無双†転生   作:所長

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冒頭部分は甲高い男性の声で読み上げる感じでどうぞ。


4-了 世紀末黄巾伝説

 西暦19X年――大陸は黄色い布に包まれた!

 田は枯れ、畑は荒れ、全ての一般人が死滅したかのように見えた……

 だが、漢民族は死滅していなかったァ!

 

 

「ヒャッハー! 米だぁ!」

「バーロロロロロー(歓喜)」

「ヘイヘーイ……見ろよ、コイツ太平要術の書なんて持ってるぜ! ウケルー」

「今じゃケツ拭く紙にもなりゃしねぇってのによォ! ゲラゲラゲラ」

「ブルスコ!(嘲笑)」

「この水も使おう。やつにはもう要らん」

 

「……」

「あん? なんだてめぇらは?」

「ダァシャアリェス!(恫喝)」

「ん? 何する気だ?」

 

「み……ミズ……」

「動くんじゃねぇ!」

「マーオ!(威嚇)」

「怖いかクソッタレ! 当然だぜ、元黄巾指揮官の俺に勝てるもんか!」

 

「み……ミズク……」

「お、おい! そこで止まれ!」

「ファー?(困惑)」

「君は私を……脅しているのか?」

 

「み……ロクンミンギア……?」

「やっ、やっちまえええ!!」

「クルルァ!(怯懦)」

「テメェらなんかこわかネェェェ!(ジョロロッ)」

 

「ほあたァ!」(※周泰さん、やぁっておしまい! の意味)

「ひでぶっ!」「ウルトラソゥッ!」「畜生ぉ!(ジョバー)」

 

 

「むぅ、制限なしの璃々と動物縛りでしりとりするのがこんなに大変だったなんて」

「くうかいさま、まだー?」

「すいません、そろそろ『み』攻めは勘弁してもらえませんか」

「んー……だめ!」

「駄目なんかい!」

 

 空海の護衛たちが頭から針を生やした3人組の賊を片付けていく。3人に襲われていたと思われる黄巾を付けた者も一緒だ。共食いである。

 

 騒がしかった者がいなくなる。空海たちは、そのまましばらく歩き続けた。

 

「うーん……駄目だ。負けました」

「かちました!」

「はっはっは。では璃々よ。報告してらっしゃい」

「はい!」

 

 璃々が大小の墓に向かう。

 

 手を合わせて静かに声をかける、という行為は、墓が出来てから知ったことだ。

 璃々が墓に向かって静かに声をかける間、空海は璃々の後ろに立って待つ。

 

「……。……じゃあ、おとーさん、おかーさん、いってきます!」

「うん。『お前たち』は璃々に悪い虫が付かないかだけ心配していろ」

「? くうかいさま?」

 

 璃々は、墓に向かって声をかける空海を見上げる。

 柔らかく微笑む顔が、そこにあった。

 

「行くぞ、璃々」

「――うん。お父さん(・・・・)

 

 璃々は全くの無意識でそう漏らす。

 

「ん? 俺はお前の父じゃないぞ?」

 

 空海は笑って璃々の頭を小突いた。璃々はごめんなさい、と謝って、それから笑う。

 二人は手を繋いでその場を離れていく。

 ここだけを見れば、まるで親子のような姿だった。

 

 

 

 

「お帰りなさいませー、ご主人様ー」

「次にご主人様と言ったら、無慈悲で激しい叱責によって断固懲罰を与える」

「おおっ、それは困りましたねー」

 

 全く困った様子を見せずに程立が笑う。ご主人様と呼ばれると、何故か呼ばれた自分が怒られるので空海も必死だ。程立の真似をしようとする璃々も小突いて黙らせる。

 

「今日中に襄城に入って、明日には南陽だから、降りるなら準備した方がいいよ」

「相変わらず、とんでもない進軍速度ですねー」

「襄城と言えば頴川の南端ではないですか。この軍は一体どうなっているのか……」

 

 空海がやんわりと告げるが、程立と趙雲は座ったまま動く気配がない。

 それならそれでいいか、と空海も席に着く。

 

