記憶と護れる強さを求めて   作:時代に遅れている

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半年も放置してすみませんでした。


 獅子舞の世を駆ける

後日。

約束通り、俺たちは劇場へと足を運んだ。

途中、少女がそわそわしながら俺の袖を引く。

「あ、あの……す、すごい爪をしてるって本当ですか?」

「爪?」俺が首を傾げる前に、別の声が割り込んだ。

「鋭くて、長くて、バケモノを簡単に倒せるって……」

すると、広場の隅に、小柄で白い髪を持ち、獣耳を生やした少年が立っていた。

その目はどこか悪戯っぽく光っている。

「本当に知りたい?」と少年は問いかけた。

「知りたい!」少女は即答する。

「んじゃ、よ〜く見ててね〜」

そう言った少年が手を広げると、少女は一瞬たじろぐ。

「うう……」

「じゃーん!」

出てきたのは、光る爪……ではなく、カラフルな飴玉だった。

「飴ちゃんだ!」少女が目を輝かせる。

「これあげるよ。君の思うようなすごい爪はないけど、飴ならたっくさんあるからね。」

少年はにかっと笑いながら手渡した。

「ありがと……お兄ちゃん!」

「どういたしまして!明日の獅子舞見に来てね!」

「絶対行く!」

少女は駆け戻ってきて、嬉しそうに俺に手を広げる。

「お兄ちゃん!飴ちゃんもらった!」

「そうか、それは良かったな……」俺は少女の頭を軽く撫でた。

「ねぇ、広場見に行っていい?」

「いいぞ。ただ、あまり遠くには行かないようにな。」

「うん、わかった!」

少女が走り去るのを見送った後、俺は舌打ちした。

「チッ……」

漂泊者がすぐに怪訝そうに問いかけてきた。

「陰楓……何をそんなに怒っているんだ?」

俺は小声で吐き捨てる。

「アイツに……俺以外でお兄ちゃん呼びさせた奴がいたからだ……」

漂泊者はため息をついた。

「逆恨みにもほどがあるぞ。」

……そうかもしれねぇ。だが俺にとっては、それだけで十分に許せないことなんだ。

 

「どうやら、君が例の漂泊者と陰風だね。」

突然かけられた声に視線をやると、そこにいたのは白い髪の獣耳の少年だった。

飄々とした態度で近づいてくる。

「すごいお客さんが来たって聞いてたんだけど、やっとこうして会えたね。」

そう言って、奴は堂々と名乗った。

「僕は凌陽。会えて嬉しいよ! この先も、輝かしい未来がありますように!」

漂泊者は快く手を伸ばした。……が、俺は伸ばさなかった。

何だか気に食わなかったからだ。

「君、やっぱり特別だね……」

凌陽の視線が俺に向く。

その目に映る俺は、握手すら拒んだひねくれ者だろう。

「ところでなぜ陰風はずっとこちらを睨んでくるのか知ってるかい?」

睨んでるんじゃねぇ、自然と目がそうなるんだよ。……たぶん。

「握手したら、もう友達だよ!」

にこにこと差し出される手。

だが俺は頑なに動かない。

すると漂泊者が苦笑しながら言った。

「こいつは少々性格をごじらせているところがあるんだ。そっとしておいてくれると助かる。」

オイ、漂泊者コラ……!

俺は睨みを凌陽から漂泊者に移す。

余計なこと言いやがって……俺が拗らせてるみたいじゃねぇか。

……まぁ、否定はしねぇけどな。

 

凌陽がグーッと腹を鳴らした。

「ごめん……一日中稽古してたからかな?ちょっとお腹が空いちゃって……」

そう言ったかと思うと、にこにこと笑いながら続ける。

「そうだ。一緒にご飯を食べよう!もちろん僕の奢りで!食事しながらいろいろ紹介するのも悪くないね!」

……はぁ?急にそんな話を持ちかけてくるとか、どう考えても怪しいだろ。

「そうだな、何か企んでるんじゃねぇの?」と口に出した瞬間、漂泊者に肘鉄を食らって吹っ飛んだ。

「陰風、いい加減しろ。オブラートに包むことを学べ」

うぐっ……!くそっ、容赦ねぇな。

俺の警戒心が正しいってのに、こいつはほんっと甘いんだよな。

凌陽は慌てて首を振った。

「企んでなんかないよ……ただ客人をおもてなししたいだけ。」

信じられるかってんだ……と睨みつけたところで再び漂泊者が口を挟む。

「すまない。ありがたくおもてなしを楽しませてもらう。コイツのことは心配しなくていい。無理やりにでも連れて行くから」

オイ!勝手に決めるんじゃねぇ!

