望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第五十八話 アルテイシアの急難 その3

 

 

「じゃあさ、早速だけど情報交換と行こうぜ、ヌルスさん。あんたも地図を書き広げてるんだろ?」

 

 エルリックの提案にこくりと頷いたヌルスが、懐から地図らしきものを取り出す。アルテイシア達も所有しているものを広げて、互いに照らし合わせる。

 

 ヌルスの地図を見比べて、ロションが低く唸った。

 

「こいつは……なかなか」

 

「げ。こっちより断然調査が進んでるじゃん……」

 

「まさかあれからずっと4層に泊まり込んで調査進めてたんじゃ……」

 

 学友たちが三者三様の視線をヌルスに向ける。しかしながら視線の意味合いがよくわかっていないのか、人に擬態する魔物は胸を張ってえっへん、とご満悦の様子だ。

 

 どうやらすごいでしょう! と人に成果を自慢しているつもりらしい。子供のような仕草に事情をしっているアルテイシアとしてはほっこりするが、事情を知らない人からはドン引き気味である。

 

 このまま放っておいたら襤褸が出そうだと助け舟を出す。

 

「こらこら。情報提供してもらっておいてその反応はないでしょ? ヌルスさん、ありがとうございます。何かしら、お礼をさせていただきたいのですが……」

 

『好きでやっている事だ。構わない』

 

 返ってくる返事は想定内のものだが、そういう訳にはいかない。魔物であるヌルスには人間の経済活動など関心が無いのだろうが、命を懸けて探索した結果を提供しておいて何もいらない、というのは無欲を通り越して怪しく見られてしまう。2層3層程度ならともかく、ここは冒険者の壁、4層なのだ。

 

 思った通り、ロションの視線が訝し気に彼を見ている。エルリックとエミーリアは……何やら、ニヤニヤしながらアルテイシアとヌルスの間で視線を往復させている。

 

 そのあからさまに含むものがある生暖かい視線を感じながらも、アルテイシアはゴホン、とわざとらしく咳をついて厳めしく振舞った。

 

「ヲホン。ヌルスさん、気を使ってくださるのはよろしいのですが、そういうのはあまりよろしい態度ではありません。物事には責任が伴うべきです。対価を求めない仕事は、仕事の価値そのものを乏しめます。わかりますね?」

 

『む。それは、そうだが』

 

「分かっていただけたならよろしい。と、いう訳で、こちらにはこの地図の情報に見合う対価を支払う用意があります。何かご要望はありますか?」

 

 人間の貨幣を渡されてもヌルスは困るだけだろう。お金はあるに越したことはないが、相場も分からないのでは利用しようがない。かえってヌルスの怪しさを増すだけだ。

 

 なので単純に物々交換ではなく、希望を訪ねてみたのだが……しばし悩んだ後ヌルスが提案してきたのは、少々意外な要望だった。

 

『では。共に4層奥まで行動を共にしないか?』

 

「……あら」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 冒険者のパーティー人数はだいたい4人が良いとされている。

 

 これは特に厳密に定められた規則ではないので、5~6人でパーティーを組む冒険者もいるが、彼らも冒険の中でやがてメンバー数を再編する事になるのが殆どだ。

 

 実際に歩いてみればわかるが、迷宮の通路はさほど広くない。前衛後衛に役割分担した上でそれらが死兵とならずに機能するのは多くて精々4人程だと、実戦で理解するのだ。

 

 だが逆に言えば、それらを気にしなくていい環境では4人という人数にこだわる必要はない。

 

 見通しが悪く道がはっきりとしないが、物理的に空間が制限されている訳ではない4層。そして、パーティー全員が行ってみれば後衛職の魔術師という状況は、まさにその好例であった。

 

 即席の混成パーティーで道を進む一行。中央部を越えて先に進むと、段々周囲の木の丈が再び高くなってくる。頭上を覆う木の枝は暗い天幕のようで、今が昼か夜かもわからない。松明で明りを確保して先に進んでいると、ぴたりとアルテイシアが足を止めた。

 

「皆さん、敵です。数は3……5かな? ヌルスさんは?」

 

『多分4』

 

「なるほど、この感じだと確かに4かもしれませんね」

 

 頷くアルテイシア。一方、他の仲間はそんな二人の会話に慄くばかり。さきほどから何度も繰り広げられている光景なので、ただの偶然などではないのは証明されている。

 

「アルテイシアと同レベルの魔力感知かよ……」

 

「どっか遠くから来たって話だけど、現地だと大魔術師か何かの扱いじゃないの??」

 

「にしてはニコライ式魔術しか使いませんが……いや、だからこそなのか? 現地の独自発展した魔術系統がこちらでは物資の補給ができないから、あえてのニコライ式を……?」

 

 何やら勘繰りするあまりに深読みしはじめた友人たちに、アルテイシアは苦笑い。

 

