記憶と護れる強さを求めて   作:時代に遅れている

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遅れましたが、明けましておめでとう御座います。
今年も宜しくお願いします。
リナシータのフィービーちゃんかわよ!
オリキャラ追加して、パーティー増やすか……


第三話 印の謎を求めて

紅黒は悠然と立ちながら、俺を見下ろすように言葉を発した。

「まず小僧。お前の能力と俺様についてだが……あのぶっきらぼうな女が言ったように『角』から譲り受けたもんだ……。」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は耳を疑った。

 

「角……今州の歳主『角』直々に能力を受け取ったっていうのか?」

 

紅黒は誇らしげに鼻を鳴らす。

「まぁ驚くのも無理はねぇか……なんてったって、この今州の神って言われている『角』直々に能力を頂いたとあっちゃな。」

 

頭の中で言葉がぐるぐると回る。――自分が今州の歳主と関わりがあったなんて。

 

剣技の記憶の謎

 

俺は喉元まで出かかっている質問を飲み込んで、まず気になっていたことを尋ねた。

 

「……なぁ、俺は昔、剣を扱う職業にでもついていたのか?」

 

紅黒は軽く首を振る。

「いんや、テメェはそんな職にはついていなかった。というかまだそのアメ玉をくれたガキと同じくらいもしかしたらそれより幼かったかもな」

 

「じゃあ……どうして剣を手にした時、懐かしい感じがしたんだ?」

 

紅黒は少し黙り込んだ後、鋭い目で俺を見つめながら答える。

「………それは小僧、テメェが俺とここで剣やその能力を使った特訓をしたからだ。」

 

「特訓……?」

 

紅黒は頷く。

「まぁこれもあの契約を守るために必要な代価として記憶を消されたみてぇだがな。」

 

その言葉に、俺はさらに深く切り込んだ。

「あの契約?あの契約って何だよ!?」

 

紅黒は鋭い笑みを浮かべながら、軽く前足を振った。

「おっと、口が滑った……。」

 

俺は苛立ちを覚えながら詰め寄る。

「答えろよ!紅黒!」

 

だが、紅黒は肩をすくめるようにして言った。

「まぁ俺の口から話せるのはここまでだな。」

 

 

紅黒は軽く地面を踏み鳴らし、声のトーンを少し落とす。

「後、これからは俺のことはいつでも呼んでくれて構わねえよ。俺様の力が必要なら、遠慮なく使え。」

 

俺はまだ聞きたいことが山ほどあった。

「おい!まだ話は――」

 

紅黒は俺の言葉を遮りながら、さらに付け加える。

「そうさなぁ……あの御者様――今は漂白者って言ったか?あのお方あっての今のお前だ。感謝しておくんだな。」

 

「漂白者……?」

 

紅黒はさらに続ける。

「そして……あの小娘だ。心の奥底では気づいてんじゃねぇのか?」

 

「……あの小娘?」俺は困惑しながら聞き返した。

 

紅黒はにやりと笑いながら背を向ける。

「じゃあな、小僧!」

 

再び現実へ

 

紅黒の姿が薄れていき、周囲の空間が歪むように崩れ始めた。俺は消えゆく紅黒の言葉に耳を澄ませながら、意識が次第に遠のいていくのを感じた――。

 

再び目を開けた時、俺は研究院の機器の中に横たわっていた。白芷が隣でモニタを見つめ、漂白者が無言で俺を見下ろしていた。

 

「おい、大丈夫か?」漂白者が軽く声をかけてきた。

 

俺は小さく頷きながら、紅黒の言葉が頭を離れないまま呟いた。

「……漂白者……それに小娘……。」

 

漂白者が眉をひそめた。

「なんだ?」

 

俺は軽く首を振り、頭を整理するように深く息を吐いた。

「いや、なんでもない……。」

 

――記憶の断片に触れたような気がする。でも、それが本当の記憶なのかどうかは、まだ白芷の検査を終え、デバイスの接続を解除されると、漂白者が俺に声をかけてきた。

「おい、陰風……どうだった?」

 

俺は軽く眉をひそめながら答える。

「分からない……。いや、何が起こったのかは覚えてる。けど、全部が断片的で整理できない。」

 

