ニワトリの魔術師、タマゴの墓守   作:どういうこったあ!

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回る歯車

 十二月二十五日。言わずもがなクリスマスで、より詳しく言うのなら、今年は甘ったるい雰囲気を助長するホワイトクリスマスだった。早朝から降り始めた結晶たちは、止む気配を見せないまま、窓に張り付いてはその美しい姿を球体へと変えていった。街並みはイルミネーションの鮮やかな光に彩られていた。大多数の生徒が浮ついた雰囲気に身を委ね、それぞれの聖夜を過ごしている。もちろん私は少数派だった。

 

 古書館は言うまでもなく、聖堂ではシスターフッド主催の大規模なミサが行われているため、外の様子はいつもよりも静かだ。図書委員会の仕事もメインは昨日で、今日は休みだった。こういった日は読書に集中できていい。図書委員会の仲間たちと過ごすチャンスがなかったわけではないけれど、これで良かった。気もそぞろなクリスマスを過ごすよりも、こうしてクリスマスを描いた子に思いを馳せる方が私にはずっと合っている。脳内に広がる優しい情景が私を慰め、暖炉の中でゆらゆらと揺らいでいる炎から伝わる熱が寂しさを溶かしてくれるようだった。

 

 「はあ……」

 

 心のうちに残る一抹の寂しさを吐き出すように深く息をする。心地いい暖かさに身を任せながらページをめくっていると、扉を叩く音が耳朶を打った。古書館を訪れる人などいないとばかり思っていた私は、不意に響いたノックの音に大きく体を震わせた。その拍子で落としてしまったブランケットには目もくれず、古書館の扉へ足早に向かう。ノックは七回だった。

 

 今日はてっきり彼女の友人たちと過ごすものとばかり思っていた。あるいは、過ごしたあとなのか。先ほどまで一人が合っているなどと言っていたくせに、ノックの音一つで浮き足立っている自分に呆れてしまうけれど、それすらもどうでも良くなってしまうくらいには浮き足立っていた。

 

 「ぅえあっ!?」

 

 そして次の瞬間には浮き足立つどころか、体全体が浮いた。比喩とかではなく、物理的に。喜びと焦りからか、私は足を絡ませて転んでしまったのだった。物静かだった古書館に私の叫び声と大きな物音が木霊する。

 

 「だ、大丈夫……?」と、物音に反応したヨナギが扉を開けて古書館へと足を踏み入れる。

 

 ヨナギととに入り込んできた冷気が私を撫でる。部屋の中の空気と混ざり合って消えていく冷気のように、私も消えてしまいたかった。

 

 「メ、メリークリスマス。ウイちゃん」

 

 ヨナギの差し出した手を取って立ち上がり、奥の暖炉のある部屋へと入った。擦りむいた膝が少し痛んだ。

 

 「さ、寒いでしょうし、コーヒー入れますね」

 

 ヨナギの「ありがとう」という声を後ろに、逃げるようにしてそそくさと移動する。

 

 アメリカーノを入れることに集中していると、ようやく高ぶった気分が落ち着いてくる。ヨナギはコートを脱ぎ、持っていた紙袋の中身を広げているようだった。律儀に紙袋にはビニールの覆いがされていた。私へのプレゼントなのだろうか、なんて自意識過剰な考えを頭を振って追い払う。万が一を考えて私も用意はしているので、その時点で自意識過剰ではあるのだけれど。

 

 淹れ終えたアメリカーノとクリスマスプレゼントをお盆に載せて部屋へ戻ると、机の上に小さな箱が置かれているのを見つけて心臓の音が早くなった。

 

 「お、お待たせしました……」

 

 「わざわざごめんね、ありがとう」ヨナギは暖炉に薪を焚べながら言った。

 

 新しく焚べられた木がパチパチと爆ぜる音がした。

 

 「外は寒くありませんでしたか……?」

 

 「ホワイトクリスマスはそれも醍醐味じゃない? 私に恋人繋ぎで温め合う人なんていないけど」

 

 「作ろうと思えば作れそうですけどね」

 