「郭奉孝はどこに行くと思う?」

「曹操さんの所でしょうねー」

「まぁ確かに、あの陣営は他に比べて引き締まって見えましたな」

 

 よく似合っていると話す趙雲に、違いますよーと程立が笑う。

 

「稟ちゃんは曹操さんが大好きですからー」

「あ、やっぱり?」

「ほぉ。百合色の気配を感じ、もしやと思っていたが」

 

 理性的で合理的で、思いやりもあるのに計算を優先していたのが郭嘉だ。だが、曹操に対しては時折強いこだわりのようなものを見せていた。

 

「ということは……俺たちは、窮地に陥った曹孟徳の前に郭奉孝が劇的に登場するためのお膳立てをしてしまったわけか」

「くくくっ、なかなか豪華な舞台ですな」

「二人は出会い、そして禁断の恋に落ちる……稟ちゃんと曹操さんは女同士でありながら夜な夜な」

「クルルァ!(本家)」

 

 教育によろしくない長台詞は妨害する空海である。

 

 

 

 

「伝令によれば、南陽の平定は宛城を除いて完了したそうです」

「おぉ? 思ったより早くない?」

 

 周瑜が持ち込んだ報告を皆で聞く。

 

「そですねー。徹底討伐と聞いていましたので、ちょっと意外ですねー」

「方針転換でもあったのでしょうか?」

 

 程立が空海との会話を思い出しながら、のんびりと感想を述べる。黄忠が誰にともなく疑問を発する。答える周瑜は、複雑な表情だ。

 

「再編された南陽軍が活躍しているようですな……それと」

「あぁー。もしかして孔明と士元が何かやった?」

「ええ。おそらくは」

 

 疲れたように答える周瑜を見て、黄蓋と黄忠がこの場にいない二人を褒める。周瑜がそんな二人に苦言を呈し、ギャーギャーわーわーと騒がしくなっていく。

 

「どなたですかな?」

「諸葛孔明と鳳士元。ウチの軍師見習いというか……もう軍師かなぁ」

「なるほど。流石に江陵は層が厚いですな」

「クスクス……風の存在感が薄れてしまいますねー?」

 

 趙雲、空海、程立が笑う。

 二人は、新たなる職場に。一人は、新たな部下の加入に思いをはせて。

 

「石は水では薄まらないだろ」

「こんなか弱い乙女を石に例えるなんて、空海様は乙女心を理解していませんねー」

「えー。お前は水に溶けないどころか千年は残る大岩だよ」

「……お兄さんはなかなかとんでもない台詞を口にしますね」

 

 程立が笑みを消し、上目遣いで空海を見る。

 

「これは距離を取られたのか近づいたのか、どっちだ?」

「おやおや、結局、乙女心は理解しておられぬようですな」

 

 切り札その1、乙女回路を刺激する台詞10選を封印した今、わかりづらいアピールに対して好感度を確認する手段は空海にはないのだ。

 趙雲はニヤニヤ笑っていてからかわれそうだし、江陵組は未だに騒いでいるし、頼りになるのはもはや一人しかいない。

 

「璃々。お前が大きくなったら、乙女心について教えてくれ」

「んー……だめ!」

「これも駄目なんかい!!」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「穏、江陵軍が戻って来たそうよ」

「もうですか~? いくらなんでもちょっと早すぎるような~……」

 

 孫策が軍議から持ち帰った報は陸遜にとって興味深いものだった。

 江陵が北に向かってからまだ半月あまりだ。陳留の北にある東郡で賊が出たという話があったが、そこまで行ってきたのだとすれば早すぎる。

 頴川郡で賊の討伐を行ったという話は聞こえていたため、その後の平定に手間取り、今までかかって帰ってきたのかと陸遜は考え、それは裏切られた。

 

「冀州に居た黄巾の首魁を討伐してきたらしいわ」

「……えぇぇ~~っ!?」

 

 陸遜は宛城から冀州まで何日かかるのか一瞬で計算し、徒歩で10日、行軍なら最短で20日という解答に行き着く。片道で、だ。

 

