無双†転生   作:所長

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また少し遅くなりました。若干の修正がありますが、加筆は本当に僅かです。


閑話 屋台の親父曰く、おめぇに読ませる短短編はねぇ

■クッキーと竜と鳳凰

 

「あ! くっきーさ、じゃなくて空海様!」

「おい雛里今お前クッキー様って言っただろ」

「あわわ……しゅしゅ朱里ちゃんの罠でしゅっ」

「はわわ!? 違いましゅ! たまたま、そう、偶然! くっ――うかい様が持って来てくださる鶏卵入り小麦菓子について話していただけでしゅ!」

「今お前も俺のことクッキーって言いそうになってただろ、朱里」

「ききき気のせいでしゅ!」「あわわわわ」

「はぁ……」

 

 水鏡女学院に初めて焼き菓子を持ち込んだのが4年ほど前だ。鶏卵入り小麦菓子と名付けたそれは、簡単に言えばせんべいとクッキーの間くらいのもので小麦粉に卵と植物油と少量の砂糖を混ぜてこね、蒸し器の類似品で焼くだけの菓子だ。

 これだけだと味気ないので桑の実を混ぜ込んだものもある。甘くはなるのだが、風味が独特で好き嫌いが結構分かれてしまった。緑茶に合うので俺は好きだよ。

 

「不本意ではあるが、ここにクッキーがある」

「きたぁーッ!!」「びゃあああああわわわ」

 

 目の前の子供達は孤児であり、初めて持ち込んだときは、まだ5歳と少々の舌っ足らずな幼児だった。今も慌てたり緊張したりすれば舌足らずな部分が見え隠れするが。

 舌足らずな幼児に鶏卵入り小麦菓子などと言っても残念なことにしかならず、クッキーという名称を提示してしまったのも不可避の流れであったと思う。ちなみに、せんべいの発音は「しぇんべぇ」だった。

 空海という名前が言いづらいためにクッキー様という呼び方が幼児の間に定着するとは夢にも思っていなかったわけだが。

 

「放課後になったら、徳操(水鏡)も呼んでお茶にしよう」

「はい!」「わかりました!」

 

 俺が最初にクッキーを持ち込んだ水鏡女学院は江陵最上層の一つ下、第四層にある。皆に請われてちょっと材料を口にしただけで、探求心旺盛な江陵の民は似たようなものを再現してしまった。しかしクッキーは鉄板で焼くものじゃないぞ。

 

 元々後漢には「(へい)」という小麦粉を水で練って焼く料理があった。CDくらいの大きさで10枚ひとくくりにして30銭くらいである。少々お高い食事くらいだ。せんべいとしてはかなり高い印象だが、具の少ないお好み焼きと考えれば安いと言える。

 これに卵と甘味を加えるだけ、あるいは加えた上で水を減らすだけであるという事に気がついた民は、改造した餅を堂々とクッキーとして売り出した。それはもう、餅という名前がクッキーに置き換えられるくらいあっちこっちで作られた。

 

 改造が進んで、せんべいで作るサンドイッチのような、お好み焼きの類似品のような食べ物も出来たようだ。栄養価が高いので太らない程度に食べることは奨励した。

 あと何故か、これを機に麺も進化した。これまでのうどんの手前のようなものを脱却して、ラーメンっぽいものが出来るようになったらしい。嬉しいけど何でだ。

 

 ちなみにクッキーという名前が広がる前は密かに空海焼きという言葉が使われていたようである。使われなくなったのには、そのなまえをつかうなんてとんでもない! とかそんな感じの理由があったらしい。俺も焼かれるのは嫌だよ。

 

 そして気がついたときには『クッキー様』の名称が江陵中に蔓延していた。それはもう蔓延していたのだ。

 江陵の最下層、外周の第一層で『クッキー様』と呼ばれて気がついた時には、もはや卵を混ぜた餅は全部クッキーであるという風潮が出来上がっていた。ついでに子供達には空海の名前よりもクッキー様の方が知られていた。

 

「くっ、空海様! 呼んで参りました!」

「おい朱里またか?」

「はわわわわ」「あわわわわ」

 

 この『はわわ』が朱里。水鏡女学院で最も政経学の成績が良い生徒だ。このまま研鑚を続ければ、徳操曰く『後世に名を残す人材となる』らしい。その割には俺の名前を間違える残念な子だ。

