蒼と紅の炎   作:荒波を征く湯気

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第10話 離れていても声が聞こえる

 次の日。

 GWまでもうすぐというこの時期、学園は大型連休に何をするかで盛り上がっていた。

 

 

「ダイヤちゃん! 今年はどこ行くの?」

「えへへ、今年はイタリアに行こうかなって。現地の美味しい料理を食べに行って、それからヴェネチア観光で~」

「オグリはどうするんや? 笠松に帰るんか?」

「そうだな、久しぶりにお母さんのご飯を食べたいと思っている」

「あんたが言うと食欲で帰りたいんか、会いとうて帰りたいんかわからんわ」

 

 

 食堂ではウマ娘たちが旅行の計画を立てたり、実家に帰省する予定の子がみんなと離れるのを寂しがったり、連休明けのレースに出るため追い込むつもりの子などなど、青春を謳歌している。

 

 

 かくいうオレは、食堂の端っこでお惣菜パンを食べて、エスプレッソの缶コーヒーを嗜んでいた。

 手元の資料に目を走らせる。

 フランスの現地での食生活など、少しずつ取り入れて、現地の食べ物にも慣れておくのも重要だろう。

 水道水とかは、飲めるのだろうか……?

 美味しい料理もあるだろうが、もし口に合わなければ最悪ファーストフードも選択肢として考え……、いや、一度くらいならまだしも、毎日それではアウトだ。

 今からいくつか、質の良い食事ができるところをピックアップしておこう

 そうだ、日本食が恋しくなったらどうすればいいか、なども調べておかねば。

 

 あれ? でもこういうのってプロジェクトL'arcが準備してくれるんだっけ? 

 ……おっと、いけない、先走ってはダメだ。メイさんにそれとなく聞いておこう。

 色々と考えてはいるが、一番の目的は現地での彼女のコンディションを整えることだ。

 ちゃんと支えてやらないと。

 

 立ち上がり、トレーナー室に戻って歯磨きをする。

 そこへシーナの妹、ヴィブロスが扉の隙間から顔を覗かせてきた。

 

 

「時間より早く来ちゃった♪ ごめんなさぁい」

「ううん、ありがとう、助かるよ。中でくつろいで」

 

 

 あの合同トレーニングの後、これからの課題が明確になったシーナは、全身クタクタになって、立ち上がることができなくなるほど頑張っていたので、この2日間、実家での休養期間に入らせている。

 それほどゾーンに入る負荷は高いのだろう。

 もし疲れが取れていなければ念のため明日も休ませるつもりなのだが、シーナに聞いても『すぐにトレーニングできます!』と無理をすると思うので、ヴィブロスに様子を聞き取る約束をしていたのだ。

 

 

「それでねそれでね、お姉ちゃんったら朝もベッドにぐてーってなってて~♪」

「うんうん、ぐてーってなってたのか」

 

 

 ヴィブロスから彼女の様子を聞きながら、メモを取る。

 シーナが休みだと、彼女のお弁当を食べれないので少し寂しかったのは内緒だ。

 

 

「んでもでも、腕と足にはトレーニング用の重しをつけてて~」

「それは外しておくように伝えておかないとな。たぶん、そういった形で鍛えてるんじゃないかと思ったんだ。君に聞いてよかった」

「わぁ♪ やっぱりトレーナーさんって、お姉ちゃんのこと分かってるぅ~♪」

「担当トレーナーなんだから当然だよ」

 

 

 そう言うと、キラキラした目でこちらを見る。

 とりあえず、愛想笑いをしておこう。

 

 

「じゃあ、ずっとお姉ちゃんのこと考えてるんだね~。えへへ」

「そりゃあ、考えない時はないよ」

「わぁあ! そっか、そっか~♪ お姉ちゃんのことそんなに好きなんだぁ~」

 

 

 好き……?

 彼女の走りが、ってことだろうか。

 

 

「もちろん、好きだよ。そうでなきゃ担当になっていない」

「きゃ~~~~っ!♪」

 

 

 何やら悶えたヴィブロスは、ひとしきりキャーキャー言ったら、部屋を勢いよく出ていった。

 どうしたんだろう?

