望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第八十六話 瘴気の主

 

 

「ここが5層のフロアガーディアンの部屋ね……」

 

「他と変わらないように見えるね」

 

 迷宮の終点に待ち受ける小部屋を前に、一行が息を飲む。

 

 4層が多少特殊な造りだっただけで、5層は標準的な造りの様だ。問題は、その中で待ち受けるフロアガーディアンがどのような魔物なのか、である。

 

「あんまり情報がないんだよね」

 

「現状、ギルドに報告が上がっている最新エリアは6層。5層は最前線ではないけれど、それでもフロアガーディアンを撃破して先に進んだ人はそんなに多くないですからね。一度倒せば二度と再戦する必要はない、というフロアガーディアンの性質が、こういう時には仇になりますね」

 

 基本的に魔物の情報は、冒険者の汗と血によって綴られたものだ。一見すると簡単に5層もここまでこれたようで、そもそも炎を用いて瘴気の対策をする、というのも多くの犠牲の上に成り立った攻略法だ。何も知らずに瘴気と接触して、情報を持ち帰れずに全滅したパーティーも多く存在したであろう事は想像に難くない。一応、瘴気が魔物の一種であれば地上まで脱出できれば命は助かるだろうが、多くの場合は冒険者として再起不能であるのは想像に難くない。これが3層とかだったらまた話が違うのだろうが、5層というのがなかなか絶妙に手遅れな塩梅だとヌルスは思った。

 

 基本的に迷宮は初見殺しの仕掛けが多すぎる。3層の湖に引きずり込む仕組み、4層の熱帯雨林じみた環境、そして5層の人食い瘴気。

 

 それらに対し安全マージンを確保しながら先人たちが少しずつ道を切り開いてきたのをこれまで一気に駆け抜けてきたのが、今度は自分達が先人としての立場に近くなってきた訳だ。

 

 冒険者としての資質が試されるのはここからである。

 

『分かっている事はどのぐらいあるんだ?』

 

「そうですね。ギルドで確認した情報は、どうやら大型の蝙蝠モンスターとの事です。5層に立ち込めていた瘴気を操ってくるそうで、ボスの扱う瘴気は濃度が濃く、これまでのように松明で簡単に阻めるようなものではないとか」

 

「うげ。どうするんだよそんなの」

 

 エルリックが顔をしかめる。それに対し、アルテイシアは何やら意味深な視線をヌルスに向けた後、過去の挑戦者が取った対策について説明してくれた。

 

「最初に突破したパーティーは、道中松明ではなく油を利用して瘴気対策をしていたそうですので、それでそのまま挑んだらしいです。部屋中に油を撒いて火をつけて火炎地獄にして、部屋を出ないギリギリの場所で待機。瘴気が燃え尽きて、ボスモンスターが火に巻かれてヘロヘロになった所で攻勢に転じて撃破したそうですが……」

 

「いやそれ一歩間違ったら自分達が火達磨じゃんか。頭おかしいんじゃないかその連中」

 

「まあ、冒険者のフロントランナーなんて頭のネジが何本か取れてないとやってられないでしょうしね……」

 

 とにかく却下却下、とエルリック。一方、油、と聞いてヌルスはじっと自分の手を……正しくは籠手の中に隠された触手を確認していた。

 

 自分ひとりで挑むなら悪い手ではない。ヌルスは少なくとも酸欠になる事もないし、ちょっと火に巻かれても粘液を分泌すれば消火できる。

 

 ただ、アルテイシアはともかく他の学友たちと一緒では使える手ではない。それでも選択肢としては意識しておく価値があるだろう。

 

「他の攻略方法は?」

 

「そうですね。多少火に強い、といっても松明を振り回して払えるらしいので、数人がかりで瘴気を近づけないようにしながら、弓手が大コウモリを狙撃する、というのが大多数の突破方法だったみたいです。5層の環境と同じく、瘴気が厄介なだけでボスそのものはそこまで強くはないようですから。それでも階層相応の戦闘力はあるので、油断は禁物ですが」

 

「となると、同じ理屈で挑むしかないかな、私達も」

 

 ここにいるのは全員魔術師だ。弓ではないが、遠距離攻撃のスペシャリストである事は変わらない。ただ、それは人間から見た場合の話だ。魔物から見た場合どうなるのかはちょっと分からない。

 

「懸念点は、魔術にボスがどんな反応を示すか、だな。3層だと変なギミックがあったらしいじゃないか。中途半端に魔術で攻撃すると出入口塞いでくる性質が見つかったとか」

 

「問題はそこなんですよねえ。魔術師の所属したパーティーの交戦記録はあったんですが、どれも魔術師は瘴気の無力化に専念してたみたいでして……」

 

「ま、瘴気の方が厄介ならそっちに専念するわよね」

 

 うーん、とアルテイシア達が悩まし気に首を傾げる。一方、ヌルスはさらっと告げられた驚愕の事実に困惑していた。

 

 3層の出入口を塞いでくるというのは、ほかならぬヌルスが直面した話である。あの後、ギルドでどういう扱いになっていたのか知らなかったが、いつの間にかきちっと調査されていたらしい。

 

《え、同じ魔物である私が挑んだからだと思ってたけど、そういう理屈だったの? 私の魔術がへっぽこすぎるからそんな事になったの!?》

 

