望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第八十話 D・レイ

 

 これまで、歪みの魔術を発動する度にヌルスは激しい反作用に襲われてきた。

 

 触手を引き千切り、杖を砕くすさまじい反動。人間では到底耐えられない、魔物だったからこそ耐えられた、魂をも引き裂くという歪みの力。

 

 そう。反動である。

 

 反動が強すぎるという事は、すなわち魔術の威力が過剰すぎるという事だ。実際、完全な形で発動した歪みの魔術は、ヌルスをもってして戦慄と禁忌を感じ得ざるを得ないほどのものだった。

 

 ならば、消費魔力を落とせばいい。

 

 しかしこれまではそれが分かっていても出来なかった。

 

 手元にあるボルト系、ミスト系は一般的には最下級の魔術である。それでも魔力過剰となると、隠れ家にある在庫ではどうしようもない。

 

 だがアルテイシアからもたらされた知識と助言により、ヌルスは自分でスクロールを用意する事ができるようになった。初心者にすぎないヌルスが作れる魔術回路などたかが知れているが、今回はその程度で十分。

 

 魔術回路というより、用意した素材がちゃんと使えるか確認するテスター程度の意味合いしかもたないそれは、必要な魔力量も激少だ。

 

 それでも念には念を入れ、発動詠唱は本来のそれに単語をいくつも足して安全性をさらに高めた。抵抗や射出角度を制御するキーワードを加える事で、魔力の過剰流入に対処する。

 

『α Θ λ β』

 

 魔術名、デイライト。魔力の輝きで周囲を照らすだけの簡単な、魔術とも呼べないような代物。本来ならば、だが。

 

《むむ……!》

 

 杖の触媒が怪しく輝き、荒れ狂う魔力が引き出され、杖を通ってヌルスの体へと入り込んでくる。いつもなら過剰な魔力で触手が引き裂かれ無残な有様となるのだが、今回は入念に制御された上で必要最低限の魔力だけが引き出されている。それでも、人間のそれに比べればはるかに頑丈な体組織がまるで膿んだようにパンパンに腫れ、ぴっ、ぴっと皮膚が裂けて血が滲んでいるのを感じる。

 

 杖の先に、紫色の光が収束する。これまで発動してきたボルト系魔術と比べれば非常に細やかな規模ではあるが、この魔術本来の効果を考えれば強力すぎる力。

 

 細く収束された魔力の光を、無人の森へと解き放つ。

 

 飛翔した光の矢は、聳え立つ大木の幹へと直撃。紫色の光を放って、極小の空間湾曲と稲光を放った。木の幹に石が割れるように罅がはいり、それは致命的な亀裂となってその命脈を断った。

 

 バキバキと音を立てて大木が倒壊する。ずぅん、という衝撃が、少し離れたヌルスにまで届いてきた。

 

《おぉ……》

 

 一般的な魔術のボルト系より威力がありそうな結果に感嘆の声が漏れる。

 

 確認すると、今の魔術の反動で杖に何か損傷が起きた様子はない。想定よりも頑丈な合金でできているのだろうか。だが、それを握りしめる籠手の中、腕をあやつる無数の触手は細かく傷つき、したたる血が漏れ出して足元に血だまりを作っていた。

 

 確かに、手に余るほどの魔力は行使せずに済んだ。しかし少量であっても、制御を誤れば肉体を引き裂くには十分。細いツタの中に、鋭い針を通していくような感じ、といえば人間にも伝わるだろうか、とヌルスは想像した。針先を誤って手繰れば、切っ先は忽ち表面を突き破って鋭く飛び出す。問題はそのツタが自分の躰であるという事だが。

 

 自分の体内に、冷たい刃物をずぶずぶと沈めていくような身の毛のよだつ違和感。痛みがないだけで、事実としてはそう変わらないかもしれない。

 

《いや、でも考えてみると触手は傷ついているが、体の方はなんともないんだな》

 

 戦場ではなく、実験として振り返ってヌルスはその事に気が付いた。

 

 確かに荒れ狂う魔力は制御が困難で今も触手を傷つけたが、それさえ乗り越えればある程度安定するというか、本体を酷く傷つけるような感じがない。

 

 触手が緩衝材となって、余剰の歪みの力を軽減していた、という事だろうか。

 

《うーん。これが私が未熟故の話なのか、魔術の仕様なのかよくわからないな》

 

 はっきり言えるのは、人間であればこの程度の傷でも命に関わるという事だ。ズタズタになっていない、というだけで、触手としても使い物にならないレベルで損傷している。傷が治らないというなら人間の場合腕を落とさなければならないだろう。

 

《しかし難しいな。これだけ魔力を少なくしても一線級の威力があるのは有難いが、それでもある程度の自傷ダメージは避けられない。慣れでどうにかなったりするものかね?》

 

 籠手の中で傷ついた触手を順次パージ、新しい触手と入れ替える。もごもごと籠手の中で触手をよじらせながら、ヌルスはどうしたものか、と考えを巡らせる。

 