 まぁ、聞きたいことは聞けたからいいか。

 まだ担当はついていないが、午後からはクラス全体でのトレーニングがあるようだし、頑張ってほしい。

 

 とりあえず今後の方針を決めて、5月の予定を詰めていこう。 

 彼女がさらに上を目指すために何が必要かを考えて、……国内レースに出走すべきかどうか判断せねばならない。

 

 

 そう、去年、彼女がG1初勝利を飾ったヴィクトリアマイルのことだ。

 クラリス先輩の話によれば今年のヴィクトリアマイルにも出走することは、去年のうちから希望していたという。

 

 

 しかし、やはりトレーニングに注力したほうが良いだろうか。悩むな……。

 もしトレーニングを行うとなれば、これからはさらに強度を増しておきたい。

 合同トレーニングでは世界最高峰のウマ娘たちとトレーニングしているため、やはり一線を引いたウマ娘たちだと一歩劣ってしまう。もちろん無駄とは言えないが、ここからは未知の領域。

 

 ならばシーナと同じく現役で。

 シーナと同じくらいの力を持っていて。

 可能であれば海外、それも凱旋門賞に出走したウマ娘が最適だ。

 

 …………。

 

 

「オルフェーヴル、だよな……」

 

 

 乾いた笑いが洩れる。

 もちろん、避けているわけではない。

 しかし、大阪杯を勝利してから言葉は交わしていないのも事実だ。

 学園で見かけていないわけでもないので姿は見ているが、あいにくこちらも忙しく、話しかける余裕もなかった。

 

 

 ファイルを整理しながらそんなことを考えていると、入り口の扉が叩かれた。

 

 

「你好、トレーナーさん。今少しいいかしら?」

「お邪魔します♪」

 

 

 VR施設の利用でもお世話になっているサトノクラウン、サトノダイヤモンドが訪ねてきた。

 

 

「やぁ、どうしたんだ?」

「単刀直入に言うわ。あなた、私たちのトレーナーになってくださらない?」

「え?」

「もちろん今すぐじゃなくていいの。凱旋門賞が終わった後の話よ。今のうちに予約させてもらってもいいかしら?」

「それは嬉しい話だけど、どうしてオレなんだ?」

「そんなの決まってるわ、あのジェンティルさんを育てて、さらにヴィルシーナさんをあそこまで強くした手腕……、放っておくわけにはいかないでしょう」

「いずれ、サトノ家でお迎えしたいなぁと考えてるんです♪ 今はもちろんそこまで具体的に考えられないかもしれませんが、私もいつかレースに出て、サトノの悲願を叶えたい。そのために、あなたのお力をお借りしたいです」

 

 

 ダイヤとクラウンの二人がグイグイと迫ってきて、壁際に追い詰められる。

 トレーナーとしての腕を買ってくれるのは良いが、ジェンティル自身やクラリス先輩のおかげなど色々あるので、オレの力なんて微々たるものなのだ。

 

 

「き、期待に、沿えるかな?」

「当然よ、今この学園であなたほど、私たちウマ娘に注目されてる人はいないわ」

「そ、そう? なら、考えておくよ」

「やった! 約束よ?♪」

 

 

 そんなことにまでなっているのかと驚きつつ、ウインクしてくるクラウンにとりあえず頷くと。

 

 

「トレーナーさぁん♪ 折り入って相談があるんだけど〜、ってあれ? ダイヤにクラウンじゃん! どうしたの?」

「こ、こんにちは……トレーナー、さん」

 

 

 ヴィブロスが戻ってきたと思ったら、シュヴァルグランを連れてきた。

 なんか急に人口密度が高くなってきたな。

 

 

「未来のトレーナーさんに声をかけてたところよ♪」

「ええ!? ダメー! トレーナーさんは、私たちの担当になってもらうんだから!」

 

 

 え?

 いや、聞いてな――

 

 

「あら、もう本契約したの!?」

「まだだけど……、お姉ちゃんのトレーナーさんなんだから、私たちも一緒ならいいなーって、とっても優しいし、海外にもついてきてくれそうだし! ね、シュヴァち〜♪」

「ぼ、僕は、その……えっと、ご迷惑で、なければ……」

 

 

 なんだ、何がどうなってる?

