望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第六十六話 鋼鉄の監獄

 

 

 第二の起動コードの詠唱により、魔術の最終段階が起動する。

 

 ボス魔物を取り囲む五つの鉄柱。その表面から、鋭い針が一斉に突き出した。その一つ一つが、鍛え抜かれた業物の剣に勝るとも劣らない強度と切れ味。

 

 それが何本も何本も。ボス魔物自身の口吻より太く長いそれが、四方からその体を串刺しにしていく。ご自慢の甲殻も紙のように貫かれ、緑色の体液が飛び散った。

 

「~~~~~!!」

 

 断末魔の声もあがきも、何一つ許されない。

 

 そして鉄の監獄の中、倒れる事も許されずにボス魔物は活動を停止した。

 

「…………、ヌルスさん!」

 

 その凄惨たる有様を、しかし生み出した当の本人はちらりと一瞥したのみで、その関心はもっぱらぺしゃりと潰れた触手にあった。慌てて駆け寄り、潰れたままの体に手を当てる。

 

「酷い……!」

 

《へもへも……》

 

 触診したアルテイシアがそのあり様に息を飲む。

 

 かつては粘液で適度に潤い、ぷるぷるもちもちの質感を保っていたヌルスは今やすっかり干乾びて萎びており、こころなしか肉の量も減ってスカスカしている。今にも灰に戻りそうな有様のヌルスを前に、アルテイシアは慌てて自分のカバンを弄った。

 

 傷薬とかの類は多分効果が無い。ヌルスは魔物、あくまで魔力で稼働する生物の真似事だ。となると、瀕死のそれを助けるには魔力をぶち込むのが一番の筈である。

 

「沁みたらごめんなさい!」

 

《ま゛っ》

 

 謝りながら、瓶に入った薬液をぶっかける。魔力増幅に用いるそれは、先ほど儀式詠唱の直前にアルテイシアも煽ったばかりの代物だ。まだ半分以上残っていたそれをまんべんなくヌルスの体に振りかけ、さらに手持ちの魔力結晶をありったけヌルスの触手の奥に押し込む。

 

「お願い、これで持ち直して……!」

 

 出来る事は全てした。手を合わせて祈るようにするアルテイシアの前で、果たして奇跡は起きた。

 

 薬液が染み込むにつれて、少しずつ、カサカサになっていた肌に弾力がもどってくる。萎びていた触手も少しずつ肉厚を取り戻し、やがて潰れていた本体部分が、ゆっくりと膨らみ始めた。触手の間に見えていた魔力結晶が飴玉のように小さくなっていくのに合わせて、少しずつ、ヌルスの体に存在感が戻ってくる。

 

 10秒もすれば、ヌルスは以前のような張りとツヤとプルプルを取り戻し、元気よく触手を伸び縮みさせた。

 

《ふぃー……生き返った、文字通り。アルテイシア、ありがと……》

 

「………っ! よかった!」

 

《わぶっ!?》

 

 復元したヌルスの様子に、アルテイシアが感極まった様子で抱き着いてくる。随分と本数が減ってしまった触手ごと本体をぎゅっと抱きしめられて、ヌルスは正直びっくりした。

 

 反射的に遠ざけようとした動きが、不意に止まる。

 

 暖かい。

 

 ヌルスは変温動物という訳ではないが、基本的に体温は低めだ。そのヌルスからすると、人間というのは内部でぼうぼうと火が燃えているのかと思うほどだった。アルテイシアの服は乾ききっておらず冷たいが、その向こうからじんわりと染み込んでくる熱が心地よく感じる。

 

 抱擁の時間はすぐに終わった。

 

 我に返ったアルテイシアが、自分から身を離す。彼女は目元を拭いながら、誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。

 

「す、すいません、感極まっちゃって。でもヌルスさんが無事でよかったぁ……」

 

《あ、うん、ありがとう……って聞こえてないんだよな、これ。まいったな》

 

 とりあえず壮健を示すために、うねうねと触手を蠢かせて見せる。アルテイシアは突然ウニョウニョしはじめたヌルスにきょとんとしたが、ややあってぷっ、と噴き出した。

 

「ヌ、ヌルスさん、ぶふっ。触手が減りすぎて、こう、禿山みたいになってますよ」

 

《なぬぅ!?》

 

 自覚はあったが、そこまでひどいとは。アルテイシアの指摘にショックを受けて固まる触手。それを見て、ツボに入ったのか身を折ってくすくす笑うアルテイシア。

 

