ニワトリの魔術師、タマゴの墓守   作:どういうこったあ!

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おいしいアメリカーノの飲み方

 誰もが月曜日を憂う日曜日。私は礼拝のために聖堂を訪れていた。前を見やれば、薄い紫に染められたステンドグラスに日が差し、神秘的な雰囲気を放っていた。立ち並ぶ黒の修道服が壮観だった。その中に白の制服で混ざる私は、差し詰め黒い羊だった。

 

 礼拝の始まりを知らせる鐘の音が響き、私の隣で居眠りをしていた少女は体をビクッと震わせた。少女は周囲をキョロキョロと見回したのちに今の状況を理解したらしく、焦りながらも祈りの言葉を紡いでいた。信仰心のない私は、祈りも讃美歌も口パクで済ませた。私の信仰心なんてものは、精々が死者への祈りで都合よく信じる程度のものだった。

 

 シスターサクラコが一礼したのち、壇上に登る。光を受けて艶めく白銀の髪がふわりと弛んだ。この頃になると二年生にもこういった役割があてがわれることも増えていた。流麗な古代語がシスターサクラコの口から謳われる。私はそれを校長先生のありがたいお話を聞くような面持ちで聞いていた。噛み殺しきれなかったあくびが漏れた。

 

 ふと、左肩に何かが乗る感覚があった。視線を移すと、居眠りをしていた子が再びうつらうつらと船を漕いでいた。晴れた日の花畑のような香りが舞った。おでこに向けて軽く指を弾くと、ルビーのような鮮やかな赤の瞳と目が合う。

 

 「すっ、すみません……っ」

 

 えへへ、とその子はバツが悪そうに笑った。真剣な眼差しで前に向き直ったものの、数分もしない内に、彼女の頭は私の肩に乗っていた。私は少し迷ったのちに、そのままにしておくことにした。彼女から出ていた善人特有の雰囲気がそうさせた。善人の周りに善人が集まるのではなく、悪人であっても、善人の近くにいると彼らがもつ空気に当てられてしまうのだった。結局、その子は礼拝が終わるまで目を覚まさなかった。

 

 「すみません……すみません……っ!」目を覚ますなり、彼女は平謝りに謝った。

 

 「気になさらなくて大丈夫ですよ」

 

 「本当にすみません……っ!」

 

 そんな平行線の会話を繰り返していると、先輩が助け舟を出してくれた。 

 

 「ヨナギ……って、ヒナタと一緒だったんだ」

 

 ヒナタというのがこの子の名前らしかった。

 

 「探す手間が省けて良かったよ。こっちは小椎葉ヨナギ。セクストンの事務担当見習い」先輩は私に手を向けて言った。

 

 私はペコリと軽く頭を下げた。

 

「そしてこちらは若葉ヒナタ。セクストンの実務担当見習い」先輩は私の目の前で謝り続ける少女に手を向けて言った。

 

 まるで『登校中にぶつかった謎の美少女が、隣の席の転校生だった』みたいな偶然だった。先輩ならこれくらいのことは仕込みそうでもあったし、先ほどの言葉を信じるのなら本当に偶然なのだろう。それを確かめる術を私は持ち合わせていなかったし、別にどちらでも構わなかった。

 

 「小椎葉ヨナギです。よろしくお願いします」

 

 私が改めておじぎをすると、ヒナタも同じように頭を下げた。

 

 「若葉ヒナタです。よろしくお願い致します……!」

 

 「これから二人で情報を共有する機会も増えるだろうし、一度顔合わせをしておこうと思って。親睦会がてら、一緒にお昼ご飯食べに行こ。先輩の奢りだよ」

 

 「ヒナタさん。あそこ行きましょう、ルワゾー・ブッレ」

 

 ルワゾー・ブッレ。トリニティの高級スイーツ店の一つだった。一番安いケーキで千円だというのだから恐ろしい。それを心置きなく食べられると聞けば、スイーツ好きでなくとも気分が高揚した。何より、先輩に吠え面をかかせる機会など滅多になかった。胸がすく思いだった。

