望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第八十八話 今は悔しさを堪えて

 

《ふぅ……》

 

 なんとか紙一重で脱出したヌルスは杖を肩に担ぎなおして一息ついた。最後の瘴気はちょっとヒヤッとした。やはり瘴気はただ漂っているのではなく、明確に攻撃の意思があるようだ。

 

「ヌルスさん、大丈夫ですか!? 瘴気に絡まれていたように見えましたが……」

 

『問題ない。瘴気への対策はしている』

 

 確かに少し蝕まれたが、初遭遇の時と同じように弱酸を体表に分泌して対応済みだ。敢えて言うならちょっとピリピリするぐらいである。

 

『私より君達は大丈夫か?』

 

「え、ええ。私達はなんとも……」

 

「こっちも。おかげ様で怪我人は一人も居ない。けど、どうしたもんかね」

 

 皆揃って小部屋に視線を向ける。

 

 今回の戦いは、イレギュラーと呼べるものは無かった。3層でヌルスが遭遇したように出入口が塞がれるとか、4層のように違うモンスターが乱入してきたとか、そういう事もなく、情報通りの相手と計画通りに戦い、そして敗れた。

 

 完敗といっていい。

 

 エルリックが悔しそうに顔に手を当てて呻いた。

 

「くそっ。魔術があんなに相性悪いなんて聞いてない……ってのは、まあいい訳だよな」

 

「ああ。僕達の完敗だ。……どうする、アルテイシア」

 

「……撤退します。準備を整えて出直しましょう」

 

 アルテイシアは一度引き、万全を期す考えのようだ。

 

 ただ、内心穏やかではないのは一目瞭然だ。口元は硬く引き結ばれ、冷たい視線がじっと小部屋の奥を睨みつけている。握りしめた拳が、小さく震えている。

 

 それでも冷静に現状を把握して判断できている事にヌルスも安心した。

 

 怪我人はいないし、小手先の対策は思いつくだろう。だがそんなその場しのぎでここを乗り切っても後が続かない。フロアガーディアンが次の階層で冒険者がやっていけるかを試す門番だというなら、それを余裕をもって撃破できなければならない。

 

「ヌルスさんはどうしますか?」

 

『その事だが、実は私に少し考えがある。一旦、パーティーから離れたいのだが、よいだろうか?』

 

「それは構いませんが……それでしたら今回の探索はこのまま終わりにしましょう。あのフロアガーディアンに対抗する為、情報を集めないと」

 

 事前にも情報収集はしたのだろうが、やはり本物と一度対面してからでは話が違う。

 

 特に、魔術と弓、同じようで違う点がこのボス相手だと大きな影響があった。それも踏まえ、本職の弓手に話を聞くのも手だろう。

 

 そこまで考えて、ふとヌルスは思い出した。

 

 自分自身にはトラウマに近い話だが、2層で活動している触手絶対殺すガールズことチョッパーの皆さんに、弓使いが居たはずだ。彼女の実力がどれぐらいかは分からないが、あてもなく探すよりは見込みがあるのではないか。

 

 ……正直言うと、彼女らとアルテイシアが仲良くなってしまったら、と思う気持ちはあるが、そこはアルテイシアを信じよう。

 

 日誌に文字を書き始めると、アルテイシアは「まだ何か?」と小首を傾げた。

 

『アルテイシア。上に戻ったら、2層で活動している“チョッパー”というパーティーを探すと良い。確か、弓使いが居た。話を聞いてみるのも手だろう』

 

「それは……ありがとうございます! ここに来て冒険者の知り合いは色々出来たのですが、弓使いの知り合いはいなくて。ヌルスさんからの紹介という事でいいんですか?」

 

《え゛っ》

 

 一瞬躊躇うが、兜を縦に振るヌルス。別に正体はバレてないし、最後に接触した時比較的良好に分かれられた……はずだ。あれから再接触してないし、活動している階層が違いすぎるから大丈夫だろう。多分。

 

「わかりました、ありがとうございます。それにしても、ふふ。ヌルスさん、意外と顔が広いんですね」

 

《それはほんとね、私自身ですら意外に思うよ。世の中物好きな奴が多い事。怪しげな全身ローブ鎧姿で言葉を喋れないなんていう全方位怪しいアピールしてる存在に皆、気を許しすぎじゃない?》

 

 おかげさまでヌルスは何とかやっていけてるのだが。

 

 とはいえそれも触手型魔物という正体を隠しているからこそだ。それを知った上で友好的に接してくれるアルテイシアがある意味一番の変わり者なのは間違いない。

 

