望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第八十二話 常温保存できます

 

 

 隠れ家に戻り、ちゃんと睡眠をとって冷静になったヌルスは、直前の自分の行動を思い返して羞恥にのたうち回った。

 

 いくらなんでも軽率が過ぎる。

 

 結果的に知り合いを助けられたとはいえ、実証段階の魔術を実戦に投入するとか、頭が冷えた今だと正気を失う所業である。明らかに連日徹夜で煮え立った頭のせいでへんなテンションになっていたのが原因だ。

 

 寝たらアイディアとか纏まった考えが消えてしまいそう、みたいな不安から一気にやりきってしまったのだが、そんなことを考えてる時点でもう普通ではない。アイディアとか発明に閃きは必要だが、本当に重要な閃きはちょっと寝たぐらいで頭から消えるものではない。そもそもヌルスのやっていたのは、魔術学院の生徒であれば初等教育のうちに学んで修める基礎の延長線上に過ぎない。きちんと寝て、おちついて参考書を片手にやればよかっただけの話だ。

 

 魔術回路に不具合がなくて暴発とかしなかったのが不幸中の幸いというか、ただの幸運である。まあ、暴発するほど大した魔術回路は書いていないのだが……。

 

《睡眠大事。まじで大事》

 

 心理を触手に刻み込むように自省したヌルスは、それはそう、と床に散らばる装備に目を向けた。

 

 あまりにも眠くて片付けずに放り出したそれらを一つずつ拾い上げ、状態をチェックする。思わぬ強敵との戦闘もそうだが、歪みの魔術を使った反動が変な処に出ていないとも限らない。

 

《そういえば、籠手の中身は大丈夫だろうか。灰になるとはいえ、傷ついた触手で大分血塗れになってたしな。腐食したりしてないだろうか》

 

 ふと思い当たり、籠手に触手を伸ばす。

 

 掴み上げたヌルスは、その時点ですぐに違和感に気が付いた。

 

《重い? それに、中に何か……ううん?》

 

 訝しみながら籠手を手繰り寄せ、ひっくり返してゆさゆさと振る。空っぽのはずの籠手の中には確かに何かが入っていて、それがカラカラと音を立てながら落ちてくる。

 

《……魔力結晶?》

 

 出てきたのは全て紫色の、小石のような小さな魔力結晶。1層ぐらいでしか拾えないそれを前に、いつこんなの拾ったっけ、とヌルスは体を傾けて捩った。

 

《いや、覚えがないぞ。こんなの拾って、おまけに籠手に入れた覚えなんて。……いや、待てよ》

 

 ふと閃いて、ヌルスは魔力結晶の一つを摘まみ上げる。

 

 これまでヌルスは強敵との戦いの中、部位破壊した敵の体の一部が灰となり、そこから出現した魔力結晶を用いて危機を乗り越えた事がある。

 

 そして今回、ヌルスは魔術の反動で傷ついた触手を籠手の中で何本も切り離した。それらは本体からの接続を断たれた時点で灰になった訳だが、その時、これまで戦ってきた相手と同じ現象が起きた、とは考えられないだろうか。

 

《もしかして、これは私の体から生まれた魔力結晶なのか? おお……なんか感動。迷宮最弱の魔物の私の体の一部から、結晶がドロップするようになるなんて……。成長したなあ、私……!》

 

 まるで宝物のように魔力結晶を抱え上げ、ヌルスは大切に箱にしまい込んでいく。

 

 それがいくらでも切り離せる触手から出てきたというのは確かにヌルスの成長幅の大きさを示してはいるが、しかしながら、質はかなりよろしくない。それこそ、生まれ立てのヌルスが灰になった時落としうるぐらいのもの。

 

 結局、残念ながらまだその程度、という事でもあるのだが、当のヌルスは気にしていないようである。

 

 物拾いでなければ気にも留めずに次にいくであろう極小の魔力結晶を財宝のように仕舞いこんで、ヌルスは一通りひらひらと触手を揺らめかせて喜んだ。

 

《ふふふ、私も偉くなったものだ。……? うん、なんだ? 籠手にまだ何か入ってる?》

 