「ど、どうやってっ? 一体どうやったんですかぁ~!?」

「知らないわよ。詳しくは話してなかったし、聞けなかったわ。ただ、曹操が軍令違反を犯したから、陳留以北の残党狩りと復興について無償奉仕することになったんですって」

 

 陸遜は孫策の言葉にがっくりと肩を落とす。それでも聞けそうな情報の方を優先して確認しておかなくてはならない。

 

「曹操さんというと、洛陽で苛烈な取り締まりをしていた方ですよね~? 1、2年前に陳留刺史に栄転されたんでしたっけ~?」

「らしいわね。今回の失態で軍事権を剥奪されることになったそうよ。なんか平定まではいくらか待つみたいだけど」

「はぁ~。いくら刺史さんでも、無償奉仕となると相当な負担となりますねぇ~」

 

 孫策はでしょうねと相づちを打ち、くくっと笑って自虐的な笑みを浮かべる。

 

「今のウチと良い勝負ってトコかしら?」

「あちらは下向き、こちらは上向き、ですよっ! まずはこの戦いで功績を上げることを考えましょう~」

「ふふっ、そうね」

 

 孫策と陸遜は笑い合い、計画を練っていく。

 

 黄巾賊の動きは読みやすく、南陽郡内で行われてきた掃討作戦では、実力を低く見積もればちょうど予想通りの動きをしてきた。

 今回の予想では『賊は江陵軍を恐れて城内深くに引きこもる』だ。ならば城壁や城門に張り付く好機となる。機を見て攻勢に移るように命令されているのだから、問題もない。

 

「でも何か嫌な予感がするのよねー」

「う~ん。ではこれまで通り大人しく包囲しておきましょうか~? 現在までの働きでも十分に名は売れていますし~」

「でもでもー、ここが好機だとも思うのよね。嫌な予感以上に」

 

 二人は悩む。危険は出来るだけ避けたいが、利益は大きそうである。孫呉の置かれた状況を考慮すれば、賭に出る方が良いとの結論に行き着く。

 

「ま、元々悪化分を取り戻しただけだしね。ここで稼いでおくのも悪くない、ってね」

「御身は孫家だけのものではないのですから、十分にご注意くださいね~?」

 

 孫家は揚州呉郡の豪族だ。そして、呉郡をまとめその地位を向上させるため、呉郡の有力豪族である陸家から陸遜を預かっている。

 成功すれば二人は出世頭となり、いずれは揚州をまとめる大豪族へ、その道筋を見いだせるかもしれない。

 だが、失敗すれば孫家、陸家の両家を凋落させることに繋がりかねない位置でもある。

 普段はのんびりと本のことばかりを考えている陸遜でも、家(に置いてある本)のことくらいは考えるのだ。親戚の顔を判別することには、少し自信がないが。

 

「わかってるわよ。要は勝てば良いのよ!」

 

 

「ハッ! また姉様が暴走してる気がする」

「いつものことです、蓮華様」

 

 

 

 

 二黄を意味する旗印、コイノボリを平面にしたものを想像するのが近いだろうか。緑がかった青と赤みがかった青の二つの布地が風になびく。

 

「こっ、こ、こうっ、江陵軍だああああああああ」

 

 この時代の賊には、文字が読める人間は稀だ。大半の構成員は読み書きも出来ない民である。彼らにとって、情報というのは噂を指す言葉だ。

 つまり、黄巾賊の思い描く江陵軍とは、往復するだけで急いでも40日はかかるはずの道を僅か半月で往復したり、700人の精兵で15万人に立ち向かって一方的に勝ったりした理不尽の権化である。あるいは『化け物』と言ってもいいかもしれない。

 

「し、死ぬ! 殺される!! 逃げろぉぉおお!」

 

 宛城の中で、5万に迫る賊の叫び声が、地響きを伴って江陵軍から遠ざかる。

 それもこれも江陵で待つ、ちびっ子軍師たちの策によるものなのだが、事情を知らない人間は目をむき、覚悟をしていた周瑜だけが頭痛を耐えるようにため息を漏らす。

 

