望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第五十五話 帰る場所は地下の穴倉

 

 

 突然の魔物の強襲だったが、なんとか被害を出さずに乗り切る事ができた。

 

 それ自体は喜ばしい事なのだが……最後に繰り広げられた無慈悲な殺戮劇の痕跡として残る灰の山を前に、ヌルスはなんだか複雑な気分だった。締まらない終わり方だったというか、なんというか。

 

 積もる灰の中から、冒険者達が残留物を拾い上げる。金色に輝くその結晶体をしばし眺めてから、彼らはヌルスの方に近づいてきた。

 

「……なんか拍子抜けだったね、最後」

 

「まあな。でも私達の本来の戦場は5層だし、いくら支援かけても2層の魔物相手だ。適正な実力の連中だと完全に詰んでたと思うぜ。っていうか、普通にやばかったからな? 最後がしまらなかっただけで」

 

「私は普通に生きた心地、しなかった……」

 

 三者三様に意見を述べる冒険者達。彼らは様子を伺うヌルスの前に集まると、一斉に頭を下げた。

 

「救援感謝します。おかげで助かりました。私達は冒険者パーティー“ハーベスト”。私はリーダーのアトラス。こっちの赤髪がクリーグで、その隣の女の子がシオン。よろしければ、お名前を伺っても?」

 

『私はヌルス。諸事情あってこちらの言葉に不慣れな故、筆談で失礼する』

 

「ヌルスさん、ですか。あらためて、ありがとうございました、ヌルスさん。貴方の救援がなければ、メンバーに被害が出ていたかもしれません。こちらはほんの気持ちです、お受け取りください」

 

 そういって金髪の剣士……アトラスが差し出してくるのは、今しがた変異個体からドロップした黄金の結晶だ。ヌルスでも見た事が無い色の結晶体、冒険者にとっても貴重品である事が想像できる。事実、アトラスの後ろでクリーグとやらは「もったいねぇ……」というような顔をしている。

 

 気持ちは分かるが、ヌルスとて余裕がある訳ではない。ここは有難く頂いておく事にする。

 

『ありがたく頂こう。しかし、災難だったな』

 

「ええ、まあ。普段はこんな事はそうそう起きないんですが……晴れの日明けで人が多かったからかな。トレイン行動は固く禁じられていて、最悪死刑や奴隷落ちもありうる重罪なんですが……」

 

『そうか』

 

 件のチンピラを招き入れた自覚があるだけにちょっとドキリとするヌルス。

 

 いやまあ、冷静に見ればヌルスはむしろ被害者なのだが、迂闊な行動で今回の事態を招いてしまったのも事実。

 

 見ようによってはマッチポンプとも取れる。

 

 とはいえそのあたりを説明してもややこしいだけだ。ヌルスはさも何もしらないように振舞った。

 

『巡り合わせが悪かったのだろう。どうする、今の逃げたチンピラを追うか?』

 

「いえ、これ以上ヌルスさんにはご迷惑をおかけできません。下手人の追跡と捕縛はこちらでやります。……今日の御恩については、後程に必ず。さ、いくぞ、皆」

 

「へいへーい」

 

 アトラスの合図で、“ハーベスト”の一行は逃げたチンピラを追って来た道を引き返し始めた。少し気になるが、ヌルスまでついていく事もないだろう。何より、ついていった流れで「犯人を捕まえたし、じゃあ地上に戻りましょう」となったら困る。

 

 回廊の向こうに姿を消す冒険者一行を見送り、ヌルスは迷宮の奥へと目を向けた。

 

 今の騒ぎで、大方の魔物は引きずり出された後だろう。つまり今なら、比較的安全に最奥まで進める。

 

 このチャンスを逃す事はない、とヌルスは一人先へと進んだ。

 

 石の回廊をどんどん抜けていく。思った通り、道を阻む魔物の姿はない。どうやら件のチンピラ、ほぼ最奥に近いところまで入り込んでいたらしい。運が良いのか悪いのか、自分の実力に見合った行動を取ればあんな事にはならなかっただろうに。

 

《いや、それは人の事をあまり言えないか》

 

 自らを省みて苦笑する。ヌルス自身、本来2層の生まれなのだから、それが4層に挑んだりしているのはかなり身の程知らずの冒険をしていると言えなくもない。

 

《しかし分かってはいたが、1層や2層では得る物は殆どないな》

 

 ヌルスの目的。

 

 まず第一が、生き延びる事。その為に、迷宮の外でも生きていける方法を見つける事。冒険者や人間の観察は、あくまでその第一目標を満たした上での話だ。しかしながら、それにつながる情報は、今の所1~4層では得られていない。

 

 とはいえ、落胆するのはまだ早い。一般的な迷宮の階層は10から20だという。例え最深部が10層だったとしても、まだ半分も潜っていない。

 

 そしてより深くに潜るには、今のヌルスでは力不足だ。より魔術の研鑽を進めるだけでなく、冒険者の戦いから自らに取り込めるものは参考にし、もっと戦闘力を上げる必要がある。

