無双†転生   作:所長

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閑話 バトーさんじゅうななさい

■プラモデラー空海

 

「ようこそいらっしゃいやした。今日は何の御用でしょう、空海様」

「うん。折り入って相談があってね。職人長と工房長に会いに来たんだ」

「承知しやした。中でお話に?」

「そうだね。そうしようか」

「ではこちらへ」

 

 空海が今日訪れているのは戦略ゲームなどの駒を作っている工房だ。

 ここでは金持ち向けの彫刻や、各種遊戯の駒を作っている。

 

「お待たせいたしやした」

「うん。今日は特殊注文じゃなくてね。半分は商売の提案なんだ」

「半分ですか? もう半分は」

「提案が上手く行くかを試すための注文」

「……なるほど。うかがいやす」

 

 水鏡女学院に入っている遊戯板などは、ほとんどがワンオフのオーダーメイド品だ。一般に広く出回って欲しいものではない場合、その製造を制限する契約で注文を行う。

 この工房の客層では半分くらいがそういった特殊な注文で、残りがある程度決まった型から作る量産型だ。

 

「まずはこれを見て欲しい」

「人形ですかい?」

「うん。職人長も」

「へい」

 

 取り出したのはいわゆるアクションフィギュアというものだ。

 と言っても精々腰や首が回るとか肩が回るとかいうだけなのだが。

 

「へぇ……」

「これが何か?」

「うん。これ、作りが良ければ各部を動かしたり位置を変えた状態で止められたりー」

「こりゃすげぇ」

「確かに……しかしそれで?」

「つまり、動きを表現出来る。例えば獅子に斬りかかる兵士と猫に餌をやる兵士を同じ人形で使い分けられる」

「はぁ……?」

「子供たちが布の人形で遊ぶ時、多くは人形に動きを持たせている。『こんにちは』ってお辞儀をさせたりな」

 

 説明していくうちに工房長にも徐々に理解の色が生まれてくる。

 

「今まで布の人形しか選択肢がなかった部分に食い込める可能性がある。それどころか、硬質の材料を使うことで表現の幅が広がる……具体的には今まで少なかった男の子向けの人形として喜ばれる……かもしれない」

「なるほど」

「いいじゃねぇか、作ってみようぜ!」

 

 工房長が理解を示し、職人長が賛成したことでとりあえず先行する注文を出すことになる。

 

「まずは1万銭で作れるだけ作ってみてくれ」

「どんなものを作りゃよろしいんでしょう?」

「そうだな。子供の男女、大人の男女、兵士姿、動物あたりかな」

 

 需要が考えられる何種類かを提案する。もちろん、その先にある本当に作って欲しい物の布石も行う。

 

「……兵士、動物っと。わかりやした。早速手配いたしやす」

「うん。再来月頃にまた様子を見に来ようと思うけど、大丈夫か?」

「そうですね……職人長?」

「へい。問題ありやせん」

「では、そのように」

「うん。任せる」

 

 ――これで赤壁のジオラマを作るんだ……。

 

 空海は密かに決意していた。

 

 

 

 

 

■二大軍師

 

「朱里」

「はい! 私は諸葛(しょかつ)(りょう)孔明(こうめい)と名乗ることにいたしました」

「ほー。……孔明かー」

 

 空海は内心の驚愕を隠して何とか頷く。神スペックで思考を加速していなければ確実に吹き出していただろう。(あざな)に罪はない、と自らに言い聞かせる。

 

「うん。良い字だと思うぞ。よろしくね、孔明」

「ありがとうございましゅ!」

「うん。シメくらいは綺麗に決めて欲しかったな」

「そうですね」

「はわわっ! す、すみましぇん!」「あわわ……」

 

 ――先日、朱里と雛里の二人は水鏡女学院を無事に卒業した。

 

 無事という言葉は果たして正しいのか、空海は悩む。まだ学院創立から10年ほどしか経っていないというのに、これから数世紀は破られないような好成績を残すことを無事と言うのなら、紛れもなく無事なのだが。

 そして一人前と認められた証として、今日ついに字を考えてきたとのことで、今は孔明の字を本人の口から聞いたところだ。

 

 次の獲物は、紫色の帽子を目深にかぶった小娘。

 

「次は雛里ですよ」

「あわわっ! 鳳、統、士元です!」

 