 振っても音はしないが、明らかに重さのバランスがおかしい。明らかに中に何か入っていて、しかも外に出される事に抵抗している。

 

 ヌルスにぴりりと緊張が走った。

 

《……まさかさっきの戦闘中に卵でも産みつけられたか?》

 

 心当たりはないが、もしそうだったら危険極まりない。ヌルスは慎重に触手を一つ籠手の中に差し込むと、その内部を弄った。

 

 ぬるぬるとした触手が狭い籠手の中を這いまわる。と、何かひんやりじめっとした軟体が、ヌルスの触手の先に触れた。ぬるり、と絡みついてくる。

 

《ひゃあん!?》

 

 すっとんきょうな悲鳴を上げて籠手から触手を引き抜く。その拍子に投げ出された籠手がガタン、ゴトンと床に転がって音を立てるが、ヌルスはもうそれどころではなかった。

 

《なななな、なん……? え? 何これ? え?》

 

 混乱のあまり、触手を高く掲げてぷらぷらするヌルス。その触手の先に、握手をするように絡みついているのもまた、ヌルスの触手だった。ただし、その根元は切り離され、断面が露になっている。自切した後だ。出血を抑えるためにきゅっと縮んだ断面に、小石のような魔力結晶が食い込んでいる。

 

 触手そのものに傷はない。恐らく、眠い中適当に切り離した際、関係ない触手も一緒に切り離してしまったのだろう。だとしても、傷の有無は関係なく灰になっていなければおかしいはなしだ。しかし、触手は今も健在のまま、切り落とされた状態でうねうねと動いている。

 

《ぞ……ゾンビ触手だぁあああ?!》

 

 触手をほっぽりだして、机の陰に隠れるヌルス。床に投げ出された触手はそのままうねうねと動き続けている。

 

《あ、あれか?! 未知の感染がパンデミックでハザードなのか!? それとも呪い!? 魔物なのに魔物を殺してきた報いなのか?!》

 

 パニックのあまり意味の分からない事を喚き散らしながらガタガタ震えて縮こまるヌルス。その間もずっと触手は意味もなく、ひたすらウネウネし続けている。

 

 そんな硬直状態がどれぐらい続いただろうか。

 

 やがて、おっかなびっくりヌルスは物陰から這い出して、変わらず蠢いているゾンビ触手を観察しはじめた。

 

《いや……びっくりしたけどなんだよゾンビ触手って……。ゾンビってそもそも何……? なんか変な知識が混線した気がする。んー?》

 

 落ち着きを取り戻し観察するヌルス。しばらく見ていて、いくつかの事にヌルスは気が付いた。

 

《自律……はしてないな。意思があるようには見えない。分裂したとか、そういうのじゃないな。というか、私のコントロールの影響をまだ受けてるような……?》

 

 試しに静まれー、と念じてみる。途端、ずっと蠢いていた触手はぴたりとその動きを止めて停止した。

 

《あ、やっぱり。違和感なく籠手の中で紛れてたんだからそうじゃないかと思った。……いや、神経とか繋がってないのにどうなってんだろ、これ? 魔物がいくら生物の真似事とはいっても、これは逆に凄くない?》

 

 ブツブツいいながら、触手を再び拾い上げる。自律しているのではなくコントロール下にあると分かれば何も恐れる必要はない。しげしげとヌルスは改めて触手の状態を観察した。

 

《表面はぬるぬるプニプニ、他とは変わらないな。なんでだ? 切り離したらいつもすぐに灰になってしまうはず。この断面に食い込んでる魔力結晶のせいか?》

 

 しばし考えた後、ヌルスは蓄えている魔力結晶をいくつか机の上に用意した。分離触手を一端横に置き、新しく触手を自切する。

 

 ヌルスの触手の分離は、どこでも切れるという訳ではない。見た目ではわからないが触手にはいくつか節があり、その部分で切り離せるようになっている。ぷちん、と本体から触手が切り離されると、出血を抑えるために断面の筋肉が収縮、傷口を塞ぐ。切り離されたばかりの触手は数秒は形を維持しているので、その間に断面に無理やり魔力結晶をねじ込んでみる。

 

《あ、駄目か》

 

