望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第六話 叡智の書

 

《灯……?》

 

 特殊な感覚で周囲を察知しているヌルスにとっては、暗闇も明かりがあるのもそう変わらない。というか、モンスターは明かりを必要としない。低階層の迷宮は壁に蝋燭が灯されているが、あれは冒険者達がやっている事だ。本来迷宮は真っ暗であり、モンスター達はそれに関係なく徘徊し生活を行っている。

 

 つまり、明かりがあるという事は、外の人間の関与を示す。

 

 さきほど追い回された事を思い返し、ヌルスは慎重に灯の方に近づいて行く。どうやら、穴はこの光の元で途絶えているようだ。

 

 いつでも奥に逃げ出せるように警戒しながら、ヌルスは穴から触手の先を少しだけだして周囲を確認した。

 

 穴の先は、小さな小部屋になっているようだ。迷宮の広間ほどではないが、人間一人が生活するには問題ないのではないか、そのぐらいの空間が存在している。その空間の天井部分に、光を放つ石が吊り下げられている。灯はこれが源のようだ。

 

 そして、その光に照らされて、雑多とした空間の全容が露になっていた。

 

 本棚、机、ベッド、作業台や積み上げられた資材。恐らく冒険者か何かが生活していくのに必要であろうと思われる大抵の物が、その部屋には積み上げられていた。その大半の用途はこの時のヌルスには分からなかったが、とにかく人間が生活していた空間であろう事は彼にも判別できた。

 

 触手をわさわささせながら、彼は穴から身を乗り出した。

 

 人間に追いかけまわされた事は忘れていない。であるならば、その人間の生活空間がヌルスにとって危険な場所である事ぐらいは予想できる。それでも先に進んだのは、この空間には人間の存在、その残滓が感じ取れなかったからだ。

 

 ぺちょり、と穴からずり落ちて床に落ちる。床にはうっすらと埃が積もっており、それなりの期間、手入れがされていない事は明白だった。身体にはりついた埃をうっとしそうに払おうとして失敗し、ヌルスは埃塗れになりながら床を前進した。

 

 向かうのは机だ。椅子によじ登り、机の上を見て回る。

 

 机の上にも同じように埃が積もっており、しばらく使われていないのは間違いない。羽ペンや中身の干からびたインクの壺、文房具等の中央に、一冊の分厚い本が置かれていた。頑丈な鍵がかけられたその本の表紙には、ダイアリー、と刻まれている。

 

 日記だ。

 

 これを読めれば詳細が分かるかもしれない、とヌルスは触手で本を開こうと悪戦苦闘したが、鍵がしっかりかかっていたためそれは叶わなかった。思いつきで鍵穴に触手をつっこんで弄り回してみるが、素人仕事ではどうにもならないどころか、歯車か何かの間に細い触手がはさまって痛い思いをする事になった。

 

 なんとか引っこ抜いた触手がヒリヒリ痛むのを堪えながら、改めて部屋を見渡す。

 

 どこも、同じように埃が積もっている。特にベッド。人間がこの部屋で生活するなら、ベッドに埃が積もっているのはおかしな話だ。

 

 どうやら、ここの主は当分帰って来ていないらしい。もしかすると今後帰ってくる可能性はなくもないが、すくなくとも現時点で、この部屋に居るのも出入りできているのもヌルスだけ、とみていいだろう。

 

《……ふむ》

 

 しばし考え込んで、ヌルスは部屋の隅、物置になっているあたりまで這っていくと、そこで体を丸めた。

 

 万が一部屋の主が帰って来ても、ここであるならばそうそう見つからないはずだ。

 

 今日は色々ありすぎて疲れた。

 

 ヌルスは体を丸めたまま、しばし休憩を取る事にした。モンスターであっても、疲れたら眠くなるものなのである。

 

 

 

 

 

 

 たっぷり数時間……恐らく、だが……の睡眠をとってヌルスが目を覚ましても、部屋に何か変化した様子はなかった。相変わらず、人の気配の存在しない部屋を、きょろきょろと見渡す。

 

 改めてみると、色々ある部屋だ。一体どのような人間が、ここを利用していたのだろう。いや、そもそも、この部屋はなんだ?

 

 モンスターは迷宮の外には出られない。であるならば、ヌルスが無事である以上、この部屋も迷宮の中にあるという事になるのだろうが。

 

 見渡すヌルスはふと本棚に関心を抱いた。小さな本棚だが、中にはみっちりと分厚い本が収まっている。机の上にあった日記と違い、こちらには鍵がかけられていない。

 

 この部屋の主について考察する情報が存在するかもしれない。

 

 好奇心もあり、ヌルスは椅子を本棚の近くまで押していくとそれを足場にしてよじ登った。

 

 本棚には20冊近い書籍が収められている。背表紙をざっと見ていたヌルスは、ふとある事に気がついた。本棚に収まっている本のうち、背表紙があるのはその半分ほど。そしてそのうちのいくつかは彼には読めない文字で描かれていたが、逆に言うと、残りの文字を触手は読む事ができた。

 

 冷静に考えると、おかしい話である。

 

 当然ながら、モンスターに文化、特に文字など存在しない。となると、これらの文字は言うまでもなく人間のそれであるはずなのだが、何故モンスターのヌルスがそれを読めるのだろう。

 

 いや、もっと言えば、そもそも何故、ヌルスは人間の言葉が理解できるのか。迷宮を這いまわってきた時から当たり前のように人間達の会話に耳を澄ませていたが、これもよくよく考えるとおかしいのではないか。少なくともヌルスが誕生した階層のモンスターは、言葉による意思疎通を行わない。

 

 であるならば、これらの知識はどこから来たものなのか。

 

《ふむぅ? ……ううーん?》

 

 考えてもわからない事だが、ヌルスは体を捩じって懊悩した。

 

 そもそもヌルス自身、あまりにもモンスターとしては異質な存在だ。明確な自我を持ち、モンスターとしての本能を理解しつつも個人的な事情をそれより優先して行動できる。人間に本能的な敵愾心を持ちながらも、それを押し殺し交戦を回避する、どころか、その有り様に好意的な感情すら持ち合わせている。

 

 私とは、なんだ? ヌルスは再びの疑惑に、ミチミチと体を捩じって悶えた。

 

《……まあ、それは後で考えよう。本を読んでいくうちに答えが見つかるかもしれない》

 

 そしてそんな疑問を棚上げにしつつ、ヌルスは目の前の本に集中する事にした。

 表紙にはこう書いてある。

 

『ダンジョンの仕組み ~初級者向け~』

 

 ヌルスは本のページを汚さないように、粘液の分泌を極力抑えた触手で表紙を捲った。

 

 

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