漂白者は少しだけ考える素振りを見せた後、話を始めた。

「俺も観測できない空間に飛ばされていた。そこでは……鎌を持つ巨大な残像に襲われたんだ。」

 

「鎌……残像?」俺は目を丸くして彼の言葉に聞き入った。

 

漂白者は冷静に話を続ける。

「ああ、奴は俺を仕留めようとしてきたが、目が覚めたところでその攻撃は途切れた。」

 

その言葉を聞き、俺は頭を抱えた。――俺と漂白者、二人とも異なる体験をしている。しかもどちらも現実離れしたものだ。

 

白芷の分析

白芷が腕を組みながら話し始めた。

「鎌を持つ巨大な残像……無冠者ではないわね。恐らく、それ以上に強力な残像でしょう。そして、陰風に関しては、喋る光踏獣……そもそも光踏獣は上乗山でしか見られないはず。それに、喋る残像なんて普通いないわ。」

 

俺は紅黒との会話を思い出しながら尋ねた。

「光踏獣……それは何なんだ?」

 

白芷は少し考え込みながら答える。

「光踏獣は、虹鎮の記録に、以下のように記されている。孤独を好み、いつも単独行動をする.....四つの爪があり、背中は鱗で覆われている......足跡は光るため、山の人々はそれを『光踏』と呼ぶ」と

その中でも異相の赤と黒の色をした光踏獣は今州の歳主『角』と同等の力を持つ特殊な残像よ。神話にも登場する存在で、一般の光踏獣は巨狼級であるのに対して彼は津波級、そして彼を実際に見たという話は非常に稀。」

 

漂白者が冷静に言葉を挟む。

「つまり、俺たちが体験したことは異常だということか。」

 

白芷は頷きながら補足する。

「ええ、これは疑似音場の稼働開始後、初めての事例よ。」

 

 

白芷はデータを見つめながら説明を続ける。

「音場は特定の場面を完全に再現できるの。良いも悪いも含めてね。そして、研究所が開発したこの疑似音場は、ソノラと同じ構造的特徴を持っている。」

 

俺は首をかしげた。

「それが今回の異常とどう関係しているんだ?」

 

白芷はモニタを指しながら答える。

「疑似音場が再現するのは記憶や心象風景。それに加えて、異常周波数が混入していた場合、その影響も加わるわ。」

 

「異常周波数……。」漂白者が呟いた。

 

白芷は頷きながら続ける。

「可能性として考えられるのは、あなたたちが『異常周波数』に影響を与えた張本人だということ。音場に入った際の心境や記憶が反映され、それが音場全体を再構築したのかもしれない。」

 

 

俺は腕を組みながら、自分なりに結論を出そうとする。

「俺はおそらく無意識で影響を与えただけだと思う。でも……漂白者に関しては……。」

 

俺は漂白者の方を一瞥した。

 

――こいつに関しては謎が多すぎる。俺の過去にも関わりがあると紅黒は言っていたが、具体的なことは何も分からない。それに、漂白者自身が覚えていないことも多い。この状況で推測を重ねても、真実には辿り着けそうにない――。

 

 

白芷が真剣な表情で言葉を続ける。

「……すぐに結論を出すことは不可能ね。とにかく、身体検査の結果を見る限り、二人とも健康そのものだったわ。全項目の指標が規定値を満たしている。」

 

俺は少しだけ安堵しながら答えた。

「それなら良かった。」

 

漂白者も小さく頷く。

 

白芷は再度注意を促すように言った。

「でも、何か異常を感じたらすぐ私に連絡して。いい?」

 

「分かったよ。」俺は軽く笑いながら返事をしたが、内心ではまだ不安が残っていた。

 

漂白者も静かに言葉を付け加える。

「ああ、了解した。」

 

白芷の言葉を胸に刻みながら、俺たちは再びこの奇妙な謎に向き合うことを決意した――。

モルトフィーが日時計を手に取り、俺たちの前に差し出した。

「預かっていた日時計をお返しします。」

 

秧秧がすかさず尋ねる。

「モルトフィーさん、測定の結果はどうでしたか?」

 

モルトフィーは淡々と結論を話す。

「この中は空洞です。ほら、軽く叩くとそれっぽい音がするでしょう?」

 

俺と漂白者は日時計を振ってみる。中から確かにカラカラと音が聞こえた。

 