 

 「ヨナギ?」

 

 何か先輩の声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

 「呼び捨てで構いませんよ」

 

 「じゃあ、ヒナタちゃんで。私も呼び捨てで大丈夫」

 

 「ねえ聞いてる?」

 

 「ではヨナギさんと。ヨナギさんはスイーツがお好きなんですか?」

 

 一瞬、思考が止まる。ヒナタちゃんに合わせるべきかという思考が巡ったが、私はほんとうを言うことにした。

 

 「甘いものはそこまで得意じゃないんだけど、ルワゾー・ブッレのグレープフルーツのケーキはあんまり甘くなくて好きなんだよね」

 

 「私はまだ行ったことがないので、楽しみです」ヒナタちゃんははにかんだ。

 

 「あれー? おーい」

 

 

 

 

 

 

 ルワゾー・ブッレで過ごした時間は穏やかなものだった。私はグレープフルーツケーキとアメリカーノを頼み、ヒナタちゃんと先輩は季節のケーキと紅茶のセットを頼んでいた。さすが高級スイーツ店と言うべきか、ケーキもコーヒーも絶品だった。滑らかなクリームの口溶けと、さっぱりとした口当たりが心地良かった。

 

 糖分とカフェインが脳に行き渡り、頭が冴えわたる感覚があった。ウイちゃんと喧嘩してからの私の脳内は、いかにしてウイちゃんと仲直りするかで埋め尽くされていることがほとんどだった。それはこの瞬間であっても例外ではなかった。

 

 今まではウイちゃんの現状が分からなかったが、今は先輩からことの真相が語られていた。当時私と交友関係にあった生徒の一人が、ウイちゃんに嫉妬して交換ノートを奪い、私がほんとうはウイちゃんを嫌っているなど、あることないことをウイちゃんに吐いたらしかった。

 

 なんでもウイちゃんと言い争っていた生徒はいじめの常習犯だったそうで、シスターフッドが目を光らせていたそうだ。今はもう退学になっているそうだが、できることならもう少しだけ早く退学になって欲しかった。先輩が何かと私に目をかけてくれているのも、その負い目があるからなのかもしれなかった。

 

 「ノートの方は燃やされちゃってて回収できなかった。ごめんね」先輩は言った。

 

 「なんで先輩が謝るんですか。悪いのは燃やした生徒でしょうに」

 

 「だとしても、だよ。私たちにできるのは対処療法だけだから」

 

 言葉の裏には、原因療法をしたいという思いが見えた気がした。

 

 「夢物語ですね」

 

 私が切り捨てるように言うと、先輩は大きく頷いた。

 

 「それでも私たちはそれを信じて手を伸ばすしかないんだと思うよ。周りからどんな風に言われようと、馬鹿みたいにね」

 

 「どうにもならないことだってありますよ」

 

 「最初から達観した大人のフリをするうちはまだ子供だってことだよ。ヨナギだって、手を伸ばしたいものがあるんでしょう?」

 

 緋色に輝く先輩の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめていた。

 

 ウイちゃんが陥っているであろう人間不信の治し方。『人間不信 治し方』なんて風に検索して答えが出てくれば私は舞い踊って喜んだが、そんな単純な道理はなかった。私が知る限りの最も身近な人間不信の例は私自身だ。私の陥った人間不信の治し方は、先輩とツヅカだった。

 

 だからウイちゃんにとっての先輩とツヅカを作る。それが私の出したウイちゃんの人間不信の治し方だった。たとえば、ヒナタちゃんのような善人をウイちゃんの友達にするだとか。きっかけは古書の修復依頼などがいいかもしれない。そうやって、私が卒業するまでに仲直りができたらいいな。なんて希望を抱いて、私は馬鹿みたいに手を伸ばすことにした。

 

 

 

 

 

 

