無双†転生   作:所長

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4-5 広宗包囲

「江陵軍はあれの前に布陣する。お前は速やかに指揮権を引き継ぎ、邪魔をさせるな」

「はっ」

「曹孟徳が来ることになっているはずだが、到着はいつごろだ?」

「はっ。曹陳留の到着は、明日中でしょう」

「では合流の前に西にあるという物資の集結地を叩かせろ。鹵獲は禁ずる」

「承知しました」

「この陣の前で義勇兵がひとかたまりになっているのは、敵とぶつかったときに弱点になり得る。さっさと後方に回して分散させろ」

「りょ、了解です」

「以上を直ちに実行し、命令が終わったら江陵の陣まで来い、皇甫中郎」

「はっ!」

 

 皇甫嵩が天幕から飛び出すのを待って、空海も歩き出す。皇甫一族は口うるさい人物が多いと聞いたため警戒して一緒には出なかったのだ。

 護衛を伴ったまま、広宗城の正面から4里(1.7㎞)ほどの位置で待機している本隊に戻る。官軍の陣はここから更に1里ほど城へ近づいたところに敷かれていた。

 

「おお、璃々よ。良い子にしていたとはなさけない」

「うん! いいこにして、あれ?」

「よーしよしよしよしよしよし!」

 

 良い子は褒めて伸ばす方針の空海である。璃々が疑問を忘れるくらいになで回す。

 空海が皇甫嵩の陣へ向かうまでは忙しそうにしていた周瑜も、既に落ち着いていた。

 

「補給は終わった?」

「半分ほどは。残りは陣地の作成後ですな」

「何か問題は?」

「正面の官軍陣地、東中郎将の董卓が残していった者たちのようですが、糧食を要求しています。多数の軍馬を連れていますので、その関係でしょう」

 

 周瑜が何かを探るように空海を見る。以前、買い物に付き合ったときに同じ顔をされた空海は、笑って許可を出す。

 

「好きにやっていいよ」

「はっ」

 

 一礼して去って行く周瑜を見て、空海は声を上げて笑った。

 

 

 

 

「アンタが空海元帥か」

 

 紫の髪をアップにした美女が、独特のイントネーションで空海に声をかける。白いさらしと青い羽織は、空海の姿を彷彿とさせる。

 

「いや、この娘が空海だ」

「へ?」

「えーっ? 璃々ちがうもん!」

「え?」

「なんで言っちゃうんだ璃々。これでは秘技、身代わ璃々が出来なオウフ」

 

 璃々が右フックを覚えだしてから、空海の立場は相対的に下がった。

 青い羽織の美女は、そのやり取りよりも疑問が先に立ったようだった。

 

「なんでこないな子供がおんねん」

「この娘は戦災孤児なんだ」

「っ!」「せんさいこじ?」

 

 空海が笑いながら言った内容の重さに、周囲の人間までもが息を飲む。

 

「せ、せやったんか……すまん」

「くうかいさま、こじってなぁにー?」

「ん? そりゃお前、江陵に住む子供っていう意味だ。江陵に住むと美人になれるぞー」

「ほんとー!?」

 

 緊張感のないやりとりに、彼女も笑う。

 

「……おおきに。お嬢ちゃん、ごめんなー。ちょっと『くうかいさま』を借りたいんやけどええか?」

「んー……だめ!」

「駄目なんかい!」

 

 条件反射のようにツッコミを入れてしまった彼女は、相手が子供だったことを思い出して顔を赤らめる。

 着物を掴んで離さない璃々を見て、空海が口を出す。

 

「璃々。俺はこれからこのお嬢さんと大事な話をするんだが、公瑾がいないとちょーっと困るんだ。趙子龍と一緒に璃々が探してきてくれないか?」

「めいりんおねえちゃん?」「む?」

「そうだ。あと、戻ってくる時にお茶を煎れてきてくれ」

「わかったー……おちゃをごよういします!」

「そんな感じで行け、璃々! 昇り竜!」

「いってきます!」「ふふ。行って参ります」

 

 璃々は空気が読める子だから、彼女を少しからかっただけだろう。趙雲にも声をかけて送り出し、黄蓋と黄忠を含めた護衛たちと青い羽織の美女とで向かい合う。郭嘉、程立もいるが、空気を読んで静かにしているようだ。

 

「で、お前は誰だ?」

「わかっとらんかったんかい!」

 

