望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第八十五話 触手の工学的応用

 

 

「全く。皆、ちょっと危機感が足りないんじゃないですか。そりゃあ私だってヌルスさんにかまけてましたけど、それはそれ。実戦で不覚を取って、真面目にやってたのに駄目でした、はただの実力不足ですよ」

 

「申し訳ない……」

 

「大体皆、ちょっと鍛え方が足りないんです。迷宮探索終わって、疲れたーで寝てるからそうなるんです。学業もちょっと最近疎かのようですし、今日帰ったらしばらくは勉学ブートキャンプですね!」

 

 ガミガミとアルテイシアが学友三人にお説教している間、ヌルスは所在なさげにでくの坊と化していた。

 

 迷宮内でお説教なんて悠長な真似、他の階層なら危険なので止めるが、ここ5層は魔物との遭遇頻度そのものは多くない。それに加え、ヌルスもアルテイシアも魔力感知が出来る。

 

 ここでなあなあのまま緩んだ気持ちで進むより、ちょっと気を引き締めなおして先に進んだ方がトータルで見れば安全度が高いだろう。

 

 しかし、それはそれとして他人が叱られているのをまじまじと観察するほどヌルスは悪趣味ではない。レバーブローのようなお小言から意識を逸らし、周囲に目を向ける。

 

《……そういえば》

 

 ふと思いたって、ヌルスは戦闘地点周辺の床に目を向けた。松明で照らして探索すると、キラリと光る反応がある。

 

 半ばで切られたエミーリアの杖。まだ先に触媒が残っているそれを摘まみ上げる。

 

 関心があるのは触媒ではなく、杖本体だ。

 

 手の中でいろんな角度から観察すると、一見してただの棒に見えた杖の中は空洞になっており、何かが入っていた痕跡がある。また断面もただの木材ではなく、複数の素材が重なり合っており、見た目からは想像できない程手が込んだ造りである事が伺えた。

 

《んー?》

 

「どうしました、ヌルスさん?」

 

 覗き込むようにして中身を観察していると、アルテイシアが声をかけてきた。

 

 お説教は終わったようだ。しなしなになって壁際で肩を落としている友人達と違い、アルテイシアは何やらハツラツとしている。相当鬱憤が溜まっていたと見える。

 

 好奇心も露に覗き込んでくる彼女に拾った杖の片割れを指し示すと、納得したような頷きが帰ってきた。

 

「杖を拾っておいてくれたんですか。ありがとうございます。……綺麗に真っ二つですね、緩衝材も全部抜けてるしこれはもう駄目かな。エミーリア、予備の杖はありますよね、当然?」

 

「う、うん、あるよ。あります……」

 

「よし。じゃあヌルスさん、先端の触媒だけ取ってくれますか? あとはゴミなのでこちらで処分します」

 

 言われてヌルスは杖の残骸、その触媒に指をかける。何度か見たように、この杖は工学的な構造をしている。くるくると触媒を反時計回りに回転させると、ネジ式になっている台座がころりと取れた。小さな金属に正確に刻まれた溝をまじまじと観察する。

 

 一体どうやってこんな精密な加工をしているのか、ヌルスには想像もつかない。

 

「そうそう。回せば触媒が取れる仕組みです。……他に何か?」

 

『杖の中には何が入っていたのだ?』

 

 戦闘中、杖が破損された時に何かが零れていたのは見ている。が、それは既に広範囲に散ってしまったのか確認できない。液体だったのか、固体だったのか。見た感じでは砂のようにも見えたが……。

 

「あー。そうか。えっとですね……魔物の灰、ですかね」

 

《え》

 

「より正確に表現すると、かつて魔物の躰の一部だったもの、ですかね。その、触手型魔物の神経節の一部というか……」

 

 思わぬ単語が連続で出てきて固まるヌルス。

 

『聞き間違いかな。魔物の、神経節、って聞こえたんだけど』

 

「えーと……聞き間違いじゃないんですけど……その。え、エミーリア、ちょっといい?」

 

「なによー? 予備の杖ならこの通りあるわよー?」

 

 懐から取り出した杖をふりふりしながらやってくるエミーリア。と、彼女の背後に金髪の魔術師はひょいと回り込んでぐいぐいと背中を押す。

 

「え、ちょっと何よアルテイシア」

 

「説明を……説明を代わりにお願いします。私からは心苦しくてとても……」

 

「??? ま、まあ別にいいんだけど……」

 