 私がウイちゃんとの仲直り計画を本格的に実行に移してから、早いもので一年が経過しようとしていた。先輩は卒業し、私は無事セクストンになった。陰では墓守なんて呼ばれているらしく、正直小っ恥ずかしかったが、古書館の魔術師の方がよっぽどと言われてしまえばそれきりだった。

 

 この一年の間、色々な出来事があった。直近で言うならエデン条約だとか。おかげで政治不介入というシスターフッドの慣習が崩れて管理側としてはてんてこ舞いだ。というか、想定外が多すぎたというのが私のほんとうだった。

 

 私の目論見は、ウイちゃんにヒナタをけしかけて人間不信を軽くすること。その理由付けのために古書を探していたのだが、見つからないことこの上なかった。それ以外にも連邦生徒会長失踪によるエデン条約の空中分解からの回復。シャーレの先生の赴任。エデン条約でのゴタゴタなどなど盛りだくさんで勘弁してほしかった。結果として仲直りできる確率が上がっているのだから文句は言えないが。

 

 きっと、先生のお陰なのだろう。

 

 私は遠目で見たことしかないが、人となりは聞いていたし、たとえ遠目であっても先生の持つ不思議な雰囲気は感じられた。人間不信に陥ってしまった人に近づけるのは、底なしのお人好しか飾らない人かという違いはあっても、裏表がない人というのが一つだ。だからこそ私はヒナタちゃんをウイちゃんに近づけようとしたのだし。先生もまたそういった人間で、一人より二人の方が早く回復するという至極単純な理屈だった。

 

 実のところ、仲直りするタイミングはもういつでも良かった。下準備は終わっていて、あとは私が扉を叩くことができるかどうかだけ。それだけのことが今の私には何よりも難しかった。

 

 もちろん、仲直りしたくないわけじゃない。言い訳ということを重々承知で言わせてもらうと、扉の前に立つと否応なしにウイちゃんに拒絶された記憶が蘇ってしまうのだ。古書館の前に設置されたバリケードなんて、その最たるものの一つだった。

 

 そんなわけで、私が古書館の前に立ち尽くしてからかれこれ一時間半が経っていた。三十分かけて深呼吸をして、三十分かけて扉に手をかけて、三十分かけてノックをする心構えを整えた。あと一時間くらいで扉を叩けそうな気がするが、その前に中から扉が開くだろう。

 

 私は先生が古書館の中にいることを知っていた。そして、これからナギサとのお茶会に行くことも。自分から扉を開けられない私は、逃げ出さないようにしながら、そのときをじっと待っていた。我ながら情けないと思った。

 

 そうして、私が古書館の前に立ち尽くしてから二時間が経ったところで、ようやく扉が開いた。

 

 「うおぅ」予想外の人影に扉の奥から現れた先生が驚きの声をあげる。

 

 先生は白の暖簾で顔を覆っていた。暖簾には小学校低学年児の描いたような似顔絵がプリントされていた。暖簾越しだったが、何となく目が合ったような気がした。というか何で前が見えてるんだ。おかしいだろ、物理的に。

 

 「ヨナギ……」続いて、先生の後ろにいたウイちゃんも声をあげた。

 

 「やっほ、ウイちゃん。はじめまして、先生」二人に向けて軽く手を振る。

 

 出会ったときの台詞を事前に決めていたお陰で、久しぶりの挨拶はスラスラと発することができた。

 

 「はじめまみて、ヨナギ」先生は言った。

 

 「噛みましたね」

 

 「噛んじゃった」私の指摘に、てへっと舌を出す。

 

 「私これからナギサとのお茶会があるからまた今度話してくれると嬉しいな」

 

 「是非」

 

 先生と入れ替わるようにして古書館へと足を踏み入れる。古書館に入るのも、ウイちゃんと話すのも、実に半年ぶりのことだった。気まずい沈黙が流れる前に、仕事の話を振る。

 