 つい叫んでしまうのは魂に染みついた関西芸人の気質なのだろう。

 

 

「ウチは(ちょう)(りょう)文遠(ぶんえん)や。董中郎のトコで騎馬の指揮なんかをやっとる」

「……俺は空海。江陵の主だ」

 

 気を取り直して行った自己紹介。空海は自身の受けたショックを外に漏らさないようにするため、大変な労力を要した。

 かつて無双シリーズを山田無双と呼んで500時間以上プレイした空海。自身の抱いていた山田こと張遼へのイメージが音を立てて崩れていく。

 

「兵糧のことで礼を言いに来たんや」

「どういたしまして」

「早いわ!」

 

 わざとらしくニヤニヤ笑う空海を見て、張遼は悔しそうにしている。

 

「ウチら、城攻めをすんのに馬なんか連れて来おったから言うて、宗員(そういん)からも兵糧をほとんど分けてもらえへんかったんや」

 

 宗員は董卓が引き継ぐまでの予定で広宗包囲軍を指揮していた仮の司令官だ。

 董卓が広宗に現れなかったため、皇甫嵩が引き継ぐまで漫然と包囲を行っていた。

 

「どれだけ連れてきたの?」

「……一万騎」

「夢が溢れすぎだろ」

 

 張遼と空海以外の全員が吹き出した。軍馬というのは人の2倍から3倍は食べるのだ。城攻めに使えない1万の兵と2万5千人分の食料消費係を連れているようなものだ。

 

「と、とにかく、このままやったらウチら死ぬとこやったんよ。ホンマおおきに!」

「どういたしまして」

 

 深く頭を下げる張遼にも、空海は軽く笑いかける。

 

「せやけど、一つ聞きたいことがあんねん」

「なんだ?」

「ウチらも騎兵。アンタんトコも騎兵。せやのに、何でウチらの前に布陣した? ウチらの前に布陣してどないすんねん?」

 

「ん? 『勝つため』じゃあ不足か?」

 

 にっこり笑って告げる空海に、張遼はしばし言葉を失うのだった。

 

 

 

 

 

「曹操が合流したか」

「上手く物資を焼き払ってくれたようです。ただ、義勇兵を3千余り拾ってきたとか」

 

 曹操に西回りを指示してから5日。

 この5日は江陵軍主導での襲撃作戦が繰り返されている。

 

 黄巾賊は、何故かこの広宗周辺で士気がとても高い。何をするにしてもまずはこの士気を落とすことでことの運びが楽になるというのが上層部共通の判断だ。

 ストレスを与えて士気を落とすため、夜間の襲撃や、防御方法の異なる侵攻をいくつか試みたり、目の前で大規模に炊き出しを行ったり、罪状を読み上げてみるとか、鎮圧後の賊の末路を大声で語るなどしている。

 官軍側の攻撃に対する反応の遅れや過剰な反応、少しずつ出始めた逃亡兵、自暴自棄になった突撃など、黄巾賊にもそろそろ崩壊の兆候が見られるようになってきていた。

 曹操の襲撃によって追加の兵糧などがなくなったと知れば、いよいよ食べ頃だろう。

 

「義勇軍はもういらないんだけど……まぁ扱いは任せる」

「畏まりました」

 

 

 ところで最近、江陵の将兵の間では璃々に対する教育が流行している。

 それもこれも、黄忠が教育と称して璃々に「お母さん」と呼ばせたのが始まりである。次いで空海を「お父さん」と呼んだことこそが真の始まりなのかもしれないが。

 今や江陵軍の陣営内には璃々の「お母さん」が10人以上いる状態だ。

 なお、空海を「お父さん」と呼ぶことは禁止した。女性陣が怖かったからである。

 

 璃々の日課は午前中が勉強、午後は空海と一緒に陣地を見て回ることだ。空海の護衛に黄忠と黄蓋も同行する。諸侯の陣容を知りたい周瑜や郭嘉、程立、趙雲も同行する。馬で城攻めに来て暇をしている張遼も同行する。とんでもない集団が完成する。

 