 ジェンティルと契約を切らされてから、こんな風にトレーナーとして求められるなんて、思いもしなかったのに。

 

 

「サトノ家のために力を貸してくれますよね? ね!?」

「サトノんちで独占禁止! お姉ちゃんのトレーナーさんなんだから私たち優先なのー!」

「あ、その、ぼ、僕も……トレーナーさんがいいなって、ぇ」

「No、これからどんどん狙う子が増えていくわね……。こうなったらお父様たちに相談して……」

 

 

 ダイヤの顔は近いし、クラウンが腕をつかんでくる。

 シュヴァルは一歩引いてはいるものの、ヴィブロスはダイヤに負けじとオレを引っ張る。

 ちょっ、それベルト! 痛い! 締まる!

 

 

「やぁ、失礼するよ」

「ルドルフ会長! いいところに……!」

「おっと、お取り込み中のようだね。失礼した」

「待ってー!?」

 

 

 出ていこうとするルドルフにヘルプを出し、彼女の力を借りてなんとか4人を宥めてもらった。

 ウエストにめり込んだズボンを直しつつ、場を取り持ってもらった生徒会長に礼を言う。

 

 

「ありがとう、助かったよ」

「ハハ、礼には及ばない。それにしても、人気者だね。部屋から出ていくあの子たちの目がギラついていたよ」

「オレなんかには、もったいない子たちさ」 

「ふふ、前にも言ったが、担当トレーナーはウマ娘にとって唯一の味方となり得る存在だ。信頼できる人がいるだけでウマ娘は強くなれる。一緒に戦ってくれる人がいるだけで頑張れる。ゆえに彼女らも、心の深いところでキミに何かを感じ取っているのかもしれないよ?」

 

 

 そういうものだろうか?

 

 

「ウマ娘と担当トレーナーの絆はよく取り沙汰される。もちろん、ゾーンよりも不明瞭なので、トレーナーにもウマ娘にも知覚できないのだが……、実は私にも感じていた時期があった」

 

 

 ルドルフは過去を思い出すように天井を見つめて、おもむろにソファへ腰かける。

 

 

 

「レース中、どんなに遠く離れていてもトレーナーの声が聞こえる、というものだ」

 

 

 自身の耳を指さして、その耳をピョコピョコと動かす。

 

 

「もちろんウマ娘の聴力は良いのだが、五万人の観客席からトレーナーの声のみを拾ったという話さえ聞くことがある。それはまるで、背中にトレーナーが乗っているのではないかと思うほど、近くに感じるほどにね」

「そんなことがあるんだ……不思議だね。心の奥で繋がっている感じがする」 

「ああ、まさにその通りだ。君は知っているかもしれないが、私は海外遠征で失敗したことがある」

 

 

 それは知っている。

 海外への挑戦は今のように支援も何もなく、本当に開拓するような道のりだったと聞く。

 その中で彼女は怪我をしてしまったのだ。

 プロジェクトは打ち切られ、帰国の途に着いたという。

 

 

「当時のトレーナー君と私の家、つまり私もそうだが、遠征計画そのものの考えが合わなかった。結果的に私だけが海外に行ったのだが……、さすがにその時は担当トレーナーの声が聞こえなかったよ。もしかしたら、お互いの心が離れてしまったからかもしれないね」

 

 

 怪我をしたほうの脚を撫でながら、しんみりとした顔で呟く。

 生徒会長と慕われているが、それだけ多くの後悔や無念も感じているからこそ見えてくることもあるのだろう。

 

 

「ウマ娘の幸福のため、君のような素晴らしいトレーナーが所属してくれていることは本当に嬉しく思う。しかしもし、担当ウマ娘と意見が対立した場合は……、いや、君には釈迦に説法だったな、失敬」

「ううん、心に留めておくよ。ちょうど、国内レースのことをシーナにも相談しようと思っていたからね」

「やはり、君は優しいな。では、そろそろ私はお暇するよ」

 

 

 オレが頷くと、ルドルフは部屋を出ていった。

 

