望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第五十六話 アルテイシアの急難 その1

 

 

 迷宮探索は、当然ながら日帰りという訳にはいかない。

 

 例え一度攻略しマップが完成している階層であっても、道中多少の戦闘は避けられない。一気に最深部まで移動する、あるいは逆に一気に地上に戻る、という手段が無い限りは、時間をかけて下り、上がってくる事になる。

 

 家に着くまでが遠足です、だなんて言葉があるが、迷宮攻略も基本は一緒だ。

 

 だから、よほどの冒険ジャンキーでない限り、連日迷宮に潜るという事はない。数日かけて迷宮を探索した後は、また数日休息を取るのが鉄則だ。

 

 アルテイシア達、学院生徒パーティーもその鉄則に従い、4層探索後は数日の休暇を設けている。だがそれも昨日まで、今日は再び迷宮に潜る日だ。

 

「さ、皆さん、今日も頑張りましょう!」

 

「なんかご機嫌ね、アルテイシア」

 

「むしろ皆が元気なさすぎなんですよ。これから迷宮に潜るんだから、気合いれる!」

 

 ギルド支部までの道すがら、振り返って後ろ歩きしながら気勢を上げるアルテイシアに、仲間たちは苦笑いだ。休暇で疲れは取れてはいるが、今からあの鬱蒼としたジャングルとしか言いようが無い4層に挑む事を考えると、多少の前途多難を感じざるを得ない。

 

「今回も、予定通りマップ埋めだろ? 最奥にたどり着けるのはいつになるやら」

 

「そうはいっても、調査結果はギルドが高く買ってくれるじゃないですか。それに、調べて分かったでしょ? 闇雲に踏み入るのは危険すぎます」

 

「それはそうなんだけどさぁ」

 

 アルテイシアが、ヌルスという怪しげな魔術師から貰ってきた地図。それは確かに、これまでの4層攻略の前提を覆しかねない情報ではあった。

 

 今まで行われていた4層の攻略は、言ってみれば総当たりだ。冒険者が各々森に踏み入り、そして無事に戻ってきたパーティーが踏み固めた道に後続も続く、というのが基本的な方法で、故に、晴れの日で構造が変わると少なくない犠牲者が生まれていた。

 

 別に4層だけやり方が不味かったのではなく、他の階層も、何なら他の迷宮だってやっている事は同じだ。ただ巣窟迷宮エトヴァゼル4層は、迷宮でありながら道も迷路もない特殊な構造であるが故に、他の迷宮や階層でのやり方が通じなかった。

 

 だが新しいやり方は、もっと効率的に安全な道を確保できる。道の無い中に道を作る事は変わらないが、明確な基準があるだけで効率がぐっと変わる。ただの思い付きではなくアルテイシア達が実際に地図を埋めて証明したその情報を、ギルドは破格の値段で買い取ってくれた。今は、4層に挑む冒険者達が同じ地図を元に今までとはくらべものにならない勢いでマップを埋めている。

 

 が、それでも4層は広い上に、魔物が凶悪である。アルテイシアが遭遇した新種の蜘蛛型モンスターもなかなかの脅威であり、それに警戒しながら、となると、どうしても時間が必要だった。

 

「なあ、いっそ四人がかりで片っ端から森を焼いてみるのはどうよ? 見晴らし良くなったらもっと簡単にならない?」

 

「迷宮はあくまで地下構造である事を忘れちゃ駄目ですよ。逃げ場のない地下の閉鎖空間で火事なんか起こしたら私達も全滅します」

 

「だよなあ……」

 

 言ってみただけなのだろう、ロションに諭されてエルリックは物騒なアイディアをすぐに取り下げる。

 

「でも気持ちは分かるわぁ……。刺してくる虫が居ないのがせめてもの救いね」

 

「ちょっと面白いよな、あれだけ鬱蒼とした森なのに変な虫がいないの。虫型の魔物ならいるけど」

 

「迷宮の各階層は転移陣で繋がっているから、虫はそうそう入ってこれないでしょうからね。冒険者の衣服にくっついた虫が居ない訳じゃないんでしょうけど、自然ではない迷宮の環境では長生きできないのかも」

 

 やんややんやと意見を交える友人達。流石に学院生だけあって知識欲や好奇心は旺盛で、思いついた事について議論をしている内に気分が盛り上がってきたらしい。

 

