記憶と護れる強さを求めて   作:時代に遅れている

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人の心は移ろい行くもの

残像たちが一斉に飛びかかってきた瞬間、俺は地を蹴り、刃を横に払った。迅刀の切っ先が空間を裂き、最前列にいた残像が一瞬で両断される。

 

だが、次から次へと湧き出るように現れる残像が、まるで群れを成す獣のように俺へと襲いかかる。

 

陰風「チッ……しつけぇな。」

 

間髪入れずに回避し、連撃を叩き込む。残像の腕が飛び、体が裂け、黒い霧となって消えていく。

 

それでも、奴らの動きは単なる群れではなかった。意思を持つかのように、俺の動きを封じるような立ち回りを見せる。背後を取られ、数体の残像が一斉に腕を振り下ろしてきた。

 

陰風「……!」

 

ギリギリのところで前転して回避し、立ち上がりざまに地を蹴る。残像たちの包囲を抜け、また一閃。だが、切っても切っても湧き続けるこの状況に、嫌な感覚が背中を這い上がった。

 

赤い衣服の少女は、彼岸花を手に優雅に佇みながら、微笑を浮かべている。

 

???「ふふ、まだまだね。もっと楽しませてくれなきゃ。」

 

俺は歯を食いしばり、残像を蹴散らしながら動きを探る。だが――

 

残像の波に飲まれるように、俺の姿が埋もれた。

 

覆い尽くされた視界の中、残像の腕が絡みつく感覚。

 

???「なーんだ。この程度?」

 

少女の声が、呆れたように響いた。

 

「つまらないわね、せっかく期待したのに――」

 

その瞬間だった。

 

ピキン――

 

世界が静止する。

 

時間を止めた俺は、一瞬で空間を切り取り、移動する。

 

次の瞬間、覆い尽くしていた残像たちは、その場に崩れ落ちるように断ち切られた。

 

何が起こったのか理解できず、少女の表情が驚きに染まる。

 

だが、それすらも束の間――

 

俺はすでに彼女の目の前にいた。

 

空間移動で彼女の間合いに入り、迅刀を振るう。

 

「――!」

 

彼女はすぐに後方へ跳んだが、俺の刃は確かに何かを切り裂いた。

 

ふわり、と舞う紅い花弁。

 

彼女が手にしていた彼岸花が、根元から切り落とされていた。

 

少女は一瞬、自分の手元を見て、ふっと微笑む。

 

???「そう……貴方は、楽しみに取っておくわ。」

 

そう呟くと、彼女の姿がかき消えるように消えていった。

 

残されたのは、散らばる彼岸花の花弁と、静寂だけだった。

 

陰風「……チッ、逃げたか。」

 

刀を振り、残った花弁を払い落とす。

 

紅黒『……小僧、どうする?』

 

陰風「決まってる。漂白者を迎えに行く。」

 

静かに剣を収め、俺は祈池村へと足を向けた。

 

祈池村へ辿り着いてまもなく、小柄の残像に出会う。

 

俺は咄嗟に刀を構えるが、

 

残像「た、たす、たすけて」

 

俺「?」

 

残像「たす、たすけて」

 

俺は不思議に思った。残像が喋るのは、強い力を持ったものだと聞いていたからだ。

 

残像も襲うつもりがないようだったので、紅黒に尋ねる。

 

陰風「なぁ紅黒、弱い残像でも喋って人を襲うことがないことなんてあるのか?」

 

紅黒『無いわけじゃないが、角に聞いたことがあるだけだ。おそらく、こいつは人が残像になった奴じゃねぇか?って思う。』

 

陰風「……人が残像になった?」

 

紅黒『ああ。死んだ人間の怨念や執着が、残像へと変わることがあるらしい。まぁ、詳しいことは角にでも聞かなきゃ分からねぇが……』

 

目の前の小柄な残像は、俺を警戒するように身を縮こまらせたまま、ただひたすらに「助けて」と繰り返している。

 

まるで、まだ"人"だった頃の意識を引きずっているかのように。

 

陰風「……お前は誰だ?」

 

残像「た……すけ……て……」

 

問いかけても、帰ってくるのは同じ言葉ばかり。意志があるのか、それともただの反復か――判断がつかない。

 

 

 

残像が先に進んで止まり、俺の方を向いてくるよ。

 

陰風「どういうことだ?」

 

紅黒『お前を仲間の場所まで案内してくれるのかもな』

 

 

俺は刀を収め、小柄な残像をじっと見つめた。

 

