望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第七十五話 炎を壁として

 

 

 

《人食い植物の次は、人食い霧か……何、迷宮ってのはそこまでして人間を殺したい訳?》

 

 なんとか大量の魔物の追撃を振り切ったヌルスは、岩に腰かけて休憩を取っていた。

 

 呆れとも愚痴ともつかないぼやきを零しつつ、地図を確認する。

 

《4層がああだったし、5層がそれより簡単だとは思っていなかったけどさぁ。殺意高すぎない?》

 

 真っ暗な洞窟に、入り組んだ構造。だが何よりも厄介なのは、そこに立ち込める瘴気の存在だ。あれが本当に極小の魔物の群れなのかどうかは分からないが、人間からすれば非常に危険なのではないだろうか。

 

 通常の魔物の数そのものはさほどでもないようなので戦闘機会は少ないかもしれないが、その全てに瘴気が絡んでくるとなると危険すぎる。

 

 これではゆっくり休む安全地帯もないのでは、とヌルスは不安を覚えた。

 

《いや、流石にそこまで鬼畜ではないだろう。何かこう、対策があると思うんだが……》

 

 ぱちぱちと燃える松明の明かりを見つめながら思いを馳せる。が、すぐに妙案は思いつかない。

 

 改めて思うが、単独行動は色々と限界がある。何より、情報不足が致命的だ。

 

 やはり他の冒険者から情報収集が必要だろう。しかしながら、こんな最前線を一人でうろついている怪しい鎧男、それも言葉がしゃべれないので筆談で失礼します、という輩と真面目に話してくれる冒険者がどれだけいるだろうか、という不安はある。

 

 いや、どちらかというと不安なのはヌルスだ。

 

 このあたりまでくる冒険者なら感覚も鋭いだろう。細かい落ち度からヌルスの正体を看破する相手も出てくるかもしれない。

 

 なんせ、バレてないと思って接した相手に、実は正体モロバレだったのだから。

 

 アルテイシアのような、悪く言えば物好きな相手は間違いなく全体から見れば少数だろう。

 

《……アルテイシア達を探すか? 多分、この階層を探索している最中だろうし……》

 

 闇雲に危険地帯を進むより、まずは情報を集めるべきだろう。

 

 今後の行動指針は定まった。

 

 まずは、比較的危険の少ない迷宮前半部を探索し、知り合いの顔を探そう。アルテイシア達と合流できるのが一番望ましいが、もし入れば金髪の冒険者……アトラス達一行でも構わない。とにかく情報が欲しい。

 

 ヌルスは椅子にしていた岩から腰を上げると、身だしなみを整えた。

 

《さて、場所ははっきりしないが魔力はそこかしこから感じられる。一番近いのは……おや》

 

 感知していた魔力、そのうちの一つがまっすぐこちらに近づいているように感じられて、ヌルスは脚を止める。ぼんやりと霞んでいた反応が近づくにつれて、複数の魔力の集まりである事が感じられる。

 

 その数、4。

 

《いや、まさか、そんな都合よく……》

 

 半信半疑ながらも、魔力に向かって接近する。曲がり角を越えて、大きな段差の下で移動を止める。魔力反応はこの上だ。向こうもこちらに向かって接近してきているので、もうじき姿が見えるはずだが。

 

 兜を傾けて上へ感覚を集中させていたヌルス。待っていると段差の上が明るく照らされるのが見えた。赤く燃える、松明の光。

 

 と。その光の中で、華やかな金色が閃いた。

 

「居た! ヌルスさーん!」

 

《おわあ!?》

 

 崖から軽やかに身を投げ出す少女の姿に、ヌルスは泡をくって慌てふためいた。杖と松明を投げ捨て、広げた両手で少女を受け止めようとする。ローブをはためかせる少女がその上に落ちる前に、その体を緑色の風がふわり、と包み込んだ。

 

 途端に落下速度が減少。綿毛のようにゆっくりと下降する少女のつま先が、ちょん、とヌルスの差し出した籠手、その掌に乗った。

 

《ほえ?》

 

「おっと。失礼しますね」

 

 一言謝り、ぴょんと掌から飛び降りるアルテイシア。たっ、と着地の拍子に音が鳴る。

 

 目の前の一連の現象が理解できず、ヌルスは人を真似るのも忘れて固まった。

 

