望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第五十七話 アルテイシアの急難 その2

 

 魔術師が四人もいると、低階層の魔物はただの薪でしかない。

 

 一層の魔物を焼き払って、2層の魔物を焼き払って、んでもって3層の魔物も焼き払って。

 

 圧倒的な攻撃力で並み居る上級冒険者パーティーと比べてもかなりの速さで道中を突破し、アルテイシア達は4層へと到達した。恐らく一時間も経っていない。

 

 転移陣を抜けると、途端に燦々とした光が差してくる。アルテイシア達が迷宮に潜ったのは昼前だから、ちょうど今、時刻は正午ぐらいになる。この4層に再現された日の出入りは、およそ外の世界と同期している事になる。

 

「地下なのに明るいって、変な気分だよなー」

 

「昼夜がずれてないからまだマシじゃない」

 

「そりゃあそうなんだけどさー」

 

 エミーリアとエルリックの口論を見ながら、アルテイシアは眼鏡をずらして出入口周辺を観察した。魔力の流れを見る事で、繁みの奥もある程度まで見通す事が出来る。だが残念ながら、目に入るのは人間の魔力の流れだけだ。探し求めていた渦巻く紫色の光は見つからず、彼女は少し落胆に肩を落とした。

 

「まあ、流石に入口近くには居ないか……まあいいでしょう、次です次」

 

 気持ちを切り替えて、仲間の輪に横から首を突っ込む。彼らはさっそく地図を広げて予定を確認しているところだ。

 

「今日の予定は前回の続きですよね」

 

「ああ。でも冒険者ギルドから発案者サービスで他の人が集めた情報を提供してもらえたから、結構な範囲が追加されてるな。大体全体の三分の一は埋まってるんじゃないか?」

 

「となると、やっぱ予定どおりこのあたりからまた探索範囲を広げていきましょうか」

 

 出発前夜に、一通りの予定は固めてある、今更ここで揉めたりはしない。

 

 四人で覗き込むのは新しく用意した羊皮紙の地図だ。ヌルスから貰った謎の墨で描かれた地図は、紙が柔らかいのですぐ駄目になってしまった。今はアルテイシアが部屋に保管している。

 

「……ヌルスさんも、地図を広げているはずですよね」

 

「そりゃあ、そうだよな。あ、そっか、もし合流できたら地図がもっと広がるかもな。なんせ本当の発案者だし」

 

「そうかしら、逆に盛大に探索範囲がダブってる可能性もあるんじゃない? ギルド支部に顔を出さない変わり者だから、そもそもみんなで地図共有して探索してるのも知らないかもしれないわよ」

 

 完全に偏屈魔術師で印象が固まってしまった友人たちのヌルス評に思わず苦笑いを浮かべるアルテイシア。かといって事実を言う訳にはいかないし、申し訳ないがこのままで通すしかない。幸い、変人だからしょうがない、であれば、あの奇妙な姿も誤魔化しやすくはある。

 

「何はともあれ前線キャンプまで向かおうぜ」

 

「不意打ちには気をつけましょうね。私が言うのもなんですけど」

 

「アンタ的には冗談かもしれないけど、あたしらからするとアルテイシアの索敵能力割と命綱だからね……?」

 

 エミーリアに笑えない冗談、と釘をさされ、アルテイシアはにははと笑って誤魔化した。

 

 

 

 4層にはいくつかの目印になりうるポイントがある。

 

 花の咲く広場。突き出した石。周りに比べて妙に背の高い木。そこだけ木も草も枯れている場所。何もない広場。そこに水の溜まっている窪地。

 

 理由は分からないが、そういったポイント近辺は魔物があまり近づかない為、ある種の安全地帯でもある。故にもともと前線キャンプに利用されたりして、冒険者の間では周知されてはいた。

 

 それら目印を頼りに、道の無い4層に道を作る。

 

 ただ点と点を結ぶのではない。安全地帯を中心に比較的安全な範囲、他よりは安全な範囲、危険な範囲と段階的に設定し、それぞれ重ね合わせると、地図の上に道が浮かび上がってくる。

 

 この作業は、昔学院で流行ったパズルに似ている、とアルテイシアは思う。無数のマス目の中から、数字のヒントを元に外れがどのマスかを憶測するのだ。皆が熱中してどんどん難易度が加速的に跳ねあがっていったそれに比べれば、4層の構造は容易い。

 

 とはいえパズルはパズル、現実は現実。4層の探索中に外れを引いてしまえば、失敗したでは済まない。実際、いくつかのポイントは探索に赴いた冒険者が戻らなかった、明確に危険な外れポイントがある。小さな泉や、草木が白く変色したポイントがそうだ。ほかにも安全に見えて魔物が多数生息しているエリアもあるので実際に歩いてみなければ分からない点もある。

 

 それらを避けて道を実地検分するのは、少々地味な作業で冒険というより国土地理院の観測員になった気分になる。

 

「なんかどんどん道が広がってないかなあ、これ。あってるのかなあ、どうせ最奥に繋がる道は一つなんだろ?」

 

「今は答えが分かってないからそう見えるだけで、最終的にはシンプルに一つに絞られると思うよ。あみだくじみたいなものさ」

 

「あみだくじって何?」

 

 しょうもない雑談に興じながら進む一行。と、その中で一人、話に交じっていなかったアルテイシアが手を伸ばして皆を押し留めた。

 

「待って」

 

「……数は?」

 

「ハイドポッドが2。アサシンマウスが3」

 

 高い精度で魔力感知が出来るアルテイシアは、繁みの向こうにいる魔物の気配も逃さない。

 

「分担は?」

 

「こっちの数が足りない。僕とエルリックでハイドポッドを、エミーリアがネズミを一匹。アルテイシアは後詰めをお願いします」

 