 「まず、アリウス自治区の白骨死体に刻まれてた言葉の現代訳の確認を今月中にお願い。確認が終わったら、その資料は蔵書として扱っていいってさ」

 

 「ヨナギ」

 

 私はウイちゃんの声を無視して説明を続ける。「あと、カタコンベの資料の一部。シスターサクラコから持ち出し許可が出たからどーぞ」

 

 「そうではなくてっ!」ウイちゃんは声を荒げた。「私はあなたに謝らなくちゃ……っ!」

 

 この時点で私は、ウイちゃんが私に対して描いている感情が、私の思い描いていたものとは全くの別物であることを悟った。

 

 「私はっ、あなたの言葉を信じることができなくてっ」

 

 ウイちゃんが私に縋り付く。握りしめられた私の制服に皺が寄った。

 

 「ウイちゃん」

 

 まとまらない頭だった。適切な言葉は見つからなかった。それでも何かを言わずにはいられなかった。私は言葉を紡いだ。

 

 「一度歪んでしまった私たちの関係性は簡単には戻らないと思う。もしかしたら、一生捻れて歪んだままかもしれない。それでも私はウイちゃんともう一度」

 

 制服を握りしめるウイちゃんの手が少しだけ緩んだ。

 

 「私たち、やり直せるかな」私は震える声で言った。

 

 表面張力ギリギリのところで耐えていた私の感情が、ついに器から溢れ出た。それはウイちゃんも同じだった。

 

 「ごめんっ、なさい……っ!」

 

 「私も、ごめん」

 

 私がウイちゃんをぎゅっと抱きしめると、同じだけのハグが私を包んだ。

 

 

 

 思いきり泣いて、感情の整理をした私たちは、久方ぶりのコーヒーブレイクの時間を堪能していた。泣き終えたというよりも、 涙に割ける水分がなくなったというのが正しかった。目元には泣き腫らした跡ができていた。

 

 「あれ、豆変えたんだ?」

 

 半年ぶりに飲むアメリカーノは私を溶かした。世界一おいしいアメリカーノだった。が、時間を考慮したとしても、以前より少し苦みが強いような気がした。

 

 「え。ええ、まあ……。よく分かりましたね?」

 

 歯切れの悪さでなんとなくだが、少し事情を察することができた。

 

 「ははーん?」私はわざとらしく言ってみせた。「先生の好きな豆なんだ」

 

 「ち、違っ!?」

 

 「ほんとうは?」間を空けずに問いただす。

 

 長い沈黙ののちに、ウイちゃんは絞り出すように言った。「そう……です」

 

 「それに、ハンドケアまでするようになっちゃって」

 

 「そっ、それは……」

 

 「ウイちゃんの手は元もと綺麗だったけど、ケアなんてしてなかったのに色気づいちゃってまあ」

 

 茹でられたタコのように、耳まで真っ赤に染まっているウイちゃんが面白かった。

 

 「先生のこと、好きなんだ?」

 

 私が聞くと、ウイちゃんは小さく頷いた。

 

 「も、もういいでしょう? ヨナギの話も聞かせてくださいよ」

 

 私が渋るフリをすると、ウイちゃんの顔が歪んだ。

 

 「どんなところが好きなの?」

 

 「言いたくないです……」

 

 容易に予想できたその一言に私は持ってきていた紙袋をウイちゃんに差し出す。

 

 紙袋から中身を取り出したウイちゃんは目を丸くした。「これは……」

 

 「大切にしてよね?」

 

 紙袋の中身は、以前ウイちゃんが壊した懐中時計だった。

 

 「本当にすみませんでした……! 誓って大切にします……!」

 

 私はその一言に、ニィと唇を釣り上げる。「ウイちゃん。私、先生の好きなところ気になるなっ!」

 

 「いやっ、それとこれとは別でっ」

 

 「気になるなっ!」

 

 先ほどよりも長い沈黙が場を支配したが、やがてウイちゃんは肩を強張らせながら口を開いた。「わ、私と同じようにこの子たちを呼んでくれるところが……その」

 