だがその時、漂泊者が苓を呼んだ。

「おーい 苓!獅子舞のお兄さんとご飯にするぞ」

「うん!わかった」

あぁ……苓が嬉しそうに返事しちまったら、もう俺に拒否権なんざねぇよな。

――――

食事が運ばれてきた。

「僕たちの『おもてなし』、目一杯楽しんでくれてからかな?」と凌陽は笑う。

……楽しめるかっての。俺は出された料理を片っ端から口に放り込み、早く終わらせようと必死だった。

すると苓が小声で言う。

「お兄ちゃん、私たち浮いてない?気のせいかな?」

「浮いてねぇ浮いてねぇ!つーか楽しんでもねぇ!これ食い終わったらすぐずらかるからな!」

漂泊者が呆れ顔で突っ込む。

「お前のせいで浮いてんだよ、というか1番食ってるし……」

チッ、余計なこと言いやがって。

俺は凌陽に視線をやった。こいつは料理に手を付ける様子がない。

「おい凌陽、お前は食べねぇのか?」

すると奴は少し困ったように微笑んだ。

「でも今はちょっとやる事があって……」

――やる事?

「獅子舞の依頼がいろんな人から殺到しちゃって、明日の儀式と一部被っちゃったんだ。」

「獅子舞は、今州の人にとって特別な意味のある儀式。後先考えずに断るだけじゃ、きっと誰かを傷付けてしまう。」

真面目な口調で語り出す凌陽に、俺は鼻を鳴らした。

「……だからどうした。」

だが奴は熱心に続ける。

「そこで僕は考えたんだ。もし注文の一部を何らかの形で明日の獅子舞で実現出来れば、一石二鳥なんじゃないかって!」

「だから、お客さんがどんな獅子舞を見たいのか調べたいんだ! 君たちさえよければ、一緒に来てくれないかな?」

漂泊者があっさり頷こうとする。

「ああ、俺は構わな――」

「はぁ!?誰がこんな奴のために行くかーーー!!」と俺は食い気味に叫んだ。

……だがその直後。苓が俺の袖をちょん、と引っ張る。

「お兄ちゃん……お願い。獅子舞のお兄さんのお助けしてくれない?」

ぐっ……。その目を向けられたらーー

「……行ってやらないこともないか。ご飯食べたしな。」

「やったー!」と凌陽が笑顔を見せる。

漂泊者は苦笑いしつつ心の中で何か思っているようだ。……いや、顔に出てる。

(苓、陰風の扱いを完全に分かってる)って顔だ。

うるせぇ。

紅黒の声が聞こえてきた。

(相変わらずチョロい奴だな)

「うるせぇぞ!俺はロリコンじゃねぇ!フェミニストだ!」

(誰も聞いちゃいねぇよ)と紅黒は冷たく笑った。

……チッ、ほんっとムカつく。

 

