なので、ここに用語を載せて置きます。
音場
ソノラ。反響エナジーの蓄積によって形成された超自然空間で、素材収集が可能な各地の「凝素領域」も音場の一種。人為的な場面再現も可能で、仮想訓練にも使用されている。中に入った者に由来する周波数などが空間そのものに影響を及ぼし、予期せぬ要素が出現・再生されるケースもある。
そして主人公の名前を陰楓に変えます。勝手ながらすいません。
理由は
こっちの方が呼びやすいから
「今州城はこの先だよ!」熾霞が元気よく指差す。
ようやく……本当にようやく今州城にたどり着いた。どれだけ歩いたんだ?もう何時間も歩き続けてる気がする。足が棒だ。
「それにしても変だよね~漂白者。」熾霞が漂白者に話しかける。
「何故だ?」漂白者が淡々と応じた。
「だって、途中の道で倒した残像を同じように吸収しようとしたけど、できなかったじゃん?それって強い奴しか吸収できないってことなのかなぁ?」
確かに、俺はあれから普通に能力を使えたけど、漂白者は使えていない。能力に違いがあるのか、それとも……。
漂白者が腕を組みながら答える。
「まあ……デバイスで吸収できたから心配いらないだろ?」
「そうだけど……。」熾霞の声には納得しきれない様子が滲んでいたが、俺はもう細かいことは置いといて、さっさと今州城でゆっくりしたい――と思った瞬間、背後に微かな気配を感じた。
「ッ!?」
振り向くと、漂白者も同じように後ろを向いていた。
「お前も何か感じたのか?」俺は小声で尋ねる。
「……微かにだけど……。」漂白者も警戒を解いていない様子だ。
秧秧が振り返り、首をかしげる。
「漂泊者さん?時晴さん?どうしたんですか?」
熾霞は呑気な声で俺たちを呼ぶ。
「早く行くよー!!」
俺たちは一度背後を見やったが、結局何も見えなかった。ただの気のせいか……。俺と漂白者は軽く警戒を解き、熾霞たちに続いた。
――だが、離れた場所では誰かの声が響いていた。
「見つけた……。」
「……私だけの……。」
「……運命の種……。」
今州城に到着して――
「さてと、これからどうしよっか?」熾霞が楽しそうに言いながら振り返る。
「美味しいものでも食べに行く?」
漂白者が首を横に振りながら答える。
「俺は辺庭に行って話がしたいと思う。」
俺も頷く。
「俺も賛成だな。」
あの今汐って女性がどうにも気になる。彼女が話していた内容や雰囲気――何か俺の記憶に関係があるように思えてならない。
白芷が静かに口を開いた。
「私は一旦研究院に戻るわ。この異変や無音区の復活、類発する海舗現象……これらの異常な状況について報告しないと。」
秧秧が白芷に向き直り、落ち着いた声で言う。
「辺庭への報告は私に任せてください。ついでに漂泊者さんと時晴さんの謁見の手続きもしておきます。」
「え?」俺は目を丸くした。
「謁見に申請がいるの?面倒くさいけど……仕方ないかー。」
漂白者がため息をついて聞き返す。
「……その間俺たちはどうしたらいい?」
「中枢信号塔を登録してもらいたいし、あたしが漂泊者たちを案内するよ。」熾霞が手を挙げて言った。
「それが終わったらテキトーに近くを見て回ろっか。」
彼女は少し胸を張って続ける。
「今州に初めて来た人を、辺庭に突っ立たせておくわけにはいかないでしょ?それに、一秒でも退屈されたら、あたしら今州民のおもてなし精神に反するよ!」
お・も・て・な・しって奴か……。そんなにもてなさなくてもいいのに。とは思うけど、好意を無碍にしてはいけないな。
秧秧が俺たちを見て微笑む。
「では、私は謁見の手続きをしてきます。熾霞、辺庭まで漂泊者さんと時晴さんの案内をお願いね。」
「つん、任せて!」熾霞が元気よく返事をする。
白芷が最後に付け加える。
「謁見が終わったら研究院に来て。身体状況を考慮すると、あなたは全体検査を受けるべきよ。」
「検査?」俺が驚くと、漂白者も眉をひそめた。
「研究院?」
白芷は淡々と答える。
「主に検体、病変によるリスクの排除、そしてバイタル情報と身体データを監視し記録する。得た情報やデータはすべて分析、研究に利用させてもらう。」
俺は一瞬怯えたように後ずさる。
「え?ウソ!?俺のプライバシー終了しちゃう感じ?」
白芷はため息をつき、微笑む。
「もちろん、勝手には使わないわ。すべて、あなたが同意してくれたら、という話よ。」
「あ、それなら良かった。」俺は安心して胸を撫で下ろした。
漂白者が「はぁ……」とため息をつく。その様子に俺は首をかしげる。
――アレ?そんな俺、顔に出てた?