 そして『あわわ』が雛里。少々内気なところを除けば、朱里のカラーリングを変更してツインテールにしたような少女であり、軍略においては他の追随を許さない正真正銘の天才である。まぁやはり俺の名前を覚えてくれてはいないようだが。

 

「ようこそいらっしゃいました。いつもありがとうございます、空海様」

「うん。これ、みんなの分のクッキーね。朱里と雛里の分も入ってるけど……」

「後で除いておきますわ」

「水鏡先生(しぇんしぇい)!?」「あわわ、ど、どうしよう」

「半分くらいは残してやれ。皆と一緒の時間を過ごすのも大切だ」

「ほっ……」「くっ……空海様」

 

 二人はあからさまにホッとした様子を見せる。そして雛里、今また間違えただろ?

 

「……やっぱりいらないか?」

「「ありがとうございます空海様!」」

 

 言動が完全に一致している。頭を下げるタイミングまで一緒だった。

 そして徳操、笑ってないで指導しなさい。

 

 

 

「今日はクッキーが本題じゃなくてね。前に言ってた遊戯板、駒も作らせてみたから徳操に見てもらいたくてね」

「まぁ。もう出来上がったのですか?」

「新しい遊戯板ですか?」

「あ、また将棋みたいなものですか?」

 

 そう、俺は既に将棋を持ち込み、ルールを教え、そして朱里と雛里に敗れている。

 最初の10回くらいしか勝てなかったのだ。当時10歳に満たなかった少女相手に。

 囲碁に至っては実に中国的な人海戦術がルールに現れているようで馴染まなかった。盤上を石で埋め尽くすまで戦うとか怖すぎる。

 ちなみにどちらも雛里の方が少し強い。雛里に負け越している方の朱里でさえ、司馬徽より強いのだけどね。ちなみに俺は司馬徽にも勝てない。

 とはいえ、天下の水鏡先生と毎月何度か将棋を指しているというだけで俺は十分だ。

 

「今回は趣向を変えている。一つは戦略ゲーム(ゆうぎ)で一つは戦術ゲーム(ゆうぎ)だ」

「戦略遊戯?」「戦術遊戯?」

 

 疑問符にもそれぞれの好みが出たな。

 

「戦略ゲーム(ゆうぎ)は、簡単に言えば一つから複数の拠点を運営し、人や装備を揃えて敵対する勢力の征服を目指すものだ」

 

 いわゆるストラテジーというゲームジャンルのアナログ版だ。戦略シミュレーションと言えば聞き覚えがある人間も多いだろう。

 

「やってみたいでしゅ!」

「ははは。後で、な」

 

 朱里の頭を撫でて落ち着かせる。まだ小さいから撫でやすい位置に頭があるのだ。

 

「戦術ゲーム(ゆうぎ)は、同数あるいは数の違う駒を、六角形のマス目に沿って囲碁ではなく将棋のように複雑に動かし、勝利を目指すものだ」

 

 ターンごとに1手を動かすのではなく、ターンごとに駒に数手の行動力が付与される点で、将棋などの遊戯よりも複雑な動かし方だと言える。こちらはSRPGなどの動きを参考にルールを設定してある。

 

「わ、私もやりたいです」

「うん。お前も、後でな」

 

 雛里の頭を軽く撫でる。この子もそのうち俺より大きくなるのだろうと思うと嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになるね。

 

「これら二つの遊戯は連動することも出来るし、個別に遊ぶことも出来る。まぁ、時間があるなら連動させて遊ぶ方が良いんじゃないか?」

「駒の方も良く出来ておりますね」

 

 司馬徽が手にした駒は、金属の台座に木彫りの人形が乗った弓兵ユニットだ。

 

「職人が頑張ってくれてねぇ。台座の方が時間かかったくらいだよ」

 

 大きさを揃えて台座を作るのは、結構難しいらしいのだ。鉄で作ったり銅で作ったり金で作ったりしたみたいだが、受け取ったときには完成品の200倍くらいの試作品が床に転がっていた。

 

「あのっ! 空海様、遊び方を教えてください!」

「わ、私もお願いします!」

「ああ、わかったわかった。じゃあ今から軽くやってみるか」

「はい!」「お願いします!」「あらあら」

「今回は連動させて遊ぶから、戦略の方は主に朱里が、戦術の方を主に雛里が担当するように。徳操は遊び方の説明なんかを手伝ってくれ。前に言ってたのと変わらないから」

「はい!」「あわわ、了解ですっ」「了承」

 