「……とりあえず近づいて門を開けてしまおう。あとは朱儁たちに任せればいいだろ」

「ぎょ、御意」「あっ、はい。承知しました」

「はぁ……朱里と雛里め、一体何を吹き込んだんだ……」

 

 なお、『化け物』を『英雄』に入れ替えれば民の評価に早変わりする。

 とはいえ、『目を合わせると死ぬ』とか『見ただけで狂う』とか『時を止められる』という評価に関しては、何とか否定しようと江陵民も考えている。

 

 

「では朱中郎、以降は任せる。我らは江陵に戻ることとする」

「お、お待ち下さい! 現在、襄陽側には賊が多数押し寄せており、その、包囲に穴が」

「――は?」

 

 確かに江陵が近づいた直後からの黄巾賊の動きは派手だった。しかし、賊が押し寄せたくらいで穴が開くものは包囲とは呼べない。

 何より、襄陽側の包囲に穴があるということは、江陵側に賊を逃すということだ。

 

「い、一部の者が命令違反を犯したのです。今その穴をふさいでおりますので、なにとぞ今しばらくお待ちを!」

 

 周瑜からわき上がった怒気を感じて、朱儁が必死にそれをなだめる。江陵の英雄譚に土を付けたなどとなったら粛正ものだ。良くて官位剥奪の上に前線送りである。

 周瑜と朱儁はしばらくにらみ合う。やがて息を吐いたのは周瑜の方だった。

 

「良いでしょう。今しばらく様子を見ましょう。無論、宛城の制圧にも手抜かりなどありませぬように」

「か、感謝します」

 

 朱儁は深く頭を下げ、誰を穴埋めに回すべきか考え。

 

 

 

「今です」

 

 

 

 地平を覆うような江陵の大軍が現れたのは、周瑜たちの会合の終了とほぼ同時だった。

 包囲網の外を更に包囲するようにして現れた江陵軍は、宛城の包囲から逃げ出した賊に僅か2刻(30分)で接触。2万人を超える黄巾賊を尽く切り伏せた。

 勢いに乗った官軍は降伏を許さず、朱儁の主導でその日のうちに南陽の賊を殲滅する。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「大事に至らなかったから良いものの、ここでも軍令違反を見ることになるとは……頭が痛いですな」

「それだけ官の統制が失われておるということじゃ」

 

 頭痛を耐えるような仕草をしている周瑜に対して、答えた黄蓋は言葉とは裏腹に上機嫌に笑っている。江陵軍が大活躍で賊も綺麗に討伐が終わって言うことなしなのだ。

 

「とりあえず、件の違反者は南陽黄巾の指揮官をしていた韓忠なるものの首を獲りましたので、その戦功と違反分を相殺することに致しました」

「ふーん。逃げたんじゃなくて攻めてたんだ? 実力はあったんだね」

「ええ、例の孫策ですな。加えて、孫策主導による南陽郡内平定の功績も、南陽陥落の失態と相殺という形になりそうです」

 

 孫策は南陽太守の部下という形で参戦していたため、戦功の全てを南陽に持って行かれた形だ。名前は売れたが心情的には納得できまい。

 

「でもそれ、失態の方が大きいように見えるんだけど?」

「はい。そこで、袁南陽太守には寿春(じゅしゅん)への異動が命じられました。劉将軍の決定であるとのこと」

「寿春は、揚州の大都市だっけ」

「左様です」

 

 寿春は揚州の北の外れ、豫州との境近くにある都市だ。豫州側には袁家の本拠地である汝南が近い。南陽との比較では人口で3割足らず、首都洛陽からも遠い田舎になる。

 

「そう。んじゃ、新しい南陽太守は、候補がないなら盧植か皇甫嵩でも推挙しておいて」

「では、そのように」

 

 

 

 

「何故黙っておられるのです、姉様!」

「何の話よぉー?」

「戦功です! なぜ袁術の失態を私たちが埋め合わせなくてはならないのですか!」

 