熾霞が満面の笑みで声を上げる。
「ほら、もたもたしないで!案内したい場所はたっくさんあるから!」
俺と漂白者は少し呆気に取られていたが、熾霞は止まらない。
「獅子舞、ヒーローショー、折子書、拳法試合……それに、美味しいものも数えきれないほどあるんだ!今州城にないものはない!」
彼女の自信はどこから来るんだろうか。本当に不思議だ。
「行くか。」俺は苦笑しながら呟いた。
「じゃあ、一旦別行動で。」漂白者が軽く頷いた。
熾霞が元気よく指差す。
「中枢信号塔に到着~!」
「中枢信号塔?」俺は首を傾げる。
熾霞は少し得意げに説明を始めた。
「えーと、今州最大のサーバー、集約センターみたいな感じかなぁ……?あたしも詳しくは説明できないんだけど……。」
彼女は少し照れくさそうに笑いながら続けた。
「でも、信号塔間ではデータが共有されていて、号塔を登録すればマップ情報がデバイスに同期されるんだ。便利でしょ?」
便利だなぁ、と感心している間に、彼女は笑顔で俺たちに指示を出す。
「デバイスをそこに置けば登録完了だよ~。」
俺と漂白者は言われるがまま、デバイスを信号塔にかざした――。
信号塔にデバイスを登録し終えると、秧秧から通信が入った。
「手続きを済ませました。いつでも謁見できますよ。」
マップ画面を開き、辺庭の位置と現在地を確認すると、秧秧の声が続く。
「熾霞、漂泊者さんと時晴さんをこちらに案内してくれる?」
熾霞はいつもの調子で返事をする。
「オッケー!任せて!」
俺たちはマップを見ながら、秧秧がいる場所へと向かうことにした。
秧秧との合流
辺庭に到着し、秧秧と合流すると、熾霞が驚いた声を上げた。
「こんな賑やかな辺庭、初めて見たよ~。」
秧秧も目を見開いていた。
「私もビックリしました……辺庭にこれほどの一般人が集まっているなんて……。」
漂白者が群衆を見回しながら問いかける。
「この人たちも謁見に?」
秧秧が少し困ったような表情を浮かべて答えた。
「はい。ここにいる人たちも謁見を申請したようですが、既に却下されたみたいですね。」
俺はその言葉に引っかかりを感じた。
――なるほど、俺たちを待っているからか……って、おい、他に言い方はないのか?
秧秧が淡々と説明を続ける。
「手続きの際に近衛が引き返させました。今残っているのは代理で手続きを行う者や、一度断られてもまだ引き下がろうとしない者たちです。」
彼女は少し声を落として続けた。
「ここを訪れた人は皆口をそろえて『散華様に一瞥されると動けなくなる』と言っていました。実際に、散華さんのたった一言で引き返させられたとか……。」
俺はその話に思わずツッコミを入れたくなる。
――なにそれ……某“髪がヘビの残像”みたいに、石にでもされたのか?
漂白者がその言葉を冷静に聞き流しながら問いかける。
「散華って誰だ?」
「令様に仕える近衛です。」秧秧が簡潔に答える。
すると、熾霞が目を輝かせながら口を挟んだ。
「ああ、『冷酷な眼差しと優れた武才を持つ、全能の冷徹美人』……という噂を聞いたことがある!」
漂白者は特に気にする様子もなく聞き流していたが、熾霞は話を続ける。
「おお、さっすが漂泊者!自信がすごい!」
俺はその話の流れについていけず、ぽつりと口を開いた。
「全域通信の映像って事前に録画できるのか?気になるよな。」
漂白者も小さく頷いて同意する。
「確かにな。」
熾霞が軽く笑いながら答える。
「できるよ、ライブじゃないからね。」
秧秧が少し首を傾げながらこちらを見る。
「漂泊者さん、時晴さん、何か思いついたんですか?」
漂白者は腕を組みながら低い声で言った。
「令尹もこの“客人”を特定できていない。」
「だから?」熾霞が不思議そうに聞き返す。
漂白者がさらに続ける。
「令尹がこの客人に会う目的について考えている。」
俺は腕を組みながらその言葉に乗った。
「これだけ大げさにやるのには、何かがあるんじゃないか?」
俺は一瞬考え込んだ。
――全域通信を行った理由、それは単に俺たち“客人”が混乱しているからじゃない。
「全域通を行ったのは、客人が『混乱』しているからではない。」俺は口を開いた。
漂白者が軽く頷きながら言葉を補った。
「令尹は、ニセモノが溢れる今の状況を予想していたはずだ。」
俺は漂白者の言葉に同意しながらも、次の疑問が浮かぶ。
――でも一体どうやってニセモノを判断するんだ?