 慌てすぎである。空海は内心の驚愕と苦笑を、わざとらしい絶叫への燃料にした。

 

「キェェェェェェアァァァァァァ帽子がシャァベッタァァァァァァァ!!」

「あわわ!?」「はわわ!?」

「徳操ー! 帽子が! 帽子が喋ってるー!!」

「あわっ違っ! 違いますー!」

「徳操助けて! 喋る帽子が追いかけてきたァァァァァァァ!!」

「待ってくださいー!」

 

 その様子を見て司馬徽はため息を吐く。

 

「はぁ……帽子を取れば良いのですよ」

 

 すれ違いざまに雛里の帽子をひょいっと取り上げる。

 

 ――流石に徳操は意図に気がついてくれたかな?

 

「あっ! 水鏡先生(しぇんしぇい)……」

「おお、徳操ありがと! 助かったー」

 

 大げさに汗をぬぐう仕草をしながら帽子を持つ司馬徽に近寄り帽子に(・・・)話しかける。

 

「鳳士元、もう人を食べちゃダメだぞ。……大丈夫だったか雛里? 鳳士元に食べられかけていたようだが」

「違うんですー!」

「どうした? 怪我でもあったのか?」

「ちがっ、そうじゃなくて、私が鳳士元なんです!」

 

 空海はニヤリと笑う。

 江陵には賢いのに純粋な子が多い。空海はそれをとても好ましく感じている。

 

「うん、わかってた」

 

「……え?」

「顔を隠さなくても自己紹介は出来るじゃないか。俺は、俺の前で名乗ったお前の顔が見たいんだ。お前がどんな帽子をかぶっているかを知りたいわけではない」

「え? あの、その」

 

 空海に撫でられて真っ赤になりながら雛里は大いに混乱する。

 一番慣れている男性とはいえ、男の人とこんなに無防備に向き合うことは滅多にない。雛里は誰かに何かを助けてもらおうと周囲を見回し、いつの間にか隣に来ていた親友からの視線に気がつき――ようやく、自身が深い後悔にさいなまれていることを自覚した。

 

「……ほら、雛里ちゃん」

「あ……。うん! 私――ごめんなさいっ、空海様!」

「よし許す! ただし。もう一度ちゃんと名乗れ、雛里」

「はい! 私は鳳、統、士元です! よろしくお願いします、空海様!」

「うん。良い字だな。よろしく、士元(・・)

 

 鳳統と空海が向かい合って優しく微笑み合う姿に、横で見ていた司馬徽も孔明も温かい気持ちに包まれる。

 

「良く出来ましたね」

「雛里ちゃん、お疲れ様」

「あわわ、す、水鏡先生……朱里ちゃん」

「ほら、貴女の帽子ですよ。どうすればいいのかは、わかりますね?」

「はい! 先生、空海様、申し訳ありませんでした」

 

 鳳統は帽子を受け取ると、それを胸に抱き(・・・・)司馬徽に対し深く頭を下げた。

 

「この経験を次に活かしなさい」

「はい!」

 

 そして未来の二大軍師が見つめ合い、柔らかく微笑み合う。

 

「朱里ちゃん、ありがとう」

「ううん。――雛里ちゃん、よかったね」

「うん! 朱里ちゃんも、おめでとう」

 

 二人を見守っていた空海だが、一つ頷くと威厳を持って告げる。

 

「では、お前たちに言っておくことがある」

「「はい!」」

「もうクッキー様はやめろ」

「既に対策済みです!」「もう大丈夫です!」

 

 空海は鷹揚に頷き、爆弾を投下した。

 

元直(げんちょく)のことをクッキーちゃんと呼ぶのもやめろよ?」

「あわわ!?」「はわわ!?」

 

 何故バレたのかと噛みまくる二人を冷ややかに見下ろす。

 元直とは徐庶(じょしょ)元直のことだ。

 孔明と鳳統の学友だが、こちらは親が江陵に住んでおり、卒業と同時に元直の字を贈られている。空海への挨拶も早くに済ませているため、今日は自らに遅れて挨拶を行う友人二人のためにクッキーを焼いている。

 

「確かに元直の作るクッキーは美味しいけれども」

 

 ――徐庶は空海の唯一の弟子だ。お菓子作りの。

 

 徐庶は、空海が水鏡女学院に顔を出すたびに、独自に工夫を加えた、しかしあと一歩足りないクッキーを親切心から贈ってくるという、よく気の回ると同時に空海にとっては扱いに困る娘だった。