 薄紅色の姉妹が人目をはばかりながら、それでいて声を潜めることなく向かい合う。

 

「大体予想通りでしょ?」

「んなっ」

「袁術ちゃんなんて自分で功績を立てることも出来ない小物なのよ」

 

 孫策がひらひらと手を振って余裕を見せる。孫権はその仕草にいくらか溜飲が下がったのか、話を聞こうと口を閉じた。

 陸遜が孫策の発言を補足するように語りかける。

 

「ですから~、私たちは名を売ることを目的にしてたんですよ~、蓮華様~」

「名を?」

「そ。汝南のあれはちょっと想定外だったけどねー」

 

 今はただ孫家の名を売るだけでいいのだ。いずれ立ち上がるときに「あの孫家なら」と思わせることが出来ればそれで良い。

 汝南の民には『袁術の家臣が来てくれた』という反応をされてしまったが。

 苦笑を見せる孫策だが、軍師の陸遜は得意げだ。

 

「それに、今回の失態で袁術さんは寿春に異動になっちゃいましたから~、私たちの方が有利になったんですよ~っ」

 

 寿春は孫呉の本拠地である建業から北西に5日ほどの場所にある。急げば3日といった所だ。建業は丹陽(たんよう)郡の一都市である。

 建業まで出れば、孫家や陸家のある南東側の呉郡まで往復10日もかからない。そしてそれほどまでに近づけば、役人の多くに一族の息が掛かる。南陽では袁家一門に占められていた官職の多くを、寿春でなら孫呉が奪える。

 もちろん、袁家の本拠地である汝南も近いことからその影響は無視できないが、これまでと比べれば天と地ほどの差である。

 

「そ、そうなの?」

「そうなの」「そうなんですよ~」

 

 信頼する姉たちに断言されては強くは言えない。孫権はごめんなさい、と口にしかけて思い出す。

 

「だからと言って先頭切って賊の群れをかき分けていく必要はないはずです!」

「あ、気付かれちゃった」

「蓮華様の言う通りですよ~! 御身に何かあったら私たちまで困ります~っ!」

「ごめーん!」

 

 黄巾が宛城から飛び出してきたときに、陸遜は孫策を止めたのだ。

 それでも孫策が前に出たのは、そのまま包囲網に留まってもいずれは抜かれるだろうということ、そして包囲を抜かれてもたぶん平気だろうということを直感していたからだ。

 まぁ、前に出て戦いたいという気持ちも7割5分(ちょっと)はあったが。

 

 そして、結論から言えば奪われることを覚悟していた戦功は予想通りに奪われ、売ろうと考えていた名は予定通りに売れた。

 江陵のようなこれ以上高まりようのない名声に隠れ気味ではあるが、江陵を除けば良い意味でも大きな名声を拾うことが出来ただろう。

 さらに、本拠地近くへの異動という棚ぼたもあった。

 

 あと一息で、あと一押しで、表に立てる。

 

 

 

 

 

 南陽包囲戦の翌朝。

 

「おはよう朱里。今朝は冷えるな、えぇ?」

 

 南陽から南西に240里(100㎞)ほどにある襄陽の郊外で。

 

「はわっ!? はわわわわ、めめ、冥琳しゃん……!」

 

 孔明(しゅり)周瑜(しゅら)に捕まっていた。

 

「伝令を複雑に多重化して司令部の位置を隠すという発想は良かった……。だが、通信網そのものを乗っ取ってしまえば、むしろ正常に動いている部分が浮き彫りになる」

 

 個別の兵士の持つ技能が優れ、小さな集団にも必ず頭脳となる者が存在する、江陵ならではの作戦だ。伝令の大半が情報の共有に使われるものであり、司令部からは比較的大まかな指示しか出されないためだ。

 

 孔明は、いや、孔明と鳳統は、鳳統の監視が厳しくなったと悟るや否や、直ちに行動を開始した。鳳統の監視を強化するために孔明側の監視に出来た僅かな隙を狙って、予定してあった行動計画を小刻みに実行し、南陽に向けて調略をかけ、江陵の内外で遠征の準備を整えて、ついに出兵にこぎ着けた。

