望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第七十四話 瘴気の洞窟

 

 

 4層で多数の魔力結晶を確保したヌルス。

 

 思いがけず、新しい杖も手に入れる事ができた。新調した装備も、問題なく人間に偽装できている。

 

 と、なると。

 

 いよいよ、5層へ挑戦という事になる。

 

《5層か……。果たして、いかなる場所なんだろうな……》

 

 4層終盤、フロアガーディアンの潜んでいた大穴の近くまで来たヌルスは、相変わらず岩壁に刻まれた魔法陣を前に、一人感慨に耽っていた。

 

 周囲に人の姿はない。が、見れば大穴の横にキャンプらしきものが広げられており、無数の木材が積み上げられている。大穴をのぞいてみると、何やら巨大な筏の建造真っ最中であるようだ。

 

《あー。ボスと戦う場所、無くなってしまったからか……》

 

 そう。

 

 4層ボスである大型節足動物型モンスターとは、本来出島のような足場で戦う事になっている。が、例のイレギュラーモンスターによってその足場が噛み砕かれてしまった為、冒険者がフロアガーディアンと戦おうにも足場がなくてはどうにもならないのだ。

 

 勿論、泳いで戦うのは論外である。

 

 となると、足場をこちらで用意するしかない訳で……。しかしながら、フロアガーディアンとの戦闘の足場になり、かつひっくり返されない程の大きさの筏となると、そう簡単には作れないようである。

 

 恐らく、次の晴れの日で構造が一新するまでは、未クリア勢には事実上の足止めになってしまうのではないだろうか。

 

《……なんか申し訳ないな》

 

 あのイレギュラー魔物が何故襲ってきたのか。その理由は判然としないが、あの時居合わせたメンバーの中でヌルスだけが、その牙を逃れその存在を知っていた事を考えると、ヌルスを追って来た、と考えるのが自然な流れだ。まあ見境なくアルテイシアも狙っていたので勘違いの可能性もあるが、もしそうだったら全ての原因がヌルスにある事になってしまう。

 

《い、いやいやいや。そもそも、私だって被害者だし……はいはい、やめやめ! この話は終わり! 以上!》

 

 なんだか落ち込みそうな方向に行きそうだった思索を強制的に打ち切り、ヌルスは転移陣の前に立った。

 

 脈動する転移陣……一瞬、フロアガーディアンを倒したのはあくまでイレギュラーモンスターの仕業だったから資格がないのでは、という不安がよぎるも、それは輝き始めた青い光によって否定される。

 

 次の瞬間、ヌルスは全く見覚えのない岩場の前に佇んでいた。

 

 はっと振り返ると、背後には魔法陣の刻まれた赤茶色の岩壁。どうやら、無事に転移できたようだが……。

 

《……なんかやたら暗いな。おまけに……なんだ? これは……空気が淀んでいる、のか?》

 

 目の前に広がるのは、どちらかというと1層に似た雰囲気の洞窟だ。だが、松明で照らされていたあちらとは違い、こちらは常設されている松明がなく、転移陣から離れると真っ暗闇だ。まあヌルスからすれば暗闇程度で周辺が見渡せなくなる訳ではないから問題ないが。

 

 ただそれ以上に気になったのは、この階層に漂うどんよりとした空気だ。肌に纏わりついてくるようなべたっとした気配は、呼吸を必要としないヌルスでも煩わしさを感じる。

 

《今度はストレートに人間にとって悪環境、という訳か。まあ魔物の私には関係ないがな、フフン》

 

 とはいえ、あからさまに人外ムーブをしていては疑ってくれ、といっているようなものだ。ヌルスが周辺を見渡してみると、転移陣の横に松明らしきものが山ほど詰まれているのを発見する。ギルドからの差し入れ、的なモノだろうか。ありがたく頂戴し、魔術で簡単に火をつけ、闇を照らす。

 

《さて、ここはどんな魔物がいるのかな、と》

 

 半分くらいは好奇心にウキウキしながら、ヌルスは一人、闇の中へと踏み入った。

 

 

 

 5層は、最初の印象通り複雑な洞窟のような構造になっている。それも横だけでなく、縦にも広がっているようだ。3層は一見立体的だったが、意味がある道は回廊にしかなく、その回廊もあくまで入り組んだ橋のようなもので上下はなかった。

 

 これまでの迷宮は基本的に平面に広がっていたので、ここに来て新しい概念を取り入れてきたことになる。

 

 歩いていると突然道が途絶え、先を覗いてみると崖の下に別の道が続いていたり、急な上下の坂道であったり。記憶力を頼りに歩くにも限界があり、きちんとマッピングしないと道に迷う事請け合い。さらに段差は差ほどではないとはいえ、岩肌をよじ登る必要がある場所もあり、なかなか人間には過酷のようだ。おまけにずっと空気が良くない。それは奥へ進めば進む程、不快感を増していく。

 

《これはなかなか大変な場所だな。……アルテイシアとその友人たちは大丈夫か? 見た所、さして屈強な人間には見えなかったが》

 

