望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第六十話 アルテイシアの急難 その5

 

 いかなる状況も想定し、暫定5人パーティーはヌルスとアルテイシアを前衛に、残り三人が後衛という事になった。

 

 アルテイシアはアストラルセイバーによる高い近接攻撃力を持つし、ヌルスは魔術師でありながら重い全身鎧で身を守っている。攻撃力耐久力共に、前衛を務めるのはこの二人しかいない。あとの三人は、後方から援護射撃だ。

 

 あとは、水場という事で雷系の魔術の使用は厳禁。ガーディアンにもよく効くだろうが、感電による同士討ちの危険性が拭えない。可能な限り、炎系の魔術で攻撃する事。

 

 基本的な事前の取り組みはこんなところか。事前に仕入れられる情報には限度があるし、緻密な連携のような事が出来るメンバーでもない。いつもどおりワッといって、ゴワッと倒すしかない。魔術師だけのパーティーである以上、火力によるゴリ押しが最適解だ。

 

 それに加え、最後までヌルスが譲らなかった為、いざという時に備え出入口付近に後衛が待機するよう、というのも付け加えた。

 

 確かに、3層で出入口が塞がれて騒ぎになった、というのは冒険者の端くれとしてアルテイシア達も聞き及んでいる。だがあれは、普通ならまずありえない特殊な条件によるもの、という結果も出ているはずだ。正直な話、過剰な心配とも一行は考えたが、まあ反論する意味もない。

 

 ちなみにアルテイシア達が3層を突破した時は、アルテイシア渾身の一撃でワンパンだった。ああいう、耐久力を盾にまず受けてくるタイプの魔物は彼女からするとよい鴨である。

 

「よっし、フロアガーディアンの顔を拝みにいくかー」

 

「何か想定外のトラブルが起きたら第一に撤退よ。何度でも挑戦はできるんだから」

 

「わかってますよ」

 

 声を掛け合いながらジリジリとフロアの中央に進む。

 

 フロアの構造は前情報通りだ。広大な空間に広い地底湖のようなものが広がり、今アルテイシア達が歩いている道はその中央付近あたりまで伸びている。もしこれが普通の湖であれば絶好の釣りポイントだろうが、生憎ここは迷宮である。

 

「エサだとしたらこっちかな」

 

「突然何不吉な事を言い出してんのよ」

 

「ごめんごめん」

 

 軽口を叩き合いながらも慎重に前に進む。やがて、湖の中央付近まで進出。目くばせをして、後衛組が少し後ろに下がり退路を確保する。

 

「……来るぞ!」

 

 最初に気が付いたのはエルリックだった。

 

 湖の一角がゴポゴポと泡立ち、水中から何か巨大な影が浮上してくる。水柱を上げて出現したのは、巨大な昆虫のような姿をした魔物だった。

 

「GYASYAAA!」

 

 幾つもの節にわかれた長い甲殻。大きな鎌のような爪を備えた複数の手。単純に地上の昆虫にそっくりという訳ではなく、どちらかというとワレカラに近い体の構造をした魔物だったが、しかしこの場に居合わせた者にその知識を持っている者はいない。

 

 故に単純に、彼らは水棲昆虫型の魔物だとフロアガーディアンを認識した。

 

「でやがったな、フロアガーディアン!」

 

「大きいけど、防御力はさほどでもなさそう。序盤は回避と防御に専念して、隙を見せた所で火力を集中させて一気に倒しましょう!」

 

「了解!」

 

 アルテイシアの指示が飛び、前衛後衛ともに身構える。そんな冒険者達に対し、巨大な魔物は水中をゆっくりと泳いで向かってくる。いくら巨大でも、水中に半身をつけたまま攻撃が届くほどではない。事前情報と合わせても、上陸して冒険者を攻撃しつつ危険を感じたら水中に逃げるバトルスタイルだと考えられる。となるとしばらく戦って、動きに慣れた所で火力を集中させればなんとかなるはず。

 

 なんだかんだいってまだ4層。まだ半分も届いていないのだから、魔術師五人がかりの集中砲火に耐えきれるほどの耐久力があるとは考えにくい。アルテイシアは自惚れではなく客観的にそう判断した。

 

 ちらりと視線を向けるが、ヌルスも異論はないようだ。彼は大きな杖を棍棒のように握りしめて、魔物の動きに注視している。何度か見せた彼の怪力なら、魔物の攻撃でも簡単に吹き飛ばされたりはしないだろう。動きの鈍さが多少気にかかるところではあるが。

 

 懸念事項はあるが、頼もしい味方である事は変わらない。

 

「GYAA!」

 

 そうこうする内に湖中央の足場に接舷した魔物が、第一肢の爪を立てて湖から這い上がってくる。その体表からは、滝のように水が滴り落ちて足場を黒く染めていく。一瞬狙いどころか、という考えがアルテイシアの脳裏をよぎるが、いや、流石に安直すぎる、と考え直す。まだ体の大半は水中に沈んだままだし、回避される可能性の方が高い。それに、まだ体がたっぷり水に濡れている、事前に用意した炎魔法は少し待ってからのほうが効き目が高そうだ。

 

「備えて!」

 

 激闘の予感に、一行が腰を落とす。

 

