望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第五十九話 アルテイシアの急難 その4

 

 すでに暗くなりつつある事で多少てこずるかと思われたキャンプ設営だが、それは意外な人物のおかげですぐに終わった。

 

 ヌルスである。

 

 彼は謎の(アルテイシアは知っているが)夜目の良さと剛腕でてきぱきとテントを設置し、さらには森から薪をすぐに集めてしまった。おかげで、普通であれば一時間近くかけて行うキャンプ設営と夜を過ごす準備は20分も掛からずに終わり、今日は保存食を齧って終わりかと思っていた皆は暖かい食事を食べる余裕がある事に喜んだ。

 

 焚火の横で小さな火をおこし、鍋に水と携帯保存食を放り込んで煮炊きする。魔術師であれば、水も火も起こすのは一瞬である。

 

 やたらギトギトと脂っこい簡易シチューに顔をしかめつつも、舌鼓を打つ学院生徒達。そんな彼らから距離を置き、ヌルスは手ごろな岩を椅子にして座っていた。兜の奥の視線が、じっと森の闇を見つめている。

 

「火にあたらないんですか?」

 

 と、そんな彼に近づいて声をかける影。

 

 ヌルスが顔を上げると、そこには暗がりでもはっきりと分かる金髪を三つ編みにした少女の姿。アルテイシアだ。

 

 彼女は中身が湯気を立てるカップを両手に持ってヌルスの横に来ると、岩の上にハンカチを敷いて腰かける。

 

「一応今はパーティーを組んでるんですから、休憩も警戒もきちんとローテーションを組んでやろうって話したじゃないですか。今はヌルスさんは休憩の時間ですよ」

 

『好きでやっている。気にしないでくれ』

 

 さらさらと筆談するヌルスに、アルテイシアは苦笑する。これが、彼の生来の生真面目な性質なのか、それとも正体がバレるのを恐れての事なのか、アルテイシアにはまだ判断する材料が足りない。

 

 ただその一方で、ヌルスに監視をまかせて自分達が寝入ったとしても、彼が襲ってくる心配はいらないだろう、ぐらいの信用はある。性質を理解している、と言った方がいいか。

 

 ヌルスの行動は基本的に理論的だ。自分に利がある事はするし、ならない事はしない。そして、長期的な視野もある。現時点で自分の損益にならないとしても、長期的に見てリターンが大きければ、短期的には大損になりうる行動にも手を出す。

 

 それだけならただの利己的な存在だが、そう断言するには、ヌルスには欠けているものがある。

 

 一つの事実として、彼は義を重視する面がある。道理といってもいい。

 

 助けてくれた相手には、必ず恩を返す。利を与えてくれた相手には、必ず利を以て答える。そういう、義理堅いというか、仁義を何より重視している点が、ヌルスにはあった。

 

 でなければ、彼に助けられて始まったこの関係を、ヌルスが積極的に維持する必要はない。勿論、自分の正体がアルテイシアにバレている、という点について彼が気が付いていないという前提はあるが、こんな危なっかしい四人組、利潤だけを考えれば放っておく方がよいに決まっているのだ。なんだったらアルテイシアが単身接触を図ってきた時に口封じで殺してしまう手もあったはず。

 

 だが、ヌルスはその選択肢を選ばなかった。

 

 勿論、アルテイシアを殺す事において発生するリスクが無視できなかった事もあるだろう。

 

 しかしそれだけではないはず。

 

 彼はそのまま警戒しつつも会話を続け、その後も交流を断たなかった。そればかりか、既に貸しがある相手に情報を提供したり窮地を助けたりすらする。

 

 ヌルスの目的が生存……同じ魔物に対し有利を取りつつ、冒険者と敵対しない為、というのならそれは理に適っている。が、本当に自己の利益を最大化する、それだけならもっと悪辣な手段はあったはずだ。その例を、アルテイシアはいくらでも知っている。

 

 つまり。

 

 彼には、《悪意》というものが欠けている。

 

 その事にどうにもヌルス本人は気が付いているのか、いないのか。

 

 そして……気が付いていないのなら、彼の行動をコントロールする事は、極めて簡単だ。

 

