望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第八十一話 リベンジ挑戦

 

 

《あのボス魔物!? あ、いや、よく見ると大分サイズ小さいし甲殻の色合いも安っぽいけど……そっかあ、あのたくさんいた奴が魔力結晶を喰って大きくなったとかそういう奴か》

 

 イレギュラー魔物の体内に多数いた寄生型の魔物。その大半は巨大魔物の死滅と共に水中に放り出され行方が分からなくなっていたが、あの騒ぎを生き延びて4層に住み着いた者が居るのは予想に容易い。さらに言えば、巨大魔物が大量の魔力結晶を置き土産にしていったのだ、それを大量に摂取すれば急激なランクアップもあり得ない話ではない。

 

《うへえ。それだと今4層、冒険者にとって大分やばくね? あー、だからこうして追いつめられてる訳かぁ》

 

 さらに言えば人間の方にも見覚えがある。地面に倒れている緑髪の女に、金髪の剣士と赤髪の剣士。アトラス率いる一行に間違いはない。倒れている女……確かシオンといったか、それを手当てしている初老の男性についてはちょっと覚えが無いが、新しくメンバーが増えたという事だろうか。

 

 慣れた手つきで手当てをしているのでシオンの命に別状はなさそうだが、アトラスとクリーグ、剣士二人の顔つきは芳しくない。

 

 まあ、ヌルスの見立てでは寄生魔物達は4層の強さではない。成長したボス格ともなれば体感だと5層より下、6層ぐらいの強さがあるだろうから、さもありなんである。

 

「……今の4層にこんな化け物がうろついているとはな」

 

「ここ最近こんなのばっかり当たるな、ついてるのかついてないのか」

 

「無駄口を叩いてる暇はないぞ、クリーグ。……来る!」

 

 大型魔物が両腕を振りかぶって二人に襲い掛かる。ギリギリまで引き付けて、二人は左右に分かれてその一撃をかわした。大振りの前腕の一撃が大地に振り下ろされ、激しく地面を揺らす。少し離れて見ているヌルスにも届くほどの衝撃だ。

 

 しかし剣士二人はその衝撃に足を取られる事なく、素早く左右に回り込むと刃を振るった。関節を狙う正確な剣の一閃、そして甲殻を構わず叩く蛮剣の一撃が大型魔物を襲う。

 

 が、その両方は甲高い音と共に火花を散らして弾かれた。正確な剣の一撃はしかし被膜を突き破れず、豪快な力任せの一撃はそれを上回る強度の鎧にいとも容易くはじき返される。

 

 たたらを踏んで後退する両者。大型魔物はその場で大きく腕を広げると、ぐるりと回転するように薙ぎ払いをしかけた。剣よりも長いリーチの腕が振り回され、それに巻き込まれるように剣士二人が打ちのめされる。

 

 咄嗟に火花が上がった所を見ると咄嗟にガードは出来たようだが、馬力の違いに二人の体が宙を舞う。2mほど吹き飛ばされ、床に転がされる剣士たち。

 

 障害の排除を確認した魔物が、のっそりと倒れているシオンに目を向ける。ズシャン、ズシャンと脚を鳴らして歩み寄ってくる魔物に、初老の冒険者はメイスを手に立ちはだかる。

 

 どう考えても勝ち目がない相手に立ち向かう辺り、命知らずなのか自分に自信があるのか。いや、背後のシオンを見捨てられないだけだな、とヌルスはあたりをつけた。

 

《やれやれ。お人よしの所にはお人よしが集うという奴かね?》

 

 流石に、これ以上は無理だろう。

 

 手助けするべく、ヌルスは敢えてガサガサと繁みを鳴らしながら前に出た。

 

 大型魔物の動きがぴたりと止まる。その複眼がヌルスを捕らえ……その瞬間、魔物は弾かれたようにそちらへと向き直った。先ほどまで交戦していた冒険者へ目もくれないその動きは、明らかにヌルスを脅威と認識……いや、何者なのか理解している動きだった。

 

《ほう? 私の事を覚えているのか》

 

「あ、貴方は……?」

 