陰風「……ついて行くか。」

 

紅黒『ほう?お前にしちゃ慎重だな。』

 

陰風「ここでこいつを無視するのも気味が悪いしな。それに……」

 

目の前の残像は、俺をじっと見つめているように見えた。普通の残像なら、迷うことなく襲いかかってくるはず。それが、何度も「助けて」と訴えながら、俺をまるで"導こう"としているように見える。

 

紅黒『ま、せいぜい罠に気をつけろよ。』

 

陰風「言われなくてもな。」

 

俺は一歩踏み出し、残像のあとを追った。

 

***

 

残像はゆっくりと村の奥へと進んでいく。

 

道中、崩れかけた家屋や朽ち果てた畑が広がっていた。風が吹くたび、壁に残った紙がはためき、かすれた文字が見え隠れする。

 

まるでここにかつて"暮らし"があったことを語るかのように。

 

陰風「……ここ、本当に村だったのか?」

 

紅黒『ああ、そうみてぇだな。けど、人の気配はまるでねぇ。』

 

まるで長い年月の果てに、村ごと"消された"かのように静まり返っている。

 

小柄な残像は足を止め、ぼんやりとこちらを見上げた。

 

陰風「ここが目的地か?」

 

だが、残像はただ震えながら、小さく首を振る。

 

陰風「……違うのか?」

 

紅黒『どうやら、まだ先があるみてぇだな。』

 

俺は軽く息をつき、残像の示す方向へと歩みを進めることにした。

 

この村に何があったのか、そして"こいつ"が何を伝えようとしているのか――

 

それを確かめるために。

 

俺は目の前の光景に目を奪われた。

 

村の中心地らしき場所に到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。

 

赤く燃え盛るトランプが宙に浮かび、絡み合うようにして巨大なドームを形成している。そのドームの表面には、どのカードにも共通して羊の紋章が刻まれていた。まるで何かの"結界"のように、村の中心を覆い尽くしている。

 

陰風「……これは何だ?」

 

紅黒『ふん、厄介な代物だな。』

 

中を覗き込むと、そこでは秧秧が戦っていた。

 

彼女は迅刀を巧みに振るいながら、共鳴能力――風を操る力で竜巻を形成し、目の前のドームに向かって攻撃している。

 

彼女の敵は人影のような残像だった。

 

それはまるで仮面をつけた道化のような姿をしており、トランプのドームと何かしらの関係があるように見えた。

 

陰風「おい!大丈夫か?」

 

秧秧「陰風さん!?どうしてここに」

 

陰風「嫌な予感がしたからきただけさ。」

 

秧秧「漂白者さんが、残星組織「フラクトシデス」に囚われてしまったんです!!」

 

陰風「アイツが?」

 

秧秧「正確にいうと幻想に囚われている感じですが、中々壊せなくて……」

 

陰風「そうか……」

 

迅刀に力をを貯めて構える。『虚空断絶』

 

陰風「一撃で壊す」

 

秧秧「無茶です!!相手は人間と残像を融合させようとする狂的な組織に所属し監察を務める人物。

残忍で非道な性格から「全ての秩序を破壊し悪行に興じる混沌と狂乱の代弁者」として名を轟かせているスカー相手の結界に一撃で壊そうとするなんて……」

 

陰風「だからこそ、一撃で壊すんだろ。」

 

俺は迷わず迅刀に力を込めた。

 

刀身がわずかに空間を歪ませるように揺らぐ。そこへ更に力を注ぎ込み、"虚空断絶"の準備を整える。

 

秧秧「でも……!!」

 

秧秧は焦ったように俺を止めようとするが、俺はそれを制するように言った。

 

陰風「確かに相手は厄介かもしれねぇ。でもな、アイツを囚えてるのが"幻想"なら、現実の俺がぶっ壊してやるだけだろ。」

 

秧秧「……っ!!」

 

俺は目の前の燃え盛るトランプのドームを睨みつけた。

 

中に囚われている漂白者――そして、"フラクトシデス"という組織の名前。

 

人間と残像を融合させる狂気の集団。その監察役を務める"スカー"とやらが作った結界。

 

ならば、俺のやることは一つだ。

 

陰風「**斬る。**それだけだ。」

 

刹那、俺は刀を振り抜いた。

 

――"虚空断絶"。

 

空間そのものを断ち切る一閃が、ドームへと奔る。

 

ズガァァァァァン!!