 そこで、どうせ贈ってくれるなら美味しいものが良い、という空海の思惑からクッキーの作り方についてただ一人空海から直接教えを受け、結果、クッキー作りに関して江陵で右に出る者はいないという二代目クッキー様が出来上がってしまった。

 その彼女の水鏡女学院での愛称が『クッキーちゃん』である。内気な彼女が身内にのみお菓子作りを伝えていることから『クッキーの伝道師』とも呼ばれる。

 

「お前たちの間ではクッキーちゃんと呼んでいるんだよな?」

「あわわわ、どどど、どうしよう朱里ちゃん」「はわわわわ」

 

 どう切り抜けるのかと噛みまくる二人を冷ややかに見下ろす。

 

「よしわかった。呼び名を改めるまで、お前たちを『はわわ軍師』及び『あわわ軍師』と呼ぶことにしよう」

「はわー!?」「やめてくださいー!」

 

 それでも徐庶の持って来たクッキーにはかじりつく二人である。

 

 

 

「二人の字にずいぶんと驚かれていたようですが?」

「うん。朱里が孔明を名乗るとは思ってなかった。欲を言えば、もっと『今です!』って感じに期待したいんだけど……あの子は『はわわ』だからなぁ」

「……はわわです?」

「――徳操、やめるんだ。本人を前に吹き出したら困る」

 

 これ以降、なにかと「イマデス!」を連呼する少女が江陵で目撃されるようになる。

 連呼するようになった理由は知られていない。

 

 

「あ、士元も良い字だと思ってるからね」

「もちろんです」

 

 

 

 

 

■絡繰空海

 

「だから、鎧の内側はある程度手を抜いてもいいんだよ。見習いとかに仕事を出すとかして職人の労力は目に見える所につぎ込むんだ」

「しかしそれでは鎧を脱いだ――」

 

「武器は一体型は無理かな?」

「こんなちーせー弓を木で作ったら子供でも折っちまうよ」

「思い切って鍛冶屋に発注――」

 

「あー、なら安い方は一体型にしてしまおう。鎧を着るんじゃなくてそもそも身体そのものが鎧を着た状態って感じで作るの。武器は別」

「それでは作業工程――」

 

「鍛冶屋と服屋にも染色を試してもらいたいな。あと小物の製作も」

「ならばこちらのツテで――」

 

「市場の感触を確かめるために、仕様を固めたらいくらか先行して作って、第二層以上に新しく引っ越してきた人間に記念品として配ってみようと思う。この辺を各千体作るとしたら、いくらになる?」

「千体!? しょ、少々お待ちくだせぇ」

 

「うーん。1500万銭は少し高いな。もう少し価格を落とせないか検討しておいてよ」

「承知しやした!」

「制作期間は……そうだね、受注から1年程度で。今のままだと厳しいだろうけど、その辺も考えておくようにね」

「わかりやした。出来るだけのことはしておきやす」

「よろしくね」

 

 

 

 

 

■第一回大酒飲み大会(最終回)

 

「人口300万人突破記念祭、第一回江陵大酒飲み大会どんぶり杯。いよいよ開始の時間が近づいて参りました。実況は私陳琳(ちんりん)が。解説席には江陵の主、空海様をお招きしています。空海様、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 大通りの端の方に作られた特設ステージ上で今、密かに緊張感が高まっていた。

 

「さて、どんぶり杯では、一次予選、二次予選を勝ち上がった8名が決勝で杯を交わすことになります。空海様、早速ですが何故このような方法となったのですか?」

「はい。まず、今回のどんぶり杯には、2000を超える参加希望が寄せられました」

「なんと! 2000ですか!」

 

 実況席の二人はちらちらとカンペを見ながら会話している。わざとらしい会話もこの手のイベントの醍醐味だ。

 

「そのうち書類の選考で落ちたものは100にも満たず、参加者をある程度絞るために一次予選を開催しました」

「一次予選では3升(600ml)の酒を半時(1時間)で飲みきれるかが試されました」

 

 陳琳が手元に置かれた1升のコップを持ち上げてみせる。

 酒を安く提供した酒家の名前が入った限定品だ。珍しい催しの記念として、ほとんど全ての参加者が持ち帰ったらしい。

 