 だから、なんとしてもヌルスは彼女に感謝を示したかった。気持ちだけでなく、彼女の利益になるように。

 

 肩を落として帰路の準備を始める彼女の仲間たちに見えないように背を向けて隠しながら、ヌルスはそっとメモをアルテイシアだけに見えるように提示した。

 

「? 何です、内緒話ですか? どれどれ……」

 

『アルテイシア。もしよかったら別れた後で4層の明暗が2巡したぐらいに、前に見つけてもらった穴の近くまで来てくれないか。渡したいものがある』

 

「…………。はっ。そ、それは、独りで、という事ですか?!」

 

 声が大きい。慌ててしーっとジェスチャーをすると、彼女もハッとして口を押えた。見れば、学友達も「なんだ?」とでもいうような怪訝な顔を向けてきている。

 

「何、急にどうしたの。いつもの発作?」

 

「あ、あははは、そんな所です……」

 

 またか、とでも言いたげな視線に曖昧に頷いて、こしょこしょと打ち合わせする。訝し気な視線が突き刺さってくるが、仕方ない。

 

『……出来ればそれがいいんだけど、仲間たちに変に内緒にしても悪目立ちするだろう? 二人きりで話したい事があるのだけど、そのあたりの調整は君に任せたい。いいかな』

 

「(コクコクコク)」

 

『よし。なんか訝しまれてるから、この話はあとで』

 

 それで話はお仕舞い。二人そろって仲間の所に戻ると、案の定三人はヌルスとアルテイシアを取り囲んで、なじるように肘で突いてきた。とはいっても悪意は感じない、これまで何度か見た親愛表現の一種に近い。その意味合いを、今一つ、ヌルスはつかめていないのだが。

 

「何よー。また内緒話?」

 

「今度はヌルスさんまで僕らに隠し事ですか? まあ今更ですけど」

 

「ま、アルテイシアはともかく、ヌルスさんなら迂闊な事はしないだろ。アルテイシアなら、と・も・か・く」

 

 何やら不相応な信頼を向けられて、ヌルスは曖昧に頷いた。この短期間で、そんなに彼らから信任を得るような振舞をした覚えはないのだが。そしてそれに半比例して、アルテイシアの評価が下がっている気がする。どうしよう、と意識を向けると、アルテイシアは何故か顔を真っ赤にしてスカートの裾を抑えて俯いていた。

 

 そして何故かそそそそ、と距離を取られる。地味にヌルスはショックを受けた。

 

《……なんだこれ》

 

 先ほどまで敗北を喫し、無力感に沈んでいたのが嘘のようだ。何やら賑やかで朗らかな感じに戻ってしまった空気感に、ヌルスは内心意味が分からなくて首を傾げる。

 

 学友たちはなんか緊張感足りないし、頼りの綱のアルテイシアもなんだかおかしい。

 

《全く。ここは迷宮だぞ、それも5層! 緊張感が無い!》

 

 これは帰り道、私がしっかりしないといけないな、とヌルスは気を引き締めた。

 

 

 

《……なんて気合を入れた理由は特になかったなぁ》

 

 流石に5層までたどり着いた冒険者がそんないつまでも腑抜けているはずがなかった。魔物と遭遇するや否や平静を取り戻して的確に対応し、引き返す事4層の入口。そこで、『実験の為に採取する物がある』と理由をつけて一行と別れたヌルスは、隠れ家に繋がる通風孔の前まで戻ってきていた。

 

 見上げると、天井は明るく輝いている。外の世界とこの天井の光り方は大体同期しているらしいから、アルテイシアとの約束は二日後、という事になるのだろう。

 

 あまり時間が残されていない。すぐに実験を始めなければ。

 

 周囲に人の気配がないかよーく確認し、ヌルスは鉄の杖を岩の影に隠すと通風孔に潜り込んだ。

 

《ふぃー。我が家よ、ただいまー》

 

 そして戻ってくるのは、随分と生活環境が整ってきた魔術師の隠れ家。魔術回路にアクセスして室温を調整しつつ、ヌルスは作業机の上を覗き込んだ。

 

 出かける前に、ここには二本の触手を置いておいた。ヌルスの考えが正しければ、それらは灰にならずに残っているはずなのだが……。

 

《おっ。全然元気だな》

 

 しわしわになったりする事もなく、つやつやぷにぷにの触手を拾い上げる。相変わらずヌルスの意思にある程度応じてぐねぐねするそれを前に、ヌルスは満足そうに体を揺らした。

 

《さて、と。実験の時間と行こう》

 

 

 

 

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