 訝しみながらも、エミーリアは「はい、ちょうだい」と言わんばかりに右手を差し出してくる。その手に杖の残骸を手渡すと、その内部の空洞を指し示しながら彼女は説明をつづけた。

 

「この空洞、製造時には固定処理された触手型魔物の体組織が入ってるのよ。杖はもともと、触媒の反応……例えば熱とか冷気とか電気とか、そういうのを遠ざけて術者の体を守るものだけど、エジニアス式の場合魔力量を適切に調整する仕組みも組み込んであるの。だからこんなに短く出来たんだけど、その秘密が魔物の体組織利用って事ね」

 

『魔物は体組織だけ取り出したら灰になるのでは?』

 

 というか、魔物はそもそも迷宮の外に出られないはずである。もしかして目的達成のヒントになるかもしれないと期待するヌルスだが、残念ながらそういう話ではないらしかった。

 

「固定処理っていったでしょ? なるほど、これも知らないのかー。まあ簡単に言うと、薬品とかそういうので、魔物の肉体を完全な活動停止状態にする方法があるのよ。この状態は死んでないけど生きてもいないから、迷宮の外に出しても灰にならない。そこからさらに体組織を分離する事も出来る、ものすごく手間がかかるけどね」

 

《えぇ……》

 

 魔物にも人権があるとか言うつもりは無いが、それを踏まえても随分な扱いである。魔術師的には魔物は現象というか実体をもったプログラム扱いなのはアルテイシアからも聞いていたが、それを踏まえてもこう、扱いがナマモノですらない。石とか鉱石のそれである。

 

「で、そうやって取り出した神経節を杖に組み込むの。魔物の肉体が天然の魔力調整抵抗として機能する訳ね。ただ、一度魔力を流した時点で組織が励起、固定処理が解けて灰になっちゃう。密封されてるから灰になっても肉体を構成していた魔術式は残るんだけど、こうしてばらけて中身が出ちゃうともうどうしようもないから捨てるしかない訳。おわかり?」

 

『なんとなく』

 

 とりあえず、ヌルスも概要は理解した。体組織が灰になっても抵抗として機能する、というのはよく分からないが。

 

《あれかな。焚火した後で、燃やした枝とかが形が残ってる事があるけどああいう事かな。構成物質が灰に置き換えられても、元の体組織の構造の形は残ってる、みたいな》

 

 しかし、触手型魔物を絞って魔術回路用のインクを作ってるとかの話を聞いた時も思ったが、どうやら触手が他者に利用される被捕食者の立場であるのは魔物からみても人間からみても変わらないらしい。

 

 弱ければ搾取され、強くなれば怪物として恐れられる。ついでに強い弱い関係なく嫌悪されて追い回されもする。

 

 どうやら迷宮の中でも外でも安息の地はないらしい。

 

 実は触手というのはこの世界でも相当酷い立場ではないのか、と思えてきたヌルスだった。

 

《このままだと目標達成できて迷宮の外に出れても、うっかり魔術師に見つかったら監禁から実験素材コースだな……》

 

 あくまでヌルスは死にたくないから迷宮脱出を目指している訳である。自立したいとか尊厳を守りたいとかではない以上、見知らぬ魔術師に使ってもなくならない取り放題の実験材料として消費されるぐらいなら、いっそ気心が知れているアルテイシアに飼って貰った方がいいかもしれない。

 

 こう、契約は週に10本生の触手を提供する、みたいな。

 

 そこでふと思い出す。

 

《……あれ。もしかして、分離した触手、使えるんじゃ……?》

 

 切り離しても灰にならない触手。こんなもの、物珍しいだけで何にもならない、と思っていたが。

 

「ま、そんな感じの話。固定処理についてはごめん、よく知らない。アルテイシアー、これでいいの?」

 

「はい。ご説明有難うございました」

 

 エミーリアの肩を掴んでいたアルテイシアが、ひょい、と顔を出す。ぱっと手を離す彼女から解放されて、エミーリアは訝しみながら杖の残骸を鞄に戻した。

 

「まあ、そういう感じの話です。何かご参考になりましたか?」

 

『ああ。ありがとう』

 

 とりあえず、試してみたい事が出来た。

 

 そのためにも、無事に冒険を終わらせて隠れ家に戻らなければならない。

 

「さ、休憩はここまで。先に進みましょう」

 

 

 

 そして。

 

 何度かの戦闘を繰り返し、ヌルス達は5層の最奥へと到達した。

 

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