 「その?」

 

 「す、好き……ですっ」

 

 私の口角が更に上がる。古書館の天井を突き破ってしまいそうなくらいだった。

 

 「確認だけど、付き合っては?」

 

 「ない、です。恐らく脈もないかと……。私より愛想が良くて可愛らしい子なんていくらでもいますし……」

 

 「案外、そんなことはないのかもよ?」

 

 「え?」

 

 「ウイちゃんにはウイちゃんのいいところがあるからね」

 

 「そんなことは」ウイちゃんは言葉を途中で切った。「いや、そうですね。私も少しずつですけれど、楽観的に生きてみようと思います」

 

 昔のウイちゃんでは考えられなかった台詞に、胸が熱くなった。

 

 「お互い、変わったね」

 

 「まだまだ途中ですけれどね」

 

 ウイちゃんの顔には笑みが浮かんでいた。

 

 「先生の話、もっと聞かせてよ」

 

 「ティーパーティーのお茶会にカレーを持って行こうとしてるって話します?」

 

 普通の人ではまずしないであろうその行為に笑ってしまう。あの人、そんなことしようとしてたのか。

 

 「紅茶にカレーは合うから仕方ないね」

 

 「そうなんですか……?」

 

 「CMでやってただけだからほんとうは分かんない。でもカレー嫌いな人ってあんまりいなくない?」

 

 「た、確かに?」

 

 「ティーパーティーのお茶会だからって物怖じしちゃうっていうのも分かるけどね。ウイちゃんは止めたの?」

 

 「さすがに止めましたよ……」

 

 「お茶会ってナギサだろうし、だったら……ねえ?」

 

 「悪い顔してますよ」

 

 私はバレたか、という風に手を広げた。

 

 「でも実際、ナギサにはミカちゃん以外にも素でいられる子が必要だよ。たとえそれがツッコミみたいな形だとしてもね」

 

 「ナギサさんはその辺り、先生相手でも取り繕ってしまう気もしますけれど……」

 

 「そこは私たちと一緒でさ。ちょっとずつ変わっていけばいいんだよ。エデン条約でも思うところはあっただろうしね」

 

 「ミカさんですか……」ウイちゃんは唸った。

 

 「ナギサの現状はティーパーティーとしての立場と幼馴染としての立場で板挟みって感じかな。心配しなくても、先生もいるしそこまでの大事にはならないと思うよ」

 

 「私はあまり外に出ませんけれど、その。あまりいいお話は聞きませんし……」

 

 「そういうことを言う大多数は日和見菌みたいなものだよ。風向きが変われば意見も変わる」

 

 「そう、なのでしょうか」

 

 「私たちにできることなんて高が知れてるんだ、信じて傍観するしかないよ」

 

 もちろん、ただ傍観するつもりはない。ナギサに発破をかけてミカちゃんに対するいじめは少しでも減らす。影響は微々たるものかもしれないけれど、やらないよりはマシだろう。

 

 「言っていることはいいことなのに、どうしてそんなに悪い顔をしているんですか……」

 

 「乙女の秘密だよ」

 

 「蠱惑的な名前の割にはドロドロしていそうですね……」

 

 「乙女の秘密なんて大概、ロクなものじゃないよ。それとも、今の私は嫌い?」

 

 「そんなことはないですよ。ヨナギのそれは誰かを守るためのものでしょうから。私はそれが誰かを傷つけるために使われるのが嫌なんです」

 

 「やっぱりウイちゃんは優しいね。そういうところは、変わらない」

 

 「以前ほど、その言葉を素直に受け取れなくなってしまいましたけどね」

 

 「ウイちゃんが信じられるようになるまで、何回でも言うよ」

 

 「なんだか照れくさいですね……」

 

 頬を赤らめるウイちゃんを見ていると自然と笑みが溢れた。「ウイちゃんは優しくて、可愛くて、賢くて……」

 