 

轟音と共に、トランプのドームに亀裂が走る。

 

秧秧「そんな……!!」

 

俺の"虚空断絶"は確かに結界にヒビを入れたが、反動が想像以上に重かった。

 

全身に電流が走るような感覚がして、思わず片膝をつく。

 

陰風「チッ……やっぱ一撃でぶっ壊すってのは、楽じゃねぇな……」

 

手の震えを抑えながら、すぐにもう一度斬り込もうとするが、体がまだついてこない。

 

秧秧「陰風さん、大丈夫ですか!?」

 

俺が返事をするよりも先に、目の前のトランプのドームに異変が起きた。

 

――ギシギシギシ……バキィィィン!!

 

ひび割れた結界がまるで崩壊を待ちわびていたかのように、一気に瓦解する。

 

燃え盛るトランプの破片が空へと舞い、幻想の檻が解けていく。

 

漂白者の姿が、ゆっくりとそこに現れた。

 

陰風「ハッ……どうやら、"一撃"で十分だったみてぇだな。」

 

秧秧が安堵の息を漏らす。

 

「スカーの幻境を破りました。これで少しは……」

 

俺は肩をすくめながら、少し不満げに言った。

 

「破ったのは俺なんだけど?」

 

漂白者も息を整えながら、軽く苦笑する。

 

「嗚呼、助かった。」

 

その瞬間、場の空気が変わった。

まるで舞台に主役が登場するかのように、皮肉めいた声が響き渡る。

 

「いやぁ、驚いたよ。まさか"監察"の俺が、こんな派手に歓迎されるなんてさ。」

 

赤黒いマントを翻しながら、男がゆっくりと姿を現した。

その顔には、余裕と悪意が入り混じったような笑みが浮かんでいる。

 

「……お前がスカーか。」

 

自然と刀を握る手に力がこもる。

 

「お二人に近づかないで!」

 

秧秧が前に出て迅刀を振るい、スカーとの距離を取ろうとする。

 

しかし、スカーは軽く肩をすくめると、余裕そうに言った。

 

「俺と漂泊者、二人きりにしてくれるって約束だったよな?」

 

その言葉に、もう一人の赤衣の女が静かに口を開く。

 

「条件付きでね。」

 

俺はその女を睨みつける。

 

漂白者を囚えていたやつだ。

 

「変なアドリブは入れないで。困るわ。」

 

赤衣の女はスカーを窘めるように言った。

 

「フフ、そんなに急いでお前の脆い『完璧な楽章』を守らなくてもいいじゃないか。」

 

スカーが笑いながら、まるで何かの演劇でもしているかのように優雅な仕草で言葉を続ける。

 

「……加減は分かっている。わざわざ言わなくてもいい。」

 

こいつら……何を企んでいる?

 

「お前………!?」

 

思わず声を荒げる俺に、スカーがニヤリと笑って首を傾げる。

 

「お前の知り合いか?」

 

「うん、中々面白かったよ。」

 

赤衣の女が、まるで玩具を気に入った子供のように楽しげに笑う。

 

「あなたも気にいると思うわ。」

 

「フーン……」

 

スカーは興味なさげに肩をすくめるが、その瞳は俺をしっかりと捉えていた。

 

「空間操作と時間を操る能力……角の力が関係してるのかも。」

 

その言葉に、スカーの表情が僅かに強張る。

 

「!?」

 

やはり、こいつらは知っているのか。

 

「漂泊者、どうやら今回の"デート"は……これで終わりのようだ。」

 

スカーは漂白者の方を向きながら、楽しげに宣言した。

 

「ただし、俺が言ったことを忘れるな。」

 

どこか挑発的な口調で、スカーは続ける。

 

「天からの賜り物、公正公平な取引、それとも一攫千金の博打……」

 

その目は、獲物をじっくりと追い詰める捕食者のようだった。

 

「さあ、お前は最後に何を選ぶのか。今から楽しみで仕方ない。」

 

その声には、確かな期待と嘲笑が混じっていた。

 

「お前は賢いから、そう簡単には決められないだろうな。」

 

そう言うと、スカーはゆっくりと振り返り、俺をじっと見つめた。

 

「そして、そこのお前。」

 

俺の心臓が一瞬だけ高鳴る。

 

「今度は、お前も俺を楽しませてくれよ。」

 

言い終えた瞬間、スカーの背後に紅蓮の炎が巻き起こる。

炎が渦を巻きながら扉を形作り、それがスカーを包み込んでいく。

 

俺は思わず前に出ようとするが、その時にはもう遅かった。

 

スカーは薄ら笑いを浮かべたまま、炎の向こう側へと姿を消した。

 

スカーが去った後

 

謎の残像:キキ、キキ・・・・・・おに…・・・お兄ちゃん…・・・・・。

秧秧(ヤンヤン):え、どうしてここに?