 ただ、今回の一件だけは不可解なものがある。

 

 ヌルスは間違いなく、正体を隠したがっている。故に、冒険者とはある一定の距離を保っていた。それが突然、何故見知らぬ相手であるアルテイシアの仲間との行動を希望したのか。

 

 それは何故。これまでと異なるパターンを、無視してはならない。

 

 アルテイシアは慎重に対応するつもりであった。

 

「ヌルスさんは今回、何故私達と同行を? 単独行動の方を好まれているのかと思っていたのですが」

 

 じっとりとした緊張を隠すように、そしらぬ顔でスープをすすりつつ訪ねてみると、その質問は想定内だったのだろう。指を紙に走らせる事なく、彼は日誌の1ページを開いて見せた。

 

『アルテイシアの仲間が、どんな人間か知りたかった』

 

「……それは、どうして?」

 

『アルテイシアの事をもっと知りたいと思った』

 

 グェホゲェホ、と咽る声が森に響く。焚火の近くで談笑していた友人たちも思わず口を止めて注視するぐらいには、それは盛大にアルテイシアは咽込んだ。

 

 ヌルスがオロオロとしながら背中をさすってくる。おかげでなんとか気管に入ったスープを吐き出し、彼女は喘ぐように息を吸った。

 

「えほっ、えほっ。ふふ、話しながらスープを飲むなんてはしたない真似するから罰があたりましたかね? あははは……」

 

『大丈夫か』

 

「え、えへへ。はい、ご心配をおかけしました……」

 

 心配そうに覗き込んでくるヌルスに、視線を逸らして愛想笑いするアルテイシア。何やら、着込んだローブがちょっと暑苦しい。

 

 理由が分からないが今の自分が平常でない事を自覚し、アルテイシアは内心で研究中の魔術式を念仏のように唱え続けた。

 

「ふぅ、平常心平常心……そうよ、コミュニケーションは双方向。こっちが関心をもつならあちらも関心を返してくる。そう、それだけの事よアルテイシア」

 

《?》

 

 ブツブツ言うアルテイシアをヌルスは上半身を傾けるようにして訝し気に観察していたが、本当になんでもない事が理解できたのだろう。再び視線を夜の森に戻した。

 

 しばし、沈黙が流れる。最初は気まずかったそれも、時間が立てば穏やかなものとなる。

 

 話を切り出すなら今だ、とアルテイシアはカバンに手を伸ばした。

 

「そうだ、ヌルスさんに渡したいものがあるんです」

 

『?』

 

「えっと……私の手書きで申し訳ないんですが、これ、魔術の参考書です!」

 

 カバンから取り出したノートを、ヌルスに手渡す。

 

 ノートは藁半紙を束ねて紐を通した質素で粗雑なものだが、大事なのは中身だ。書かれているのはアルテイシアが自ら簡単にまとめた、現代魔術についての参考文だ。ニコライ式とエジニアス式の歴史や、ニコライ式を実戦で運用する為の簡単なアドバイスについて、などである。

 

 学院生徒であれば、幼年学級には一通り収めておいても良いような初歩的な内容だが、独学で知識が虫食い状態のヌルスには助けになるだろう。

 

 ヌルスの反応は想定通り。受け取るなり食い入るようにページをめくり、「え、いいの!? 本当に!?」とアルテイシアとノートの間で視線を何度も往復させている。お手製のものをここまで喜んでもらえると、なんだか擽ったい。

 

「ええ。構いませんよ。あ、でも探索中に読んだら危ないですよ。帰って安全な処で目を通してくださいね」

 

『感謝する』

 

 飛び上がって喜ばんばかりのヌルスに、アルテイシアは微笑み返しながらも、僅かな罪悪感を覚えた。

 

 ヌルスの行動のコントロール、それはつまり、プレゼント作戦である。

 

 彼は利益を裏切らない。アルテイシアがこうしてヌルスに一定の利益を定期的に与える限り、彼の行動選択に彼女に対する裏切りというモノは浮上してこない。そして魔物の立場から人間をある意味平等に見ている彼は、人間に対する敵対行為をアルテイシアに対するそれと同じジャンルに入れているはずだ。

 