その時、熾霞が首を傾げながら、手を挙げるようにして質問してきた。
「つまりつまり?」
「いや……やっぱり何でもない。」俺は首を横に振り、話を打ち切った。
秧秧が俺たちを見ながら、少し微笑んで言った。
「漂泊者さんと時晴さんが何を考えているのかは分かりませんが、とにかく一度会ってみて、その目で確認した方が良いと思います。」
熾霞も勢いよく頷く。
「そうそう!あたしもよく分からないけど、令尹様の目的が何であれ、会ってみないと分かんないじゃん!」
「それはそうだが……。」俺は少し言葉を詰まらせた。
漂白者は黙ったまま何かを考えているようだったが、秧秧が漂白者に視線を向け、静かに話し始めた。
「それでもやはり、空白だらけの記憶しかない状態で見知らぬ街にいるというのは、不安に感じますよね。」
彼女の言葉に、漂白者が顔を上げた。
「漂泊者さんは、失くした記憶についてどうお考えですか?」秧秧が穏やかに問いかける。
漂白者は少し考えてから、短く答えた。
「早く取り戻したい。」
俺もそれに続く。
「俺もだ。」
秧秧は軽く頷き、安心させるように言った。
「なら、漂泊者さん、時晴さん、まずは令尹様と会ってみましょう。そうすれば何かわかるかもしれません。」
俺はその言葉に、少し期待を感じながら頷いた。
秧秧が一瞬申し訳なさそうに口を開く。
「謁見には同行が認められていないので、私と熾霞は外で待っています……。」
「分かった。」俺は少し不安を抱きながらも、前に進む決意を固めた。
漂白者も無言で頷き、静かに歩みを進めた。これが俺たちの記憶の謎を解く最初の鍵になるかもしれない――。
豪華な階段を上り、エレベーターで辺庭へ
俺たちは長い階段を上りきると、大型のエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの内装も豪華で、木目調のデザインが印象的だった。辺庭へ向かう間、無言の緊張感が漂っていた。
エレベーターを降りると、目の前には紅葉の木をイメージした巨大なモニュメントが置かれていた。その鮮やかな赤色が辺庭の静謐な雰囲気と対照的に映え、息を呑むほど美しかった。
先には竹が整然と植えられた廊下が伸びており、その自然を感じさせるデザインに圧倒される。こんな場所、俺の記憶にはない……というか、そもそも俺に記憶がほとんどないんだった。
廊下の奥で待っていた案内人が、丁寧に頭を下げて俺たちに声をかけた。
「こちらにどうぞ。」
俺たちはその案内人についていき、廊下を抜けて一つの部屋に通された。
散華との出会い
「どうぞお掛けください。」案内人の指示で、俺と漂白者は指定された席に着いた。
豪華な調度品に囲まれた空間は、どこか格式張った緊張感が漂う。俺は落ち着かずに周囲を見渡していたが、漂白者が低い声で呟いた。
「陰楓……落ち着け。」
「お、おう……。」
案内人が一礼して部屋を出て行く。
「では、少々お待ちを。」
しばらくして、音痕の光を宿す目を持つ黒い服の女性が現れた。彼女の瞳はまるで別の世界を覗いているかのように輝いており、その視線を受けた瞬間、思わず息を呑んだ。
「お待たせして申し訳ございません。初めまして、近衛の散華と申します。」
俺は立ち上がり挨拶しようとしたが、彼女が鋭い視線でこちらを睨んだため、一瞬体が固まる。しかし、すぐに彼女は微笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。
――この子が例の「散華」か……。どこかの蛇女みたいに冷酷だと聞いていたけど、べっぴんさんじゃないか。
突然、漂白者が俺を蹴った。
「イテッ!何すんだよ!」
「また顔に出てた。」漂白者が呆れたように言った。
「今度は今までで一番キモい顔だった。」
――んだとテメェ!と思ったが、深呼吸して落ち着きを取り戻す。
俺は散華に向き直り、口を開いた。
「あの……令尹様は?」
散華は落ち着いた声で答える。
「現在、令尹様は辺庭を離れておいでですが、出立前にあなた様方へ贈り物と、ある『印』をご用意されました。本日はそちらをお渡しします。」
「贈り物?」俺は眉をひそめた。
「令尹様曰く、言葉で説明せずともその『印』が指す場所に、あなたが求める答えがある、とのことです。」
漂白者が静かに問いかける。
「その『印』とは何を指している?」
散華は少し目を伏せながら申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありませんが、私の口からお答えすることはできません。しかし、令尹様もあなた様とお会いすることを望んでおられます。」
俺もさらに尋ねた。
「令尹様はどこにいる?」
「それについても、詳細をお伝えすることはできません。」散華は冷静に言葉を続けた。
「しかし、期限は3日。長くても3日以内であれば、令尹様に必ずお会いできます。」
俺たちは散華の言葉に納得せざるを得なかった。
漂白者が目を細めて聞き返す。
「どうしてあの客人が俺たちだと確言できる?」
散華は少し考えたあと、静かに口を開いた。
「令尹様はここにはおりません故、それにお答えすることはできません。しかし……あなた様方は、特別です。」
漂白者がさらに問い詰める。
「俺たちは追い出された他の人と何が違うんだ?」
散華は少し間を置いて答えた。
「私の目には生き物の周波数が映ります。いや、むしろ『周波数』しか映りません。」
「周波数?」俺は怪訝な顔をした。
「あなた様方は……令尹様と同じ周波数を持っています。」
「同じ?」俺は思わず聞き返す。
漂白者も不思議そうに尋ねた。
「どういうことだ?」
散華は少し微笑みながら答えた。
「歪みのない、ありのままの姿です。この世に存在している、あなた様方本来の姿です。」
――俺たち本来の姿……?