《???》

 

「あ、今のは補助魔術のウィンドリフト、というのを使ってました。風で体を支えて段差移動を補助してくれるんですよ。……知らなかったみたいですね」

 

《ああ、うん。そんなのもあるのか……》

 

 ヌルスの知っている魔術といえば、原始的な攻撃魔法ばっかりである。束ねてぶつけるとか、束ねずに広げる、とか。それより上の魔術も勉強中だが、補助魔術となるとさっぱりである。なんせ、こっちはちゃんと加減が出来ないと、補助するどころか対象に危害をもたらす。補助といっても意外と高度な魔術なのだ。

 

「おーい、アルテイシア。急に走り出してどうした?」

 

「何々ー、なんか面白いものでも……あっ」

 

「物はありませんでしたが、人はいましたね。面白い人」

 

 ガヤガヤと遅れて彼女の友人たちが崖上に姿を表す。彼らは崖の下に襤褸を纏った怪しげな鎧姿を確認すると、揃って顔を見合わせた。

 

 杖を一振りし緑色の風を纏うと、一斉に下に降りてくる。

 

「いやー、無事だったんですね、ヌルスさん。あの時はアルテイシアがお世話になりました」

 

「多分無事だとは思ってましたけど、実際に会えて安心したっすよ。でもなんでギルドに顔出さなかったんすか、おかげでアルテイシアちょっと大変だったんですよ」

 

「あ、なんかおニューな杖の匂い!」

 

 喧々諤々、一斉に話しかけてくる少年少女に、ヌルスはちょっとまってと籠手をかかげつつ後退った。勢いが強い。

 

 たじたじになっているヌルスを見かねてか、アルテイシアが友人達の背をどうどうと引っ張った。

 

「ほらほら皆、ヌルスさん困ってる! あんまり馴れ馴れしくしないの!」

 

「そんなー」

 

《はははは……》

 

 なんだか、随分と親しみを持たれているようだ、とヌルスは内心喜ばしく思った。とはいえ、油断は禁物。彼らが親愛を向けているのは“怪しげな冒険者のヌルス”であって、“触手魔物のヌルス”ではない。そのあたりの違いは、気をつけるべきだろう。

 

 アルテイシアに正体がバレたのが、例外、という事にしなければならない。

 

 それにしても、とヌルスは一行の装備を見て内心疑問を抱いた。

 

 四人全員が魔術師の変則パーティー。だから全員が右手に杖を持っているのは当然なのだが、何故どうして同じように皆が左手に松明を持っているのだろう?

 

 道を照らすのなら一つでいいだろう。四本も松明を持っていても、備蓄の消費が早まるばかりで意味など無いように思えるというか、熱くないのだろうか?

 

 棒立ちしたまま観察していると、すすす、とアルテイシアが間近によってきて、こしょこしょと囁いてくる。

 

「もしかして。なんでみんな松明もってるのかな、とか思ってます?」

 

《ギクッ。え、今、私喋ってすらいなかったんだけど?!》

 

「ふふふふ。まあ、襤褸を出したくなかったら黙って見ててください、すぐに分かりますよ」

 

 それだけいって、再び距離を置くアルテイシア。

 

 アドバイスは有難いのだが、なんだか考える事を全部見透かされてるような気がして落ち着かないヌルスだった。

 

《もしかして心を読む補助魔術とか、あったりする……? いやいや》

 

 流石にそれは無いだろう。

 

 理屈ではわかっているが、しかし相手はアルテイシアだ。まさかね、と思いつつ、ヌルスは彼女の揺れる金髪の三つ編みをじっと観察する。

 

「なになに、何の話? 内緒話?」

 

「いえ、ちょっと一緒に行きましょうよ、とお誘いしただけです。5層をソロはちょっときついでしょう?」

 

「あー。まあな。絶対松明足りないだろうし」

 

 メンバー同士の会話を盗み聞きするが、どうにもヌルスからすると要領を得ない。

 

 とりあえずわかっているフリをしたまま、ヌルスは一向の背後についていく事にした。

 

「ほら、いきましょう、ヌルスさん。あ、それと良かったら道中、その新装備について教えてくださいよ。特に杖! 気になります!」

 

『企業秘密だ。答えられない』

 

「そんな、ヌルスさんのいけずー」

 

 

 

