望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
《さて、と》
ウネウネ蠢く触手を弄びながら、ヌルスは机の上に並べた道具に目を向けた。
用意したのは鉄の棒が何本かと、糸やハサミ、ナイフ。
これから、触手の有効活用の方法を模索する訳だが、まずその前に趣旨と目的を再確認する。
《まず、前提となる事実。アルテイシア達、エジニアス式の杖は、魔力緩衝材として魔物の肉体の一部を用いている。そして、供給の関係でそれらの多くは最弱の魔物である触手型魔物の神経節である》
ウネウネする触手を机に置き、つつつ、となぞって確認する。
正直、素人目だとどこに神経が通っているのか分からない。そもそも、ヌルス自身、自分の躰の仕組みなんて全く理解していない。なんとなくで触手は生えてくるし、なんとなくで色んな粘液を分泌できるし、そもそも自分の体内にそういった臓器の類があるのかもよくわからない。魔物は生き物ではないのだ。
それでもとりあえずものは試しと、切り離した触手にナイフを入れる。触手が触手を解剖するのは変な感じだが、研究の為なら仕方ない。
思った通り、触手の表面は意外と弾力があるので、人間の使う刃物ぐらいでは上手く切れない。それでもなんどか試していると、刃先がぷつ、と皮膚に潜り込んだ。
びくん、と触手が震える。次の瞬間、触手は灰になって崩れ落ちてしまった。小さな魔力結晶の欠片が転がり出て、カツンと床に落ちる。
《駄目か》
やはり、魔力結晶を埋め込む事で自切後も長持ちするとはいっても、外傷があれば忽ち灰になってしまう。これでは解剖して神経節を取り出す事はできないだろう。
《確か、固定処置といっていたな、アルテイシア達は。生きても死んでもないっていう……文字通り、その状態で固定している訳か》
多分、思ったよりも高度な処置なのだろう。魔物はあくまで実体化した魔術式であるため、例え氷漬けにして活動を停止させても形を損なった途端に灰化するのはこれまで見てきた通りだ。
同じことをするには、知識も薬品も足りない。
《とはいえ、私だからこそできる独自要素もある。魔術師には、こうして無抵抗の状態の魔物の肉体を確保する事はできないはずだからな》
その点は大きな差だ。
魔物に固定処置とやらを施すのも、魔物は生きたまま迷宮の外に持ち出せない他に、そもそも生きている魔物は人間に対し敵対的だからだろう。
自分に手が届かない技術を無理に模倣する必要はない。こちらにしかない持ち味を生かせ、という訳だ。
なんせ、魔物自らが、自分自身の肉体を使って魔術の杖を作ろうだなんていう発想、古今東西無かったに違いない。
《……そう思うと大分イカれてる事してない? 私……》
自分の行動を省みて大分道を踏み外しているような気もしてきたが、今更だ。気を取り直してヌルスは次の触手を用意する。
加工が出来ないなら、直接使うまでだ。
用意した杖の材料に、くるくると触手を巻き付けていく。細く伸ばした触手を隙間なく絡みつければ、そういう装飾に見えなくもない。
《あとは、そうだな。巻き方とかで差があるかもしれないから、逆向きとか、あるいは単純に杖に触手を縛り付けたり……よし。これだけパターンがあれば実験にはいいだろう》
準備を終えると、早速ヌルスは実地検分の為に4層に向かった。
4層は既に光が消えて夜のようだった。
森に点在する安全地帯で冒険者がキャンプをしている明かりが見える。いつぞやに比べればその数は明らかに多く、アルテイシア達と一緒に行った4層攻略の情報が広く共有されているようだ、とヌルスはなんだか嬉しくなった。
その一方で、ヌルスが利用する通風孔の出入口はそういったコースから離れている。密林で覆われている事もあり、こうやって見ると4層はこっそり何かをするには実に都合がよい環境ともいえた。
《そういえば、ここの魔物が夜は活動しないのはどういう理由だったんだろうね。やはりあの巨大魔物が関係していたのだろうか》
なんとなくそんな事を思いつつ、ヌルスは周辺に人の気配が無いのを確認して実験を開始した。
使う呪文は、前と同じ歪みのデイライト……D・レイと名付けた。それを実験用の杖で唱えて、本体へのフィードバックがないかを確認するのが今回の趣旨だ。
《いつも、歪みの魔術を使うと杖を持っている方の触手が千切れたり引き裂かれたりして大変な事になっていたが、逆にいうとそれが本体まで波及する事はなかった。知らない内に、自分の触手を緩衝材として使っていたと考えるべきだな。であれば、そこにさらに緩衝材として触手を挟めば、私へのダメージは軽減できるはず》
勿論、理想としてはダメージをゼロにしたい。ヌルスはなんともないが、人間であるアルテイシア達は小さな傷でも命取りだ。
《それでは、いくぞ……》
