望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第六十四話 無理難題は毎度の事

 

 

「アイスミサイル!」

 

 体内回廊の戦い、その先手を取ったのはアルテイシアの一撃だった。

 

 天才魔術師の放つ氷の魔弾が、まっすぐにボスへと飛翔する。

 

「ギャシュウゥツ!」

 

 それに対し、ボス魔物は素早く腕を振って迎撃にでた。見るからに強固な前肢で、飛来する氷の誘導弾を叩き落す。砕けた氷の破片が冷気の靄を生み出すが、その中に悠然と佇むボス魔物にはダメージらしきものはうかがえない。

 

 ヌルスの感覚は、氷の魔弾と衝突した瞬間、虹色の衝撃波が生じていたのを見逃さなかった。配下の者と比べても段違いに強固なボスの甲殻は、質量を持った魔弾相手であっても拒絶力を発揮するらしい。

 

《まあ、こっちも黙って見ている訳じゃないんだが》

 

 ひゅんひゅん、と風を切って移動するヌルス。触手を遠方の凹凸に絡みつかせて体を引っ張る移動法にも慣れてきた。本来、触手型モンスターは凹凸が多い地形の方が過ごしやすい。これまで無理して人の歩く真似をしていた鬱憤を晴らすように、骨のない触手らしからぬ高速移動でボス魔物の死角へ潜り込もうと移動する。

 

 が、厄介な事にどれだけ移動しても、ボス魔物が首をちょっと捻るだけで再補足されてしまう。やたら大きく発達した複眼が、じっと感情の無い眼差しをヌルスに向けている。

 

「だったらこれでどうです! アイスミサイル(遅延)!」

 

 状況を把握したアルテイシアが、再び氷の魔弾を精製する。だが先ほどと違い、その精製速度はかなり遅い。本来ならば一瞬で展開できるそれをたっぷり3秒ほどかけて作り出した結果、移動するヌルスからかなり遅れて発射される事になる。ヌルスを目で追えばアイスミサイルが死角に、アイスミサイルを気にすればヌルスを見失う。

 

 ただ単に正確に早く魔術を発動すればいいものではないのだな、とヌルスは感嘆した。

 

 が、これもボス魔物はあっさりと防いで見せた。視線でヌルスの姿を追ったまま、まるで羽虫でも払うようにあっさりと振り返る事なく前肢でアイスミサイルを薙ぎ払う。

 

 ちっ、とアルテイシアが淑女らしからぬ舌打ちをする。

 

「小手先程度の技とはいえ、こうも適当にあしらわれると流石に沽券にかかわります。いいでしょう、本気で相手を……もががっ!?」

 

 不意に口に触手の先端を突っ込まれて目を白黒させるアルテイシア。目線で抗議するが、ヌルスは残念ながらそれどころではない。迸る悪寒に移動を中断、慌てて残る触手を地面にひっかけて急制動、アルテイシアが放り出されないようにカバーするのも忘れない。

 

 直後、突っ立っているだけと思われたボス魔物の姿がかき消えた。

 

 正確には、凄まじい速度で跳躍した。ヌルスが予定していた移動先を横切り、そのまま壁へと突撃、部屋中に響くほどの振動と共に衝突して停止する。

 

 当然、軌道上にあった全ては粉砕される。伸ばしていた触手が半ばで引き千切られ、鮮血がしぶいた。

 

「もごぉっ!?」

 

《いつつっ!》

 

 激痛に悶えながらも、ヌルスは脚を止めずにその場でとにかく転がった。アルテイシアをぶつけないよう触手を巻き付けて衝撃からカバーしつつ、触手が千切れた反動を利用して背後に向かってバク転する。

 

 直後、壁から再び突進してきたボス魔物の前肢がヌルスを掠めつつも直撃はならず、疾風のように通り過ぎていった。ずざざざ、と肉の床を引き裂きながらボス魔物は停止し、その全身からフシュゥ、と熱気を放出する。ギチギチギチ、とボス魔物の前足が歯車が回るような音を立てながら折りたたまれていく。

 

 一方、触手を何本かさらに千切られながらも突進をやり過ごしたヌルスは、我武者羅に回避した状態からなんとか姿勢を立て直した。触手に包まれていたアルテイシアが、べっと噛みちぎった触手の先端を吐き出して深呼吸する。

 

「うぇほ、うぇほ……ふぅ、す、すいません、助かりましたヌルスさん。あと触手、噛みちぎってしまいました……」

 

