望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第七十六話 貴賎問わぬ麻疹

 

 どうやら、今回の戦闘はこれで終わりらしい。

 

 一応周辺の警戒を続けつつも、ヌルスは今しがた目撃した光景の理解に努めた。

 

《今のは……》

 

「ふぅ、やっと諦めたか。しつこい奴は嫌われるぜ」

 

「まあでも、あの瘴気が吃驚するぐらい炎に弱くて助かったよ」

 

 若い魔術師たちは、さも当然のように先の状況を受け入れ軽口を叩き合っている。その内容も踏まえて、ヌルスは瘴気の性質を整理した。

 

 火に弱そうだ、とは思っていたが……もしかして想像以上に熱に弱いのでは。

 

 床に置かれた松明。あれは、一定距離から瘴気を近づかせないための、炎の壁。そして瘴気が無ければ、他の魔物は大きく弱体化する。

 

 そういう事だろうか。

 

 転移陣の前に山と積まれていた松明を思い返す。あれはギルドの心遣いというより、この5層を突破する為に必要な物資の提供だったのだ。

 

 ほへー、と5層の攻略法を理解し、感心するヌルスを他所に、アルテイシアが緩んだ空気を閉めなおすように檄を飛ばした。

 

「ほら、ぼんやりしてないで松明を拾う! この攻略法だって自分で見つけた訳じゃないんだし、松明が切れたら危ないんだからね!」

 

「わーってるってアルテイシア」

 

「油断はしていませんよ、勿論。瘴気はあくまで一時的に撃退できるだけで、根本的な対応はできませんからね」

 

 床に置いた松明を回収し、燃え具合を確認する。耐久性や燃焼時間がかなり長く作られてるとは言っても、限界はある。それに松明はそこそこ嵩張る、あまりたくさん持ち歩けるものではない。

 

 在庫と合わせて、探索時間の残りめぼしを相談する魔術師たち。それを観察しながら、ヌルスは日誌を取り出すと、さらさらと文字を認めた。

 

 続けてちょいちょい、とアルテイシアを小さく手招きする。直ぐに気が付いた彼女は、友人達の輪をすぅっと抜けた。

 

『君達はこの攻略法、誰から聞いたのだ?』

 

「あー。ギルドの方から説明があったんですよ」

 

『ギルド。冒険者を支援している組織であっているか?』

 

 そういう組織があるのはよくわかっている。迷宮に関する書籍にも書いてあった。が、あれは大分古い物という事なので再確認してみる。今もそう違いはないらしく、アルテイシアは「その通りです」と頷いた。

 

「迷宮に関する情報は基本的にギルドで蓄積、精査される訳ですが、そういった情報は主に本気で迷宮を攻略するフロントライナーには大多数が無料で提供されます。マップ情報の一部なんかもそうですね。ただ、低層に関してはその限りではなく、むしろこっちは晴れの日以降はしばらく有料、それもそこそこの額。無料になるのは大分たってからです。なんでだと思います?」

 

『……ギルドは、あくまで迷宮の攻略による無害化のための組織だからか?』

 

「正解です」

 

 迷宮による汚染災害を防ぐためには、その内部から魔力と魔素を外に運び出して濃度を一定以上に高めない事が重要だ。

 

 その為に役立っているのが、1層や2層を稼ぎ場にしている下級冒険者達だ。彼らのおかげで迷宮の汚染災害は抑えられている訳だが、しかし逆に言うと、あくまで期限を引き延ばしているだけである。根本的な対応にはならない。

 

 一方、一部の迷宮攻略を目指す冒険者達は、そこまで大量の魔素や魔力を運び出さないものの、根本的解決に最も近い者達である。迷宮の深層に潜る彼らは危険も多く、ギルドが限られた資源を注ぎ込むなら当然、こちらである。

 

 そのような感じの事を、アルテイシアはすらすらと語った。

 

「とまあ、そういう訳です」

 

 彼女の説明に頷きつつも、ヌルスは彼女が敢えて触れなかった事があるのにも気が付いていた。

 

 まあ、あれだ。人間性の問題というか。

 

 低層で稼いでいるばかりの者達は、基本的に自分の事しか考えていない上に、視野が狭く考えが浅い。実力に見合わない階層にズルして侵入し、モンスタートレインを引き起こした事例をヌルス自身目撃している。おまけにそれであやうく、将来有望な冒険者が犠牲になる所だった。

 

 そんな連中に、地図やら装備やら支援しても恩を仇で返されるのは目に見えている。むしろ地図やら情報を有料にする事で彼らの活動をある程度制限した方が、攻略を目指す冒険者達の邪魔にならない。

 