 アルテイシアに礼を返すつもりで本格的に歪みの魔術を研究する事にしたが、どうにもやはり人間の手に余る代物のようにしか思えない。

 

 ただ、隠れ家の主が、魔物ならばあるいは、といった理由はなんとなく見えてきた。

 

 魂の無い魔物、人間よりも遥かに頑丈な魔物。確かに、ある程度まで威力と反動を抑える事ができれば、確かに魔物ならこの魔術を有効に使えるかもしれない。

 

 問題は、魔物が魔術を使えた所で人間の魔術師には何の恩恵もない事だが。

 

《魔術を使えるようになった魔物を調教して僕にでもするつもりだったのかね、件の魔術師は。とりあえず、しばらくこの魔術を使い込んでみよう。一回や二回使ったぐらいで、真価は見えてこないしね。このぐらいの反動なら許容範囲だ。あと問題は……》

 

 懐からノートを取り出し白紙のページを開き、ヌルスは鎧の中で触手を捩じった。

 

《この魔術になんて名前をつけるかだ。歪みの魔術は体系化も研究も進んでないらしいからな、とにかく今後に備えて著作権を申請しなくては》

 

 アルテイシアがいってたもんな、魔術の特許やら著作権はめんどくさいって、と思い返すヌルス。ちなみにヌルスは一週間近く徹夜である。頭がそろそろ回らなくなってきていた。

 

 言うまでも無いが、魔物が著作権を主張した所で誰も相手にしてくれるはずがない。

 

《うーんうーん、なんかよい名前はないかな。ディメンションレイ? ありきたりだな。ヌルス光線! なんか違うな。触手自滅ビーム! いや、駄目だろ。●■▽×★! ……人間に発音できない言葉だともしかして登録できなかったりする? ううむ……うーん……ZZZ……》

 

 色々考えるが、考えるほどどんどん候補がアレになっていく。霞がかった思考でぼそぼそ頭を捻っていたヌルスだが、不意にカクン、と胴鎧が腰からずれるように落ちかけて、慌てて体勢を立て直した。

 

 今の挙動を誰かに見られてないから周囲を伺う。

 

《や、やべ、びっくりした。周囲に人はいないな、よかった。……一瞬寝落ちしてしまった、そういやけっこう寝てなかった気がするな……。さっきから考えがまとまらない気がする、一旦戻って寝るかぁ……》

 

 ようやく寝不足である事を自覚する。そうすると、どっと疲れが襲ってくるような気がして、ヌルスはぐったりと杖に寄りかかった。

 

《戻ろ戻ろ。続きはちゃんと寝てから考えよ……うん?》

 

 踵を返すヌルスだったが、その足甲の動きがぴたりと止まる。鎧の中で鈍い感覚を研ぎ澄ましたヌルスは、何やら森の方で騒ぎが起きているのを感じ取った。

 

 ヌルスが魔術の実験で破壊した木の方ではない。別の方角、繁みの中で怒声や金属音が響いている。

 

 このパターンは前にもあった。森の中で、冒険者が追いつめられているのだろう。あの時は、アルテイシアとどうやって分かれるか思い悩んでいたのを思い出し、ヌルスはなんだか懐かしい思いに捕らわれた。つい最近の事のはずだが、ずいぶん昔の事のようにも感じる。

 

《んーむぅ。どうしようかね、個人的にはさっさと帰って寝てしまいたいが……》

 

 アルテイシア達はすでに5層に進出してるし、剣戟のような音がするあたり間違いなく彼女達ではないだろう。見知らぬ冒険者の危機と天秤にかけると眠気が勝る、別に人間を助けたくて冒険者の真似事をしている訳ではないし。

 

 しかし、万が一いま窮地に陥っているのが他の知り合いかもしれない、と思うと、どうにも巣に引き返す触手の動きが鈍る。

 

《……しゃーない。気持ちよく眠るためにちょっとお節介焼いてやるか》

 

 せめて助けられた事を感謝できる程度の人間だといいなあ。そんな事を考えながらヌルスは森に踏み入った。

 

 場所の把握は難しくはない。魔力感知でも、戦いの喧騒でも、これ以上ないぐらい存在をアピールしている。これだけやかましいと、血の気配を感じ取って他の魔物が集まってくるかもしれない。手早く終わらせた方がいいだろうとヌルスは少し急いだ。

 

《あ、いたいた。さて、何と戦ってるのか…………ゲ》

 

 戦いの現場に到達し、物陰から様子を伺ったヌルスは、心の底からの呻きを上げて固まった。

 

 ヌルスの見る先、森の一角。そこだけ木漏れ日が差込む広場のような場所で、冒険者の一党が魔物と相対している。

 

 すでに負傷者が出ているようだ。地面に倒れた者とそれを手当てする者、それらを庇うように二人の剣士が武器を手に前に出ている。

 

 それと対面しているのは人間より二回り以上体躯の大きい節足動物型の魔物。白く輝く鎧のような甲殻と発達した腕を持つそれは、ヌルスにとって嫌というほど見覚えがある姿だった。

 

 

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