モルトフィーはさらに続ける。

「また、これは精巧に作られた『榫(ほぞ)』という継ぎ手の機巧であることも分かりました。そして、中には小さな巻物のようなものが入っていることも測定結果で判明しています。」

 

欠けていたパーツの補完

 

モルトフィーが続ける。

「それから、この日時計にはパーツが二つほど欠けていました。」

 

俺は眉をひそめた。

「ですが?」

 

モルトフィーは少しだけ誇らしげに笑いながら言った。

「私の方でその作業は終わらせておきましたので、心配なく。」

 

俺は少し驚きながら呟く。

「モルトフィーって意外と……。」

 

秧秧がすぐに言葉を続ける。

「やっぱり情に厚い方なのですね。」

 

漂白者も軽く頷く。

「まだ組み立てのお願いもしていないのに、もう取り掛かっているのか。」

 

モルトフィーは完成した日時計を俺たちに見せながら言った。

「組み立て完了。これが日時計の元の姿です。」

 

日時計の使用準備

 

秧秧が興味深そうに訊ねる。

「もう回せますか?」

 

モルトフィーが頷く。

「はい。正しい方位と時間の情報を入手し、指針をそれに合わせれば、カラクリが解除されるはずです。」

 

俺は溜息をつきながら呟いた。

「なんかめんどくさいなぁ……無理矢理こじ開けるか。」

 

袖をまくり上げた俺を見て、漂白者が静かにたしなめる。

「おい……面倒くさがるな。」

 

漂白者は日時計を慎重に手に取り、ゆっくりと指針を回し始めた。

 

日時計と「地支」・「四象」

 

秧秧が考え込むように呟く。

「地支と四象……。」

 

「地支?」俺は首をかしげた。

 

秧秧が説明を始める。

「天干地支というのは瑝瓏特有の数詞ですね。主に暦法や算術、順番を示す際などに使われていましたが、今ではあまり使われていません。」

 

白芷が補足する。

「これは『瑝覧類書』の構築にも使われた、古から伝承された伝統的な方法よ。今でも瑝瓏の大多数の図書館で分類や索引に採用されているの。」

 

俺は分からない単語に少し困惑しながら尋ねる。

「こうらんるいしょ?それって何だ?」

 

漂白者が簡潔に答える。

「おそらく白芷が言っていた資料の分類方式のことだろう。」

 

秧秧が説明を補う。

「類書というのはデータベースのことです。一般的に、『瑝覧類書』は瑝瓏のメガデータベースの中枢を指しますね。」

 

白芷がさらに加える。

「院内の公衆資料室でも十二支を用いて資料を分類しているわ。だから、この日時計も同じ仕組みに基づいている可能性が高いわね。」

 

白芷「とにかく私はついて調べてくるから、あなたたちはアメ玉とか他の代物について調べて来なさい」

白芷は俺たちに日時計を預けながら、冷静に指示を出した。

「とにかく私はついて調べてくるから、あなたたちは飴玉とか他の代物について調べてきなさい。」

 

俺と漂白者、そして秧秧は早速資料室へと向かい、飴玉に関する情報を探し始めた。

 

飴玉の記録

秧秧が目を細めながら棚の中を探していると、突然声を上げた。

「ありました……『未』の列です。」

 

俺たちは彼女が取り出したファイルを囲み、その内容を読み進めた。

 

『アーカイブ:飴玉ワクチンと残像潮の戦いの関連記事』

概要にはこう書かれていた。

 

飴玉は、急性感染症「熱」に対応する口腔型ワクチンとして開発された。

熱は、主に6歳以下の子供に多い感染症で、発熱や重度の筋肉収縮を引き起こす。

飴玉状ワクチンは液体型よりも保存と輸送が容易であり、戦時中の医療物資として大いに活用された。

俺はその内容を読みながら思わず呟いた。

「飴玉が……医療物資だったなんて。」

 

秧秧が感慨深げに話す。

「悲鳴の後、人々の暮らしは日に日に厳しくなりました。そのせいか、幼い頃に味わったあの甘味は、今でもよく覚えています。」

 

彼女の言葉にはどこか切なさが滲んでいた。

 