「承りました」

 

 ロションの指示で各々身構え、合図と共に魔術が放たれた。

 

 炎の矢と風の礫がハイドポッドを繁みごと撃ち抜き、氷の矢が猛獣を仕留める。

 

 奇襲するつもりで先制攻撃を受けた魔物達だったが、怯んだのは一瞬。攻撃から生き残った二匹の猛獣型モンスターが藪を蹴散らしてこっちにまっすぐ向かってくる。

 

 進行速度を考えると、仲間たちの再詠唱は間に合わない。想定通り、とロションの判断を褒めつつアルテイシアは前に出ると、光の刃を抜き放った。

 

「アストラルセイバー」

 

 ヴォン、と伸びる断絶の刃。その間合いに魔物達が踏み込んでくる、その直前。聞き覚えのある囁きが彼女の耳朶を擽った。

 

『α γ β』

 

 横合いから飛来した氷の礫が、魔獣を串刺しにする。その勢いのまま、並走していた魔獣を巻き込んで転倒する。

 

 命中した魔獣はほぼ即死。その躯を押しのけるようにして起き上がった魔獣が最後に見たのは、煌めく白刃の輝きだった。

 

 魔術の刃が、魔獣を頭から真っ二つに切り裂く。噴き出す鮮血をローブで受けながら、アルテイシアは声の方へと期待を込めて振り返る。

 

 たちまち魔物の死体がパチパチと音を立てて灰と化す。その灰を踏み分けて繁みから出てきた姿に、アルテイシアの頬に朱が差した。

 

「ヌルスさん!」

 

『こんにちは。要らぬ手助けだったかな』

 

 そこには、いつものように筆談を掲げる襤褸を纏った怪人鎧男の姿があった。

 

 

 

「へえー、あれがねえ……」

 

「どこの出身かしらね?」

 

 ヌルスと合流後、アルテイシア達は近くの安全地帯で一旦休憩を取っていた。地上から4層まで強行軍だったから、というは建前で、その真意は勿論、恩人であるヌルスの品定めである。

 

 倒木の幹をベンチにして一行が並んで腰かける。一番端のヌルスと、その隣に割って入るように座ったアルテイシアを見て、学友たちは何やら下手な勘繰りをしているというか、顔を合わせてひそひそ囁き合っている。

 

 勿論、アルテイシアとヌルスはそんな関係ではないし、そんな事実はない。アルテイシアが割って入ったのは断じてヌルスを独り占めしたいとかではなく、単純に彼の正体が学友達にばれないか心配だったからだ。少なくとも前回行動を共にしたときの擬態クオリティでは、ロションあたりにバレるのは時間の問題だった。

 

 が、男子三日合わずばなんとやら、というのか。

 

 再会したヌルスの動きは、少なくとも事前に知っていなければ人間であると疑わない程に精巧になっていた。その動きの節々に自分自身の動きのクセを見て取って、アルテイシアは恥ずかしい思いをした甲斐があった等と内心上機嫌である。が、そのせいで、妙にヌルスの仕草が女性っぽくなっている事にはまだ気が付いていない。まあそれはそれでヌルスの正体不明度合いが増すので、悪い事ではないのだが。

 

 さりげなく眼鏡をずらして魔力の様子を確認する。

 

 相変わらずの、夜の星空のような深淵の渦が見える。あれから何か変心した、という事はないようで少し安心する。これなら仲間たちに紹介しても大丈夫だろう。

 

「紹介しますね、ヌルスさん。あちらが私のパーティーメンバーの、エルリック、エミーリア、ロションです」

 

『お初にお目にかかる、ヌルスだ。故あって筆談で失礼する』

 

「初めまして、ヌルスさん。噂はかねがね。エルリックです」

 

「どうも、僕はロションと申します。よろしく」

 

 まず男子二人が挨拶する。どうもどうも、とヌルスの籠手に覆われた腕と、魔術師の皮手袋が握手をかわす。その中身を知っているアルテイシアはちょっとドキドキしながら見守っていたが、幸いエルリックはともかくロションも違和感を覚える事はなかったようだ。

 

「私はエミーリア。アルテイシアが夢中になってる魔術師さん、一度お会いしてみたかったんですよ。もうあの子ったら、事あるごとにヌルスさんヌルスさんって、正直妬けちゃうわ」

 

「ちょ、エミーリア!?」

 

 続けて出てきたエミーリアが握手をしながら投下した爆弾発言に動揺するアルテイシア。顔を赤くして「そんなに言ってない!」と声を荒げる彼女に、男子二人が遠い目をする。

 

 ヌルスは急に声を荒げたアルテイシアにびっくりしたように体を仰け反らせていたが、すぐに気にしてないとでもいうようにエミーリアとハンドシェイクし、続けてアルテイシアに手を伸ばした。

 

 無言で伸ばされる指に、首を傾げる彼女。

 

「え? いや、別に私は……」

 

「あはははは。自分だけ握手してもらえてないのに拗ねてると解釈されたんじゃないの?」

 

「ええっ?! そんな事は、ない、ですけど……あ、いや、握手が嫌な訳じゃないですよ!? せ、せっかくですし私もしますっ」

 

 違うのか……といった感じでヌルスが肩を落として手を引っ込めるのを、彼女は両手で押し留めハンドシェイクした。かなりヤケクソ気味の勢いである。

 

 勿論、さりげなく擬態の様子も確認する。こうしてみる限りでは、骨のある普通の人間にしか思えない。分かっていたことだが、改めて彼の学習能力の高さを再認識する。

 

 これなら、カバンの中に潜ませているアレも無駄にはならなさそうだ。

 

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