 本日の獲物は曹操だ。

 陳留刺史の曹操は、原則的には四品官の文官であり、軍事権を持たない。陳留が比較的重要な土地であるため、三品官に近い四品官と言った所だ。

 空海が文武の両方で二品官、周瑜が文武の三品官、黄忠と黄蓋が三品官の武官である。

 賊の討伐に派遣されている中郎将は五品官から四品官相当だが、軍事権は曹操より上になる。曹操の軍事権は張遼と同等以下だ。

 つまり、本社の大幹部が重役を引き連れて子会社の視察に来るようなものだ。

 

 曹操陣営が天幕を手早く立てていくのを見て、空海は笑みを深める。お昼寝中の璃々をそろそろ起こすべきか、と。

 

「クックック……行くぞ曹操、おやつの準備は万端か」

「行軍におやつは持って来ないでしょう」

「食の娯楽という意味では、(へい)なんかを用意するかもしれませんがー」

「空海殿にはメンマをお勧めしますぞ」

「ごめん、メンマは苦手なんだ」

 

 苦手を告白した空海に、趙雲が驚愕の表情を見せる。

 

「なんと! それはいけません、メンマのすばらしさについて――」

「あの食感」

「食感! コリコリとした歯ごたえ、噛んだときにあふれ出す――」

「食べられまいとするタケノコの、最期の抵抗みたいに感じて苦手なんだ」

『……』

 

 空海以外の全員が顔を引きつらせる。嫌な想像をしちゃったじゃないか、という抗議の視線が集まり、空海が咳払いをして誤魔化す。

 

「味は好きだよ。細かく切ってあれば平気だし、刻んで料理に使ってあるのはいいよね」

「おまっ、お待ちいただきたい!」

 

 趙雲が大声を上げる。

 

「何?」

「江陵には……江陵にはっ! メンマを使った料理があるというのですか!?」

「え。うん。メンマ入りの餅とか、麺とか」

「な……」

「チャーハンの具とか、煮物とか、包み焼きみたいなのもあったかな」

「な……なんと……」

「辛い味付けの炒め物は酒のつまみに良いって聞」

「趙雲子龍真名を(せい)と申します一生お仕えしますぞ空海様いえ主っ!」

 

 あまりの早業に、身体スペック的に追いつけたのは空海だけだった。

 趙雲は。深く一礼し、その場に跪き、にじり寄って空海の手を取るまでを、護衛も反応出来ない程の早さでやってのけたのだった。

 

「興奮したのはわかったけど、頭を下げるならもう少しゆっくりやれよ……。髪飾りから風切り音が聞こえたぞ」

 

 動きかけた護衛を手で止めた空海は苦笑を見せる。

 

「そんなに気負わなくても、江陵の料理で美味しいものは、いずれ全土に広がる。まず曹操とか他の諸侯を見てから決めればいいよ」

 

 しかし続いて空海は挑発するように目を細めた。

 

「それに、江陵は地位を安売りしない。公覆も漢升も公瑾も、江陵にいる幹部たちも、基本的には全員が試験を受けて訓練を経て俺の側にまで上がってきた。お前には門戸を開いておくから、いつでもおいで」

 

 趙雲の目に強い光が宿ったのを見て、空海が黄蓋に目を向ける。

 

「過去最短は公覆の3ヶ月だったか?」

「冥琳が2ヶ月と少々ですな」

「私は学院時代より実地の訓練を受けておりましたので、数に入れるべきではないかと」

「そういう意味じゃ孔明と士元の方が早くから深い部分を任せてるしね」

「朱里などは最初に与えた仕事が『流通における遅延要因の特定と解消』ですからな」

 

 周瑜が苦笑いと共に口にした話題に、江陵組の意識が馬車鉄道に飛ぶ。

 

「孔明の馬車早いよねー」

「駅の発想には驚きましたな」

「ワシは馬車のアレを見て『コイツには敵わん』と思ったわ」

 

 孔明はそれまで2頭立てまでだった馬車を6頭立てまで用意し、そのために厩舎の整備計画を用意し、連結器を考案して実用化し、駅に分岐を作り、線路と駅の間に段差を作ることで荷物の上げ下ろしを効率化する方法を編み出した。

 連結器にいたっては、興奮した鳳統がバーベルより重いそれを持ったまま空海の所まで駆け込んできたほどである。物流の革命と言って良かった。鳳統は死にかけた。

 実は江陵軍の馬車にも使われているのだが、あえて連結を隠してあるため、詳しくない郭嘉たちには気付かれていない。

 

 江陵の話題に郭嘉が静かに頷く。

 