 

 1万を超える騎兵を周瑜の監視に止まらずに出兵までさせた手腕は特筆すべきものではあるのだが、これは能力の無駄遣いなのだろうと空海は思う。

 そして周瑜にしても、いくら怒ったからといって孔明が編み出したのだろう複雑な逆探知妨害の手法を真正面から攻略しなくてもいいじゃないか、と空海は思う。

 周瑜と、それを手伝っていた程立、手伝わされていた黄蓋や黄忠は、おそらく一睡もしていないのだ。

 

「逃げるのだったら、襄陽に船でも用意しておくべきだったな。……もちろん、そうはさせないために、夜明けに間に合うよう私も急いだのだが?」

 

 

 孔明の悲鳴に飛び起きた璃々を寝かしつけて、孔明の悲鳴でも起きなかった程立を横にして、孔明の悲鳴で頭痛を起こしたらしい黄蓋と黄忠も休ませて、空海はそれからやっと周瑜を止める方法を考え始めた。

 

 思いつかなかった。

 

 

 

 

 孔明が一人で全ての片付けを命じられて涙目で仕事に励み、周瑜が休みに入った後。

 空海は起きて来た程立と趙雲をお茶会に呼んでいた。

 

「さて程仲徳。お前が俺を主人と呼んだのは冗談からか?」

「まさかですよ。風は誰にでも股」

「クルルァ!(元祖)」

 

 教育に悪すぎる台詞は短くても妨害する空海である。

 

「よし。じゃあ、仲徳と子龍にお小遣いをあげよう」

「おうおう兄さん、岩の次は子供扱いかい?」

「まぁ、お使いのお駄賃だから、そうなるな」

「ほう、お使いですか」

 

 趙雲がニヤニヤと笑う。また何か面白いことを言い出したな、という表情だ。

 空海もニヤリと笑い返して、改めて程立を見る。

 

「今回の黄巾関連の騒動について、劉景升との交渉を任せる。子龍は護衛ね」

「! 劉車騎将軍ですか。これはまた大物が出ましたな」

「……交渉を任せるというのは、どういう意味でしょうー?」

 

 いつもの眠たそうな表情を少し隠して、程立が上目遣いで空海を見る。

 

「今回、江陵はそこそこの戦功を上げてる。だけど、南陽から受け入れた難民が30万に迫っていてね。流石に楽ではない」

「それで劉表さんから金子を奪ってこいとー」

「欲しいのは金子ではなくて、猶予だな」

 

 江陵は荊州に人材を提供することを約束している。ただ、知識や利益の提供、依頼の対価などで先延ばしにしてきたのだ。そして今回もそれを先延ばしにしたいと説明する。

 

「なるほどー。失礼ですが、履行するつもりはー?」

「ないよ」

 

 空海が即答したことに趙雲は驚いた。こういった約束事を守らない人物だとは思っていなかったのだ。

 

「約束を、違えるつもりですか?」

「もうすぐ、その約束にも意味がなくなる。仲徳もそのつもりで聞いたんだろ?」

「もうすぐ乱世になりますからねー」

「なっ!?」

 

 目を細めた程立が飄々と答えた内容は、趙雲を驚かせるには十分だった。

 

「約束と言ってもお互いの幕府、元帥府と車騎府の間に結ばれたものだから、立場が変わるなら守る必要はない。まぁ、少々立場が変わる程度では反故にされないよう、お互いの署名は入っているが」

「ですが大きく立場が変わるのなら、その約束にも意味が無くなる、というわけですよ」

「お、大きく立場が変わるというのは……?」

 

 空海と程立の説明は、この世の終わりを示唆しているようであり、そんなことを軽々と話す二人に対して趙雲は冷や汗が出る思いだ。

 

「今回の騒動、黄巾の集団が洛陽を狙ったことは無視できない」

「発端は熱狂的支持者の行動だったようですが、民の不満と結びついたのでしょうねー」

 