《そ、そんなに笑う事ないじゃん!? こっちは深刻な問題なんだけど?!》

 

「ぷ、ふふふ、ふふ。ご、ごめんなさい、ぷふっ」

 

《ふぎぃ!》

 

 しばし微妙な時間が流れる。ヌルスは不貞腐れたまま触手を再度生やそうと力を込めたが、ダメージを受けすぎたせいか一向に肉芽が生えてこない。隠れ家に戻って魔力結晶を貪り食らう必要があるだろう。

 

 がっくりと落ち込むヌルスに、ようやく笑いの発作を抑え込んだアルテイシアがぽんぽんと慰めるように本体を撫でてくる。その指先に嫌悪感の類は一切感じられなくて、ヌルスは少しだけ安心した。

 

「とにかく、お疲れさまでした、ヌルスさん。おかげでまた、命拾いしました。ふふ、これで貸しがまた増えちゃいましたね」

 

《私としては貸しのつもりはないんだがなあ》

 

 少なくとも、もしアルテイシアを見捨てて別々に飲み込まれていた場合、ヌルスは一人であのボス魔物と戦っていた事になる。その場合、勝ち目は完全にゼロだ。

 

 あの剛腕に捻じ伏せられ、チューチュー中身を吸われている自分を想像してヌルスは内心震え上がった。アルテイシアを助けに行って本当に良かった。

 

「……さて。当面の脅威を排除した所で、あとは核を破壊すればいい訳ですが……」

 

《あ。待って待って、落とし物拾いたい》

 

「ふふ、わかってますよ。核を破壊したらすぐにこの巨大モンスターも灰化を始めるでしょうから、その前に散乱した荷物を拾っておきましょうか。幸い、壁の取り巻き達は食事に夢中で、すぐに襲ってくる様子はありませんし」

 

 言葉が通じないにも関わらず、アルテイシアはヌルスの気持ちを察してくれた。そう、戦いの最中に胴鎧が破損してしまったので、そこに仕舞いこんでいた荷物が散乱してしまっている。予備のスクロールやら触媒やらは貴重品だ、置いていけない。

 

「とりあえず手分けして拾いましょうか」

 

《異存なし!》

 

 立ち上がるアルテイシアに続いて、ヌルスものそのそと床を這う。

 

 散々ボスと揉み合ったせいで、ヌルスの荷物はかなり広範囲に散乱してしまっている。ヌルスがとりあえず杖と触媒を拾い集める一方、アルテイシアは目に付く油紙の包みを拾いに行った。あの中には予備のスクロールと、アルテイシアから貰ったノートが入っている。

 

《杖は……無事だ、よかった。でも先端の触媒が取れてるな……》

 

 拾い上げた杖は戦闘に巻き込まれて折れたりはしていない様子だが、先の金具から触媒が取れている。金具もちょっと痛んでいて、補修が必要なようだ。隠れ家に補修設備があったはずだから、戻ったら手を咥えないといけない。

 

 拾い上げた触媒をちらりと確認するが、どれも連日の使用でくすんでしまっている、あまり状態が良くない。まあ、戦いは終わったし、無理に触媒をはめておく必要はないか、と杖を抱え、ヌルスは転がっているスクロールを拾い上げた。

 

 これも状態が良くない。使えてあと一度か二度だろう。

 

《うーん、無い無い尽くしかぁ》

 

 拾うモノは拾って、アルテイシアに目を向ける。彼女はちょっと油紙の包みをちょっと重たそうに拾い上げているところ。その背後に、鉄と肉塊のオブジェと化したボス魔物の姿が見えた。

 

 しかし、おっかない魔術である。あれがアルテイシアの切り札なのだろうか、とヌルスはぼんやりと観察した。

 

 魔術については素人も良い所のヌルスではあるが、鉄属性、なんていう魔法があるという話は聞いたことが無い。最新の魔術にはあるのだろうか、と考えるがそれにしては、なんというか違和感がある。あの天才少女アルテイシアが奥の手にするぐらいなのだから、それ相応にとんでもない代物であるのは間違いないのだろう。

 

 そこまで考えて、ふとヌルスは違和感に気が付いた。

 

 ボス魔物は今だ、鋼鉄の檻で串刺しにされたまま佇んでいる。全身を針に貫かれて倒れる事すら許されていないのだからそれはそうなのだが、しかし。

 

 

 

 何故。灰になっていない?

 

 

 

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