「本番でも用いるかなりキツい酒でしたが、参加者のうち500名以上がこれを通過してしまいました。予想外でしたね」

「私も事前に試飲しましたが、これが辛いのです。1升で音を上げてしまいました」

 

 酒の宣伝を挟む。試飲も提供されていたため、会場にはほろ酔いの観客もいる。

 

「そこで、この大会は予想よりも参加者の質が高いのではないか、と判断し、当初考えていた『大勢でたくさんのお酒を消費する』という大会の方針を変えることにしたのです」

 

 元々は、適当にエントリーして適当に飲み、特に多く飲めた参加者に記念品を渡す程度のものを想定して準備していた。

 

「それが今回の8人の決勝進出者、彼らを生み出した二次予選へと繋がるのですね?」

「その通りです。二次予選では1斗(2リットル)の酒をいかに早く飲みきるかを競い、その上位8名が決勝へと駒を進めました」

 

 ちなみに内訳は江陵系女子が3人、江陵在住の男性が3人、旅人の男性が1人、偏将軍が1人である。

 

「この二次予選、なんと100名以上が1斗を飲みきったそうです」

「上位は特に早かったですね」

「1位と2位の通過時間は、驚くことに半刻(7分)を切っています!」

「8位ですら1刻(14分半)ほどですから、接戦だったと言えるのではないでしょうか」

「空海様の仰る通り、参加者の質の高さがうかがえます」

 

 20分を切るような猛者はこの8人だけだった。実力が特に抜きん出ていたため、この8人を決勝進出者としたのだ。

 

「さて、決勝では半時(1時間)でどれだけの酒が飲めるかが競われます」

「一杯2升半(500ml)のどんぶりで渡される酒を何杯飲めるか、という戦いですね」

「このどんぶりが、『どんぶり杯』の由来ともなっています。……これは大きいですね」

 

 どんぶりを手に持って掲げる陳琳。どんぶりとしてはほどほどだが、酒の器と考えればとんでもない大きさである。

 

「ははは。しかし決勝に集う選手達にとってはそれほどでもないのでしょう」

「なるほど。仰る通りですね、ではその期待の選手紹介に移りましょう」

 

 

「まずはいきなり優勝候補筆頭、江陵武官の最高位、黄将軍です!」

「公覆選手は二次予選を1位で通過していますが、二次予選の審査員によると『酒が消えたように見えた』そうですよ」

「なんと黄将軍、あまりに早く1斗を飲みきってしまったため、確認のためもう1斗飲んでいます。2度目の1斗を飲むのに掛かった時間が予選1位の通過時間となっています」

「その場で2斗(4リットル)飲んだことになりますね」

「この大会のために昨晩から禁酒をしているそうで、今も手が震えて……え? 昨晩?」

「諦めてください」

「……。では次の選手です!」

 

 

「西涼馬家は酒でも強い! この日のためにはるばる西涼からやってきました! 予選第2位の馬家当代当主! 馬将軍です!」

「寿成選手は公覆選手ほどお酒に強くありませんが、早飲みには定評があります。制限時間付きという条件であれば有利かもしれません」

「しかし馬将軍、女の私から見ましても可愛らしいと言いますかめかし込んでいると言いますか気合いの入った衣装と言いますか」

「よく似合っていますね」

「あ、真っ赤になりましたね。――え? もしかしてそういう関係?」

「違います。次の選手に行きましょう」

「あ、落ち込んでる」

 

 

 

「絶対に負けられない飲み会が、そこにはある……。第一回江陵大酒飲み大会、どんぶり杯、いよいよ開幕です!」

 

 酒が運び込まれ、どんぶりに注がれ、選手たちの前に並べられていく。

 選手にどんぶりを渡したり、受け取って片付るサポーターとして、酒家から派遣された娘たちがそれぞれの選手の隣に付く。

 開始の合図を任された酒家の娘が、緊張した面持ちで銅鑼の前に立ち、会場から音が消えた。

 

 

「よーい……」

 

 

 

 ジャーンジャーン!

