだから、迷宮に祈るべきなのかもしれないが、そもそもヌルスが困難に直面しているのも迷宮のせいであるからして、果たしてこの場合は誰に祈ればいいのか。

 

《まあ。どうせ祈るのなら御利益がありそうな方だよな……》

 

 なんとはなしに、歩を刻む太ももに目を向ける。血色の良い肌色は健康の証だろう。健康なのは良い事だ。良い事には肖りたい。そんな胡乱な伝言ゲームじみた思い付きから特に深い意味はなく、ヌルスはアルテイシアの後ろ姿に向かって両手を合わせて軽く祈った。

 

《どうか通気孔がありますように、隠し部屋に戻れますように》

 

 半分ぐらい冗談だったが、半分ぐらいは本気だ。

 

 神頼みならぬ、魔術師頼みである。

 

 なお、当のアルテイシアは「私の背中になんか祈ってる……?」と触手の奇行に困惑しながら眉を潜めていたが、まあ触手のやる事だし……と特に気にはしていなかった。

 

 

<作者からのコメント>

皆さん、今年も一年ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。良いお年を。

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