そうして俺たちは苓を熾霞に預けて、渋々ながら凌陽に引っ張られるようにして茶屋へ向かった。

茶屋に入った瞬間、視線が俺たちを迎える。そこにいたのは落ち着いた雰囲気をまとった女性。けど、その顔は明らかに「またか」という呆れを隠そうとしていなかった。

「またあなたですか……。何度も言いますが、わたしは獅子舞の依頼なんてしたことありません。人違いです。」

……ったく、また厄介ごとかよ。俺はため息をつきかけたが、漂泊者が先に口を開く。

「一体何があったんだ?」

凌陽が苦笑いを浮かべながら説明する。

「前にね、ちょっと変わった注文があったんだ。獅子舞の依頼なのに、要望がまったくなくて、依頼者の名前も『貝さん』だけでさ。」

なんだそりゃ。依頼になってねぇだろ。

俺は腕を組みながらぼそりと言う。

「ご両親が注文したって可能性はねぇのか?」

だが女性――貝詩(カイシ)はきっぱり否定する。

「……それこそありえませんわ。用がなければ、私はこれで。」

立ち去ろうとする彼女を凌陽が慌てて呼び止める。

「待って待って! 貝詩さん……あなたに、お兄さん……が、いませんか?」

その一言で、彼女の表情が一瞬にして硬直した。

「どうしてそれを……」

凌陽の目が細められる。真剣な口調で告げた。

「僕に注文した時の声が、成年男性の声だったから。『貝さん』という依頼人も合わせて考えると、結論はこれしかない。」

……なるほどな。こいつ、見た目より勘が鋭ぇじゃねぇか。

俺はふと気になって、貝詩の顔を覗き込む。

「おい、しけた面してんな。何かまずい事でもあんのか……?」

その時だった。漂泊者が慌てて俺の肩を叩き、低く言った。

「おい……」

視線を戻すと、貝詩はうつむき、口を開くのをためらっているようだった。

……やべぇ、余計なこと言ったか?

沈黙を破ったのは凌陽だ。

「僕は瑞御団の凌陽。そしてこちらが漂泊者さん。そして――」

「こっちの雰囲気もろくに読めず、ロリコンが陰楓だ。」

はああああ!?

俺は椅子から飛び上がりそうになった。

「おい!誰がロリコンだって!? 誤解を招く言い方すんじゃねぇぞ!」

ふざけやがって……よりによって初対面の女性にそんな紹介すんじゃねぇよ!

凌陽は苦笑を浮かべながらも真っ直ぐに貝詩に向き直る。

「僕たちを信じてください。」

……相変わらず、信じろだの頼れだの、簡単に言う奴だ。

貝詩は長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。

「……私の兄さん、貝済は……一週間前から、家に戻ってなくて……」

凌陽の表情が引き締まる。

「一週間前……。ちょうど、この注文を受けたタイミングだね。」

漂泊者が真剣に耳を傾ける。俺も無意識に息を飲んでいた。

「最後に会った時に、何か変わったことはなかったかな?」

凌陽の問いに、貝詩は小さく首を振る。

「……私と兄さんは長い間喧嘩をしていて、家を出た時の事はよくわかりません……」

そう言いつつも、彼女は思い出すように続けた。

「でも兄さんは時々、郵便を送ってくれます。中身は変な物ばかりですけど……」

そこで俺は、つい口を滑らせた。

「変なものって……まさか! それって大人のおも――ぐあっ!」

漂泊者の拳が脇腹に突き刺さった。

「それ以上はやめろ……」

くっ……!言葉を遮られて悶絶する俺を尻目に、貝詩は真剣そのものの表情をしていた。

冗談で済む空気じゃなかったのは、頭じゃわかってたけど……体が勝手に動いたんだよ。

……クソッ、

 

凌陽が包みを開け、中身を一つずつ取り出すと、俺は鼻をひくつかせた。

「これは……清芬草だね。すっかり枯れてるけど。もう匂いすら残ってない」凌陽の声が静かに響く。次に差し出されたのは、ぎこちなく冷えた獣肉だった。隠しきれない腐敗の匂いが鼻腔を刺す。奴の観察は的確だ。

「これは獣肉か。入念に冷蔵はしてあるみたいだけど……この腐りかけた匂いは嘘をつかないね。他は?」凌陽が尋ねる。

貝詩は俯きながら、小さく震える声で説明を始めた。「前の手紙は、『野獣団』という人たちと絡んでいるといった話が書かれていて……」

俺は問い返す。思わず苛立ちが滲むのを押し殺して。

「なんで今まで巡尉に報告しなかった?」と。正直、状況が深刻なら、頼るべきところに頼るのが筋だ。巡尉には熾霞みたいに親切な奴もいる。相談すれば助けは来るはずだ。

貝詩の声はさらに小さくなった。「それは……兄さんがもし、本当に悪事に手を染めてたら……私の通報で、本当に逮捕されてしまったら……」

言葉の端に、家族を失う恐怖と、罪を暴くことへのためらいが滲んでいる。

俺は息を吐いた。怒鳴るほどではないが、放っておけない。

「だからってそのままにしていたら本末転倒だろ……」と、言葉を切り出すと、凌陽が間髪入れずに続きをつなげた。

「この『野獣団』、確かに変だね。『ちりんたらん獣』の噂も奴らと関係ありそうだし」

漂泊者が首をかしげる。

「ちりんたらん獣?それは一体――」

 