散華が急にこちらに手を差し出した。
「デバイスを貸していただけますか?」
「何?連絡先交換?」俺が軽口を叩くと、漂白者がため息をついた。
「……そんなわけないだろ。」
散華は少し驚いた顔をしながら言った。
「私の配慮が不十分でした。巡所などの公共機関の連絡先をあなた様方のデバイスに登録しておきます。」
散華がデバイスを操作すると、探索モジュールが最新版にアップグレードされた。
「これにより、スキャン、オブジェクト操作、釣縄などの機能が使えるようになります。また、今州各地を行き来するための通行権限も付与されました。」
「辺庭も含めて?」俺が尋ねると、散華は頷いた。
「はい。辺庭も含め、自由に出入りできます。」
「やったー!」俺は思わず喜んだ。
「それと……」散華は少しだけ困ったように続けた。
「宿泊される場所はお決まりですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」俺は即答した。
漂白者も静かに感謝の言葉を述べる。
「ありがとう。」
「ご入用の際は私にお声がけください。お部屋までご案内します。」
「今は大丈夫かな。」俺は椅子から立ち上がりながら言った。
「仲間を待たせてるから。」
散華は一礼しながら答えた。
「分かりました……では私はここでお待ちしています。」
俺たちは散華に礼を言い、その場を後にした――新たな疑問を胸に抱えながら。
散華との話を終えて辺庭を出ると、熾霞が大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
「漂泊者!陰楓!」
彼女は俺たちを見てニヤリと笑った。
「結構時間かかったね~。もしかして令尹様、けっこう話が長いタイプ?」
俺は苦笑いしながら、漂白者と一緒に散華との会話内容を熾霞と秧秧に説明した。令尹が辺庭にいないことや、贈り物と「印」の話、それが3日以内であれば会えるという内容だ。
説明を聞いた熾霞が、腕を組みながら口を開いた。
「令尹様、今は辺庭にいないのか……。」
秧秧は黙り込んだまま、どこか遠くを見るような目をしていた。
「どうした?」俺は彼女の様子が気になり声をかける。
漂白者も眉間にシワを寄せて周囲を見回した。秧秧が静かに言葉を発する。
「風の中に不穏な、怪しい気配が漂っています。」
漂白者はじっと秧秧を見ながら黙って聞いている。
「次々と蘇る無音区、あまりにも強大な残像、そして令尹様の不在……。」秧秧の言葉には明らかな不安が滲んでいた。
熾霞が突然口を挟む。
「あと……謎の漂泊者!」
「おい!俺らもその不安要素の中に入れるんじゃない!」俺は思わず声を上げた。
秧秧が小さくため息をつき、少し俯きながら呟く。
「今州は……どうなってしまうのでしょうか……。」
彼女の言葉に俺たちは沈黙した。どんな言葉を返せばいいのか分からなかった。
「これからどうする?」漂白者が重い口を開いて問いかける。
熾霞が勢いよく胸を叩きながら答えた。
「辺庭、軍策府、それと研究院にも報告したし、今やれることは全部やった……。」
彼女は前を向き、力強く言葉を続ける。
「それに、ここは今州――何千年もの間いろんなことが起きたけど、皆の力でここまで来れたんだ。」
熾霞は俺たちに向き直り、笑顔を見せる。
「残像潮だって毎年きてるものだし――それに頼もしい夜帰将軍に、令尹様と歳主様……あたしらだっているしね!」
彼女の言葉に俺は少し肩の力が抜けた。
「そうだな。」俺は小さく頷いた。
漂白者も静かに肯く
秧秧の提案で、俺たちは令尹様から渡された「印」を広げて見せた。
熾霞がそれを覗き込む。
「なんか思ったより小さいね。特別なところは見当たらないけど……。」
「確かに。」俺も同感だった。
机の上に並べられた「印」は、いくつかの小さな物――飴玉、小型装置(日時計のような形)、葉っぱ、そして黒い果実。それぞれに何か意味が込められているのだろうか?