 ヌルスの正体を知っているアルテイシアとしてはそう驚く話ではない。そもそも、目も鼻も耳も持たない触手型のモンスターは、未だに詳細のはっきりしていない未知の感覚器官をもっているという。それは光学に基づかない感覚であり、暗闇の中でもある程度はっきりと物体を確認できるという話だ。それに加え魔術師としての魔力感知技能が加われば、ちょっと見通しが効かない森の中ぐらい、自分の庭のように見通せてもおかしくはない。

 

 というか、そうでないと、特別な目という利点があるアルテイシアが魔力感知で素人に負けた事になる。流石にソレは受け入れがたい。彼女にもプライドはあるのだ。

 

 一方、当のヌルスは「あれ、なんかやっちゃいました?」といった感じで首を傾げるばかり。どうにも自分の技能が人間から見ても特殊で高度という自覚がないらしい。まあ、肝心の人間と行動を共にしていないので平均点というのがよくわかっていないのだろう。この同行の間にそれを学んでほしいものだが。

 

「まあ、とにかく、時間をかけるのももったいないです。さっさとやっちゃいましょう」

 

『了解』

 

 杖を取り出すアルテイシアに頷き、ヌルスも準備に入る。後ろの三人は高みの見物だ。

 

 なんせ、二人にやらせた方が効率が良い。

 

『γ α β』

 

「トライデントサンダー!」

 

 ヌルスが水の霧を生み出し、繁みの奥へと放つ。白い靄が満ち満ちた所で、アルテイシアが三叉に分かれた軌道が特徴の雷魔法を放つ。水分に満たされた空間に電撃魔法が叩き込まれた結果、どうなるかは言うまでもない。

 

「「「「ギィェエエエエ!?」」」」

 

 断末魔の重奏と共に、繁みが大きく弾け飛ぶ。多少の鼻につく焦げ臭さを残して、魔物達は一瞬で絶命し、後にはいくつかの残骸が残された。あらかじめ水で濡らしていたせいで一瞬で芯まで感電したからか、黒焦げになった死体はあらためてパチパチと燃えることはなく、そのままぐしゃりと焼きすぎたパンのように転がっている。

 

 まだ少しピリピリと電気が残る爆心地に踏み入り、灰を踏み砕いてドロップ品を回収する。普通の冒険者にとっても残留品は貴重だが、魔術師からすると貴重な触媒でもある。4層ともなれば品質も期待できるので、大事な事だ。

 

「あ、結構おっきいのみっけ。即死だと綺麗な結晶を落とすって聞くけどマジっぽいな」

 

「使い道なんて無いと思ってた霧魔術にこんな使い方があるなんてねー」

 

 感想を口にする学友達。魔術師が“使い道がない”なんていうのはどうかと思うが、実際の所アルテイシアも以前はそうだった。

 

 ボルトとミストは基礎の基礎だが、ボルトはともかくミストは戦いにあまり使えそうにはない印象が強い。あくまで広域攻撃魔術の基礎であり、専用に術式をパッケージングするエジニアス式ではわざわざ用意する必要性を感じない。よって、現代魔術師は戦闘においてもそれらの魔術を使わないし持ち込まないのが殆どだ。

 

 が、それをヌルスは上手い事使う。恐らく基礎しか現状使えないのでとにかく応用力を高めた結果なのだろうが、よくもまあ色々思いつくものだ。

 

『照れる』

 

 当の本人はそんな言葉を書いた日記帳を手にして臆するばかりであるが。

 

 とにかく、そのおかげで学友達もヌルスに猜疑の視線を向ける事はもうほとんどない。今や彼らの認識は「こっちの魔術やら知識やらは不足しているけど、地元だと凄い魔術師」という事になっている。おかげで時折変な事をしても「まあ、こっちの文化に不慣れなんだな」と勝手に納得してくれる。間近で観察したいアルテイシアとしては願ったりかなったりだ。あとはまあ、ヌルス側がこちらをどう思っているか、なのだが……。

 

 やはり、一定の距離は感じている。流石に、正体がバレれば悲惨な事になりかねないので、それは正しい判断なのだが……。

 

「…………」

 

 まあいい、とアルテイシアは自分を納得させた。焦る事でもないし、その事も含めて今日は用意したものがある。どこかキリのいいところで渡そう。

 

「それはそうと、もう大分奥まで進んできましたね」

 

「そうだな。地図を見る限りだと、最奥の山みたいになってる所の麓の樹海、って所か、今の場所。また木が高くなってきて見通しが悪くなってきたな」

 

「このあたりは、遠目に見ても目印といえるようなポイントが少なかったわよね、どうする? 我武者羅に進んで何かトラップゾーンに踏み込んでもあれだし、一旦戻る?」

 

 エルリックとエミーリアは、それぞれ慎重論のようだ。一方、アルテイシアはもう少し進むべき、と考えている。二人に同調しないロションも同じ意見だろう。

 

 地図の完成も大事だし、安全地帯をはみ出さないように進むのもよい。だが、それらは全てゴールにたどり着くためだ。ゴールまであと少しだし、ここで進み切ってしまうのも悪くないのではないか。

 

 意見が割れてきたな、と彼女はヌルスに目を向けた。ちょうど2対2、ここで彼の意見を参考にしようと思ったのだ。

 