 話が飛んで、趙雲が一瞬戸惑う。だが、すぐに乱世について話し始めたのだと気付いて耳を傾ける。

 

「それに、軍令違反とかあっただろ?」

「曹操さんと孫策さんですねー。盧中郎のは虚偽の報告だったでしょうかー」

「まあ、あの二人は出てくるよね。最初から官を信じてない上に実力があるんだから」

 

 そこまで聞いた趙雲が、気付く。

 

「もしや主が尋ねられた、稟がどの陣営に行くのか、というのは……」

「稟ちゃんの才は今後の曹操さんの陣営でこそ、最も必要とされるものでしょう」

 

 答えたのは空海ではなく程立だ。程立は前にも彼女たちの『両想い』をほのめかしていた。そしておそらく空海や劉表も、その乱世の一勢力となるのだ。目の前の二人の視点がどこにあるのかすら掴めず、趙雲は言葉を失う。

 

「仲徳も引く手あまただと思うけど」

「風は空海様のところが面白そうだと思ったのですよ。それに、無官の風たちに車騎将軍との交渉を任せるなんて、曹操さんでもやりませんよー」

「『曹操のやり方は苛烈ではあっても突飛ではない』とウチの軍師さんが言っててね。俺は苛烈でもないから突飛でいいかなって思ってるんだけど」

「……主が軍師殿に怒られる未来が頭を掠めたのですが?」

 

 復活した趙雲がからかったため、慌てて空海は周囲を見回している。その様子がおかしくて、重くなっていた空気が霧散した。

 

「とりあえず、お前たちは俺の名代だ。事情を知ってるヤツを付けるから上手く交渉してくるように。もちろん公瑾に見つからないように出かけてね」

 

 空海の言葉に趙雲がククッと笑いを漏らす。

 

「ではさっさと行って済ませてきましょう」

「明日の朝まではここに居るから、合流したかったらそれまでに戻っておいで」

「わかりましたー」「承知」

 

 趙雲と程立は立ち上がって出立の準備へと向かう。

 残された空海はその辺に向かって声をかけた。

 

「幼平」

「はいっ!」

「あの二人のこと……」

 

 そこまで言って空海は、真剣な表情で周泰の目を覗き込む。

 

「公瑾に内緒にしておいてくれたら撫でてやろう」

「内緒にします!」

「いい子いい子」

「えへへ~」

 

 

 これよりおよそ1ヶ月半後、黄巾の乱の平定が宣言される。曹操がまだ戦ってたのに。




 黄巾の乱終結ッ! 黄巾の乱終結ッ!! 黄キャオラッ! 長らくお待たせいたしました。

 ヒャッハーしたくて年代を198年頃に設定したんです。史実より14年遅れ。
 史実から遅れつつ起こる事件は他に一つ予定しています。恋姫になかったのでオリジナルになるでしょうか。ちょっとした大事です。

 前回のシリアスからこの落差はあっていいのか本当に悩みました。筆が進まなかった一因だったりします。しかし、テキストエディターを開いて最初に見えるこのヒャッハーの文字を見ていると、そんな悩みが小さなものだと思えてくるわけです。そうか……モヒカンというのもあるのか、と。

 ここで一つ告白してしまうと、実はこのヒャッハーと、これから登場する月ちゃんの台詞と、鈴々の名台詞はかなり早い時期に決まった内容なんです。山田無双より前です。扱いが気になってる人もいるとは思うんですが、キャラクター性が明らかに原作から乖離してるのは月(と詠)と鈴々と白蓮くらいだと思います。多分。
 月ちゃんは初登場からぶっ飛んでいくことはほぼ決定しています。着陸予定もありません。ごめんね、月ちゃん。並行世界で一刀くんと幸せになってね。

 揚州九江郡の郡都は寿春ではなく陰陵です。揚州の州都が寿春。後に袁術が本拠を移した場所ですね。ただ、細かいとこなんて書いても仕方がないと思ったので寿春に全部お任せすることにしました。浦安を東京にカウントするようなものです。暴挙です。

 本編次回は反董卓連合。閑話は挟みません。

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