 迷宮の中というのにイマイチ緊張感のない道中だったが、流石に魔物を前にすれば空気が変わる。

 

 先頭を進む少年……確か、名前をエルリックといった……が足を止めた瞬間、パーティーの間に冷たい緊張が満ちた。

 

「……来た」

 

「了解」

 

 短いやり取りの後、エルリックが手にした松明を床に置くと、一行はそろそろと後退した。ヌルスもよく分からないまま一緒に下がる。

 

 と、今度はアルテイシアが自らの手にした松明を、今度は少し離れた後方の地面にそっと置いた。前後を松明で挟まれたような形になる。

 

 明かりの確保……というには、大分距離がある。残ったメンバーが手にした松明がないと、必要な光量が確保できないのではないか。

 

 フォーメーションの意図が掴めずヌルスは困惑するが、ボロを出さないように、と忠告されたのは覚えているので、黙って様子を伺い続ける。

 

 と、進行方向から、黄色い瘴気がモヤモヤと漂ってきた。その内部からは、カシャカシャという虫の足音。

 

「戦闘開始!」

 

 アルテイシアの合図と共に、素早く魔術が放たれる。炎属性の魔術が飛び交い、瘴気の中へと撃ち込まれた。

 

 瘴気が焼き尽くされ、内部に潜む魔物が直撃を受けてひっくり返る。その灰を踏み散らして、さらなる後続が迫ってくる。

 

 先ほどと同じくかなりの数だ。遭遇しない時は全く出てこないくせに、いざ出くわすと大量に出てくる。どうやら5層では魔物は固まって移動しているらしい。

 

 恐らく、瘴気の方の都合なのだろう。

 

 しかしいくら数が多くても、魔術師四人の制圧火力に叶うものではない。圧倒的な弾幕に、かたっぱしから吹き散らされて近づく事もままならない。

 

 これはもう見てるだけでいいな、と観察していたヌルスだが、ふと魔力感知に反応を覚えて背後に振り返った。

 

 ……どうやら、挟み撃ちを狙われたようだ。

 

 どこからか迂回してきたのだろう。これまで歩いてきた道に瘴気が立ち込めるのを目にして、軽く松明の柄でアルテイシアの肩を叩く。

 

 反応した彼女も、背後を取られた事に気が付いたらしい。

 

「む。ちょこざいな。皆、囲まれたみたいですよ」

 

「オッケー。じゃあ火力は予定通りに振り分けるって事で」

 

「ラジャー」

 

 想定済み、と言わんばかりにメンバーが二手に分かれる。アルテイシアが背後に回り、残りのメンバーはそのまま前方を迎撃。流石にこの状態で見ているだけという訳にもいかず、ヌルスも攻撃に加わる。

 

 五人の魔術が狭い迷宮に飛び交う。が、前方はともかく、後方は火力が足りない。というか、本来もっと上級の魔術を使えるはずのアルテイシアが、手を抜いているかのようにボルト系しか撃たない事にヌルスは疑問を覚えた。

 

 油断とか遊んでいる訳ではないだろうが、しかしこの局面で温存する必要があるのだろうか?

 

 疑問に思いつつ、意識を敵に戻す。通路を満たす瘴気はこちらにどんどん迫り、そろそろ床に置いた松明を乗り越えてきそうだ。

 

 そして、黄色い瘴気が燃える松明の炎を跨いだ、そう思われた瞬間。

 

 ボフッ、と音を立てて一斉に瘴気が消え去った。

 

《えっ》

 

 慌てて前方に振り返ると、同じように床に置いた松明を超えられず、瘴気がたじろぐように押し留められているのが目に入った。

 

 一方、瘴気の中を進んでくる虫は、構わず松明の炎を乗り越えてくる。が、松明よりこちらには瘴気が無い。数歩歩いたところで、ぎくしゃくとその動きがおかしくなり、進行速度も半減する。先ほどと同じだ、彼らは瘴気の中でないと満足に活動できない。

 

 動きの鈍った魔物を、ファイヤボルトが次々と撃ち抜いていく。瞬く間に10匹近い魔物が灰に還った。

 

 それを見て、これ以上は不利なばかりと判断したのだろうか。瘴気が、すぅっと引き返すように晴れていく。やがて、静寂に満ちた暗い洞窟が戻ってきた。

 

 

 

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