 しかし、切り離した触手はすぐに灰になってしまった。カランコロン、と押し込んだ魔力結晶と、触手から生まれた小さな欠片のような結晶が床に転がる。

 

《何が違うんだろ。タイミング? 千切る前に埋めておくとか? あるいは属性?》

 

 拾い上げた魔力結晶は黄色。雷属性はとりあえず駄目かー、と一通りの属性を用意してい見る。

 

 その後はひたすら実験だ。

 

 属性を一通り試し、あるいは事前に魔力結晶を触手に突き刺し、もしくは結晶を断面に捻じ込むタイミングを変えてみる。

 

 しかしいずれも失敗。すべてのパターンにおいて触手はおよそ5秒前後で灰に戻ってしまった。20本近い触手を失い、痛い思いもして、その結果は部屋がちょっと灰っぽくなっただけだった。

 

 ぱたぱた本のページで空気を仰いで、灰を通風孔の方に追いやる。

 

 一通り換気して、ヌルスは机の上に意識を戻した。

 

 分離触手は、相変わらず灰に戻る事なく健在である。何が違うのか、改めてヌルスはそれを触手にとってしげしげと観察した。

 

 そこで気が付く。

 

《……あ。この食い込んでる奴、よく見たら私産の奴じゃん。……んんー? もしかして、そういう事ぉー?》

 

 宝箱にしまい込んだ自前の結晶をひっぱってきて、埋め込みを試してみる。

 

 歪みの魔術を使った影響か、ヌルス産の魔力結晶は紫色の深みが他と違う。それを断面に埋め込むように押し付けて、ゆっくりと蠢く触手を机の上に置いて観察する。

 

 5秒。10秒。30秒。

 

 一分近くが経過しても、触手はついぞ灰に戻る様子を見せなかった。

 

《なるほど。私自身の魔力だから相性がいいとかそういう感じかな? ……ちょっと面白い理屈だな。普通だったらまず起こらない現象だ》

 

 基本的に魔力結晶が発生するのは魔物本体が絶命した時だ。それも同個体間で発生した魔力結晶でないと駄目となると、意図的に状況を作らなければ発生しない。

 

 ヌルスのような、部位から魔力結晶が発生するほど成長していて、かつ切り離せる部分が無数にある魔物でないと条件を満たせないのだ。

 

《面白いな。この知識を応用したら、フロアガーディアンの部位破壊した部位を持ち帰れたりしないかな?》

 

 ドロップとして爪や牙を極稀に落とす事があるという話ではあるが、そんな低確率の奇跡をまたなくてもこれを応用すれば魔物から角とか腕とか入手できるのではないか?

 

 もしそうなら、色々革新的ではあるが……。

 

《……いや、駄目だな。そもそも切り落としたり破壊したりして本体から離れた部位は即座に灰になってしまう。私の触手は、自切だから魔力結晶を埋め込む時間的猶予があるというだけだ。そもそも埋め込む魔力結晶をどう確保する? 同じ種族ならオッケー、とか……いや、考えるまでもないか。それがアリだったら冒険者がとっくにやってる》

 

 はっきりしているのは、ヌルス自身の魔力結晶なら、自分自身の触手を灰にせず保存できるという事だ。

 

《それはそれとして。どうするかな、これ……》

 

 机の上には、ゆっくりと蠢く触手が二本。魔力結晶の魔力が尽きない限りこのままなのか、それとも一日二日ぐらいしか持たないのか。それは経過観察してみないと分からないが、仮に魔力がつきるまで存在できるとして、何か使い道はあるのだろうか。

 

 なんせ、触手である。

 

 盾にも剣にもなりはしない。魔術師的には、なんかこう抽出したりと怖い使い道があるらしいが、たぶんそんな事したら一瞬で灰に戻るので、分離した部分が生きている、という点を生かせる話ではない。

 

《ぬぅうぅ……。これが分かりやすく、爪とか牙とか抜けても灰になりませんよ! だったらわかりやすく武器防具に応用できるんだがなぁ》

 

 とりあえず現状はあまり役に立ちそうにない。

 

 ヌルスは思いつきで触手を大量に犠牲にした事を反省しつつ、机の下にごそごそと潜り込んだ。

 

 不貞寝であった。

 

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