俺は思わず噴き出した。状況の深刻さに反して、名前の滑稽さが勝ったのだ。

「俺ギャハハハハ!!ちりんたらん獣ってなんだそいつ!!」

紅黒も大げさに笑い声をあげる。そいつの反応はいつも通りで、場が少し和む。

「紅黒 ガハハハハめちゃくちゃに弱そうじゃねぇか!!どんな腰抜けエピソードがありゃあそんな名前がつくってんだ?」

笑いが収まると、漂泊者が冷ややかに俺を見て言う。

「漂泊者 少し眠っとけ……」

そこへ凌陽が落ち着いて続けた。

 

「アハハ……君たちは知らないかもね。最近、外で「ちりんたらん獣」ってやつが暴れてて……

獲物を狩る時に「ちりんたらん」って音がするからこんな名前が付けられたって話さ。牙が人の腕ほど長くて、どんな獲物も千切る鉤爪もあってーーー」

聞きながら俺は眉間にしわを寄せた。冗談めいた名前でも、実際に被害が出ているなら笑って済ませられない。

凌陽が顔を上げて、ため息交じりに現状を俯瞰する。

 

「しっかし、どれも発送先が違うから、全部調べるのは大変だな……」

漂泊者がぱっと顔を上げた。頭の回転が速い。

「だが配達を引き受けるセンターは同じのはず、そこを調べればいいんじゃないか?」と。

凌陽が目を輝かせて褒める。

「たしかに……漂泊者!頭いいね君!」

俺は舌打ちした。だが内心、悪くないアイデアだと思っている。物事は筋道を立てて解くに限る。

凌陽は貝詩に向き直り、真剣な顔で言った。

「貝詩さん。お兄さんの件は、僕たちに任せてください!」

貝詩の目が潤み、声が震える。「あの……私も一緒にいいですか?」

彼女の決意が伝わってくる。家族を失う恐怖と、それでも動こうとする意志。

凌陽は優しくたしなめるように言う。

「貝詩さん。お兄さんを見つけたい気持ちはわかる。でも野外には危険がたくさんあるんだ。それに最近、残像が大量に発生したから、いざという時に、君を守れない可能性が……」

彼女は言葉を飲み込むように小さく震えている。先駆条約の名を出しても、顔色は変わらない。結局、貝詩は弱さと責任の間で揺れているだけだった。

俺は黙って見ていたが、心の中で何かが折れた。家族が行方不明だというのに、安全の名目で待たせるのは虫が良すぎる。だから俺は口を開いた。自然と言葉が出た。

「連れて行ってやろうや。」

貝詩の顔がぱっと輝いた。「え?」

凌陽が驚き、眉を上げる。「陰楓!君それは冗談だろ?」

俺は冗談なんかじゃない。本気だ。

「いいや、俺はマジで言ってる。自分の大切な家族がいなくなって、いち早く安全を確認したい――理由なんざそれだけで十分だろ。」

貝詩は震える声で、「陰楓さん……」と礼を言った。俺は面倒臭そうに目を細めたが、胸の奥が何となく暖かくなるのを感じた。漂泊者は冷静に頷き、凌陽は少しうつむいて何かを噛みしめている。

凌陽が小さく溜息をつく。

「……」

漂泊者が俺を見て、さりげなく言う。

「驚くのも無理はない。だが、いざという時に真剣になるのがあいつなんだ。」

俺は肩をすくめて応えた。言葉には出さないけど、そういうところが俺の嫌いなところでもあり、放っておけないところでもある。頭の中で次の段取りを組み始める――配達センター、偵察ルート、護衛の手配。行動は思考より早く動くだけだ。

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