 

「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク」

「気持ち悪ッ!!」

「おーっといきなり黄将軍のどんぶり流し飲みだァ! 一つのどんぶりに口を付け、もう一つのどんぶりで上から酒を流し込む! 私は目の前の光景が信じられません!」

「俺も信じたくない! 何あれ気持ち悪っ!」

 

 あまりの暴挙に空海がどん引きし、観客からも変な声と歓声が上がる。

 

「一方、予選第2位の馬将軍! こちらは両手でどんぶりを支える可愛らしい飲み方だが凄い勢いだ!」

「良かった……勢いは凄いけど寿成がマトモで良かった……」

「いやぁ、私も女ですが、馬将軍の飲み方は何やら一生懸命さが見えて保護欲をかき立てられますね」

 

 飲み方を評されるという稀な体験に馬騰の顔に赤みがさす。

 

「お前にはやらんぞ。俺の癒やしだからな」

「あ、目を回した」

「ええっ? しまったっ、寿成、大丈夫!?」

 

 いつもの調子でからかってしまったが、今は酒を飲んでいる。目を回して倒れたということは緊張などが重なって急性アルコール中毒になったという可能性もある。空海は馬騰に駆け寄って抱き起こす。

 いよいよ真っ赤になった馬騰を見て、陳琳はお前がとどめを刺したんだ、という言葉を飲み込んだ。大会を通じて空海の気さくな人柄は理解していたが、その実とんでもない高官なのだ。馬騰と合わせれば、一族が歴史から、故郷が地図から消えかねない。

 陳琳は一瞬でそれらのことを考え――

 

「あちらに控え室があります! 人払いはしておきますので、どうぞごゆっくり!!」

「お前、あとで覚えておけよ」

 

 自らにとどめを刺した。

 

「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク……」

 

 

 

 最下位となってしまった馬騰だが、空海にはそれほど悔しそうには見えなかった。来年もまた会う約束をして別れる。

 

 そして優勝はもちろん黄蓋だった。

 

「優勝した黄将軍には審査員長周軍師様より書類仕事1年分が贈られます!」

「ゲェーップ……ほえ?」

 

 

 

 

 

■絡繰太子空海

 

「空海様! この絡繰り制作費1000万銭とはなんですか!?」

「落ち着け公瑾」

「ぐ……理由を、お聞かせ願えますな?」

 

 周瑜は書簡を綺麗にまとめ直して姿勢を正した。何度か深呼吸をするうちに息も整い、目にも理性的な光が宿った。

 

「まずは、作っているのは人形だ」

「は? 人形、ですか?」

「そう。少し凝った人形ではあるが、まぁ子供の玩具にあるあれだ」

「……子供の玩具に、い、1000万銭、ですか?」

「落ち着けと言うに」

 

 日本円に換算すれば少なく見積もっても億単位である。下手をすればビルが建つ。

 

「……失礼しました。どうして、そのようなことを?」

「うん。公瑾は、以前に俺が贈った人形をまだ持っているか?」

「ぇ、あの……はい」

 

 10年近く昔、周瑜がまだ江陵に来たばかりの頃に、当時彼女が強く憧れていた黄蓋をモデルにした人形をプレゼントしたのだ。

 周瑜が少し赤面しているが、空海は気にせずに続ける。

 

「お前を迎えた翌年に、公覆を模した人形を売り出した。その翌々年には漢升を模したものに入れ替えてみている」

「それは覚えております」

 

 当時の女の子たちにとってはそれなりに大事件だったのだ。『お人形』は彼女たちのお小遣いで買える安さではなかったが、親たちの手が届かないほどではなかった。

 

「で、その後の経過を調査しているんだが」

「経過?」

「詳しくは孔明に聞け。資料をまとめさせている」

「……承知しました」

 

 周瑜は資料の確認の必要性を頭の片隅に留め置く。

 

「件の人形の発売を機に、公覆と漢升、それぞれに対して好意を持つ女子の割合が劇的に増加している。兵士を希望する者もな」

「……は?」

 

 告げられた内容が余りに想像とかけ離れていたためか、周瑜は呆けたような表情をしている。頭の回転が速く、普段から凛々しい彼女にしては珍しい表情だ。

 

「し、失礼いたしました。しかし、どうしてそのようなことが?」

「うん。それも調査の資料にあるんだが、おおむね人形に対する思い入れが現実のそれに反映されている、と言っていい傾向を示している」

「そのような……いや、しかし……では祭殿に対して……」

 

 思考に没頭し始めた周瑜に、空海は容赦をしない。

 

「では、江陵の兵士を模した人形を男子向けに用意したらどうなる?」

 