 理屈が判明して、安心するような愕然とするような。今後フロアガーディアンに挑む度にイレギュラー案件を前提に動く心配は解消されたともいえるが。

 

《この迷宮に冒険者が入るようになって何年たつのか知らないけど、5年やそこらじゃないだろう? その間、一度も前例が無かったって……》

 

「ヌルスさん? どうしました?」

 

『なんでもない。それはともかく、不安はあるが挑むしかないだろう。まだ出入口が封鎖される訳でもないし、ヤバそうなら引き返せばいい』

 

 目敏くヌルスの動揺に気が付いたアルテイシアに、なんでもないとしつつ話題を逸らす。なんていうか、彼女に事の真相を悟られたくはなかった。

 

 確かに彼女と比べればヌルスはへっぽこ魔術師もいい所だが、それはそれとして、あんまり情けない所ばかり見られたくない。

 

「? まあ、それは確かにそうなんですが」

 

「結局、やってみるしかねーって事だな。いいじゃん、ギルドに魔術師オンリーのパーティーだとこうなったって報告して、情報料もがっつり頂こうぜ!」

 

「魔術師5人パーティーの攻略情報なんて、需要あるんですかね……?」

 

 とりあえずはそういう事で決まったようだ。

 

 一同は顔を見合わせ、フロアガーディアンの小部屋へと突入した。

 

 先頭は松明を手にしたエルリックとロション。続くのはアルテイシアとエミーリアで、最後尾がヌルスだ。流石にフロアガーディアン戦ともなると、即興の連携を望むのは危険だ。あくまで主力はアルテイシア達魔術学院パーティーで、ヌルスはその補佐に回る事になる。

 

 それはそれでヌルスにも好都合だ。場合によってはアルテイシアの指示で魔物としての力を使うかもしれないし、人に見られないに越したことはない。人間は背中に目がついていないのはこういう時にありがたい。

 

 内部に侵入すると、最奥でぼんやりと光っている魔法陣の輝きが見える。その輝きによって小部屋がうっすらと照らされているのも他の層と同じだ。

 

「フロアガーディアンは……? まだ出てきてない?」

 

「……いえ、上です!」

 

 アルテイシアの警告と同じくして、ヌルスも魔力の高まりを感じて天井に意識を向ける。

 

 霞む程ではないが、それでも広さを感じるほどには高い天井。その一角、転移陣を見下ろすような位置に青い輝きが集中する。次の瞬間、それは大蝙蝠の姿となって実体化した。

 

 特徴的なのはその体表。

 

  全身に、何やら干乾びた動物の皮のようなものをひっかけて体を覆い隠している。よく見るとその下に黒いビロードのような艶やかな毛と、鋭く伸びたトゲのようなものが見えた。トゲで、何かしらの皮を全身に張り付けているらしい。

 

 思わず、といった体でエミーリアが顔を顰めてうめいた。

 

「うげ、きも」

 

「デスマスクかなんかのつもりか、あれ? どことなく人間の皮のようにも見えるけど……」

 

「でもフロアガーディアンですし……流石にそれは……」

 

 フロアガーディアンは出現の際に新しく生み出される存在なので、これまで仕留めてきた冒険者の皮、という事はないだろう。よく見ると、ちょっと変な所もある。あくまで悍ましいイメージの立体化、といった所だろうか。

 

 そして皮を被っている以外に、大きな特徴は無いように見える。皮膜を張った翼、大きな耳と鼻、鋭い牙、いずれもサイズ相応に凶悪ではあるが、動物としてのコウモリの形を逸脱するようなものには見えない。

 

 正直そんなに強くなさそうだな、というのがヌルスの感想である。これで、体表に干乾びた触手を磔にしている、とかであれば竦み上がったのだが……そこまで考えて、あ、とヌルスは己の考えがずれている事を自覚した。

 

 冒険者は普通人間である。であるなら、人間が委縮するような見た目であればいいのだ。そう考えると、まず精神攻撃で優位を取ろうというのはなかなか厄介なボスかもしれない。

 

 見れば個人差はあるものの、人間であるパーティー一行はボスの姿に嫌悪感を示しているようだ。その中にあって、比較的平坦な反応を見せるアルテイシアは流石といった所か。

 

 触手に物怖じしないだけの事はある。

 

「どう見る、アルテイシア?」

 

「うーん。迷宮内で倒れた冒険者の遺骸や能力を反映したスケルトンみたいな魔物もいますし、それに近いんじゃないですかね。まあ本物じゃない以上考慮する必要はないです、見掛け倒しですね」

 

 アルテイシアは研究者の視線で、フロアガーディアンの悍ましい見た目を「精神攻撃としても下の下」と採点した。なかなか厳しい判定である。

 

 その評価が聞こえたからではないだろうが、ボスはけたたましい叫びをあげ、バサリと翼を広げて威嚇した。

 

「キィェエエエ!」

 

「コウモリって鳴かないよね、少なくとも人間に聞こえる音程では」

 

「まあ、あくまで魔物ですし……それより、来ますよ、お喋りはここまで!」

 

 呑気なやり取りの一方、状況は一変する。

 

 天井から逆さまにぶら下がったままの大蝙蝠、その広げた翼から濃い黄色の瘴気が噴出した。それは瞬く間に天井を覆いつくすと、壁を伝って地上に降り、たちまちの上にパーティーを包囲するように部屋へと立ち込めた。

 

 

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