「ヌルス……さん? だ、め、逃げて……!」

 

 突如現れた闖入者に目を丸くする男と、苦しそうに声を上げるシオン。

 

 どうやら私の事を覚えてくれていたらしい、とちょっと嬉しく思いながら、ヌルスは悠々と杖を構えた。逃げるつもりなど当然ない。

 

 ちょうどいい。この魔物が極めて高い魔力耐性を持っているのは知っている。それに、歪みのデイライトがどれぐらい通じるのか。ちょうどよい実験相手だ。

 

《貴様らの親玉は歪みのボルトで跡形もなく砕け散ったが、果たしてお前はどうかな?》

 

「ギシュアアアッ!」

 

《おっと!》

 

 大型魔物が吠え、その口から鋭く口吻が突き出された。不意打ちの一撃を、しかしヌルスはひょい、と体を捻って回避する。

 

 死ぬような目にあったのだ、相手の攻撃手段はちゃんと覚えている。その中で特に致命的な口吻の一撃を、警戒していないはずがない。思ったよりも多少リーチが長いのは焦ったが、個体差の範疇だ。

 

《はっ》

 

「ギィッ!?」

 

 口吻を空いた片手で素早くつかみ取る。戻そうとした魔物との力比べになるが、ヌルスは長々と付き合うつもりは無かった。とにかく眠い、早く終わらせたい。

 

 握りしめる口吻の手ごたえは、確かに硬いがさほど頑丈なようにも感じなかった。力を思い切りこめると、みしり、軋むような音がした。

 

 そのまま、ひと思いに折り砕く。

 

「シャギャァ!?」

 

 苦悶の声を上げて今度は魔物がたたらを踏んで後退する。その隙を逃さず、ヌルスは素早く呪文を唱えた。

 

『α Θ λ β』

 

 紫色の光が魔物を穿つ。魔力耐性を持った甲殻は歪みの力に抵抗したが、最後には打ち負けて魔術が魔物の胸元で弾けた。物理法則を無視して強固な外殻が引き裂かれ、緑色の血が飛び散る。

 

《あ、やべ。威力ちょっと足りない》

 

「ギャシュアアア!」

 

 残念ながら一撃死とはいかなかった様子。籠手で隠しているが、右腕担当の触手のダメージが大きくすぐ二発目とはいかない。大ダメージを受けながらも猛り狂い向かってくる魔物を相手に、ヌルスは焦りながらも杖を構えた。

 

 魔物が大きく前足を振り上げる、その瞬間。

 

 金色の風が両者の間に吹き抜けたようにヌルスには見えた。

 

「……救援、感謝する」

 

「ギ、ギィ……!?」

 

 見れば風と見まがう勢いで飛び込んだアトラスが、魔物の甲殻の傷に深く剣を突き立てている。ヌルスに向かう勢いにカウンターする形で放たれた一撃は、魔物の致命的な芯をしっかりと捉えていた。

 

 ずしゃり、と魔物が地面に膝をつく。そのまま崩れ落ちる上体に巻き込まれないよう抜け出したアトラスが見下ろす先で、その巨躯はたちまち灰になって消滅。あとには僅かな灰と、水色の魔力結晶、そしてアトラスの愛剣だけが残された。

 

 灰の中から剣を拾い上げ、軽く振って鞘に戻す金髪の剣士。その様子を伺いながら、ヌルスは籠手の隙間から滲む血を感づかれないよう、さりげなく外套で腕を隠す。

 

 正面から対面する二人。と、先に金髪の剣士が躊躇いなく頭を下げた。

 

「また助けられてしまいましたね」

 

 ヌルスは軽く頷き返し、他のメンバーに目を向けた。赤髪の剣士はようやく起き上がってきた所。シオンは初老の男性に肩を担がれるようにしてなんとか立ち上がった所だ。左わき腹の衣服が破け、応急処置で巻きつけられた包帯に血が滲んでいる。あの前足の一撃を食らったのだろうか。よくもまあ脆弱な人間の身で命があったものだ、とヌルスは感心した。

 

「いつつつ……斬馬刀かよあの前足。鋭い上に打撃としても結構重いぞ……」

 