その疫病は、共鳴者であるかどうかに関わらず、子どもが感染すると最悪の場合死に至る、というものでした。また、ちょうどその時期に発生した残像潮によって、外部との連絡が絶たれるという事件もありました。

秧秧が続ける。

「当時の人々は、資料に残る数字とわずかな説明からは想像もできない酷い苦痛を味わったのだと思います。自分の子供を臨床試験に使うなんて……もし失敗でもしたら……。」

 

漂白者がぽつりと呟く。

「でも、彼らは成功した。」

 

秧秧が力強く頷く。

「先駆者たちのおかげで、私たちの立つ『今』があります。そのことを決して忘れてはいけません。」

 

飴玉と共鳴者

さらに詳細な報告が続いていた。

 

飴玉状ワクチンの輸送には共鳴者が同行し、厳重に保護されていた。

輸送チームの記録には、未確認の共鳴者が登場している。その人物の特徴は、後の「最初の共鳴者報告」と非常に似ている。

秧秧が資料をめくりながら写真を指差す。

「写真が2枚、ありますね……。」

 

1枚目:研究員たちの集合写真

30代くらいのリーダーの女性を中心に、皆が笑顔で映っている。

 

2枚目:赤ん坊と飴玉

おくるみに包まれた赤ん坊の口元へ、飴玉が乗ったスプーンが差し出されている。スプーンを持つ細い手は、おそらく母親のものだろう。

 

俺はその写真をじっと見つめた。

 

漂白者が写真を見つめながら口を開く。

「この赤ん坊……撮影された日時を考えると、俺たちと歳が近いんじゃないか?」

 

秧秧が静かに答える。

「確かにその可能性はあります。でも……この子は漂泊者さんのような金色の瞳ではありませんね。」

 

俺は少し考えた後、ぽつりと言った。

「じゃあ、俺たちと飴玉が何で繋がっているのかは分からないままだな……。」

 

 

秧秧がふと思い出したように話題を変える。

「そういえば、未年には今州が設置されたんですよね?」

 

漂白者が別のファイルを見ながら補足する。

「未年というと、雲陵谷の戦いがきっかけで今州が設置された時期だ。」

 

秧秧が資料を指差しながら話を続ける。

「この飴玉も、その時期に開発されたものです。おそらく残像潮の被害を抑えるために作られたんでしょう。」

 

俺は飴玉に関する情報を読み直しながら、ふと疑問を感じた。

「でも、なんで俺たちの『印』に飴玉が使われてるんだ?ただの歴史的な物じゃないのか?」

 

漂白者が首を傾げる。

「確かに……その答えはまだ分からないな。」

 

謎の共鳴者と無冠者

さらに資料を読み進めると、記録の最後に奇妙な一文が記されていた。

 

未年の飴玉ワクチン輸送記録には、明らかに存在しないはずの人物が登場している。その共鳴者は、後のデータベースに登録されていない。

俺はその部分を指でなぞりながら呟いた。

「歴史に存在しない人物……?」

 

秧秧がふと思い出したように話題を変えた。

「そういえば、無冠者についても少し気になることがあるのですが……。」

 

漂白者が目を細めて聞き返す。

「無冠者……俺たちが雲陵谷で倒した奴のことか?」

 

秧秧が頷きながら資料を指差す。

「無冠者とは、戦争そのものの具現であり、戦死者の怨念と生き延びた者の恐怖から生まれたとされる残像です。そして、一部の研究者は無冠者が『鳴式』と関係しているのではないかと推測しています。」

 

俺は思わず聞き返した。

「鳴式ってなんだ?」

 

秧秧は少し困った顔をしながら説明する。

「簡単に説明すると『最強の残像』です。私たち人類はそれに抗うために『鳴式戦争』を起こしました。そして資料によれば、その戦争には角も姿を現しています。」

 

角が……?