 周瑜は顔を上げ、空海を見て、その向こう(・・・・・)を見て、再び視線を戻した。

 そこに見える表情はいつになく厳しい。

 

「さて公瑾。1000万銭は高かったか?」

「……直ちにもう1000万銭、手配いたしましょう」

「任せる。現状は孔明から説明を受けてね」

「はっ」

「あ、そうだ」

 

 空海はきびすを返して去ろうとする周瑜を止める。

 そろそろ認めないといけないかな、と思ったのだ。

 

「公瑾、お前に俺の真名を許す。まぁ、普段は号の方で呼ぶように」

「はっ……」

 

 跪いた周瑜を見下ろし、空海は静かに告げる。

 

「俺の真名は天来(てんらい)。俺に仕えろ、周公瑾」

 

 

 

 

 

■初号機

 

「これが西から来た馬?」

「兵士の間じゃ赤兎馬って呼ばれてるヤツらだよ。あたしの馬たちもこれ」

 

 馬騰がシルクロードを通って入って来た大型の馬を江陵まで連れてきた。3年ほどかけて集めた300頭らしい。流石に最西端の土地では出回っているものも違いが大きい。

 馬車鉄道に使えるかもしれない、ということで今は駅で貨車と繋いでいる。

 

「どうです、勇ましいでしょう? 余裕のいななきだ。馬力が違いますよ」

 

 西涼からついて来た飼育員のおっちゃんも誇らしげだ。

 

「……あのおっちゃん悪い人じゃねーんだけど、なんでかあたしの馬をキャディって呼ぶんだよな。麒麟だっつってんのに」

「キャディに乗るヴァモーキか……イイネ!」

 

 空海はキャディ(※キャデラックの愛称)と聞いて霊柩車を思い浮かべる。霊柩車を乗り回す馬超(ヴァモーキ)なんて三国無双にも登場しそうで実に空海好みだ。

 

「あたしは馬孟起だ! 下唇を噛むな! んで、キャディじゃなくて麒麟っ!」

「お姉様もツッコミが板に付いてきたよねー」

「……たんぽぽ、午後の鍛錬は覚悟しておけよ」

「えーっ! 横暴だよお姉様!」

 

 そう良いながらも馬岱はからかうのをやめない。周囲の耳目を集め始めたことに気付いた空海が口を出す。

 

「たんぽぽ、諦めて行ってこい。たんぽぽは元気がない時の方が可愛いと思うぞ」

「空海様ひどすぎるよ!」

「あははは。空海様はよくわかってるよなー」

「お姉様まで!?」

 

 

 

 馬騰の待つ第二層の食事処を目指して馬車で移動中、新しく出来た料理について空海が説明していると、馬超が何かに気付いた。

 

「なあ空海様、アレってなんだ?」

「ん? どれだ?」

 

 馬超が指したのは雑貨屋だ。店先に大きな馬の絡繰りが飾られている。

 

「あの黒い馬だよ」

「ああ……あれは絡繰り江陵馬三号だな」

「絡繰り江陵馬三号?」

「絡繰りは人形の一種だ。近くで見ればわかる。三号というのは大きさだな」

 

 一号で等身大、二号で縦横奥行きが各半分、四号で更に半分といった具合だ。

 馬車を止めて雑貨屋に立ち寄る。

 

「あー。木彫りなのかこれ」

「うん。足とかが多少動かせるようになってるから、例えば走ってるかのように格好をとらせることも出来る――こんな風に」

「おおっ! すげぇ!」

 

 左右の後ろ足を伸ばしきり、前足の片側をピンと伸ばした姿勢を取らせる。今にも走り出しそうな躍動感は、細部までこだわった作り手の技量によるところが大きいだろう。

 

「こっちの大きいのが三号、そっちでたんぽぽが見てるのが六号。七号以下の小さなものは全部木彫りの人形で、絡繰りがあるのは一号から六号まで。六号は絡繰りのと木彫りのがある」

「へぇ。白いのと黒いのしかないのか?」

「あ、お姉様こっちに栗毛のとか月毛のもあったよ!」

 

 一人で奥に進んでいた馬岱が声を上げる。栗毛は木の色を少し暗くしたようなもので、月毛は明るい木の色を更に明るくしたような毛色だ。

 

「江陵馬っていうのは、涼州馬からさらに選別した青毛や白毛の馬なんだ。それは普通の涼州馬だな」

 