「大丈夫かクリーグ?」

 

「ああ。お前の方は……盾で受けたのか。俺も咄嗟に剣で受けたがこの様だ。くそ、今更スタイルを変えるつもりは無いんだけどなあ」

 

 地面に転がるへしゃげた盾を見やり、続けて自分の愛剣に目を向ける赤髪の剣士。見れば、彼の分厚い剛剣は、今の一撃を受けたせいで歪んでしまっているようだ。これを直すとなるとそこそこ大変そうだな、とヌルスは他人事のように思った。

 

 というか今、ヌルスはそれどころではない。大急ぎで籠手の中の傷ついた触手を自切、入れ替え中だ。不審に思われる前に右腕を十全に動かせるようにしなくてはならない。

 

「あのぅ。……そちらのお方は? お知り合いのようですが」

 

 しかしながら、いつまでも黙っている訳にもいかないようだ。初見だった初老の男性が、戸惑ったように仲間たちに尋ねている。それはヌルスも同じである。この人、一体誰だろうか。

 

「アトソンさん、彼はヌルス。ほら、前にちょっと話したでしょう? 迷宮をソロで探索している、人助けに積極的な魔術師の話」

 

「あ……ああ、シオンさんもお世話になったという。そうですか、貴方が。初めまして、私はアトソン・ハンキンスと申します。お噂はかねがね」

 

 ぺこり、とシオンの体を支えながら頭を下げてくる男性。ヌルスも習って頭を下げた。

 

 そこでようやく右腕の修復が完了した。懐から日誌を取り出し、つらつらと文字を綴る。その様子を、アトソンは興味深そうに眺めている。

 

『初めまして。私はヌルス。故合って筆談で失礼する』

 

「いえいえ、事情は人それぞれですから。しかし、助けていただき本当にありがとうございます」

 

『構わない。もののついでだ』

 

 それにあの魔物とは因縁浅からぬ仲だ。こういうのも因果は巡る、というものだろう、とヌルスは鎧の中で呟く。

 

 とはいえ、一連の流れを考えるとある程度釈明しておいた方がいいだろう。あの魔物は明らかにヌルスを知っている挙動を見せていた。じとりとした視線を向けてくる赤髪の冒険者あたりは、そのあたりに疑惑を抱いている可能性がある。実際は完全に偶然だが、タイミングが良すぎたのもあるし。

 

『あの魔物の親玉とは浅からぬ因縁があってな。奴が私に特別な反応を示していたのもその繋がりだろう』

 

「? よく分かりませんが……見た事のない魔物でした。あれが4層に現れるようになった経緯をご存知なのですか?」

 

『一応当事者の一人だ。詳しい事は、ギルド支部か、他の当事者に聞いてくれ。アルテイシア・ストラ・ヴェーゼという女魔術師の名を聞いた事はあるか? 彼女なら詳しく教えてくれるだろう』

 

 実際の所、ヌルスはあの事件が最終的にどう処理されたのかをよく知らない。人間の面倒くさい事情は魔物であるヌルスには関係ないと思ってアルテイシアにも聞かなかったが、こういう時にちょっと困るな、とヌルスは考えを改めた。

 

 しょうがないので申し訳ないが彼女に丸投げする事にしたのだが、アトラス達の反応は予想と少し違うものだった。

 

「アルテイシア……?」

 

「アルテイシアって、あのアルテイシア、か?」

 

「……苗字もいっしょだし、多分そうじゃない……?」

 

 戸惑ったように顔を見合わせる、シオン達。例外は新メンバーであるアトソンぐらいで、彼はヌルスと視線を合わせて互いに「??」と首を傾げた。

 

「あの、ヌルスさん、彼女と知り合いだったのですか? アルテイシアさんって、こう、金髪で、三つ編みで、青目で、トンガリ帽子の?」

 

『知り合いか?』

 

「いや、まあ。そうです」

 

 なんとまあ。世間は広いようで狭いのだな、とヌルスはびっくりした。

 