 

俺は心の中で紅黒に問いかけた。

「おい紅黒、鳴式戦争に角が出たって本当か?」

 

紅黒の声が響く。

『嗚呼、何なら俺も出たがな』

 

紅黒の軽い返事に思わず眉をひそめる。

 

 

秧秧が再び飴玉に話を戻した。

「今分かっている情報は『未』だけです。これだけでは日時計のカラクリを解除するには不十分です。他の印にも隠されている情報を探る必要があります。」

 

漂白者が静かに口を開いた。

「日時計のカラクリを解除するための情報は、飴玉の手がかりを追うことでその一部を手に入れることが出来た。つまり、一つの印から複数の目的地へ辿り着くことも可能。また、一つの目的地で重要な情報を複数入手できることもある。」

 

俺はそれに続ける。

「令尹が俺たちに会いたい理由は、伝えたい情報があるからだ。俺が彼女に会いたい理由は、知りたいことがあるから。でも、彼女の伝えたいことと、俺の知りたいこと……この二つが同じとは限らない。」

 

秧秧が少し戸惑いながら尋ねる。

「それでも……令尹様の目的が見えてきたら、その意図に沿うべきなのでしょうか?」

 

漂白者が考え込むように答える。

「……それは俺たちが情報をどれだけ正確に読み解けるかにかかっているだろう。」

 

 

研究所に戻ると、白芷が既に待機していた。彼女は手元のデータを確認しながら俺たちに言った。

 

「こちらも検査の結果が出た。」

 

俺は少し緊張しながら尋ねた。

「どうだった?」

 

白芷が結果を冷静に説明し始める。

 

 

 

「このマンゴスチンは何の変哲もない普通の果物よ。このままでも食べられるくらい、普通の無毒無害なものだった。」

 

俺は拍子抜けしながら漂白者を見る。

「なんだよ……普通の果物か。」

 

「だけど、葉っぱの方は少し違う。」

 

白芷が紫の葉っぱを指しながら言う。

「非常に軽微な残像波数が検出された。それに、相殺されていて見えづらいけど、2つの周波数が共存している。」

 

俺は眉をひそめた。

「共存……2つの周波数が一緒にあるってことか?」

 

白芷が頷く。

「どちらもめったに見かけないものよ。また、検出された周波数は拡散状だったので、残像の接触による残留の可能性は極めて低い……つまり、普通の葉っぱでもなく、残像の擬態でもない。」

 

漂白者が葉っぱをじっと見つめながら尋ねる。

「過去のデータには該当しないのか?」

 

白芷は少しだけ考え込んだあと、続けた。

「データを照合した結果、『海蝕』の影響を受けた地域のものと推測できるわ。」

 

海蝕現象とは

 

「海蝕?」俺はその言葉を繰り返した。

 

秧秧が補足して説明する。

「海蝕は表後に発生した異変に対する総称です。無音区を始め、天空海、遡廻雨、重力喪失……在りし日には起こりえなかった異変のことを『海蝕現象』と呼びます。」

 

「そして、悲鳴はそのすべての異変の元凶となるものです。」

 

「悲鳴か……」俺はその言葉を反芻した。

 

飴玉の真実

 

白芷が続けた。

「飴玉についても成分分析を行ったわ。その結果、これはただの飴ではなく、経口のワクチンであることが判明した。」

 

「やっぱりか」漂白者が目を細める。

 

白芷が資料を指しながら説明を続ける。

「このタイプのワクチンは低温保存したところで精々2年しか持たないのだけれど……これは期限切れから20年も経っているわ。」

 

「20年も……」俺は呆然とした。

 

秧秧が少し考え込んだ表情で言った。

「そんなに長い間経っているのに、保存状態が良好で、残像潮の記録と一致しているというのは……偶然ではない気がします。」

 

漂白者は飴玉をじっと見つめながら一言。

「この飴玉がなぜ渡されたのかわかった。が、……他の印については収穫なしとは……」

 

俺も頷いた。

「確かにな……。」

 

 

全ての報告を受け取った後、白芷がまとめるように言った。

「検査結果はこんなところね。この情報を元に次の調査を進めてちょうだい。」

 

俺たちは白芷に礼を言い、研究所を後にした。

 

研究施設を出た瞬間、俺は深呼吸をして気持ちを切り替えた。

「次は何をするかだな……漂白者、お前はどう思う?」

 

漂白者はしばらく考えた後、静かに言った。

「まずは印の手がかりを追う。それが今やるべきことだ。」

 

研究所を後にすると、熾霞が両手を広げながら元気よく現れた。

 

「お仕事を終えたあたしが来た!どう?漂泊者と陰風の体の具合は?」

 