 レース中、か。

 やはりヴィクトリアマイルには挑んだ方が良さそうだ。

 実践で磨いていこう。

 シーナにもそう伝えることにした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 その日の夜。

 タクシーに乗って繁華街に足を向けたオレは、本日の飲み会場へと赴いた。

 

 街は会社帰りのサラリーマンや、私服で繰り出す若者たちで賑わっている。

 店先に吊るされた赤提灯、立ち飲み屋から漏れる笑い声、串焼きの香ばしい匂いが風に乗って流れてきて鼻をくすぐった。

 ネオンの色とりどりの光が舗道を染めて、耳に入る会話の断片はどれも楽しげだ。

 

 そんな人混みを抜け、指定された居酒屋の前に辿り着く。

 

 

「お、トレーナーこっちだ」

 

 

 手を振ってくれたのは佐岳メイさん。

 小さく頭を下げたたづなさんに、隣では扇子を広げて仰いでいる理事長の姿がある。

 今日はこの4人での飲み会だった。

 色々と相談させてもらおう。

 

 

「遅れてすみません」

「なぁに、私たちも今来たところだ。ここの天ぷらが旨くてな。さ、入ろう」

 

 

 暖簾のかかった木製の引き戸、白い和紙に筆文字で書かれた店名、控えめに灯された行燈。

 木の香りがほんのり漂い、客のざわめきは抑えられていて、数人の飲み会にはちょうどいい場所だった。

 

 早速オレたちは席につき、軽く一杯、乾杯の音頭が取られる。

 グラス同士が静かにぶつかり合い、忙しなかった日々の一瞬を切り取るような、あたたかな空気が広がって、少しホッとした。

 

 

「ん、もしやあそこに座っている4人組、マスコミじゃないか? こちらをチラチラ見ているぞ」

 

 

 メイさんが目を細めてオレに耳打ちをしてきた。

 彼女の視線を追いかけると、確かにそこには4人組の集団がいた。男女2人ずつ、そのうちの2人がこちらを見ているような気がした。

 

 

「仰天。まさかこんな店の前まで来るとはな。店を変えるのも……うーむ、まだ天ぷらが来ていないのだが」

「取材対応はしかねるとは伝えているので、もし入ってきた対応を求められても同じ対応をするということにしましょう。申し訳ないんですが、それで構いませんかトレーナーさん? 私たちもきちんと対応しますので」

「オレはみなさんが良ければ大丈夫です、向こうが何か話しかけてきたら店の外か、後日対応しますと答えますね」

 

 

 などと口裏を合わせて、警戒する。

 だがそんな懸念も外れて。

 マスコミと思われる集団は、こちらに一切声をかけるどころか、すぐに退店していった。

 

 ほっと安堵しつつも、もし店を出た瞬間に取材を求められたら敵わないので、いらぬことを言わないようにお酒はもう飲まないでおこう。

 とはいっても、メイさんたちのいる手前、お酒はほとんど頼んでないのだが。

 

 でも……さっきのマスコミの人たち、なんか、一人だけ顔に見覚えがあったな。

 えっと、確かジェンティルを担当していた時だったような気がするけど、あれ……どこで見たんだっけ。

 うーん。

 

 思い出せない。

 まぁ他人の空似だろう……。

 

 オレは水をグイッと飲んで、理事長たちが期待していた天ぷらの味に舌鼓を打つのであった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 GW明け初日。

 オレとシーナは、とある部屋を訪ねていた。

 

 

「オルフェさーん、ヴィルシーナさんとそのトレーナーさんが訪ねてきてますよー♡」

 

 

 そう言って案内してくれたのはカレンチャン。

 部屋のなかには、何やらヨーロッパの伝説に出てくる剣や、占いに使うようなデッカい水晶玉が転がっていた。

 それらは担当している他のウマ娘の私物なので、担当のトレーナーからは気にしないでほしいと言われているが、嫌でも気になる。

 

 

「初めまして、デュランダルと申します。お見知り置きを」

「ふーん、アンタがジェンティルの元トレーナーね? なんか、パッとしないわね〜」

 

 