 

陰風コイツが俺をここまで案内してくれたんだよ

 

▶秋秧(ヤンヤン):これほどの知能を持つ残像は初めて見ました・・・・・。

秧秧(ヤンヤン):でも、「お兄ちゃん」って....まさか.....?

 

陰楓:スカー・・・・・・お兄ちゃん!?

 

心の中え?マジで!!

 

秧秋(ヤンヤン):可能性はあります、スカーも昔ここに来てたのですから・・・・・・。

▶秋穂(ヤンヤン):それより・・・・漂泊者さん、に陰風さん私が来るまでに何があったのですか?

 

これまでの出来事や手がかりについて話した。

 

俺と秧秧が漂白者に視線を向けると、彼はスカーとのやり取りを思い返すように静かに息をついた。そして、簡潔にまとめて話し始めた。

 

漂白者:「スカーは"答え合わせ"をすると言ってきた。祈池村で起きた出来事を"物語"に例えてな。」

 

 

漂白者:「奴の物語はこうだ。子ヤギ"たちは願いを叶えてもらうために"ヤギ飼い"を頼ったが、結局その対価を理解しないままに犠牲を生み続けた。そして、ルールを破った"黒ヤギ"を生贄に捧げることで秩序を保った。」

 

秧秧は困惑した表情を浮かべながら口を開く。

 

秧秧:「つまり……村人たちは、誰かを犠牲にすることで均衡を保とうとしたってことですか?」

 

漂白者は静かに頷き、続ける。

 

漂白者:「そういうことだ。そしてスカーは"ルールを破る者"、つまり"黒ヤギ"の側だったと言った。」

 

俺は鼻を鳴らし、皮肉めいた口調で言う。

 

陰楓:「つまり、ヤギ飼いじゃなくて、"反逆者"だったってことか。」

 

漂白者は少し考え込みながら言葉を選ぶ。

 

漂白者:「スカーは、既存のルールそのものを壊そうとしている。"黒ヤギ"としてな。」

 

秧秧は眉をひそめた。

 

秧秧:「そんな……じゃあ、祈池村で起こった悲劇も、スカーにとっては"当然の結果"ってことなんですか?」

 

漂白者は微かに目を細め、低い声で答える。

 

漂白者:「……あいつにとっては、因果応報に過ぎないらしい。」

 

俺は苛立ちを覚えながら地面を蹴る。

 

陰楓:「クソッタレな考え方しやがる。そんなのただの開き直りだろ。」

 

漂白者は無言のまま視線を落とした。

 

漂白者「ところでお前は何かあったのか?」

 

俺は漂白者の問いかけに肩をすくめ、祈池村に辿り着くまでの出来事を簡潔に説明した。

 

陰楓:「まぁ、嫌な予感がしてな。お前がデートしてる間に俺も少し騒がしい連中と遊んでたわけだ。」

 

 

漂白者は少しだけ眉を上げたが、何も言わずに続きを促す。

 

陰楓:「村に近づくにつれて、残像の数が増えてきてた。でも、倒してるうちに違和感があったんだよ。」

 

俺は剣の柄を軽く叩きながら言葉を続ける。

 

陰楓:「コイツら、妙に連携が取れてやがった。残像に意思なんてねぇはずなのに、まるで統率されてるみたいにな。」

 

秧秧が驚いたように目を見開く。

 

秧秧:「えっ……!?でも、そんなの普通は……」

 

陰楓:「そう、普通はあり得ねぇ。でも実際にそうだったんだよ。」

 

漂白者は腕を組みながら、少し考え込むように視線を落とした。

 

漂白者:「残像同士が協力する……となると、誰かが操っていたか、まさか……」

 

陰楓:「……お前の察しの通りあの様子を見るにあの女が主犯だろう」

 

漂白者は黙ったままだったが、その沈黙が逆に肯定しているように感じられた。

 

俺は深く息を吐き出し、話を続ける。

 

陰楓:「で、そのまま進んでたら、倒した残像の一体に目を奪われた。そいつの体に、"彼岸花"が咲いてたんだ。」

 

漂白者の表情がわずかに変わる。

 

漂白者:「……彼岸花?」

 

陰楓:「ああ。そしてその直後に、そいつと同じ花を持った女が現れた。」

 