俺は疲れた体を伸ばしながら答えた。

「まあ、疲れたけど、大丈夫かな。」

 

少し間をおいて、「っていうか、どこぞの平和の象徴みたいな登場しなくても……」と呟いた。

 

漂白者が軽く肩をすくめて言う。

「お年寄りじゃあるまいし。活き活きしてる。」

 

秧秧も笑顔で答えた。

「白芷によると、健康そのもので異常はないんですって。」

 

俺が軽く息をつきながら聞いた。

「そっちはどうだった?」

 

 

熾霞が指を数えながら話し始める。

「至って普通の一日だったね。強いて言えば、陳皮おじが張さん家のネコとぶつかって転んじゃったとか、ワンちゃんが通行人に吠えるって苦情があったからちょっと行ってみたとか……」

 

彼女が少しだけ真剣な顔になって続けた。

「あ、あと、失踪届が1件あったかな。ちょっと調べてみたけど、どうもあんたたちとは関係ないみたい。明日、直接届出人のところへ行って色々と聞かなきゃ。」

 

漂白者がふと目を細める。

「失踪届か……関係がないとはいえ気になるな。」

 

熾霞は軽く手を振って笑い飛ばした。

「まあまあ、大したことないよ。それより、今日のデバイス検索でも新しい情報は何もなし!履歴にあったのは、今日一緒に登録した1件だけ!」

 

俺は彼女の話を聞きながら欠伸を噛み殺し、一言。

 

「聞くだけで眠気を催すような一日だった……」

 

漂白者が淡々とした声で呟く。

「まぁ、今日は色々あったからな。」

 

攀花食堂の提案

「でもさ、美味しいモン食べに行くって約束したし!」熾霞が急に笑顔で提案する。

「明日、あたしの出勤前にみんなで攀花食堂に行こっか!」

 

「ああ約束だ……ところで他に今できることは?」俺がそう聞くと、彼女は少し考え込んでから答えた。

 

「うーん、後はもうお家に帰って寝るくらいかな。それとも、これから何かしたいことでもあんの?」

 

俺は腕を組みながら、ふと提案した。

「夜は残像狩りに最適だ。」

 

漂白者がジト目で俺を見つめる。

「おい……さっきまで眠りたいって言ってただろ。」

 

俺は肩をすくめて笑う。

「それはそれ、これはこれだ。」

 

熾霞が笑いながら茶化す。

「いや、あんた、いい夜帰になるかもな。あ、違う、夜“不帰”の方が正しいかも。」

 

 

秧秧がふと思い出したように聞いてきた。

「漂泊者さん陰風さん、今夜泊まる場所はありますか?」

 

俺が答えようとする前に漂白者が静かに答える。

「散華が部屋を用意してくれたからな。辺庭に泊まる。」

 

それを聞いて、秧秧は少し肩を落としたように見えた。

 

熾霞が目を丸くして言う。

「完全に大物扱いされてるじゃん!」

 

「まあまあ。」俺が手を軽く振ると、熾霞が時計をちらりと見た。

「もぉー、このままだらだらしてたら朝になっちゃうよ。今日は漂泊者を部屋まで案内して、後は明日のあたしたちに任せよう!」

 

俺は少し迷ったが、漂白者と目を合わせて頷く。

「ありがとう。でも……しばらく二人にしてくれないか?」

 

 

熾霞と秧秧と別れた俺たちは、夜風を感じながら研究施設を歩いていた。

 

ふと、漂白者が立ち止まった。

「……気配を感じる。」

 

俺も何かを感じ取り、屋根の方を見上げる。

だが、そこには何もいなかった。

 

漂白者が静かに周囲を見渡し、警戒を解く。

「……気のせいかもしれないな。」

 

俺はしばらく屋根を見つめていたが、何も起きないことを確認すると首を振った。

「そうだな、一旦辺庭に戻ろう。」

 

 

辺庭の部屋に着くと、漂白者が俺の袖を引っ張るようにして言った。

「いいから寝ろ。」

 

「でも、残像狩りの方が……」俺が反論する間もなく、漂白者が俺を引きずるようにしてベッドに押し込む。

「明日に備えろ。」

 

仕方なく俺は目を閉じた。

 

静寂の中、俺たちは明日への思いを胸に眠りについた。

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