まずはみっちりと隙間なく触手を巻き付けた杖を取り出し、ひゅいんひゅいん振って重心を確かめる。問題なさそうなのを確認して、立ち並ぶ木々にむけて呪文を詠唱する。
杖先端の触媒が怪しく輝き、歪みの魔術が発動する。
途端、杖に巻き付けていた触手が引きちぎられるようにして裂け、血がしぶいた。その余波はヌルスにも及び、籠手の下で何本かの触手に小さな切り傷が生じる。
《むむむ!》
発動した魔術が、標的の木を幹から捻じ曲げて倒壊させる。その一方で、ヌルスはぬぽ、と籠手を引き抜き、その下の触手をうねうねと蠢かせながら傷の具合を確認した。
《傷事態は大分軽減できてるな……これぐらいだとすぐに治る……治……あれ、治らないな。うーん》
ぷちぷちと自切した触手が灰になっていく。その様子を確認しながら、ヌルスは杖に目を向けた。
巻き付けていた触手はとっくに灰になって跡形もない。芯材の部分も、いくつか裂けるような傷が入っていた。
記憶を頼りに、ヌルスは何が駄目だったかを考察した。
《傷はばっくり、って感じで、触手の巻き方とかに関係ない感じだったな。こう、魔力が触手に沿って流れる感じじゃなくて、あくまで触媒からの距離に応じていたというか……魔力の流れそのものは関係ない? いや、そういう訳でもないだろうな。あれか、歪みの魔力は物理法則とは違うルールで働いているとかいうメモのあれが原因か?》
うんうん唸りながら失敗例を色々角度を変えて観察する。
そうするうちに、ヌルスはある事に気が付いた。
《うーん? もしかして、このフィードバックによる負傷って原因が二種類ある?》
見れば、杖の傷は触媒に近いほど酷い。一方で、触媒からの距離に関係なく、触手を傷つける力がある。
一見すると矛盾するように見えるこの現象。もしこれが、それぞれ全く違う理由であるとしたら。
《始原の魔力が魔術師の肉体を通して魔術回路に流れる際に肉体を傷つける現象と、触媒が魔力を引き出す際に発生する直接的な歪みによる傷の二つがあるのか? 魔力源と魔力流、それぞれ別々に対策が居る?》
思えば普通の魔術でも、触媒を素でもったら感電したり火傷したりする。基本的にそれらは素手で持たず、ちょっと体から離す程度で解決できる問題だが、歪みの魔力はそうではないのかもしれない。
もしかすると魔力の制御を誤ったからと思っている傷の原因は、こちらが主な原因で、それを誤認していた?。
新たな仮説が浮上してくる。その実証の為、ヌルスは持ちだした杖を全て試してみた。
いずれも触手の巻き方が違う試作品。魔力の流れが反動の主な原因であれば、多少の差異が出るはずである。
しかし、結果はどれも同じ。試作品の杖は一度でダメになり、それを持つ触手にはダメージが入った。
《むむむ》
ボロボロになった杖の芯材を確認して、ヌルスは一度隠れ家に引き返した。
《うーん、うーん……。何が解決すべきファクターなんだ……?》
隠れ家に戻り、ヌルスはひたすら首を捻っていた。
手には、新しく用意した杖の芯材。エジニアス式に倣い、長さ30cmぐらいの短い杖だ。それに触手をくるくると巻き付けては解いて悪戯するようにしながら、ヌルスは失敗の原因に思いを馳せた。
《エジニアス式の杖は、魔術運用に最適化された見事なものだ。この30cmって長さも、研究結果から数学的に導き出されたもので、決して適当に決めた長さではない。魔力触媒を体から遠ざければ遠ざけるほど、魔力を引き出すのは難しくなるし、人体を流れる魔力の量と時間が増えて肉体に負担がかかる。実際、旧式の杖だって端っこを持つわけじゃなくて、杖の半ばを持つわけで、実際の距離関係はそう変わらないはずだよな、出力の安定化とか調整とかそういう機能に違いはあるけど。そのうえで、魔力量を安定させるために緩衝材を仕込んで一定の出力で運用できるよう調整している訳で……これに倣うのは間違ってないはずなんだが……》
ブツブツブツブツ言いながら、うんうん触手を捻るヌルス。いつの間にか何本かの触手がからまって堅結びになっているのも気にならないようだ。
《……駄目だ。煮詰まった……いっそ一度エジニアス式の事は忘れて色々試してみるか。ものすごーく長い杖を使ってみるとか、いっそ材質を変えてみるか? なんかあったっけな……ぬぉわ!?》
どんがらガッシャン。
触手が堅結びしている事に気が付かずに移動しようとしたヌルスが、触手を縺れさせて椅子から転がり落ちる。
そのままゴロゴロと転がったヌルスは資材の山に突っ込み、ガシャーンといくつもの木片と金属片を撒き散らした。
さらにその拍子で棚が揺れて、その上に無造作に置いてあった資材がガラガラと落ちてくる。いくつもの材質の違う金属の棒がヌルスの上に降り注いで、何本かの触手を貫いた。
《ヒ、ヒエエエー!?》
間一髪。危うく隠れ家の中で串刺し死する所のヌルスであった。