秧秧が飴玉に目を留めた。
「これらの『印』、特に飴玉に対しては、私も熾霞も子供の頃の思い出があります……漂泊者さんと陰楓さんはどうですか?」
俺は飴玉を手に取り、じっと見つめた。
「何となくだけど、誰かと一緒に食べていた気がする……。ただ、それが誰だったのかは思い出せない。」
漂白者も同じように首をかしげていた。
熾霞が勢いよく手を挙げた。
「飴といえばお菓子!お菓子のことなら今州の子供が一番詳しいんじゃない?」
俺はその言葉にすぐ反応した。
「じゃあ、俺がそこらにいる子供に聞いてくるよ。お前らは先に行っとけよ。白芷を待たせるのは悪いだろ?」
漂白者が静かに首を振る。
「いや、二人同時の方が効率が良い。ここは行動を共にした方がいい。」
彼は軽く肩をすくめて続ける。
「それに……お前も俺も、研究院の場所を知らないだろ?」
――確かにそうだった。
「だよね~。」熾霞が笑いながら頷く。
「白芷も研究院で待ってるから!」
街中で飴玉を尋ねる
俺たちは街中を歩き回り、飴玉について尋ねた。やがて、一人の小さな子供が興味津々といった表情でこちらを見上げていたので、飴玉を見せて聞いてみた。
「この飴玉、知ってる?」
子供は一瞬怯えた様子で頭を横に振った。だが、何かを決心したように、小さな手のひらを開いて別の飴玉を見せてくれた。
「お、同じのは持ってないけど……これならあるよ。おいしいから、あげる。」
「なぜ俺に?」俺は少し驚いて聞いた。
子供は照れくさそうに笑って答える。
「今日のお姉ちゃんが言ってた!今州の客には優しくしようって!」
「ありがとう。」俺は受け取った飴玉を大事にポケットにしまった。
「どういたしまして!楽しんでね、今州の客人さん!」
子供……可愛いなぁ〜
危ないと思ったのか……漂白者は俺を引っ張ってその場から離れた
華胥研究院への道
子供たちとのやり取りを終えて華胥研究院へ向かう途中、熾霞が急に通信を受けたようだった。
「えっと、ちょっと待ってね……何かあったみたい。」
彼女はデバイスの情報を聞きながら、表情を変えていく。
「うんうん……聞いてるよ……えっ!?いつ行方不明になったの?大丈夫、焦らないで。すぐそっち向かうから!」
通信を終えた熾霞がこちらを向き、申し訳なさそうに言った。
「あっ、仕事のこと忘れてた!もう時間やばいじゃん!」
彼女は足元の砂を蹴りながら続ける。
「ごめん……これから仕事に行かないと……。終わったらまた合流しよ!」
俺が少し困った顔をすると、熾霞がウインクして笑った。
「何か急用があったら、あたしの名前を大声で呼んで!……さすれば、この『翼の英雄』が颯爽と舞い降りる!」
「馬小芳かよ。」俺が思わず口にすると、熾霞は即座に首を振った。
「ダメダメ、やっぱ今のナシ!……じゃあ本当に行くから!何かあったらすぐ知らせて!」
「分かったよ。」漂白者が落ち着いた声で返す。
秧秧が微笑んで一言添える。
「はいはい、行ってらっしゃい。私がいるから、何も問題ありませんよ。」
グラップルポイントを使って研究院へ
秧秧が俺たちにデバイスの操作を指示する。
「前に常備機能をインストールしましたよね?その中に『探索モジュール』という項目がないか確認してみてください。」
俺がデバイスを操作すると、確かに「探索道具」の中に「鉤縄」の機能があった。
秧秧が軽く頷いて説明を続ける。
「まずはデバイスにある『探索道具』を選択して、『鉤縄』をセットしてください。」
熾霞が冗談交じりに笑う。
「こういう技も身につけておかないと『翼の英雄』にはなれないぞ!さ、早速試してみて!」
俺たちは周囲を見回し、建物の高所に設置されているグラップルポイントを見つけた。
デバイスを起動し、鉤縄をセットして狙いを定める。画面の中央にグラップルポイントを捉えると、瞬く間にワイヤーが放たれ、高所へと引き寄せられる感覚――風を切る爽快さに思わず声を上げた。
漂白者も無言で同じ動きを繰り返し、俺たちは次々とポイントを渡りながら、華胥研究院を目指した――。
研究院に向かう道中
デバイスの鉤縄を使って風を切りながら研究院へと向かう。操作にも慣れてきた俺は、調子に乗ってスピードを上げ始めた。
秧秧が焦った声で注意する。
「陰楓さん、そんなにスピードを出したら……!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、俺は着地に失敗し、勢い余って地面に転がった。
「うわっ……!」
漂白者が淡々と言い放つ。
「……だから言っただろう。」
秧秧が駆け寄り、心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?どこか痛めていませんか?」
俺は照れ隠しに軽く手を振りながら立ち上がった。
「いや、大丈夫だって。ちょっと張り切りすぎただけだ。」
漂白者がため息をつく。
「もう少し慎重にするんだ。これから先でまた転ぶようじゃ話にならない。」
「分かってるわ!」俺は不機嫌そうに返すが、少し反省してペースを落とした。
華胥研究院に到着
研究院の門を抜けて中に入ると、秧秧がデバイスを確認しながら呟いた。
「まだ白芷さんからの返信はないですね。実験中でしょうか……。」
広い廊下を歩いていると、秧秧が誰かと物凄く熱烈に話している赤い髪の長身の男性に目を向けた。
「そちらにいる方は、安全課所属の黒石武器の専門家、モルトフィーさんですね。以前、白芷さんから聞きました。」
俺たちはその方向に進み、モルトフィーに声をかけることにした。
モルトフィーは厳格な顔つきでこちらを見ながら、淡々と挨拶をした。
「……どうした?何か私にできることでも……『ございますか』?」
俺は軽口を叩いてみた。
「先ほどの熱弁、お見事!」
漂白者がすぐに割り込む。
「おい……今はそれより白芷についてを……。」
「そうだった、そうだった。」俺は慌てて話題を戻した。
モルトフィーは一瞬だけ怪訝な顔をしたが、真面目に話を続けた。