 とはいえ、考えてみると不思議でもない。最前線を走っている冒険者はそこまで多くはないし、アトラスもアルテイシアも、ヌルスのような正体を隠した相手にも気後れなく話しかけてくる社交的な人物だ。お互いにソリがあうだろうし、仲良くしているのもおかしくはない。

 

「なるほど。何か彼女が厄介なトラブルに巻き込まれた、とは聞いていましたが、それ絡みですか。そのあたり、まだギルドからは正式な通達が出てないのですよね」

 

「ギルドの方でも全容を掴みかねているって感じだしな。しかしまあ、それ関係でこんなクソやべー魔物が出てるならちょっと問い合わせるべきだろう。明らかにコイツ、4層レベルの強さじゃなかったぞ」

 

「ああ……。ヌルスさんの魔術、見た事が無かったけどかなり強そうだったのに、甲殻で弾かれていたしな。魔力抵抗があってあの物理的な防御力があるとか、いくらなんでもインチキがすぎる」

 

 口々に魔物の脅威について意見交換するアトラス達。

 

 まあ確かに、厄介な魔物であるのは事実だ。特に魔術耐性はヌルスからすると死活問題である。環境の変化もあってか、耐性そのものはあのボス魔物と比べれば大幅に低下しているようだが、それでも歪みの魔術に耐えきるのは想定外だった。いくら威力を落としたと言っても、大木の幹を捩じ切るような代物である。それに耐えるとなると、結構な耐性がいまだ健在の様だ。

 

《……それを考えると、魔術だけど実質物理攻撃だったアルテイシアの金属魔術、特殊にも程があるなぁ……》

 

 それにしたって、実質数十人の兵士に槍で串刺しにされたような状態からあのボス魔物は反撃してきたわけで。4層に居ていい強さではないというのは大いにヌルスも同意する所だ。

 

 特に口吻の一撃が危険だ。吸ってきたのは相手が同じ魔物であるヌルスだからだろうが、普通の人間は腕ぐらいある針を突き立てられたら死ぬという事はヌルスにも理解できる。

 

「とにかく、今回の探索はここまでだな。シオン、自分で歩けそうか……無理だな。しかたない、私が背負っていこう」

 

「それは……パーティーの主戦力の両手を塞ぐのはよくありません。ここは私が……」

 

「いや、アトラスに賛成だ。言っちゃ悪いが、シオンを担いだアトソンさんに合わせて移動するより、アトラスが担いでさっさと戻った方が結果的に安全だ。迷宮に居る時間が長ければ長いほど危険になる」

 

 アトラスがシオンの体をアトソンから受け取り、背中に担ぎなおす。シオンは血が足りないのか、青い顔をしてぐったりしており成されるがままだ。クリーグがアトラスの荷物も一人で担いで撤退準備を終えた一行は、最後にぺこりとヌルスに頭を揃って下げた。

 

「という訳ですいません、ヌルスさん。お礼もそこそこに申し訳ないのですが、私達は引き返します」

 

『気にするな。それより急いで戻った方がいい、あまり具合がよくなさそうだぞ』

 

「……すまない。この恩は必ず」

 

 そのやり取りを最後に、アトラス達は早足でこの場を後にした。ヌルスは少しだけ出入口まで護衛するべきかと考えたが、流石というかあっというまに見えなくなったアトラス達の移動速度を考慮してとりやめた。何より、そこまで世話を焼かれると彼らの方がいたたまれないだろう。

 

 というか、眠い。さっきまでは戦闘の興奮で頭がさえていたが、落ち着いてくると落差で余計に意識が鈍くなってくる。いくら実力的にそう危険ではないとはいえ、迷宮の只中でこのコンディションは危険だと考えるぐらいの判断力はまだヌルスには残されていた。

 

《……ふわあ。だいぶん眠いぞ。ヘマする前に隠れ家に戻って寝よう……》

 

 しかし。人の足を引っ張る事しかやらない奴もいれば、アトラスのように義理堅い上にあえて不器用な生き方を選ぶ者もいる。

 

 しみじみと感じ入りつつ、ヌルスはアトラスが拾わずにおいていった魔力結晶を拾い上げると鎧の中に放り込んだ。

 

 

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