「江陵……私も一度行ってみたいものです」

「風は一度行ったことがあるのですよー。ご飯がとても美味しかったのです」

 

 程立は東郡出身、郭嘉は頴川郡出身で、郭嘉の方が徒歩3日ほど江陵に近い。

 

「私は……地元が、江陵に学ぶものなどないと言った空気でしたので、なかなか」

「まぁ外層には本屋も少ないもんね。旅行者じゃ勉強には向かないかも」

 

 少し悔しそうにしている郭嘉に空海が同意する。周瑜が見下すように笑った。

 

「江陵の知は第3層以上に詰まっている。外層の本屋を覗いて判断する程度のものに、江陵の知を得るすべなどないな」

「ちなみに、さっき言ったメンマ料理は大半が第3層より上の店だね。外に出ない料理もあるかもしれないから、そこはあきら」

「ふた月、いやひと月でお側に上がりましょう! 必ず!」

 

 まだ見ぬメンマ料理に魂を燃やす趙雲が、空海の言葉を遮り拳を握って立ち上がる。

 周瑜と空海はどこかの酒好き将軍を思い出して乾いた笑みを浮かべる。

 投げやりに趙雲を応援してから、空海は周囲に声をかけた。

 

「よし、じゃあ曹操の所にあそ――視察に向かう!」

「聞こえましたね」「手遅れですな」「そうじゃな」「誤魔化せませんね」「ですねー」

「私は主の味方ですぞ?」

「ありがとう子龍、でもやめて」

 

 そこに昼寝から起きた璃々が元気よく飛び込んでくる。

 

「くうかいさま、あそびにいこー!」

「今日は厄日だわ!」

 

 璃々を抱き上げてクルクル回り出した空海に、周囲は爆笑の渦に飲み込まれた。

 

 

 

「陣地の作成はなかなか早いですな」

「柵の一部は廃材じゃの」

「堀にある波模様はなんでしょうか……?」

「女性が多いですわね」

「天幕も男女に分かれているようですねー」

「おっきいはたー」

「璃々よ、あれは牙門旗(がもんき)と言うのだ」

「ヴァモーキ?」

「牙門旗や! 下唇を噛む発音はドコにもないわ!」

 

 騒がしい集団が曹操陣営に近づいていく。もの凄い高官である上にもの凄く人目を惹く集団であるため、陣地に着く前から陣中は大騒ぎになっていた。

 遠巻きに人垣が出来たことで一団の歩みが遅くなる。

 

「ぐぬぬ……公瑾、陽動作戦だ」

「は? ああ、私が曹操に会いに行けと」

「うん。あ、お前たちも一緒に行っていいぞ」

 

 空海は郭嘉たち3人組に告げる。武官をもう一人くらい付けた方が良いかと考え、黄蓋と黄忠に目をやる。

 

「そうだな、公覆も一緒に行くように。公瑾を止めてやれよ」

「はっ」

「私の方が祭殿を止めることになりそうなのですが……」

「公覆がいるだけでも冷静になれるだろ」

 

 空海の言葉は半分はからかいだが、半分は事実だ。黄蓋に限らず、暴走しそうな人間がいれば自分が冷静になるだろうことが予想でき、周瑜は口を閉ざす。そして、万一周瑜がいきり立ったときに止められるだろう人物が黄蓋しかいないことも事実だった。複雑な表情の周瑜に微笑んで、空海は黄忠と璃々を連れて離れる。

 

 そうして、周瑜たちが完全に人影で見えなくなってから立ち止まった。後ろから付いてきていた張遼が追いつく。

 

「もー。置いてかんといてやー」

「幼平」

「はいっ!」

「うっひゃあ!?」

「公瑾と公覆に付け。万一戦闘になるようなら、まずは戦闘を止めることを優先し、その後は公瑾の指示に従え」

「わかりました!」「え? え? 何なんこの娘?」

 

 空海の命令を受けた周泰が消えたように移動するのを見ていた張遼が声を上げる。

 

「誰なんあの娘! めっちゃ早いやん!」

「あの娘は周幼平、俺の部下の一人で猫好きの娘だよ」

「猫は関係無いやろ!」

 

 騒ぎまくる空海と張遼が落ち着くのを待って、黄忠が心配そうに尋ねる。

 

「空海様、あちらは……戦闘に、なりますか?」

「さあ? まぁもし戦闘になっても、酷いことにはならないと思うよ」

「そう……ですか」

 