 「作れたとしてもすぐに別れるのがオチだよ」

 

 自嘲的に笑うヨナギを、私は何かを恐れるかのようにじっと眺めていた。そこには私の知らない彼女がいる気がした。ヨナギはコーヒーを一口啜った。

 

「ウイちゃんも立ってないで座ったら?」

 

 立ったままの私に気付いたヨナギが、ポンポンと彼女の隣のスペースを叩く。私がおずおずと座ると、体が深くソファに沈み込んだ。アメリカーノを飲んだわけでもないのに体は熱く、ブランケットはもう必要なかった。どうにも落ち着くことができなくて、ソワソワと指を絡ませてはほどいてを繰り返す。

 

 「今日はどうしてこちらに……?」

 

 「一年間いい子にしてた子の元にはね、サンタさんが来るものなんだよ」ヨナギは得意顔をした。「メリークリスマス、ウイちゃん」

 

 「メ、メリークリスマス……。いらなければ、捨ててもらって構いませんので……」

 

 ヨナギから箱を受け取ったのちに、私もお盆の上に置いていたプレゼントを渡す。

 

 「プレゼント、開けてもいい?」

 

 「つまらないものですが……」

 

 ヨナギは丁寧に箱を開封していった。シュルシュルとリボンをほどき、箱を開ける。

 

 「マグカップだ」

 

 ヨナギへのクリスマスプレゼントとして私が選んだのは、なんてことはない、彼女の髪色に合わせたマグカップだった。

 

 「何の面白みもないものですみません……」

 

 「そんなことないよ」

 

 珍しいものでもないというのに、ヨナギは目を輝かせた。取り出したマグカップを空に掲げ、角度を変えながら眺めていた。

 

 「ありがと、ウイちゃん。すごく嬉しい」

 

 その言葉にホッと胸を撫で下ろす。マグカップ程度のものはこれまでももらってきただろうに、ヨナギはまるでそれが初めてかのように喜色を滲ませてくれた。その事実に思わず笑みが溢れた。彼女の腕の中では、マグカップが大切そうに抱きかかえられていた。

 

 「ウイちゃんも開けてみて。まあ、そんなに大したものじゃないんだけどね」

 

 私は脇に置いておいた箱を手に取り、ヨナギに倣って丁寧に開封した。

 

 「懐中時計……ですか?」

 

 箱の中に入っていたのは黄金色の懐中時計だった。時計の縁には暖炉の炎が煌々と写し出されていた。見惚れてしまっていたらしく、チッチッと回る針がいつの間にか最初に見た位置と同じ位置に戻ってきていた。私は繊細なガラス細工にでも触れるかのように、時計をそっと箱から取り出した。ジャラリと、時計に繋がれた鎖が擦れる音がした。

 

 「綺麗……」自然と口をついていた。

 

 「気に入ってくれたみたいで良かった」

 

 「こんなに素敵なものをもらってしまっても良かったんでしょうか……」

 

 私には勿体ないくらいの物で、とてもじゃないけれどマグカップ程度で釣り合っているとは思えなかった。

 

 「いいんだよ」ヨナギは言った。「大切にしてね。私も大切にするからさ」

 

 「も、もちろんです……!」

 

 「でも使ってくれなかったら嫌だからね?」

 

 鑑賞用では駄目か、という私の提案はすぐに棄却された。時計はそもそも鑑賞するものでは……? と思ったのは内緒である。

 

 「逆に、ウイちゃんは私がマグカップを観賞用にしてもいいの?」

 

 「別に構いませんけれど……」

 

 私の答えにヨナギは唸っていたけれど、やがて諦めたように息を吐いた。「折角だし、クリスマスらしいことでもする?」

 

 一般的な女子高生の送るクリスマスというのは分からなかったけれど、私はなんとなく頷いた。みんなはクリスマスをどんな風に過ごしているのかについて、私たちは「あーでもない、こーでもない」と言い合った。

 

 「ミカちゃんは、何かと忙しいナギサを無理やりパーティーに引きずり出してそうじゃない?」

 