「……? ヌルスさん」

 

『…………』

 

 だがヌルスは傍らで繰り広げられている議論が聞こえてないかのように、首をあらぬ方向に向けている。向こうに何かあるのか? 隣に並んで、アルテイシアは眼鏡をずらして繁みの奥を見た。

 

 よくわからない。魔力を放つ何かがある訳ではないようだが……。

 

 視線をヌルスに戻すと、彼は何やら日記帳にメッセージを書いている最中だった。

 

『大岩が見える』

 

 その言葉に、学院メンバーは一同顔を見合わせた。

 

「大岩?」

 

「安全地帯がすぐそこにあるって事か?」

 

 困惑しながらも、ヌルスの発言を疑う様子は無い。これまでの実績からしても、彼の感知能力は折り紙付きだ。ただ、岩はただの地形に過ぎない。魔力によるものではなく、いくら魔術師でも藪ごしに探知できるものではない。

 

 エルリックが前にでて目を凝らすが、当然ながら何も見えない。この藪の中では、松明程度の明かりは遠くまで届かない。おかげで逆に、魔物が光を目掛けて集まってくる事もないという事なので、一長一短ではあるのだが……。

 

「うーん、見えないけど……」

 

「まあ、とにかく行ってみましょう。他にあてもないですし。30メートルほど進んでなにも無かったら、引き返す。それでどうでしょうか」

 

「異議なしー」

 

 やはりヌルスの感知能力は魔力・光学以外のものが見えていると改めて確信しつつ、アルテイシアは不自然に聞こえないようにその場を仕切った。ヌルスも異論はないようで、日記帳を収めてついてくる。つまり、30メートルも進まずとも目的の物が見えるという事だな、とアルテイシアは安堵して先に進んだ。

 

「あっ」

 

 実際は10メートルも要らなかった。

 

 少し歩くと、すぐに藪が途切れ、森の外にでる。4層の空はすっかり夕暮れ時で、あと1時間もしないうちに夜になるだろう。森の中にいたせいで時間間隔が分からなくなっていたが、もう大分よい時間らしい。

 

 そして、そこからすぐ先。

 

 松明の明かりを受けて、天井まで届く巨大な黒い岩が聳え立っていた。その根元には、これまた城の門を思わせる大きな大きな空洞が空いている。

 

 それに、一同は見覚えがある。ある程度近づいた時、あるいは木の上から4層を見渡した時に目撃した、この階層の終着点。

 

 そして黒い大岩の表面には、見慣れた青い魔法陣が微かに明滅している。

 

 代表してエルリックが声を上げた。

 

「転移陣だ!」

 

 たたっと走り出す彼に続いて、皆も岩の麓に近づいてみる。

 

 近くで見ると間違いない、転移陣だ。

 

『何故屋外に? フロアガーディアンをスルーしてしまったのか?』

 

「ああ、4層はそのあたり特殊なんですよ」

 

 事情を知らないヌルスに説明しながら、周囲を見渡す。

 

 森が途切れているせいか、周囲には魔物の姿はない。道中もそうだったが、あまりにも深い森故にそこに住む者達でも見通しが効かないのだ。

 

 はしゃぐエルリックが先走らないよう宥めつつ、皆で岩の麓の大穴を覗き込んでみる。穴は洞窟のように奥まで伸びていて、さらにその最奥には何やら広い空間が広がっているようだ。試しに小石を放り込んでみると、反響が遠くから帰ってきた。

 

「間違いないですね。フロアガーディアンの小部屋です」

 

「なんかやたら広くない?」

 

「事前に収集した情報どおりですね。4層のフロアガーディアンは巨大な水棲昆虫のような姿をしているそうです。そのため戦闘フィールドは大きな泉の中央に設けられた足場で、それを倒すと転移陣が使えるようになるそうです」

 

 そしてガーディアンは水中から襲い掛かってくるという訳である。その為、最奥には転移陣が設置されていない。学院メンバーには共有していた情報だが、ヌルスに伝える為に改めて解説する。一人若干怪しかったのがいるが。

 

「いつものように最奥に転移陣があったら毎回毎回泳いで渡らないといけないから助かるぜ。なんか意図的なもんを感じるけど」

 

「迷宮構造は偶発的なもの、という話だけど、こういうの見るとちょっと首を傾げるわよね」

 

 エミーリアの疑問も最もであるが、まあどのみち、フロアガーディアンを倒さなければ使えないのは変わりない。むしろ、おかげで新規挑戦者が戦闘中でも転移陣を使って行き来できる。合理性で言えば、こっちの方が利用者には助かる話ではあるが。

 

 冒険者と言えば、周囲に人影はないもない。アルテイシアの感知する限りでも、人間らしき魔力反応は近くに感じない。どうやら、本当に一番乗りのようである。

 

「どうする?」

 

「流石に今から挑むのは駄目でしょう。ここでキャンプを張って、明日、準備を整えて挑みましょう。ヌルスさんもそれでいいですね?」

 

『異論はない』

 

 そういう事に、なった。

 

 

 

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