 魔物である彼は知らない。たとえ親兄弟であっても、相容れない事もあるのが人間だ。例え見知らぬ誰かをヌルスが殺したとして、それにアルテイシアは何とも思わない。もしかすると彼の正体を知った上で監視下に置いている事に対する監督責任は生じるかもだが、それだけだ。

 

 そういった人間の、自分勝手な悪意に満ちた判断基準を、ヌルスは理解していない。

 

 故に、それさえ分かっていれば思想の誘導は難しい話ではない。

 

「ふふ。そんなに喜んでくれて嬉しいです」

 

 ただ。そんな理屈は、無邪気な子供のように喜ぶ彼を騙している事への胸の痛みを消してはくれなかった。

 

 人は思うよりも自分の事を知らない。

 

 魔物に過ぎないはずのヌルスにそこまで感情移入してしまっている自分自身の不合理を、年若いアルテイシアはまだ自覚すらしていない。

 

 

 

 そして一夜が明け。

 

 4層に、日が昇った。

 

 

 

「うっし、準備万端」

 

「ふわーあ、好く寝たぁ。ありがとうございます、ヌルスさん」

 

『礼は不要』

 

 朝靄が立ち込めるなか、学院生達はテントを片付けながら出発の準備をしていた。最後に番を務めてくれたヌルスに言いながら、僅かに燃え残った焚火を消して後始末をする。

 

 岩盤の洞窟や回廊に比べ、4層は土があるので後片付けも楽だ。時折、ここが地下である事を忘れそうになる。

 

 そうして片付けを追えれば、いよいよ挑戦の時間だ。

 

 準備を整えた一行が、大岩の洞、その入り口に集まる。

 

 この先に、4層のフロアガーディアンが待っている。一行は言葉もなく緊張に唾を飲んだ。

 

「確認しておきますね。この先に泉があり、そこで4層のフロアガーディアンと戦う事になります。敵の姿は大型の水棲昆虫。……厳密にはちょっと違うらしいのですが、まあ似たようなものでしょう。そこは、まあ些細な問題です」

 

「まあな。そもそも、魔物相手に生物学を持ち出して比較するのもおかしな話だ。大事なのはそいつが強いか弱いか、だな」

 

「そうですね。主な行動パターンは二つ、鎌のような前脚でひっかいてくるのと、口吻から高圧水流を放ってくるそうです。どの攻撃も、直撃の威力そのものよりも水中に落とされないように気をつけてください。3層と同じで、水の中に落とされたらそのまま引きずり込まれて、溺れておしまいです」

 

 アルテイシアの話に、ふんふんと一人だけ何も知らないヌルスは感心したようにうなずく。

 

『了解した。が、泉か』

 

「何か気になる事が?」

 

『話していなかったが、実は泉関係でエラい目にあった事があるのだ』

 

 ヌルスの文字に、一行は首を傾げる。そういえば道中や地図でも、ヌルスはやたらと水場を警戒し警告していた。それについて彼はあまり詳しくは説明してくれなかったが……。

 

 今更だが、と前置きして、ヌルスは自分の恐怖体験を端的に説明した。

 

「……4層がホントは巨大な湖で、その上に木が浮いてる??」

 

「んでもって湖の底に意味不明なぐらいデカイ何かが潜んでる??」

 

 が、どうにも彼らにはピンとこないものだったらしい。頼みの綱のアルテイシアも、恐怖というより困惑した様子で首を傾げている。

 

「はぁ……。ここでヌルスさんが嘘を言う事もないでしょうから信じますけど……流石に脚色しすぎでは……?」

 

『とにかく、警戒してくれ』

 

「まあ、それはそうですが……」

 

 警戒しろと言われても、何に、どうやって? 少年少女は思わず顔を見合わせたが、ヌルスの言う事を邪険にする事もなかった。とりあえず、何かしらのイレギュラーを想定して作戦を練る事となり、その話はそれで終わった。

 

 

 

 後にアルテイシアは思う。

 

 この時、話をもっと聞いておくべきだったのか、それともこれでよかったのか。

 

 

 

 神ならぬ人の身に、時を巻き戻すことは、出来ない。

 

 

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