 簡単にその情景が脳内に浮かび上がり、私は微笑んだ。その情景の中では、二人から一歩引いたところで、セイアさんが「やれやれ」といった具合に呆れていた。

 

 「ナギサさんは口では小言を漏らしていても、しっかりとパーティーのための準備は済ませていそうですね」

 

 「『幼馴染ですから』って言って、全ての行動を読んでくるラスボスナギサ概念」

 

 「あなたは何を言っているんですか」

 

 クリスマスらしいことと言っても、言い出しっぺかつ頼みの綱であったヨナギは一般的なクリスマスをなぞることに興味はなさそうだった。ではなぜ話を持ち出したのか。軽い雑談を交わしたあと、特にすることのなくなった私たちは、いつものように読書に耽っていた。

 

 「ウイちゃんは『みんなちがって、みんないい』って思う?」

 

 ヨナギは灰の多くなった暖炉に新たな薪を焚べた。

 

 クリスマスを描いた子を読み終えた私は、ヨナギに勧められた子を読んでいた。『みんなちがって、みんないい』とは、その子に登場する言葉の一つだった。『世間一般とは違うかもしれないけれど、こういうクリスマスもいいよね』みたいな話ではないはずだ。

 

 「ヨナギはそうは思ってないのでしょうが……」私は読んでいた子に栞を挟んだ。「少なくともこの子の親にとってはそれがほんとうだったのだと思います。個性の尊重ではなく互いの尊重が叶ったとき、初めて私たちは『みんなちがって、みんないい』と言える世界はあったのだと胸を張れる。雲を掴むような話で、きっと実際に目にするまでは信じられないと思います。けれど私はこの子の語る言葉を信じてあげたいと、そう思うんです」

 

 「ウイちゃんは、優しいね」ヨナギは呟くようにして言った。

 

 こちらに背中を向けていてヨナギの表情は伺い知れなかった。どことなく感じられた物悲しさと気恥ずかしさで口を開くことは叶わなかった。ヨナギも口を噤んだままだった。

 

 「まあ」先に沈黙を破ったのは私だった。「他にやる人もいないので……」

 

 「そういうところが、だよ」ヨナギは呆れと羨望が混ざったような声色で言った。

 

 振り返ったヨナギの顔には少しだけ寂しさが見えた。私が何か言うべきかと迷っているうちに、ヨナギは読書へと戻っていった。紙の擦れる音と、薪の爆ぜる音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 ヨナギとのクリスマス会から数日後、街は年末特有の静けさに覆われていた。あれだけ降り積もった雪は既に解け、枯れた草木は冬空の下に晒されていた。

 

 古書館の大掃除を終えた私は一年の終わりらしく、ヨナギとの交換ノートをめくってこの一年を振り返っていた。大掃除の手伝いに来てくれていた図書委員会の仲間も帰った今、年末にわざわざ古書館を訪れるようなもの好きはおらず、古書館は静けさに包まれていた。暖炉の炎は焚かれ、久々の肉体労働で体は火照っているはずなのに、私は妙な寒々しさを感じていた。どうやら私は人並みに寂しさを感じているらしかった。これもヨナギと関わるようになって変わったことの一つだった。

 

 私たちの交換ノートは五月二十三日から始まっていた。決して毎日つけていたというわけではなかったけれど、私たち二人の間で起こった大抵のイベントはなぞることができた。私とヨナギの思い出たちは、多くの人にとってはありきたりな日常なのだろう(遺跡に訪れただとかの、経験の内容はともかくとして、私の感情はありきたりなもののはずだ)けれど、放課後にくだらない言葉を交わすのも、お互いの時間と景色を共有するのも、誰かのために何かをするのも、その全てが私にとっての初めてだった。

 

 これまたありきたりな感情だけれど、私はヨナギに何かを返すことができているのだろうか。物理的なものであれば、あのマグカップで、精神的なものであれば思い当たる節はなかった。楽観的に捉えるのなら、ヨナギが今も友人を続けてくれているということは、私も何かしらは返すことができているのだろう。けれど、ヨナギが私を憐れんで友達ごっこをしてくれているのではないかと、悲観的に勘ぐってしまのが私だった。