 逆に言えば、将来有望な冒険者には支援を惜しむべきではない。それも限度があるが、少なくとも今の所アルテイシア達はギルドから目をかけられる程度には優秀な冒険者とみなされている、そういう事だろう。

 

 そこまで考えて、ふとヌルスはある事に思い当たった。

 

 何故今まで思い当たらなかったのか。

 

 自分の考えも浅いな、と懊悩しつつ、今更にすぎるが一応確認を取る。

 

『それは、つまり。アルテイシア達は、迷宮の攻略を……迷宮の消滅が、目的なのか』

 

「…………そうです。私が学院を卒業するために、どうしても」

 

『そうか。わかった』

 

 迷宮を攻略する。それはつまり、そこに住む魔物を全て滅ぼす事とイコールである。当然、今のままではヌルスもそこに含まれる。

 

 ヌルスの正体を知っているアルテイシアは当然、それを理解しているはずだ。だが彼女は、少しだけ躊躇いつつも迷いのない瞳ではっきりと頷いた。

 

 それが誠意だと、理解しているが故に。

 

《なるほど。……なるほど》

 

 ショックはない。冒険者とはそういうものだと、ヌルスはよく心得ている。それよりも、その事実を隠さず、はっきりと伝えてくれたことにむしろ好感を覚えた。

 

 学院の卒業と迷宮攻略がなんで結びついているのかは分からないが、アルテイシアには絶対に譲れない一線なのだろう。例え一時の友人を犠牲にしても、必ず成し遂げると誓うほどの。

 

 それなら、それでいい。ふわっとした事情で殺されてはたまったものではないが、覚悟あっての事なら恨み言は言うまい。

 

 何より、ヌルス自身、滅びてやるつもりなど全くない。

 

 少しばかり、気まずそうに帽子の唾をいじっているアルテイシア。その肩を、ヌルスはちょいちょいと籠手の指先で叩いて日誌を見せた。

 

『気にするな。そうだ、私の目的も伝えておこう』

 

「……?」

 

『私の夢はな。地上の街で、君達と祝宴を囲む事だ』

 

 万が一他の誰かに見られたら困るので、あえてどうとも取れるように書いた一文。だがそれで、事情を知っているアルテイシアにはすべて伝わるはずだ。

 

 魔物は、迷宮の外に出ては生きていけない。それが大前提だ。だからこそ、迷宮が亡びれば魔物も滅びる。

 

 そんな魔物が、地上の街で人間達と祝宴を囲む。それは、つまり……。

 

 アルテイシアが、目を丸くする。

 

『だから。何も気にすることはない』

 

「……はいっ」

 

 今度こそ憂いの無い顔で、アルテイシアが笑った。

 

 彼女の笑顔に何やら気持ちが高揚するのを感じながら、一方ヌルスは心の中でまーた調子のいい事を……と自分を蔑んだ。

 

 実際の所、その為の手段やきっかけは全く見つかっていないのだ。いや、全くという事はないか。一応、ひっかかりぐらいは無い事もない。今纏めている各種情報。あれがもし信頼に値するものであれば……。

 

「あーっ、また二人だけで話してる!」

 

「え、エミーリア、今ちょっといいとこで……」

 

「アルテイシア。あのさ、君がヌルスさんにお熱なのはいいんだけど、パーティーメンバーを疎かにするのはちょっと違くない?」

 

 気が付けば、先の事を離していたはずの友人一同がアルテイシアを取り囲んでいる。皆、ちょっと御冠の様子。まあ、真面目に探索の事を話していたら、リーダーポジションの人なのにいつの間にか抜け出して友人とお喋りに興じていたら、それはまあ不機嫌にもなる。

 

 アルテイシアも一応弁解らしきものを試みたようだが、一瞬で論破されてシュンとしてしまう。険悪な雰囲気に、ヌルスはあわあわ慌てながら日誌に自らも弁解を試みた。

 

『待ってほしい。彼女を呼んだのは私の方だ』

 

 だから怒られるのは私のほうで……と続けようとしたヌルスに、しかし、アルテイシアの学友たちは生暖かい視線と深いため息で返した。

 

 何故。

 

「だとしても、皆に黙って抜け出すって選択をしたのはアルテイシアだよねぇー?」

 

「いいからヌルスさんは黙っててください。これ、うちのパーティーの問題なので」

 

『はい』

 

 そしてあっさり撃退された。正論で反論されると言い返せない。

 

 それでもせめて誠意を示そうとその場で正座をするヌルス。そんな鎧姿を見てアルテイシアが「ヌルスさん……!」と目を輝かせるが、直後に友人から怒られて再びシュンと肩を落とした。

 

 結局、しばしのお説教の後にこの日の探索は中止となったのだった。

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