 青毛は黒、白毛は白い毛色を指す。どちらも希少だが、江陵のように馬を大量に扱っていれば年に十数匹は手に入る。

 

「へぇ。――って涼州馬に江陵って名前付けてんのか?」

「毎年、涼州から仕入れている馬の半数くらいを民に卸しているんだが、体格や毛並みの良い青毛や白毛の馬は、特別に江陵馬と名を付けて高値で売ってるんだ」

 

 荊州刺史が洛陽に向かう際に幹部たちの馬車を引かせていたことや、その後に皇帝へと献上されたことで人気に火が付き、今や漢の北の外れである幽州からも買い手が訪れるという超人気ブランドとなっている。

 

「うーん。なんか納得いかないような……」

「馬家が仕入れている漬け物だって民に売ってるだろ? 特に良い物に馬家お墨付きって書いて売ればいいんだよ。その程度のことだし、そんなことは止めたりしない」

「あー。なるほどなー。そう考えると別に大したことじゃない気がしてきた」

 

 1頭2万銭で仕入れている涼州馬を100万銭超で売っていると聞いたら考えを改めるかもしれないが。言わなくても良いことは言わずにいる空海である。

 

「お姉様って単純だよねー」

「……たんぽぽ、自滅したか」

「あ。」

 

 馬岱が恐る恐る振り返ると、そこには蒲公英(えさ)を目の前にした草食系女子が笑顔を浮かべて立っていた。

 

「鍛錬三倍――な?」

「ひいぃっ!」

 

 

 

「しくしくしくしく……」

 

「買ってやろうか?」

「え?」

 

 突然声をかけられた馬超は驚いて振り返る。絡繰り江陵馬に夢中になっていて近づいてきた空海に気がつかなかった。

 

「その馬。欲しいんだろ?」

「うっ。い……いいのか?」

 

 確かに興味はあった。あったが、1つで小遣い4ヶ月分なのだ。馬超の手持ちのお金では足りない。

 

「いいよ。欲しいんだよな?」

「ほ、欲しい……です」

 

 馬超の返事を聞いて、空海が店員を呼ぶ。

 いくつかをまとめて購入し、大きいものは馬車に運び込んでおくように伝えたところで馬超の様子に気がついた。

 

「ん? なんだ、そっちの人形も欲しいのか?」

 

 馬超がちらちらと見ていたのは女の子らしい(・・・・・・)布の人形だ。

 そういえば馬家(・・)だったなと空海が思い返す横で馬超が真っ赤になる。

 

「わ、悪いかよ! じゃなくて、あたしは別にっ!」

 

 馬家の気質を知る空海としてはどうやって引き取らせるかが問題だ。

 

「じゃあ、取引しよう」

「こういう女の子っぽいのは――っへ? 取引?」

 

 混乱から立ち直った馬超は今度は呆けた表情に、そして徐々に渋い顔となる。

 取引なんていう言葉はいかにも苦手ですと言わんばかりだ。

 

「そう。お前を模した人形を作る許可をくれ」

「あ、あたしの人形!?」

「うん。どういう人形かは――」

 

 空海はニヤリと笑う。

 

「実際に所持してみなくてはわからないだろ?」

「……あ」

 

 空海の意図に気がついた馬超は再び呆けたような表情に戻って、やがて落ち着きなく人形を見回し始めた。

 

「挨拶代わりの分と取引の分で、そうだな……『ここにある人形全て』で、どうだ?」

「全て……えええっ!? 全部!?」

「うん。代わりにお前を模した人形を好きに作っていいという許可をくれ」

「い……いいのか?」

 

 馬超の様子は先ほど馬を購入した時の焼き増しだ。

 

「それはこちらの台詞だ。取引に応じるか?」

「……うん。よろしく、空海様」

「ああ」

 

 

 

 西涼に帰還する馬超は誰の目から見ても上機嫌だった。

 

 翌年、江陵を訪れた際に馬超(にしき)人形六号と並んで売られる絡繰り錦馬超(きんばちょう)二号を見つけて言葉を失ったことは、本人以外に誰も知らない。




徐庶はこれからも名前以外登場しませんし活躍しません(多分)

没ネタ
「あ。」振り返るとそこには世界一可愛い般若さんじゅうななさいが。「頭冷やそっか」
※この時点で翠は17歳、蒲公英は15歳。原作開始3年前くらい。という本作設定。

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