「私は骨の髄までしゃぶり尽くそうとする資本家になど加担したくありません。しかし、他の人は立場上反論しづらい。なので彼らには自分の研究に専念させ、私一人でまとめてそれを処理すれば多少は効率的かと。」
漂白者が軽く咳払いをして話を本題に戻す。
「実は、白芷さんに用がありまして……彼女に会いたいのですが。」
モルトフィーは少し目を細め、事情を察したように頷いた。
「なるほど、そういうことでしたか……お気を悪くさせてしまい、申し訳ありません。」
秧秧が慌てて首を振る。
「いえいえ、とんでもないです!約束もなしにお邪魔したのはこちらですので。」
モルトフィーは少し考えてから口を開いた。
「白芷さんならデータ分析室にいるはずです。暫しお待ちを。呼んできます。」
白芷との会話
しばらくして、白芷が現れた。彼女は相変わらず冷静な表情でこちらを見ている。
「来ていたのね。雲谷のサンプリングデータなら現在分析中。本日中には結果が出るわ。」
「それで……辺庭への旅、何か成果はあった?」
俺たちは印を取り出し、令尹と面会を求める経緯を説明した。話を聞いた白芷は顎に手を当て、しばらく考え込む。
秧秧が尋ねる。
「白芷さんはどう思います?」
白芷は静かに口を開く。
「『飴玉』については、多少分かっていることがあるけれど、まだ検証の余地がありそうね。可能であれば、すべての印に対して構造の破壊を除く検査と測定を行うべきよ。」
「いい発想だな。」俺は素直に答えた。
白芷は淡々と続ける。
「データは嘘をつかないから。日時計以外は反響課で検査と測定ができるわ。測定には放射線測定機器を用いるから、黒石研究の責任者へ申請を出しましょう。」
俺は少し不安そうに呟く。
「安全課って……モルトフィーの専攻領域じゃないか……。」
漂白者が肩を叩きながら言う。
「おい……あからさまに嫌な顔をするな。」
白芷が冷静に告げる。
「彼が黒石研究の責任者の一人よ。ここで待ってて。」
モルトフィーによる検査準備
モルトフィーが戻り、日時計を手に取った。
「これは……私の知り合いの作品とよく似ていますね。類を見ない特殊な構造、それにとても軽い……。」
彼はさらに詳しく観察しながら続ける。
「ん?何かパーツが欠けている?ほら、ここに溝があるでしょう?」
白芷が頷きながら答える。
「検査と測定には時間がかかるわ。他に用があればそっちを優先して。結果が出次第また連絡する。」
秧秧が漂白者と俺に提案する。
「研究院で待ちましょうか?」
俺は考えてから頷いた。
「分かったよ。」
漂白者も落ち着いた声で応じる。
「俺も異論はない。」
白芷が最後に一言付け加える。
「別にいいけど、後で私のところに来て。身体検査があるから。」
身体検査
白芷に案内され、俺と漂白者は検査室に通された。
「検査機器は全て調整済みよ。これから、あなたの身体状況と共鳴周波数における異常の有無を検査する。」
その後軽い検査をしてしばらくして白芷が戻って来た。
白芷の説明
白芷がサンプリングデータを見ながら、冷静に話を始めた。
「データによると、あなたたちが倒した残像は怒涛級以上のものよ。そして、その周波数エナジーを自分の肉体で吸収したことも目視で確認できた。」
だよねーだって強かったもん。
彼女はデータをさらに確認しながら続ける。
「残像は危険度に応じて脅威を示すレベルが設定されているわ。判断基準は対象の周波数の含有量。それが高いほど残像の力もより強くなると一般的に考えられている。」
「不思議な点は、漂白者はデバイスを使わずに直接音骸を吸収した。表面上は異常を確認できないけれど、内部で異変が起こっている可能性もある。それを検知するためには、機器による検査が必要ね。」
デバイスと音骸の仕組み
白芷が俺たちのデバイスを指しながら説明を続ける。
「既存の報告や研究によれば、どんな音骸であってもデバイスを使用せずにその記録と再現を行うことはできない。」
「再現?」漂白者が興味深そうに聞き返した。
白芷は頷く。
「残像は撃破されると、その周波数エナジー、つまり『残響』をその場に残す可能性があるわ。それを共鳴者のデバイスを使用して記録すると、その共鳴者に従う『音骸』となる。」
俺はデバイスを見つめながら尋ねる。
「つまり、あの無冠者を『再現』することもできるのか?」
白芷は冷静に答えた。
「理論上は可能よ。デバイスにはやつらを再現する機能もあるから、使い方次第では戦闘時に共鳴者の武器の1つとして使えるわ。」
さらに彼女は続ける。
「また、共鳴者自身を特定の『音骸』の周波数と同調させ、その姿になることも可能よ。」
俺は目を丸くして言った。
「『やつら』に変身できるってことか?」
「概ねその理解で合っているわ。」白芷は静かに頷いた。
無冠者の再現実験
白芷は漂白者に向き直り、指示を出した。
「では、試しに無冠者を再現してみて。」
漂白者は目を閉じ、集中しているようだった。おそらく無冠者をイメージしているのだろう。しかし――。
「……できないな。」漂白者が静かに目を開けた。
白芷は少し考え込んでから言った。
「なるほど……加えて、あなたのデバイスに無冠者のデータはない。つまり、無冠者の周波数エナジーはあなたに『飲み込まれた』。跡形も残らずにね。」
「飲み込んだ?」俺は少し不安げに聞き返した。
白芷はデータを確認しながら続ける。
「そうとしか考えられない。しかも、その仕組みはさっぱり分からない。まるで、あなたの体の中に周波数エナジーを吸収する機構が別にあるみたい……。」
オーバークロックの危険性
俺は一瞬不安を感じて呟いた。
「こいつ……化け物になってしまうのか……?」
漂白者がじっと俺を見つめる。
「おい……何のつもりだ……。」
俺は刀を手にして少し冗談めかしに言った。
「悪く思わないでくれ……これが平和のためなんだ……。」
漂白者は刀を押さえて軽く息を吐き、冷静に返す。
「まだ俺がアイツら『残像』になると決まったわけじゃないだろ?早まるな。」
――チッ。モテ男を始末する絶好の機会だったのに……!