《いいよいいよ、気にしないで》

 

 触手をフリフリして気にするなのポーズ。彼女の歯形なんて可愛いものである。

 

 アルテイシアはくすりと笑うものの、一転して厳しい視線をボス魔物に戻した。

 

「なかなか厄介な相手です。それにしても、よく突進が二段仕込みだと気が付きましたね。流石です」

 

《まあ、うん。人間より感覚は優れてるつもりだからね》

 

 突進の瞬間、ヌルスはあの魔物の右前足に異様な力が籠り熱を発しているのに感づいた。そしてあのボス魔物は、これ見よがしに二本の発達した前肢を見せつけている。一本で一回、なら二回突進してくる予想はついた。思ったより早かったのでちょっとビビったが。

 

「単純な速力じゃない……あの前肢にバネでも仕込んでいるんですかね? 普段動かないのは、そのバネの応力を貯め込んでいるから、とか……」

 

 遠目に見ても唸りを上げながら畳まれていく前肢を見るに、アルテイシアの予想は正しそうだ、とヌルスも同意する。

 

 あとはそれをどうやって防ぐかだが……そう単純な話でもないだろう。攻撃手段がまさか常に最大溜めの突進とか、そこまで単純な魔物でもあるまい。初見殺しの二連チャージを回避された以上、今後は小出しにして接近戦を狙ってくるはずだ。どう考えてもそっちの方が効率的である。

 

 さてどうするか。こちらにゆっくりと振り返るボス魔物の姿を絶望的な気分で眺めていると、背のアルテイシアがぽんぽん、とヌルスの触手を叩いて尋ねてきた。

 

「ヌルスさん。変な事聞きますが、あのボス魔物と接近戦する事になったら、何秒稼げますか?」

 

《え。何秒って……数秒がいいとこだけど……》

 

「本気を出します。でも、その為には12秒かっちり、時間が必要です。……何秒、やれそうですか?」

 

 12秒。ヌルスは思わずぐでん、と本体を地につけてしまう。長すぎる。

 

 そんなに長い間、あのボス魔物に肉弾戦? 12秒稼ぐどころか、5秒後には挽肉にされている自身がある。硬くて頑丈な甲殻に覆われているあちらと違い、こっちはウネウネする柔らかい触手である。力を入れれば人間の刃物ぐらいは弾けるかもしれないが、それを言うならあっちはとくになんもせずとも刃を弾ける。スペックの差は絶望的である。

 

 無茶を仰る、としか言いようが無い。

 

 だがしかし、それはアルテイシアもわかっているはずだ。それでも12秒、最低限必要という事なのだろう。

 

《……》

 

 そしてその上で何秒か、と聞いてきたという事は、足りない分は自分でなんとかするつもりという事か。

 

 ……なんとか、って、なんだとヌルスは自問した。

 

 足りない数秒間、まさか魔物の攻撃から逃げ回るつもりだろうか。余計な事に意識を割かれれば、魔術の精度は低下し、最悪どっちつかずになるというのはよくヌルスもわかっている。当然、アルテイシアも理解しているはずだ。それでも、そう言わざるを得ない程、今、二人は追いつめられている。

 

 そして、このままだと無理を通さなければならないのはアルテイシアの方だ。

 

 それは。

 

 少し、面白くはない。

 

《いいだろう。12秒? まかせておけ。それぐらい、稼いで見せる》

 

 アルテイシアと出会えたのは僥倖だ。幸運だったといってもいい。だがだからといって、それに全てを任せてしまうのは駄目だろう。

 

 彼女に出会わなくとも。誰に出会わなくとも。

 

 ヌルスは元々、独りでだって生き抜いて見せるつもりだったのだから。

 

 背中の彼女に見えるように、12の触手を伸ばして見せる。

 

《私が頑張って、彼女も頑張る。それでイーブンだ》

 

 アルテイシアが息を飲む気配がある。彼女も流石に無茶だ、と思ったのだろう。

 

 それは、侮りというものだ。

 

 自棄になった訳ではない、考えはある。ゆっくりとこちらに正面を向けるボス魔物と相対しながら、ヌルスは分が悪い賭けではない、と判断する。

 

 ただ暴れるだけの魔物に、溢れる知性というものを見せつけてやろう。フンス、とヌルスは気合を入れ触手を蠢かせた。

 

 

 

 

 

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