俺はその時の光景を思い出す。赤い衣服を纏い、どこか妖しげな雰囲気を漂わせた女——まるで残像と同じような、異質な存在。

 

陰楓:「あの女、お前のことを"同僚が遊んでる"とか言ってたな。つまり、スカーの仲間ってわけだ。」

 

漂白者は短く息をつき、低く呟いた。

 

漂白者:「……フラクトシデスの監察か。」

 

秧秧が不安そうに口を挟む。

 

秧秧:「それで、どうなったんですか?」

 

陰楓:「ま、最初は適当に相手してやるつもりだったけど、そいつが妙な動きをしやがってな。」

 

秧秧:「妙な動き?」

 

陰楓:「ああ。そいつ、残像を湧かせるだけじゃなくて、戦いの最中に妙な言葉を口にしたんだよ。"角の力が関係してるかも"ってな。」

 

漂白者の目が鋭く細められる。

 

漂白者:「……角、か。」

 

陰楓:「ま、お前も知っての通り、俺は面倒くさいことが嫌いだからな。さっさとケリをつけようと共鳴能力を使って全部斬り捨ててやった。」

 

秧秧「ぜ、全部ですか!?」

 

陰楓:「ああ。結界ごとぶっ壊してやったさ。でも、その女は避けやがった。ただ、持ってた彼岸花だけは切れた。」

 

俺は肩をすくめ、最後のやり取りを思い出しながら言う。

 

陰楓:「そしたら、そいつは"あなたは楽しみにとっておくわ"とか言いながら消えやがった。」

 

漂白者と秧秧はしばらく沈黙していた。俺の話を整理しているのだろう。

 

漂白者:「……なるほどな。つまり、お前も"目をつけられた"ってことか。」

 

陰楓:「ったく、勘弁してほしいぜ。」

 

俺は大きく伸びをしながら言ったが、胸の奥に残る妙な違和感が消えることはなかった。

 

 

「とにかく、彼の言葉の真意を確かめるには、儀式の現場を調査するしかありません。」

 

漂泊者が頷く。「ああ、行ってみよう。」

 

俺も腕を組みながら考える。この場にいるメンツだけで十分だが、どうするか。

 

「……お前も来るか?」

 

俺はちらりと視線を横に向け、静かに佇む"それ"を見た。俺たちをここまで導いた謎の残像は、何も言わずにただ、じっとこちらを見つめている。

 

まるで、最初から同行するのが決まっていたかのように。

 

秧秧が辺りの空気を読むように手をかざし、何かを感じ取るように目を閉じる。

 

「残像周波数の痕跡が二つ……そういうことですか。」

 

「どういうことだ?」と俺が問いかけると、秧秧は洞窟の奥を指差した。

 

「風が導く方向は……あちらです。行きましょう。」

 

漂泊者が低く呟く。「……南か。」

 

俺たちは、風が示す方向へと歩を進めた。

 

しばらく進むと、秧秧がふと立ち止まり、漂泊者に視線を向ける。

 

「漂泊者さん、前に見つけた木札を出してくれませんか?」

 

漂泊者は無言のまま、懐から木札を取り出した。

 

秧秧はそれをそっと受け取り、目を閉じる。

 

「……やはり間違っていませんね。ここには、木札と同じ"流れ"があります。」

 

「"流れ"ってのは?」と俺が聞くと、秧秧は真剣な顔で木札を見つめながら答えた。

 

「共鳴の痕跡。木札のもう片方がここにあるのなら、儀式に関係する何かが分かるはずです。」

 

漂泊者が木札を持ったまま、目の前の仕掛けを見つめる。そして、静かにそれを所定の位置に置いた。

 

すると——

 

ゴゴゴ……

 

地響きのような低い振動音が洞窟内に響く。

 

秧秧が指を差した。「見てください、水位が下がっています。」

 

確かに、洞窟の入り口には水が張っていたはずなのに、今はすっかり引いている。

 

露わになった階段を降り、俺たちはさらに奥へと進んだ。

 

「……下にこんな空間があるなんてな。」

 

俺は周囲を見渡す。湿気に覆われているはずの地面は、異様なほど乾燥していた。

 

「変ですね、水の下にあったというのに乾燥していて、水溜り一つありません。植物もよく育っています……」

 

秧秧は慎重に周囲を観察している。

 

「これもスカーの仕業か?」と俺が呟くと、彼女は少し考えてから首を振った。

 

「……いえ、彼の能力は空間の移動に関する物なので関係ないかと……」

 

 

 

俺たちはさらに洞窟の奥へと歩みを進める。

 