 聖剣の切れ味デュランダルから真面目な挨拶を受け、魔女っ子スイープトウショウから素直な感想をもらったのを苦笑いで躱しつつ、オレたちは、かの御前に通された。

 

 

「久しぶりだな、ドリームジャーニー」

「ええ、お久しぶりですね。オル、お客さんだよ」

 

 

 ドリームジャーニーが、目を瞑っているかの御身に声を掛ける。

 相変わらず、ジャーニーの笑顔は裏で何かを企んでいるようにも見えるが、訝しんだところで見透かせるわけでもなく、ゆっくり目を開く王と視線が合った。

 

 

「オルフェーヴル、今日は予定を作ってくれて感謝するよ」

「よい、恵美からも連絡があった。ヴィクトリアの女王直々に謁見しに来るのであれば、断る道理はない」

 

 

 黄金の王オルフェーヴルからは以前のような圧は感じられない。

 ヴィルシーナのことをヴィクトリアの女王と称するあたり、実力を認めてくれているということだろうか。

 それならこちらも柔和な気持ちになる。

 

 

「あのときはすまなかった。君たちをあんな風に挑発してしまった」

「案ずるな、謝罪する必要などない。女王に対する余の態度にも非があったのは明白である」

 

 

 オルフェーヴルが謝った!?

 オレが思わずシーナのほうを向くと、彼女も同様の驚きを持ったようで、こちらを見ている。

 

 

「今、オルに対して、何か失礼なことを思いませんでしたか?」

「いや、何も」

 

 

 ドリームジャーニーのメガネが光るので、即座に否定。

 光の奥は見えないが、口元に不敵な笑いを浮かべているのが見えた。

 

 

「よい姉上、そう思われても仕方がないことをしてきたのは余だ。その感情すらも受け止めるのが王の務めである」

「オルが言うなら従うよ」

 

 

 良かった。

 話が進みそうだ。

 過去の遺恨は水に洗い流し、シーナの凱旋門賞に向けて協力を仰いで――

 

 

「あの、失礼ですがよろしいでしょうか?」

 

 

 そんな中、シーナがスッと手を上げる。

 発言を許されるのを待ったのだろうが、それを察したオルフェーブルがすぐに頷いた。

 

 

「よい、申してみよ」

「では、不躾で申し訳ありませんが"トレーナーさんにも謝ってくださいませんか?」

 

 

 突然そんなことを言い出すシーナに、オレは驚きの目を向ける。

 

 

「シーナ?」

 

 

 オルフェーヴルは特に動揺した様子もなく、鷹揚としたシーナを見つめる。

 彼女とシーナの顔を交互に見て、オレは一人心穏やかではいられなかった。

 にらみ合っているわけではないが、ひとつ間違えば一触即発だ。

 ドリームジャーニーからは何も圧が発せられていないから、大丈夫だとは思うが……。

 

 

「ふむ、女王よ、トレーナーとは、隣にいる男で間違いないな?」

「ええ、そうです」

 

 

 王の問いに、しっかりと前を見据え、強い眼差しで告げるシーナ。

 その答えにオルフェーヴルも確かに頷いて、オレに視線を移す。

 

 

「では改めて、今までの非礼を詫びる。余の責において過去の発言は全て撤回とし、今をもって二度と失礼のないよう約束する。また、代わりと言っては釣り合わぬだろうが、そちらの願い、合同練習の参加だったな、叶えよう」

 

 

 彼女の口から出た言葉を、さらなる驚きを持って受け止める。

 しかし、それは嬉しい驚きでもあった。

 かつて、敵だったオルフェーヴル。

 ジェンティルの時に二度対戦し、シーナの時に三度目の対戦。

 強敵が味方になって心を開いてくれたような展開に、少し顔がほころんでしまう。

 

 

「ありがとう、オルフェ―ヴル。願ってもない言葉だよ。君の経験と知見――王の力が必要だ」

「よい。これからの予定も、特に目立ったものはないのでな。蒼き女王の力となるのなら、結果的に余の力にもなる。」

 

 

 目の前にいる王は、あの正月に見た傍若無人のウマ娘ではない。

 シーナとの対決で、彼女に変化をもたらし、こちらの見る目が本当に変わったのだと実感する。

 