「そういえば、アルテイシアは今回もあのヌルスって人と行動するの?」

 

「んー? どうでしょう。必ずしも、4層でお会い出来る訳ではありませんからね」

 

「そりゃあそっか。でも変な人だよなあ。休暇中にも街でそれっぽい姿見なかったし、まさかずっと迷宮に潜ってる……って事は流石に無いか」

 

 何気なくエルリックが口にした言葉に、どきんとアルテイシアの脈が跳ねる。

 

 別に真相について感づいている、という訳ではない。ただエルリックは妙に勘が鋭い事がある。あくまで勘であり、理論的に補強されない限りは与太話で終わるのだが、かといって油断はいけない。もしかすると、と思わせないように立ち回るのが大事だ。

 

 なんせ彼は口が軽い。

 

「ま、まあ、どうにも遠いところから、何かしらの使命を帯びて迷宮に潜っているようでしたから。外では注目を浴びないように身を潜めているんじゃないですかね?」

 

「言葉喋れないんだっけ、こっちの。ちょっと変な話、と思わなくもないけど、まあ呪文の詠唱、それもニコライ式は言語っていうより音だから矛盾はしないか」

 

「極端な話、口笛みたいなもんですからね」

 

 意図的に話を逸らされた事に、少なくとも三人は気が付いていないようだ。

 

 バレにくい嘘のつき方はいくつかあるが、相手が無意識に求めている答えを提示するのもその一つだ。もっともらしい、納得できる理由を示されれば、人はそれ以上追及しない。

 

 どうにもここ最近で嘘のつき方ばかりが上手になっていく自分に、アルテイシアは小さくため息をついた。別に、以前から嘘を口にしなかった訳ではないが。

 

「あら。見て見て、支部の前。知った顔が居るわよ」

 

「ほんとだ、アトラスさんだ。迷宮から戻ってきたんだ。おーい」

 

 エルリックが声を上げると、ちょうどギルド支部から出てきた所だったらしい金髪の青年……アトラスが振り返り手を振ってくる。数少ない知人との遭遇に、四人とも足を速めた。

 

「おはようございます、アトラスさん。今帰りですか?」

 

「おはよう、皆さん。帰りといえば帰り、かな」

 

 何やら意味深な言い回しで苦笑するアトラス。その横に居るクリーグとシオンは、何やらげっそりとした顔をしている。

 

 アルテイシアは何となく察した。

 

「……支部で事情聴取を? 何か迷宮でトラブルが?」

 

「察しがいいね、流石だ。うん、2層でシオンの訓練中、トレインを擦り付けられてね。金の変異個体も交じっててちょっと大変だったんだ」

 

「トレイン? それは災難でしたね……」

 

 迷宮に潜る以上、アルテイシア達もギルドの不文律は把握している。トレインはその中でも最悪に近い一つだ。対応を誤れば被害は当事者達に留まらない。

 

 それに金の変異個体といえば、数ある変異個体の中でも特に特殊なものだ。多くの場合、周囲の魔物の強力な支援能力を持っているという話で、単純に単体で強いよりも厄介な相手である。

 

 よくぞ無事だったものである、とアルテイシアは感嘆した。確かにシオンはともかくアトラスとクリーグは5層を出入りする冒険者ではあり2層の魔物では力不足だろうが、それでも危険だったのは変わりあるまい。

 

「うん、まあ、ちょっと手助けしてくれた人がいてね。おかげで大して苦戦はしなかったんだけど、下手人を連れて帰ったあと色々と揉めてね……」

 

「ああ……」

 

「他に目撃者も居ないから、色々事情聴取されて一晩缶詰さ。これから、宿に戻る所。そういう所だから、悪いね。君達はこれから冒険かい? 気をつけて」

 

 手をひらひらと振って、アトラス達は去っていった。何でもないように振舞ってはいたが、足取りは重たく、疲労の極みにあるのが伺える。

 

 アルテイシアとしては少し気になるワードがあったが、今の彼らを呼び止めてまで確認する事でもない。一応心のメモ帳に記憶だけして、気持ちを切り替える。

 

「ちょっと、今の迷宮はトラブルが多いのかもしれないですね。気をつけていきましょう!」

 

「だからなんでそんなテンション高いんだよ」

 

「……もしかして、そんな露骨にはしゃいでます? 私」

 

 彼女の問いに、友人三人はうんうん、と息を合わせて首を縦に振った。

 

 

 

 

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