 

 ヨナギと出会いたての頃に言われていた『悲観的』という言葉は最近聞かなくなっていた。それが諦めなのか、慣れなのかは分からないけれど。

 

 「少々、疲れましたね……」

 

 少し感傷的になりながらノートをそっと閉じ、ひと心地つく。目を瞑り深く椅子にもたれると、じんわりとした疲労感に襲われた。ゆっくりと、肺の中に酸素を満たすように息をする。ヨナギとの優しい記憶に揺蕩いながら、私はまどろみの中へと身を落とした。

 

 

 

 目を覚ましたあと、私が向かったのは自身の通う教室だった。校内に生徒はほとんどおらず、電気もついていなかった。静けさと暗がりの中、私は階段を昇っていった。私の足音と呼吸音だけが廊下に反響していた。無人の教室の前にたどり着くと、私は一呼吸置いてから扉を開けた。

 

 誰もいない教室は異様な静けさに包まれていた。普段の喧騒が消えたことで、時が止まったかのようだった。本来あるべき姿ではないような不気味さに心がざわついた。ヨナギの席は最前列の右から二番目だった。私はノートをヨナギの机の中に入れると、足早に教室を去った。

 

 

 

 

 

 

 私は授業以外の時間ではほとんどの場合、古書館に籠もりきりだ。夜遅くまで古書を読み耽っていたり修復作業や解読をしたりと、家に帰らないことも少なくなかった。私の中の取り決めで、そういった日は古書館のごみ捨てを登校時に行うことにしていた。その日、私は古書館で一夜を明かした。たしか古書の修復に使う材料の調合に手間取っただとか、そういう理由だったはずだ。

 

 運動部の朝練習を背景に、人のまばらな廊下を進んだ。行き先はゴミ収集場だった。目的地に到着し、中へ入ると、甘ったるさとゴミの臭気が混ざった悪臭が鼻を刺した。夏場は更に酷い臭いと湿気に襲われるので、これでもマシな方だった。ゴミ袋ごと巨大なゴミ箱に投げ入れる。冬休み明け初日ということもあって、ゴミの量は少なかった。

 

 入口付近の棚から新しいゴミ袋を取り、軽く畳んでセーターのポケットに入れると、私はごみ収集場をあとにした。教室に向かう最中、一人の生徒がこちらに向かってきているのが見えた。クラスメイトだったけれど、名前は覚えていなかった。その生徒は私を見るなりギョッとした表情を浮かべ、来たのであろう道を引き返していった。

 

 いつもであれば、多少の違和感は覚えさえすれどすぐに忘れるような出来事だった。けれど、私はどこか違和感を拭えないままだった。なぜ私を見て逃げるようにして立ち去ったのか。ゴミ収集場は行き止まりになっていて、その先に何かがあるわけでもない。手にゴミ袋は持っていなかったはずなのに、どうしてゴミ収集場に向かっていたのか。

 

 いや、彼女は何か手に持ってはいなかっただろうか。ゴミ袋でもカバンでもない、もっと小さくて薄いもの。そして何より、私が遠目でも分かり、違和感を持つようなもの。思考を巡らせていると、私は一つの事実に思い当たった。彼女が手に持っていたのは、私とヨナギの交換ノートだった。

 

 私はスリッパを履いていることも忘れ、彼女が向かったであろう教室へと急いだ。私の思い違いかもしれないという可能性は、既に頭の中から消えてしまっていた。息も絶え絶えになりながら階段を駆け上がっていると、私は彼女の後ろ姿を捉えた。

 

 「待って……くださいっ!」

 

 突然の呼び声に余程驚いたのか、その生徒は体を硬直させた。その隙を逃さず、私は腕を掴んだ。

 

 「なに?」彼女は私を一瞥したのちに不機嫌そうに言った。

 

 こちらを睨みつけるような視線に萎縮してしまうが、ギュッと手を握りしめ、声を絞り出す。

 