 考え込んでいる黄忠を放置し、空海はさっさと歩き出す。抱き上げている璃々が人混みを見回すのに飽きてきたようなのだ。

 

「よし、まずはあっちに行ってみよう!」

「いこー!」

「え? あっ、待ってください!」

「ちょっ、だから置いてかんといたってやー」

 

 

 

 二人の少女が木箱を椅子代わりに、荷車を机代わりにして本を広げている。

 

「はぁー……アカン。ウチもう絡繰り馬家と家族になりたい」

 

 一人はドリルを側に置き、縞模様のビキニと革のベルトとマントとゴーグルで時代を間違えている少女。

 

社練(しゃれん)の新作香水……何で、何で、荊州限定なのぉぉぉー」

 

 もう一人は明るい色の髪を三つ編みにし、紫を基調にした服とピンクのベルト、身体の所々にドクロをあしらったアクセサリを身につけた眼鏡の少女。

 

 二人が読んでいるのは江陵情報誌『空海散歩』だ。

 互いに興味のあるページを開いて顔をつきあわせて好きに読んでいるようだ。空海たちが近づいても、本に顔をくっつけるように近づけていて、全く気がつかない。

 空海は唇に人差し指に当てて璃々と張遼に笑いかけ、二人も意図に気がついてニヤニヤ笑う。黄忠だけが苦笑して、それでも生来の悪戯好きは何も言わない。

 

「なっ! 商品化目前の新製品お披露目会やて!?」

靴地(くっち)の新店舗開店記念特売が来月から!」

「旧店舗は1割引だが、新店舗の方は3割引だな」

「さ、3割も……!? 買い放題! 買い放題なの!」

「洗濯機! 手回し洗濯機や! 実用化してたんか!」

「西芝区の工房の新作だな。江陵から持ち出すのにはまだ制限がある」

「アカーン!! アカーン! アカーン アカーン……(エコー」

 

 ドリル少女の叫び声に張遼が吹き出す。

 

「えっ? 社練の抜具(ばっぐ)が豫州でも取り扱い開始予定って書いてあるの!」

「それ、黄巾賊が鎮圧されるまでは無期延期ということになったぞ」

「こうしちゃいられないのー!!」

 

 眼鏡少女が勢いよく立ち上がり、そしてようやく空海に気がつく。張遼が笑い転げ、黄忠までも璃々を置いて口を押さえている。

 

「あれ? お兄さん誰なの?」

「あー! 何すんねん沙和! 工具店が移転や書いてあったのに!」

「六徳工具なら、入り組んだ場所にあった店が表通りに出てきただけだぞ」

「おお!? せやったんか! 兄ちゃんおおきに……誰?」

 

 空海のネタ晴らしよりも早く、本を覗き込んだ璃々が声を上げる。

 

「あー! くっきーがでてる!」

 

 ここ数日で覚えたクッキーの味、といっても江陵で焼いてきたものなのでいくらか味は落ちているが、とにかくクッキーの味を気に入った璃々は、おやつのクッキーを誰よりも多く食べているのだ。

 

「おお。この店か。ここは香りの良い茶葉に蜂蜜を入れて飲むんだ。クッキーの方も花の香りのする少し柔らかいものだから、女子に人気が高いな」

「おいしそー!」「へー。ウチも行ってみたいわー」「美味しそうなのー」

 

「この店は、前は工具店だったんだが、色々あって店の場所を入れ替えたんだ。前に服屋だった方は、今工具店に改装中だよ」

「服屋さんの場所は覚えてるの」「ウチも前の工具店の場所は覚えとるわ」

 

「ここの新作髪留めは新しい工具を使って作られてる。先端に硬い宝石をはめ込んだ彫刻用の……キリみたいなものでね。細かい模様を付けるのに使ってるんだ」

「すっごく可愛いのー」「あら? この髪飾りなら私も持っていますわ」

「しおんお母さん璃々もつけるー!」「沙和もつけるのー!」

 

「せやで! あの堀はウチのドリルで掘ったんや! 大将が城の方よりも外側の方を深く掘れ言うもんやから大変やったわ」

「ずががががーって凄い勢いだったの!」「螺旋の力が高まる……溢れる……!」

 

「あ、ここはやめておけ。筋肉モリモリマッチョマンの変態たちが給仕係なんだ」

「「なんでやねん!!」」

 