 

「では、今後のスケジュールについて細かく詰めましょうか。トレーナーさん、凱旋門賞まであと5ヶ月。オルに勝利し日本で力をつけてもまだスタートラインに立ったに過ぎません。合同練習におかれては、海外のウマ娘との歴然たる差を見せつけられた。そうお伺いしておりますが、トレーナーさんのご意見をお聞かせ願いますか?」

 

 

 ドリームジャーニーがいつの間にか、暖かい飲み物を用意してくれていた。

 接待用の机と椅子に4人で座り、オレはシーナと一緒に考えたこれからの計画を彼女らに伝えるのだった。

 

 

「――直近のヴィクトリアマイルに出場予定。その後に合同練習を兼ねつつ、オルも参加しての通常トレーニングですね?」

「ああ、そしてこっちが練習に参加してくれている子たちだ。一応、ここにサトノ家の2人と、シュヴァルグラン、ヴィブロスが見学に来る」

「見学とは?」

「えっと、将来、オレにトレーナーをやって欲しいと頼まれてて、今はとりあえず見学と言う名のお手伝いをしてくれることになっているんだ」

「承知しました。オルのことをお世話してくれる子たちと同じく、あなた方の周りにも集まってきているのですね」

 

 

 オルフェーヴルの親衛隊の子たちとは少し違う気もするが、まぁやってくれることは同じか。

 

 

「スケジュールについても、おおむね問題ありません。少し調整する必要がありますので、難しい日だけを後日お伝えいたしますね」

 

 

 そう言って紅茶を一口含んだジャーニーが、オレたちの後ろにいる親衛隊のひとりに目配せする。

 すぐ後に、向こう側が用意してくれた

 

 

「ところでヴィルシーナさんが此度のヴィクトリアマイルに出走する意図を、御伺いしてもよろしいですか?」

 

 

 そうだな、いい機会だしシーナにももう一度ちゃんと説明しておこう。

 

 

「出走するメリットは大きく分けて3つ。まず一つ目は、彼女のレースの勘を鈍らせないためだ。レースにおける試合の勘は、どんなスポーツでもそうだが練習だけでは培えない」

「ふむ」 

「2つ目。現在特訓している"領域"の質を高めるには、おそらくレース出走が1番の近道だから。強い相手との本気の勝負は、練習とはまた違った景色が生まれるはずだ。結果の残る試合とあらば本気の、さらに底の力を引き出せる。それは相手も同じ。お互いに高めあう相乗効果が生まれる。ましてや、今のシーナはオルフェーヴル勝利した実績がある。彼女の肩書や立場が、相手の力を高める材料となる。現在はスタミナをつけつつ、その配分に重きを置いた練習をしている。それだけ凱旋門賞の2400は長く、オークスの東京レース場とは比べものにならないほど長く感じるだろうからね。でもそれだけじゃ当然武器が足りない」

 

 

 ドリームジャーニーが頷いて聞いてくれている。

 さらにオレは続ける。

 

 

「シーナの武器は、序盤の加速力もさることながら、ポジション争いをする相手の動きから全体を見据えて裏を突くこと。中盤は原則的に2番手以降の控え戦術から周囲のウマ娘のペースを利用したペース配分を無意識にできている、そして終盤の瞬発力、これは差しウマ娘すら寄せ付けないどころか、競り合った相手に対しての抜いては抜かれて、また抜き返す不屈の精神……これらが武器だ。ジェンティルは常に相手の上を行き、それを踏み越えるような走りだったけど、強いていうならその逆。相手に合わせて、相手の強みを自分に添加できる」

「ふふ、なるほど。理解いたしました。此度のヴィクトリアマイルへの出走、そして女王の2度目の戴冠、期待しておりますよ」

「あ、ありがとう?」

 

 

 じっとオレの話を聞いていた彼女だったが、ニッコリ笑ってくれた。

 オルフェーヴルも何も言わず、一瞬だけこくりと頷いた。

 

 あれだけ目の敵にされていた二人から、応援されるなんて……ありがたいことだ。

 

 

 そうして、少し世間話をしたあと、彼女たちと別れを告げた。

 

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