 「そ、そのノート、ヨナギと私のですよね……?」

 

 「は? 違うけど。なんか証拠でもある訳? ていうか、手離して」

 

 私は掴んでいた腕を離した。

 

 「す、すみません……。あなたのノートだと言うのなら、中を見せていただけませんか……?」

 

 「嫌だよ、私のノートだし」

 

 「い、一ページだけでもいいのでお願いします……」

 

 彼女はチッとわざとらしく舌打ちし、足を小刻みに揺らし始めた。

 

 「大体、これがヨナギとアンタのノートだったとして何なの?」

 

 「か、返してください」

 

 「なんでそんなに必死な訳? キモ」

 

 このままでは埒が明かないと悟った私は彼女の手からノートを奪い取る。適当なページを開くと、それはやはりヨナギと私の交換ノートだった。彼女はひどく面倒くさそうに大きなため息を吐いた。

 

 「あ、あなた、このノートをゴミとして捨てようとしてましたよね?」

 

 「そうだけど、何? 文句ある訳?」

 

 「どうしてそんな」

 

 「目障りだから。陰キャのくせにヨナギと仲良さそうにしてさあ……。ヨナギが憐れんで付き合ってあげてるってことになんで気付かない訳? アンタみたいなのとヨナギが仲良くする訳がないじゃん」彼女は食い気味に言った。

 

 それは奇しくも、私がずっと抱えていた恐怖と同じものだった。足元がグラリと傾くような感覚があった。視界が歪んだ。

 

 「それ、は……」

 

 「挙句の果てにはヨナギにこんなことまでさせちゃってさあ。こんなこと私も言いたくないけどさ、ヨナギから相談されてたんだよね。最近アンタがウザいって」

 

 頭の中がどんどんと悪い方向へと向かっているのが自分でも分かった。ヨナギとの思い出たちが崩れていった。ヨナギの顔に貼り付けられた仮面がボロボロと剥がれ落ちていく様を幻視した。どれだけ拒んでも、それが止まることはなかった。私はどこまでいっても悲観的で、自分の信じたいことを信じられない人間だった。

 

 「だから、私がこれを捨ててあげようと思った訳。なんでバレるかなあ。折角、傷つけないようにしてあげようと思ったのにさあ……」

 

 私の口からは嗚咽未満の何かが漏れるだけで、言葉が紡がれることはなかった。

 

 「分かったら、どいて? それともうヨナギには近づかないでね」

 

 「えっ。あ、う。分かり、ました……」

 

 彼女は私の手からノートを奪い取ると、どこかへと向かっていった。私はしばらくその場で俯いたまま呆然と立ち尽くしていた。次に私が体を動かすことができたのは、登校してきたヨナギに声をかけられたときだった。

 

 「ウイちゃん大丈夫? 顔色悪いよ?」

 

 「もう取り繕わなくていいですよ」私は投げやりに言った。

 

 ヨナギは何のことか分からないという風に、首を傾げた。今はその仕草さえ、にせものに思えて仕方がなかった。

 

 「陰で私のことを笑っていたんでしょう? にせものの友情に一喜一憂している私を見るのは楽しかったですか? だったら最初から放っておいてくださいよ。どうして希望なんて見せたんですか。こんな友情ごっこを演じるくらいなら、私は! あなただけは違うと信じていたのに……なんで……」ぐちゃぐちゃの感情のまま、嗚咽混じりに私は捲し立てる。「結局、あなたも外の人たちと一緒なんですね」

 

 「ウイちゃん、待っ――」

 

 ヨナギの静止の声を振り切り、古書館へと全力で走る。最後に見たヨナギの顔は、ひどく曇ったものだったけれど、それはきっと演技がバレてしまったことに対する表情だった。無我夢中で走っていると、ふいに甲高い音が響いた。どうやらポケットから懐中時計がこぼれ落ちたらしかった。音からそれが壊れてしまったことを悟ったけれど、私はそれすらも無視して走った。




出典
金子みすゞ『私と小鳥と鈴と』
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