 

 ドリル少女が本をパタンと閉じ、伸びをする。

 

「いやー。兄ちゃんの話が上手くてつい話し込んでまったわー」

「そうなのー。あ、沙和は()(きん)文則(ぶんそく)なの!」

「ウチは()曼成(まんせい)や! 兄ちゃんは?」

「俺か。俺の名は――」

 

 空海は悪戯を思いついた様にニヤリと笑い、

 

「その本の表紙に書いてある」

 

 少女たちの絶叫が響くまで、2秒。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ふむ。張角(ちょうかく)張宝(ちょうほう)張梁(ちょうりょう)か。こちらの耳には入っていなかった。礼を言おう」

「はっ」

「これでこちらの策(・・・・・)にも厚みが出るというもの。曹陳留の働きには期待している」

 

 周瑜の言葉に曹操が顔をゆがめ、しかしそれを隠す様に頭を下げる。

 

「じゃがあの義勇軍は何じゃ?」

「然り。糧食を要求されたことはいい。だが皇甫中郎の目の前に陣地を、しかも構築まで要求するなど……専門家である我らの意見が軽視されるとは、どこの誰が間違った認識を植え付けたのか知りたい所だな」

 

 周瑜は、同行してきた曹操が与えた官軍の印象に基づいて行動しているのではないか、と攻め立てる。曹操は頭を下げたまま、淡々と答えた。

 

「はっ。義勇軍を率いております劉備は先の盧中郎の門生であり、私見ですが、中郎将の後継を自任しているのではないかと……また、簡雍(かんよう)田豫(でんよ)と言う者が入れ知恵を行っていると思われ」

「もうよいわ!」

 

 曹操の言葉を遮ったのは黄蓋だった。

 

「盧中郎の威名に萎縮して媚びたんじゃったら、そう言えばよい!」

「っ貴様ァ! 華琳様に」

「やめなさい春蘭!」

 

 黄蓋の挑発に飛び出しそうになった夏侯惇を、咄嗟に曹操が止める。他に数人の部下を視線で抑え、すぐに黄蓋と周瑜に向かって再び頭を下げる。

 

「部下を御せず申し訳ありません。ただ、私も部下も、盧中郎や皇甫中郎や空海元帥らがいかなる人物であるのか存じておりませんので、萎縮のしようがありません」

 

 曹操が謝罪し、弁解しつつ挑発する。周瑜は大仰に驚きを示した。

 

「これは驚いた。ずいぶんと視野の狭い刺史も居たものだ。このままでは、お前のために死ぬ部下が哀れに過ぎるな。いっそ例の義勇軍と陣地を入れ替えてはどうだ?」

「ご厚意に感謝いたします。ですが、過分のご配慮はどうぞ無用にされますよう」

「じゃが、このような弱兵で包囲を行うなどザルで水をすくうようなものじゃ。音に聞く夏侯惇とやらでも連れてきたらどうじゃな? ここに居る(・・・・・)弱卒とは出来が違うんじゃろ?」

 

 左右から交互に繰り返される挑発に、曹操が歯を食いしばる。夏候淵が夏侯惇を抑え、同時に後ろの控える少女たちを視線で封じる。

 

「心配は無用です、祭殿。例え弱兵であっても使い切るのが軍師というもの。曹陳留、命令にはもちろん従ってもらうが、それとは別に、そちらが実力以上の功を上げるために策を授けても良いのだが?」

「過分のご配慮はご無用に……」

 

 周瑜は小さく、ふむ、と漏らす。ここで斬り合いになるのは望ましくない。この辺りが引き際かと考えて一つ頷く。

 

「ならば討伐への口出しは無用。追って命があるまで大人しくしていることだ」

「……はっ」

「帰るか、冥琳」

「そうしましょうか、祭殿」

 

 遠くから聞こえてきた絶叫に向かって、二人は歩き出す。

 

 

 

「動くかのう?」

「さて。あるいは、我らを動かそうとするやもしれません。ただ……周囲の者は、戦功を焦るでしょうな」

 

 黄蓋と周瑜は、先ほどとは打って変わって飄々と会話する。

 

「焦っても焦らんでも変わらんがな」

「左様ですな。慎重に動いて我らの命令通りとなるなら良し。命令を無視して無理矢理に戦功を上げても良し。奸計を巡らせればこれを潰し、以後の抑えとしましょう」

「こちらに直接襲いかかってくるかもしれんぞ?」

 