 

《人間の観察は、いってみれば私の趣味。生きる為に直接必要な訳ではないが、そうする事がやがて私を生かす事にもなる。物事というのは、複雑に入り組んでいるものか》

 

 そして奇縁もそうだ。一見すると関わり合いの無いように見える複数の事象が、互いに影響して今のヌルスを形作っている。

 

 今しがた、かつてヌルスに導きを与えた金髪の冒険者……アトラスと再会した事も、きっとそういう流れの一部なのだろう。

 

 アルテイシアに、アトラスに、サラ。人間というのは、実に色々とあるようだ。迷宮の中でただ活動して朽ちるだけの魔物であったのなら、こうして彼ら彼女らの有り様に思いを馳せる事もなかったのだろう。

 

《む。終点か》

 

 気が付けば、ヌルスは2層最奥、転移陣のある場所までたどり着いていた。壁画や彫像などによって飾られた2層の構造を反映してか、フロアガーディアンと戦う広場もただの小部屋ではなく、神殿の祭壇を思わせる構造になっている。ヌルスはよく知らないが、人間の建物というのは規模さえ違えど皆このようになっているのだろうか。

 

《そういう意味だと、出現する魔物の強さに反して人間には過ごしやすい環境なんだろうか、2層は。1層から極端に魔物が強くなりすぎではないか、とも思ったが、そのあたりで案外バランスが取れているのか?》

 

 逆に言えば、3層はモンスターの実力そのものはそこまでではないが地形がとにかく最悪である。武装したまま湖に沈んだら、本来なんという事もない魚型モンスター相手にすら何もできない訳で。

 

 4層からは、地形も魔物も非常に厄介だが、要はそこから手加減は無し、という事なのだろうなとあらためてヌルスは納得した。

 

《とと、また物思いにふけってしまった、考え込むのは帰ってからだ。……さて、2層のボスは一体何かな》

 

 少しだけワクワクしながら小部屋に踏み込む。

 

 資格を持たない侵入者の反応を感知してか、魔力が部屋の中央に集まり始める。

 

 ややあってその姿を表したのは、一匹の巨大な蜥蜴(サラマンダー)だった。その頭部には、大きな仮面のようなものが装着されている。

 

 2層フロアガーディアンは、目の前に立つヌルスの姿を見咎めると、牙を剥き出しにして威嚇の唸り声をあげた。

 

「ギィエエエエエ!!」

 

《ふむ。3層をうろつくトカゲどもを強くしたような感じか。悪いが、速攻で決めさせてもらう》

 

 時間をかけるつもりは無い。また何か変なトラブルに見舞われる前にヌルスは速攻で魔術を放った。

 

 

 

 特に問題なく、2層の守護者は灰に還った。

 

 

 

《低層では魔術は聊か過剰火力だな》

 

 灰の中から魔力結晶を拾い上げつつ、ヌルスは今しがたの戦闘を振り返った。

 

 いや、戦闘といっていいものか。

 

 ボスの出現した部屋の中央部から、入口付近まで佇むヌルスまでの距離は、二度は魔術を唱えられる距離だ。先制で放った一撃、そしてヌルスの脅威度を認識した守護者が接近を試みるまでにさらに二発、計三発。それだけの魔術攻撃で、あっさりとフロアガーディアンは四散した。

 

 まあ、そもそもヌルスはすでに3層のフロアガーディアンを倒している。2層の守護者相手に苦戦する方がおかしな話とはいえ、実にあっけない。下手をしなくても、アトラス達と遭遇した魔物の群れの方がよほど脅威度が高い。

 

《ああ、なるほど。だからなかなか迷宮の攻略が進まない訳なのだな》

 

 納得しつつ、転移陣を前に少し考える。

 

 これで、3層までの転移陣は全て利用可能になった。よって、今後は誰の目をはばかる事もなく階層を自由に移動できる。

 

 あとは部屋に戻るだけだが、距離だけで言えば1層の通路の方が近い。

 

 だがあちらは今、妙に人が多い。もし孔に潜り込むところを目撃されたら、あっという間に話が広がってしまう。アトラスがそれらしい事を言っていたし、そのうち落ち着くはずだが、今はあまり近づかない方が良いだろう。

 

 となると、面倒だが4層まで降りて、そこから隠れ家に戻った方が確実で安全だ。

 

《ふぅ。ちょっと遠いな……転移陣から転移陣に一気に移動できればいいのに。いやまあ、そんな侵入者に都合の良い仕様はないか……はぁ》

 

 文句ばかり言っていても仕方ない。それに、冒険者達だって何日もかけて潜っては地上に戻っているのだ。それに比べれば、迷宮内部に隠れ家があるヌルスはまだ楽な方だと言えなくもない。

 

 とにかく一度戻れば、もう一層に戻る理由もない。今回だけの苦労だと割り切って、ヌルスは3層に向かった。

 

 

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