白芷が視線を俺に向ける。
「『化け物』の定義が分からないけれど……周波数エナジーの異常がもたらす危険として、『オーバークロック』と呼ばれるものがあるわ。」
「オーバークロック?」漂白者が即座に聞き返した。
白芷が落ち着いた声で説明する。
「共鳴者の精神と能力に過負荷が加わることによって引き起こされる症状。要は波数エナジーの漏洩よ。」
「俺たちもそうなる可能性があるってことか?」俺は思わず身震いした。
漂白者はそんな俺の腕を掴み、拘束してきた。
「なんで俺の腕を拘束してるんだ?」
「またお前が俺を襲うことがないようにな。」漂白者は真顔で言った。
――チッ。
白芷がデータを確認しながら続ける。
「でも、こうりゅうではオーバークロックのリスクを個人単位で検知する体制が整っているわ。」
彼女は俺たちに向き直り、少し微笑みながら言う。
「それにあなたたちの波形グラフは高い安定性を示した。今まで見た誰よりもね。従って、オーバークロックのリスクは極めて低いと言っていいわ。」
「はぁー……よかった。」俺は心底ホッとしながら呟いた。
漂白者が俺の腕を拘束したまま少し力を緩める。
「しばらくはそれについて考えなくても大丈夫だな。」
白芷はさらに興味深げに言葉を続ける。
「そして、これは二人に言えることだけど、端的に言えば、あなたたちの体にはもう一つの空間……或いは生物がいる。」
「何それ……生命の真理って奴か!?」俺は驚きつつも興奮した。
漂白者は静かに右手の甲にある音痕を見つめた。
白芷が最後に結論を述べる。
「どうやら、実戦で検証するしかないようね。」
白芷が俺と漂白者のデバイスを接続すると、突然視界が揺らぎ、身体が引き寄せられるような感覚に襲われた。
「これからデータ上のソノラに送ります。」白芷が淡々と告げた言葉を最後に、意識が途絶えた――。
気がつくと、俺は何もない空間に立っていた。周囲は白と黒の混ざり合うような色で、どこが上下なのかすら分からない不思議な場所だ。
――白芷の指示があるはずだよな?
俺はキョロキョロと周りを見回したが、彼女の声はどこからも聞こえてこない。
その時――突然、耳元に鋭い声が響いた。
「おい!どこを向いてやがる!こっちだ、こっち!!」
その声には聞き覚えがあった。無冠者との戦いの最中に聞こえた、あの声だ――!
声のする方を振り向くと、そこには黒と赤の色をした虎のような生き物が悠然と立っていた。その姿は威圧感に満ちていて、ただそこにいるだけで空間そのものが重くなるような気がした。
光踏獣との出会い
「よぉ!また会ったな!」
虎のような生き物は俺を睨みつけながら言った。
「っていうかお前にはここでの記憶も残っていないんだろうが……。」
俺は警戒しつつも問いかけた。
「お前は……誰だ?」
生き物は胸を張り、自信たっぷりに答える。
「俺は、お前の音痕の中で大人しくしてやってる……『光踏獣の紅黒様』だ!」
「こうとんじゅう?つまり、残像か?」俺は眉をひそめながら尋ねた。
「まぁ、そうなんだが……そこらにいる残像と一緒にするなよ!」
紅黒は鋭い声で言い返す。
「俺様は異相ってやつだ。そこらの残像とは格が違う!色が違うだけじゃなく、力も強いし、人とこうして会話ができるんだからな!」
「うん……なんか自分のことをすごいアピールしてるけど、分かったよ。確かにすごそうだ。」
俺は少し圧倒されつつも言葉を続ける。
「でも、なんでお前は俺の体の中にいるんだ?それに、俺を助けたのはどうしてだ?」
紅黒は少し口ごもったように見えた。
「それは……。」
俺はさらに問い詰める。
「もしかして……俺の過去に関係があるのか?」
その瞬間、紅黒は黙り込んだ。
「沈黙は肯定って取るぞ。なぁ紅黒……俺はどうして記憶を失っているんだ?そして、お前みたいなすごい残像が、どうして俺の中で引きこもってるんだ?」
紅黒はしばらくの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「……俺の口からじゃ、全ては話せねぇ。でも、話せる部分はある。」
「じゃあ教えてくれ!」俺は前のめりに問いかけた。
だが、紅黒はニヤリと笑いながら言った。
「だが条件がある。」
「条件?」俺は怪訝そうに聞き返す。
紅黒は俺を見据えながら、威圧的な声で言い放った。
「俺と勝負しろ。」
挑戦状
「はぁっ!?ウソでしょォォォォ!!?」
俺は思わず叫んだ。