 しかしヌルスにとっては庭の散歩のようなものである。ひょいひょいと段差を乗り越え、メモに地図を書き足していく。多層構造なら複数の地図にわけて書き込めばいいだけであり、この手の作業はお手の物だ。伊達に普段から100近い触手を制御して人間の物まねをしていないのだ。

 

 そうやって奥に進んでいくと、ヌルスの感覚が接近する魔力の反応を捕らえた。

 

 人間ではない。

 

《ようやくこの階層の魔物のおでましか。随分ゆっくり挨拶にくるんだな》

 

 迎撃するべく、動きやすい広さの通路で待ち構える。邪魔なので松明は後方に置き、両手で杖を構えてその時を待つ。

 

 果たして、道の先の曲がり角から、それらは現れた。

 

 まず最初に見えたのは、暗闇の中、ぼんやりと光る霞のようなもの。黄色いガスのようなものが、微かに光りながら漂ってくる。その中を、カサカサと音を立ててこちらに接近してくる影が二つ。

 

 六本の足、黒光りする甲殻。頭部には大きな複眼と、ナイフのような巨大な牙。

 

 全長2m近い昆虫型モンスター。ここまで大きいのははじめて目撃するが……。

 

 敵の全貌を把握したヌルスが警戒度を高める。

 

《……なんか、妙な感じがするな》

 

 ヌルスが注目したのは、その昆虫型モンスターの有様だ。複眼は白く濁り、甲殻はところどころ、カビにでも汚染されたのか白い糸のようなものがこびりついている。よく見れば足取りも定かではなく、酔っぱらったような不規則なリズムを刻むその足元にも、まとわりつくように黄色い瘴気が輝きながら漂っている。

 

 気になるのは、その瘴気だ。5層から受ける印象からして、無害とはとても思えない。

 

《まずは数を減らすか》

 

 ヌルスは小さく詠唱し、ファイアボルトを飛ばした。炎の礫が、一匹の魔物へと突き刺さる。

 

 その一撃は甲殻で弾かれる……という事もなく、あっさりと魔物は炎上してひっくり返った。纏わりついていた黄色い瘴気も一緒に燃えて消失する。

 

 だがその間に、もう一匹が白兵戦の間合いまで近づいてきていた。牙を大きく開いて噛みついてくるのを、杖でもって受け止める。

 

 甲高い音を立てて、閉じられた牙が杖を挟み込んだ。だが合金製の杖は断ち切られる事なくその噛みつきに堪える。

 

 そのまま、二匹の魔物の間で力比べが始まる。想定よりも力強い昆虫型魔物の圧力に、ヌルスはぐぐ、と杖を抑える触手に力を入れた。

 

 と、その隙をついたかのように、昆虫型魔物の纏う黄色い瘴気が、ふわあ、とヌルスにも絡みついてきた。

 

《む。これは……》

 

 即座に何かがあった訳ではない。ただ、纏わりつかれた皮膚にピリピリとした違和感を感じる。自分自身が酸とかに強い訳ではない事を自覚しているヌルスは、とっさに対抗策にうって出た。

 

 ファイヤミスト。

 

 周辺一帯に火の粉を散らすだけの使い勝手の悪い魔術。ライトニングミストのように応用的な使い方もできず、せいぜい肌の弱い魔物を吃驚させる程度のそれだが、今回は有効に働いた。

 

 先ほど見たように、この黄色い瘴気は熱に弱いようだ。ばっ、と飛び散る火の粉に焼き尽くされたように瘴気が消え去り、同時に齧りついてきていた魔物の力が大幅に弱まる。

 

 その隙を逃さずヌルスは下からブーツで蹴りを入れると相手をひっくり返した。でんぐり返ってジタバタしている相手の腹に、杖の石突きを振り下ろす。

 

 刃はついていないが、総金属製の石突である。容易く腹を突き破られ、魔物の動きがぴたりと止まる。

 

 忽ち灰になる魔物を見届けながら、ヌルスは黄色い瘴気に纏わりつかれた触手をぶるぶると震わせた。

 

 瘴気そのものははらったはずだが、まだピリピリする。

 

《もしかして……》

 

 思い当たる節があり、ヌルスは体表から弱酸を分泌するように念じた。体表が薄く酸で覆われた所で、今度は普通の粘液を大量に分泌する。弱酸が粘液で押し流されると、ピリピリとした痛みはすうっと引いていった。代わりにちょっと溶けた皮膚がヒリヒリするが。

 

《もしかして、あの瘴気そのものも魔物なのか? 極小の魔物が体に取り付いて害を成す、みたいな……》

 

 となると、それが纏わりついていた昆虫型の魔物は、それに操られていたのかもしれない。だとすると、ヌルスも危うく同じようになる所だった訳だ。

 

《ひえー》

 

 ブルリと触手を震わせ、落ち着かなさそうに周囲を見渡すヌルス。

 

 と、通路の向こうから、今度は大量の瘴気が押し寄せてきていた。その中から、無数の魔物の足音がカシャカシャと響く。

 

《げ》

 

 とても相手にしてられない。ヌルスは松明を拾い上げ、大慌てで来た道を引き返した。

 

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