やがて目の前に現れたのは——

 

「……あの木、綺麗だな。」

 

洞窟の中心にそびえる一本の大木。その幹には赤黒い紋様が浮かび上がり、まるで血管のように脈打っているようにも見える。

 

「ですが……綺麗だからこそ……恐ろしくも見えます。」

 

秧秧の声がかすかに震えているように聞こえた。

 

その時——

 

「……た……すけて……」

 

俺たちの背後から、微かに聞こえる声。

 

俺はすぐに振り向き、剣に手をかけた。

 

「誰だ?」

 

しかし、そこにいたのは——俺たちをここまで導いてきた、あの残像だった。

 

「……助けて……」

 

秧秧が慎重に歩み寄る。「私たちに何か伝えようとしている……?」

 

すると、残像はゆっくりと俺たちの前を歩き出した。

 

「……案内か?」

 

俺は警戒を解かないまま、漂泊者と視線を交わす。

 

彼もまた、無言のまま残像の動きを見守っていた。

 

しばらくその後をついて行った。

 

俺たちが立ち止まると、地面の片隅に何かが落ちているのが目に入った。

 

「……これは、日記か?」

 

俺はそれを拾い上げ、ゆっくりとページをめくった。

 

かすれた文字で、こう綴られていた。

 

「村のみんなが無事でありますように。」

 

「最後まで……あの女の子は、村の人たちの無事を願っていました。」

 

秧秧が小さく呟く。

 

「でも、誰かの犠牲によって、人が救われることなんてありません……」

 

俺はその言葉を聞きながら、手にした日記をじっと見つめる。

 

そして、ふと脳裏に浮かんだ"ある仮説"に、ぞっと背筋が冷えた。

 

まさか——。

 

俺はゆっくりと、傍らの残像へと目を向けた。

 

日記を見せつけながら、静かに問いかける。

 

「……お前、この日記の女の子じゃねぇよな?」

 

秧秧が不安そうな声で俺を呼んだ。

 

「陰風さん、それは……」

 

漂白者は俺の様子をじっと見た後、静かに言う。

 

「ここはあいつに任せよう。」

 

俺の問いかけに、目の前の残像は何も答えなかった。

 

ただ、淡く揺れる光の輪郭を震わせながら、じっと日記を見つめている。

 

まるで、そこに記された言葉を懐かしんでいるように——いや、必死に何かを思い出そうとしているようだった。

 

俺はその様子を見て、確信する。

 

「………決まりだな。」

 

心の中で紅黒に呼びかける。

 

『なあ紅黒……時の力でコイツを元の姿に戻すことはできるか?』

 

だが、返ってきた答えは予想外のものだった。

 

『お前の力じゃ無理だな。』

 

『……何故だ?』

 

紅黒は短く息をつき、説明を始める。

 

『そいつは空間の力を使ってガキの周波数と、他に混ざり合った——つまり、残像としての周波数を取り除きながら時の力で人間の姿に戻す必要がある。その両方を極めてないとできねぇんだよ。』

 

『何……?』

 

『普通のやつは、一つの力しか持たねぇ。だからこそ、その力を極めることができる。』

 

紅黒の言葉に、嫌な予感がした。

 

『だが、お前は違う。お前は時の力と空間の力、二つを所持してる。授けた主がいくら最強だろうと、お前ら人間には“器の限界”ってものがあるんだよ。』

 

俺は息を飲む。

 

『つまり……時の力だけを持つ能力者と、空間の力だけを持つ能力者の二人がいないと、コイツを戻すのは不可能ってことか……?』

 

『そう早まんな。』

 

紅黒が俺の考えを遮るように、低く言った。

 

『お前の力じゃ無理だ。って言ってんだよ。』

 

——なら、どうすればいい?

 

そう問いかけようとした瞬間、紅黒が不敵に笑った。

 

『俺が力を貸してやる……』

 

俺は紅黒の言葉に思わず息をのんだ。

 

「……お前が?」

 

『ああ。お前だけじゃ無理だが、俺の力を使えば話は別だ。』

 

紅黒の声はいつになく真剣だった。

 

『俺が空間の力を制御する。お前は時の歪みを取り除くことに集中しろ。それなら……可能性はある。』

 

確かに、俺一人では手が届かない領域だったかもしれない。

 

でも、紅黒が力を貸してくれるなら——

 

「……やるしかねぇな。」

 

俺は深く息を吸い込み、残像に向き直る。

 

「お前、戻りたいか?」

 

静かに問いかける。

 