紅黒は大きな爪を地面に叩きつけるような仕草をしながら言った。
「そんなに驚くことか?お前は俺と戦って勝てばいい。それだけのことだ!」
「いやいやいや、ちょっと待て!なんでそうなるんだよ!」
「簡単な話だ。」紅黒は鼻を鳴らしながら続ける。
「俺様はお前の実力を試してやる。そして、お前が俺を操れるだけの器かどうか、見極める!」
「操る……?」俺は目を細めた。
「そうだ。」紅黒が力強く言う。
「お前が俺の力を完全に使いこなせるなら、その記憶とやらを教えてやる。だが、それができなきゃ俺様はお前を認めねぇ。」
「……認められなかったらどうなるんだ?」
「知らねぇな。」紅黒はあっさりと答えた。
「でも、ここで俺に負けるようじゃ、お前は俺に相応しくねぇってことだ。」
俺は深く息を吐き、拳を握った。
「分かったよ……やるしかないんだな。」
紅黒は鋭い笑みを浮かべながら、爪を研ぐような仕草を見せた。
「よぉし!じゃあ始めようぜ――俺様の試練をな!」
目の前の光踏獣がゆっくりと低い姿勢を取る。空間全体が震え始め、緊張感が一気に高まった――。
「覚悟しろよ、小僧!」
俺の試練が今、始まる――。
光踏獣・紅黒との試練
紅黒が前足を高く振り上げた瞬間、空間全体に重圧が走る。
「来るぞ――!」
その前足が地面を裂くような勢いで引っかかり、攻撃が連続して繰り出される。動きの一つ一つが速く、俺は回避のタイミングを見極めなければならなかった。
連続攻撃への回避と反撃
紅黒の爪が迫るたび、俺はギリギリで身をかわし、すれ違いざまに刀で斬撃を決める。空間を歪ませる力を使い、一瞬だけ攻撃の軌道を遅らせることで、回避の余裕を作り出した。
「ハッ!」俺は声を上げ、反撃を紅黒の腹に叩き込む。
紅黒が少しバランスを崩すが、すぐに体勢を立て直す。
「なかなかやるじゃねぇか!だが――まだまだこれからだ!」
咆哮による範囲攻撃
紅黒が前足を揃えた瞬間、彼の体がわずかに震える。
――次は咆哮か!?
紅黒が咆哮を放つと、空間そのものが揺さぶられるような衝撃波が襲ってくる。発生が早く、俺は咄嗟に回避が間に合わなかったが、ダメージはそこまで高くなかった。
「くっ……早いな……!」
紅黒はすかさず次の攻撃態勢に入る。
バックステップと回転攻撃
紅黒が後方にバックステップを取る。
「……この動き、次は回転攻撃だ!」
俺は構えを取りながら紅黒の次の動きを待つ。バックステップ後、紅黒は体をひねりながら回転し、爪で空間を引き裂くように攻撃してきた。
その回転軌道を読み切り、俺は攻撃を躱して懐に潜り込む。
「今だ――!」
空間を切り取り、その中の時間を遅らせた。紅黒の動きがわずかに鈍る。
「これで……決める!」
俺は切り取った空間内で一気に突きで腹に剣を刺す、紅黒の身体に連撃を加えた。
光の球による広範囲攻撃
紅黒が後ろ足で踏み込み、走り出す。すると、周囲に無数の光の球が現れ、そこから攻撃が飛んでくる。
「これが厄介だな……!」
光の球は宙を舞うだけでなく、地面を這うようにも動き、全方位から襲いかかる。俺は空間を歪ませる能力で、光球の一部の軌道を曲げたり、遅らせたりして回避を続けた。
「くそっ……どんだけ多いんだよ!」
一瞬の隙を突いて、紅黒が猛スピードで突進してくる。
「まだ終わらねぇぞ!」
俺も咄嗟に空間を凝縮し、空中に足場を作った。
紅黒の突進をかわし、そのまま空中に飛び上がる。光の球が追いかけてくるが、空間の歪みを利用してなんとか逃れる。
切り取った空間での決着
紅黒がさらに追いかけてくる。その巨体が空中に跳び上がり、俺に向かって爪を振り下ろした。
――今だ!
俺は空間を切り取り、その中の時間を完全に停止させた。紅黒の動きがピタリと止まる。
「止めだ――!」
その切り取った空間内で、俺は全力の攻撃を紅黒に叩き込む。攻撃の余韻が空間の外に響き、紅黒の巨体が地面に崩れ落ちた。
紅黒の言葉
紅黒はゆっくりと体を起こし、少し笑いながら俺を見た。
「ハハハ……いいじゃねぇか……お前、やるじゃねぇかよ。」
「これで……お前の力を使う資格があるってことか?」
紅黒は頷きながら言う。
「そうだ。お前は俺を乗りこなすだけの器を持っている。約束通り、少しだけ話してやるよ。」
俺は彼の言葉を聞きながら、また新たな真実に近づけることを期待していた――。
次回少しは主人公の秘密が明らかに……
主人公はかなり早めに記憶を取り戻す予定ではありますが、漂白者と旅は続けるのでストーリーは長いです。