 黄蓋は面白そうに笑う。わざわざ後ろの者に聞かせているのは、これを知られることもまた、損にはならないからだ。

 

「何のために1万の騎兵に恩を売り、その目の前に布陣したと思っているのです」

「では、例の義勇兵で曹操の後ろをふさいだのは、後退を防ぐためか?」

「あの義勇兵たちは曹操以上に功を焦っているようです。曹操が引くにも進むにも留まるにも、義勇兵が足かせとなるでしょう」

「……というワケじゃ。わかったか?」

 

 黄蓋が後ろを振り返り、意地悪そうに笑う。

 郭嘉がやや顔を青ざめさせつつも鋭い目つきで、程立が眠そうに、先ほどまで仏頂面を晒していた趙雲が今は緊張した面持ちで、二人を見つめ返す。

 

「お二人が煽っていたのは、曹孟徳自身ではなく、その周囲だったのですか?」

「そうじゃ」

 

 郭嘉の質問に黄蓋が短く答える。

 

「曹操さんに何を期待されてるのでしょうー?」

「あえて言葉にするなら、この戦いを手早く終わらせること、か。程度の違いはあれど、もはや曹操がどう動いても得になる」

「……ぐぅ」

「寝るなっ!」

 

 程立が周瑜に問い、郭嘉に突っ込まれる。あるいは、この件に関しては曹操が動かなくても、反抗されても、江陵の利益につなげることが出来る。

 

「あれだけ煽ったのです。本当に襲われるかもしれませんぞ?」

「今なら討ち取ることは容易い。あの場でやり合っておっても勝てたからの」

 

 趙雲がおどけるようにして尋ねれば、黄蓋は軽々と答える。背を伝う冷や汗を誤魔化すように、趙雲は更に踏み込む。

 

「では、今襲われたら?」

「儂が油断しておるように見えるのか」

 

 静かに笑う黄蓋に武人の境地を見た気がした趙雲は、黙って首を振り、一歩下がる。

 

 普段と変わらぬ様子を見せている周瑜と黄蓋をよそに、3人娘はそれぞれ自身の思考に沈んでいた。

 空海が指示を出した後に考え出されただろう策が、打ち合わせもなく阿吽の呼吸で実行されたこと。

 まるで兵法書の一節をなぞるように、どう動こうと策が成るなどと言われたこと。

 一流と言えるだろう武人たちを目にしておいてなお、気負いすら感じさせずに勝てると言い切ったこと。

 

 ただ、3人に共通する思考は

 ――もしかしたら空海は、全く油断のならない人物なのではないか?

 そしてその空海が今こうして別行動を取る意味はと考え、同時に視界に入った光景を、幻覚だと思い込むことにした。

 

 

 空海は、曹操軍の将と思しき2人の少女に跪いて拝まれながら、少女らの仲間と思しき凛々しい少女に頭を下げられ、3人に荷車に追い詰められて、荷車に乗っている璃々には頭を叩かれていた。

 

「靴地の厚底算駄留(さんだる)編み上げ不宇津(ぶうつ)手提げ当都(とうと)抜具(ばっぐ)5番香水曳似(びきに)の水着……」

「高級工具一式50体限定からくり馬岱一号新作塗料手動のこぎり捻子式くるみ割り人形手回し洗濯機……」

 

 2人の少女に呪詛のようなものを唱えられ、身体を反らしてどん引きした様子で距離を取ろうとオタオタする空海。離れて様子を見ている張遼と黄忠には爆笑され、少女たちを両手で押さえながら周囲に助けを求めている。

 なお、護衛は笑っていた。

 

 

 空海以外全員が周瑜と黄蓋に怒られた。




参ったな……(策の説明を混ぜたら)予定より長くなってしまった……。次回、山田。
空海は漢の有名人かつ重要人物です。どのくらい有名かと言えば、沙和と真桜が名前を知っているレベル。

プチ解説。
算駄留、不宇津、当都、抜具、曳似、高級工具、新作塗料、手動のこぎり、捻子式くるみ割り人形は全てゲーム内で出てた言葉です。そしてゲームでからくり夏侯惇を作っていたのは許昌の職人。この作品では江陵の職人が作る予定。そのうち肖像権を買うんです。

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