残像は、光の輪郭をふわりと揺らしながら、ゆっくりと俺の方へと顔を向けた。

 

「……もど、りたい……」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は剣を握り直し、空間の歪みを感じ取る。

 

「紅黒、いくぞ。」

 

『チッ……面倒くせぇこと押し付けやがって。——だが、やってやるよ!』

 

紅黒の気配が俺の右腕に集まり、空間がわずかに震えた。

 

俺は全神経を研ぎ澄まし、空間と時の力を操る——

 

これは、ただの戦いじゃない。

 

"存在を取り戻す"ための、力の行使。

 

「——始めるぞ。」

 

俺と紅黒の共鳴が、新たな一歩を刻もうとしていた。

 

空間の歪みを視る。

揺らめく残像の輪郭、その内側に絡みつく不安定な波長——これを取り除かなければならない。

 

紅黒の力が俺の腕を伝い、僅かに鼓動するのを感じた。

 

『……準備はいいな?』

 

「ああ。」

 

俺は迅刀を構える、呼吸を整える。

 

この迅刀で切るのは敵じゃない。

 

残像の奥にある"人"を取り戻すため、余計なものを削ぎ落とす。

 

「……いくぞ。」

 

俺が剣を振るうのと同時に、紅黒の時の力が溢れ出した。

 

時の流れが鈍くなる。空間の歪みが剥がれ落ちる。

 

残像の輪郭が、ほんの僅かに——だが、確かに"人の姿"へと近づいていく。

 

『あと少し……!!』

 

紅黒の声が響く中、俺は最後の力を振り絞る。

 

光が走り、時と空間が交錯する——

 

その瞬間、残像の光がふっと消え、一つの影が地面へと倒れ込んだ。

 

「——成功……したのか?」

 

俺は息を整えながら、慎重にその影へと近づいた。

 

やがて、薄れた光の中から、小さな人影がゆっくりと身を起こす。

 

「……っ……」

 

震える声が、俺の耳に届いた。

 

俺は剣を収める。

 

そこに現れたのは——

 

小さな少女だった。

 

ぼんやりとした光の名残が彼女の周囲に漂い、まだ完全に馴染んでいないようにも見える。

 

俺はゆっくりと彼女へと歩み寄った。

 

「おい、大丈夫か?」

 

少女はゆっくりと顔を上げた。

その瞳にはまだ焦点が定まらず、どこか遠くを見つめているようだった。

 

「……ここ、は……?」

 

か細い声が、静かな洞窟に響く。

 

秧秧がすぐに駆け寄り、優しく肩を支えた。

 

「落ち着いてください。私たちはあなたを助けたんです。」

 

少女は秧秧の顔をじっと見つめ、少しだけ瞬きをした。

 

「……わたし……?」

 

自分の姿を見下ろし、震える手をゆっくりと持ち上げる。

かつての光の輪郭はなくなり、確かに"人"としての形を取り戻していた。

 

紅黒が低く唸る。

 

『やれやれ……やっぱり簡単にはいかねぇな。』

 

俺は右腕の違和感を振り払うように軽く握り込んだ。

紅黒の力を借りたとはいえ、時と空間の力を同時に扱うのは俺の器にとって負担が大きい。

 

だが、それよりも今は——

 

「え?何故だ、姿は取り戻したはずだろ?」

 

『記憶の方までの復元は無理みたいだ。初めての試みにしては上出来だが……』

 

紅黒の言葉に俺は眉をひそめる。

 

だが、すぐに「いや、それでいい」と口にした。

 

秧秧が少女を気遣うように俺を見て言った。

 

「陰風さん、どうやらこの子も記憶を失っているようです。」

 

すると、漂白者が俺に視線を向けながら問いかける。

 

「どうするんだ?」

 

俺は改めて少女に向き直る。

 

「お前……何も覚えてないのか?」

 

少女は小さく頷く。

 

「……うん……」

 

「そうか……今自分が何者かどうかもわからない……それは、かなり不安なはずだ。」

 

少女は不安げな顔で俺を見上げる。

 

「……うん……」

 

俺は一度目を閉じ、そして再び少女を見つめた。

 

「実は俺とコイツも記憶を失っていてな。記憶を取り戻すためにここの神様に会いに行こうとしてるんだが……一緒に来るか?」

 

少女は目を瞬かせる。

 

「いいの?」

 

「いいの?も何も、お前を助けたのは俺だ。嫌いなやつを助けたりなんかしない。」

 

少女は少しの間、俺と漂白者を交互に見つめた。

 