 いざ、尋常に勝負……そう思われた時。突然、魔物の動きに異常が生じる。

 

 体の半分を水に上げた所で、動きがそこで止まってしまったのだ。一見すると、急に上陸をやめたようにも見える。

 

 何かこちらの作戦に気が付かれでもしたのか? そう訝しんだアルテイシアだが、すぐに魔物の様子がおかしい事に気が付く。

 

「GYA,GYAA?!」

 

 よく見れば、魔物は何やら足場に爪を立てて身を水上に引き上げようと力を入れている。にもかかわらず、水中に沈んだままの半身はあがってこない。もしかして上陸するのがとても下手なのか、という考えが一瞬過ぎるが、流石にいくらなんでも魔物の様子が必死すぎる。

 

「GYRRRR!」

 

「な、なあ……アルテイシア。なんか変じゃないか?」

 

「え、ええ……。よくわかりませんが、もう少し様子を……」

 

 状況を掴めず見守っていると、さらに事態は変化した。

 

 傍目にも力を入れているのが明らかなのに、少しずつ魔物の体が湖に沈み始める。魔物は第一肢のみならず、水上に出ている肢全てを足場にかけてそれに抵抗するが、それも及ばず、ずるずると湖に引きずり込まれていく。火花を散らして次々に爪が外れ、最後に残った片腕で必死に抗う。

 

「な……何なの?」

 

 何か。何か途方もなく巨大なモノが、魔物を水中に引きずり込もうとしているようにしか見えない。困惑するアルテイシアの目の前、抗い続けた魔物についに限界が訪れた。

 

「KYUUU!」

 

 バチン、と唯一残っていた右前肢が付け根から千切れる。最後の抵抗も空しく、凄まじい勢いでその巨体が水中に引きずり込まれ、大きな水柱が立った。

 

 ざあ、と雨のように水が降り注ぐ。その大半はローブと帽子にはじかれてアルテイシアの身を濡らす事はなかったが、得体のしれない悪寒が彼女の背を凍えさせた。

 

 何が起きている。

 

 見ている前で、魔物の残した肢が灰になって燃え尽きていく。ざあ、と湖に生じた大きな波が足場を洗い、灰を一瞬で洗い流していった。

 

 あとには、何の痕跡も残らない。

 

 フロアガーディアンは死んだ。だが、危険の予感はいや増すばかりだ。

 

 そういえば、彼は、ヌルスはどうしているのか。咄嗟に視線を隣に立つヌルスに向けて、アルテイシアはそこで気が付いた。

 

 ガタガタ。ブルブル。

 

 震えている。大柄な鎧姿が、ブルブルと。

 

 まるで恐怖に怯える新兵のように、天敵を前にした被捕食者のように。

 

「あの、ヌルスさん?」

 

《!!》

 

 何か知っているのか。そのつもりでかけた答えに、彼は過敏な反応を示した。まるで我に返ったようにはっと顔を上げると、有無を言わさずアルテイシアに掴みかかったのだ。

 

「え、あ、きゃっ!?」

 

 困惑したのは一瞬の事。気が付けば、彼女はヌルスの腕の中に抱きかかえられていた。普段紳士的に振舞うはずの彼は強引にアルテイシアの身を確保すると、いつもの鈍重な動きが嘘のように背後にむかって駆け出した。多少、人としておかしな動きをしてもお構いなしだ。あまりにも必死すぎる。

 

「何が……ヒッ」

 

 まるで相手を知っていて、全力で逃げ出そうとするかのような動き。優しくも強固なヌルスの腕から身を乗り出して背後に目を向けたアルテイシアは、それを目の当たりにした。

 

 広大なフロアの地底湖。それを割るようにして、何か途方もなく巨大な銀色のモノが出現しつつある。どことなく三角錐に似たそれは、ある面はツヤツヤと銀色に輝いていて、ある面は黒くトゲが無数に生えそろっていた。

 

 なにあれ、と茫然と見上げるアルテイシアの脳が、数秒遅れて全体像を結びだす。

 

 違う。

 

 あれは。

 

「巨大な、口……!?」

 

「アルテイシアァアアア!! 逃げろぉおおおお!!!」

 

 恐らく、前衛の彼女らより距離があった事で、気が付くのが早かったのだろう。エルリックが全力で出口に向けて走りながら、大声で叫んだ。エミーリアとロションもその隣に並んでいるが、彼らにはアルテイシアを気遣う余裕もない。三人そろって振り返る余裕もなく、外の光にむかってひた走る。それを薄情とは批判できない。アルテイシアでも、同じことをする。

 

 その背を追うように、ヌルスが速度を上げた。

 

 彼はもはや、人の真似をする余裕もかなぐり捨てて、見た目からは信じられない速度で走っている。複数の触手を露にして、それを雪崩打つように連続で床に滑らせ、転がるように疾走する。

 

 だが、背後から迫る巨大な口が、足場を砕きながら閉じられる口吻が降ってくる方が僅かに早い。頭上に落ちてくる天井の如き巨大な影を前に、アルテイシアを守るようにぬめりとした触手が覆いかぶさってきた。

 

 彼女の視界が暗闇に閉ざされる。

 

 

 

 直後。

 

 凄まじい衝撃を最後に、彼女の意識は暗転した。

 

 

 

 

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