 「もっ、もういいですからっ」

 

 「あと百個くらいは言えるよ?」

 

 「やめてください……」

 

 「そうだ、先生の前でウイちゃんのいいところ言おっと」

 

 「ほんとにやめてください……」

 

 「そういえば、ウイちゃんは、なんで私のこと恨んでなかったの?」

 

 私は思い切って聞くことにした。ウイちゃんが私に抱いていいた感情があまりにも私の思い描いていたものと異なっていて、気になってしまったのだ。

 

 「謝られたんです」

 

 「謝られた?」私は聞き返した。

 

 「一ヶ月ほど前に、ヨナギと私の交換ノートを捨てようとした方が謝りに来たんです」

 

 「へえ」

 

 私に謝りに来ていないのは単純に私のことを見つけられなかったからだろう。授業に出ず、ほとんどの時間をカタコンベに籠もっりっぱなしなのだから当然と言えば当然だった。謝りに来られたとしても許す気など到底なかったが、謝りに来なければ来ないで腹が立った。私は面倒くさい人間だった。

 

 「あまり驚きませんね?」

 

 「驚いてるよ。驚いてるけど」

 

 いじめっ子が改心することなんてあるんだなと、他人事のように思った。なんというか、拍子抜けだった。喜びというよりかは、改心していることに苛立っているのかもしれなかった。悪人のままであったら、私が罰せられたのに。そんな思いがないわけではなかった。

 

 「なんか、そっか。って感じ」

 

 「そうなんですか」

 

 「うん。そう」

 

 「謝りに来られたときから、ヨナギに謝らなれければと思っていたのですが、勇気が出ずズルズルと……。改めて、本当に申し訳ないです……」

 

 「こうして仲直りできたんだし、気にしなくていいよ。それに悪いのはウイちゃんじゃないからね」

 

 「ヨナギはこの一年の間、どうしていたんですか?」

 

 「えっとね……」

 

 話題は尽きることなく次から次へと移り変わり、私たちは失った時間を取り戻すかのように語り合った。部活の話。好きなものや、嫌いなものの話。あれが欲しい、これが欲しいの話。サイダーとソーダの違いってなんだろうね、みたいなくだらない話。ほんとうを見せられなかった私と、信じたいものを信じ切ることができなかったウイちゃん。私たちにはきっと、そういう会話が必要だった。

 

 随分と長い間話し込んでいたらしく、気が付けば先生がナギサとのお茶会から戻ってきていた。

 

 「折角ですし、先生も一緒にお話しませんか?」

 

 「若人二人の蜜月を邪魔するわけにはいかないよ。太古の昔から百合の間に挟まる男は市中引き回しの上、打ち首獄門って相場が決まってるのさ」

 

 私が食い下がってみせると、先生は渋々といった様子で「しょうがにゃいなあ……」と了承してくれた。長時間話したお陰で喉が少し痛かったが、そんなことは些事だった。

 

 ウイちゃんは気恥ずかしいのか嫌がっていたが、いざ三人での会話が始まると、まんざらでもない様子だった。三人での会話は、いわゆる『可愛い女の子と一緒に過ごす一時間』で、またたく間に過ぎ去った。この状況で言うと、比喩でもなんでもなかったが。

 

 「私はそろそろ帰ろうかな」と、先生が席を立つ。

 

 それに続くようにして私も扉へ向かった。

 

 「帰り道でウイちゃんとのあれやこれや、聞かせてくださいね?」私はニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。

 

 「任せて。ウイ検定一級保持者だから」

 

 「奇遇ですね、私もです」

 

 「あなた方は何を言っているんですか」

 

 「ウイちゃん、また明日」扉の前で振り返り、私はゆらゆらと手を揺らした。

 

 「はい、また明日」ウイちゃんの手もまた、揺れていた。




 これにて完結です。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
 感想、お気に入り、評価、どれもすごく嬉しいです。誤字報告もありがとうございました。かしこ
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