すると漂白者が静かに頷きながら言う。

 

「もちろんだ。」

 

俺も軽く笑ってみせる。

 

「そういうことだ。」

 

少女はふわっと笑い、小さく頷いた。

 

「じゃあ……私も行く。」

 

俺は満足げに腕を組む。

 

「よし、決まりだ。」

 

すると、秧秧が少し空気の変化を感じたのか、不安げに呟く。

 

「……あの、みなさん。」

 

「ん?」

 

「少し、寒くなってきましたね……」

 

俺は周囲を見渡す。

 

「そうか?漂白者、お前は?」

 

「俺はあんまり感じないが……」

 

漂白者がふと少女の様子を見て、言葉を続ける。

 

「——女の子は寒いようだ。」

 

少女は小さく肩をすくめていた。

 

秧秧は少し息を吐きながら言った。

 

「すみません、あそこ……少し不気味な感じがして……」

 

「不気味?」

 

「風はほとんどなかったのですが、それでも、たくさんの時間を超えた感情や思いが、あそこには渦巻いていました。」

 

彼女はどこか遠くを見つめるように言葉を続ける。

 

「期待、憎悪、絶望……そして、あの日記が綴っている悲しみと想い。」

 

その言葉に、俺は思わず少女の方を見た。

 

「彼女は何を思っていたのでしょうか……?過去の平穏な暮らし、それとも自分の家族……?」

 

俺はため息をついて、肩をすくめる。

 

「よしな、コイツが戸惑ってる。」

 

秧秧はハッとしたように少女を見て、少し慌てた。

 

「……すみません、考え込んでしまいました。」

 

漂白者が穏やかに言う。

 

「まぁ、あんなことがあったんだ。仕方ない。」

 

俺も軽く頷いた。

 

「気持ちはわかるけどな。」

 

秧秧は少しだけ俯き、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「今後、こんな惨劇はもう起きない、と胸を張りたいところですが……」

 

「……」

 

「私にはそう断言する自信も、勇気もありません……。」

 

漂白者がじっと彼女を見つめる。

 

秧秧は小さく息を吸い込んで続けた。

 

「これも私が漂泊に加入した理由の一つ……このような惨劇を阻止できるように、自信と力を身につけたいという理由です。」

 

彼女の決意が込められた言葉だった。

 

「この世界のすべての災厄を阻止することはできません。でも、せめて身近な恐怖だけは——止めたいのです。」

 

漂白者が静かに言葉を返す。

 

「きっとできる。」

 

秧秧は驚いたように目を見開いた。

 

すると、不意に少女が秧秧の袖をちょこんと引いた。

 

「お姉さん、大丈夫?」

 

秧秧は少し驚いた後、優しく微笑む。

 

「……ありがとうございます。」

 

小さく頭を下げた彼女の目には、ほんの少し光が戻っていた。

 

「もう起きてしまったことを、引きずったり嘆いたりするのは良くありません。帰ったら、ここで起きた事件と得られた情報を整理して報告しましょう。」

 

漂白者が頷く。

 

「この子のこともなんとかしないとな。」

 

少女は首を傾げる。

 

「?」

 

秧秧は彼女の頭を優しく撫でると、俺たちを見て言った。

 

「では、帰りましょうか。一緒に。」

 

だが——

 

「……ああっと、そのことなんだが……」

 

漂白者が口を開く。

 

「秧秧たちは先に帰ってくれないか?」

 

秧秧が怪訝そうな顔をする。

 

「どうしてですか?」

 

「もう少し調べたいことがあるんだ。」

 

少女が不安そうに俺を見る。

 

俺はしゃがみこんで、少女の目を覗き込む。

 

「必ず帰ってくるから。な?」

 

少女は少し考えてから、こくりと頷いた。

 

「……わかった。約束だよ。」

 

俺は口元に笑みを浮かべ、指を立てる。

 

「わかった。約束だ。」

 

少女は小さな手を振った。

 

「バイバーイ!」

 

そして、俺たちは彼女たちを見送った——

 

……が。

 

俺はため息をつき、軽く肩を回す。

 

「はぁー……なんでずっと隠れているのかな〜?」

 

洞窟の奥、暗がりの中——気配は確かにそこにあった。

 

漂白者も静かに言葉を投げる。

 

「敵じゃないのは分かっている。俺たちも敵意はない。」

 

その言葉を聞き、気配が動く。

 

ゆっくりと影が現れる。

 

「——ようやくお出ましか?」

 

「散華………」

 

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