 

 で。

 

 

「…………。……負けました」

 

 今日初めて戦略ゲーと戦術ゲーに触ったヤツらに……。

 呂布プレイで小覇王出陣シナリオを勝ち抜ける俺が負けた……。

 

「ええーと、空海様……?」

「――ちょっと陳留で旗揚げして漢を滅ぼしてくる」

「はわわ!?」「あわわ!?」

 

 これ以降、みんなが少し優しくなった、とだけ言っておく。

 

 

 

 

 

■于吉の日

 

 江陵で一番忙しい男、于吉の朝は早い。

 東の空が白く染まり初め、しかし日が昇る前には寝台から身体を起こす。

 

 着替えて執務室に向かい、寝ている間(・・・・・)にたまった書類に目を通す。

 一通りの確認を終え、その日行うべき執務に取りかかり始める頃には日が昇る。

 

 日の出と共に入ってくるのは警邏を終えた左慈だ。報告や警備計画とのすりあわせを行い、場合によっては傀儡を出して足りない手を補填する。

 

 左慈が退出すると、卑弥呼か貂蝉、あるいはその指示を受けた傀儡がやってきて、農民の陳情などを上げる。大半には卑弥呼らの手によって指示が出されており、事後の報告と言った形ではあるが、一部には江陵の運営方針まで関わってくるため、管理者同士の意見の交換も必要となってくる。

 

 次に各種予算の配分が行われる。正確に言えば、160万の人口に達した後の予算のひな形を作る作業とを平行している。当然、その作業は膨大だ。もちろん現在の予算が優先されるため、10日で1%ほどしか進まない。

 

 昼食時も休むことはない。区画や組合などの代表者と会合を行わなくてはならない。他の管理者は諸事情から(・・・・・)こういった仕事には向いていない。

 

 昼食後は司馬徽などと共に調味料等の開発だ。料理や調味料の仕込みといった複雑な仕事は傀儡を通して行うことが出来ない。そのため、足を運んで試作品を食べたり舐めたり飲んだり咽せたり吐いたりしている。

 

 そしてその足で新薬開発へと向かう。抗生物質やワクチンが適当な作用を起こすように調整するのが主な仕事だ。やはり複雑すぎて傀儡には向かない案件と言える。傀儡に出来るのは精々が余計な場所を探ろうとする間諜を待ち伏せて捕まえるくらいであり

 

「ふむ。この量では多すぎた(・・・・)かな」

 

 薬物の効果を確かめるためには、最終的に人間を使った臨床試験が必要になる。最近は実験対象にも困らなく(・・・・)なってきた(・・・・・)ため全体的に進みが早い。

 元々于吉が得意としていた分野の探求であり、治安の向上に繋がり、ストレスの発散にもなり、江陵の、ひいては大陸のためにもなる。

 

「やりがいのある、素晴らしい仕事だ」

 

 于吉は思わず頬を緩める。空海からどれほど仕事を押しつけられようとも文句を言わないのは、ひとえにこの施設のためだ。

 そして江陵が発展することは、この施設の稼働率向上にも繋がる。自身の手腕一つでさらに面白いことになるのだ。于吉は恵まれた職場に感謝を深めた。

 

 

 

 

 

■黄忠も二日酔いにはなる

 

 ……ん、朝……?

 

「んぅ……~~ッ!」

 

 あたま、いたい……。

 

「ここ……?」

 

 夕べはお酒を飲んで……(わたくし)の部屋では、ないわね。

 夕べはお酒を……空海様と一緒に……空海様と?

 

「あ……ぁぁ――」

 

 空海様と一緒にお酒を飲んで、前後不覚になって知らない部屋で起床!?

 どうしようどうしようどうしようどうしよう――!

 

「起きたか、漢升」

「空海さっ、~~ッ!」

「ゆっくり飲め」

 

 あ……。これ、いつもくださる、飲み物。

 私の、だいじな、思い出

 

「……いただきます」

「うん。落ち着くまでそうしているといい」

「……はい」

 

 あの時と、同じ台詞。

 やっぱり、おいしい。

 

 

 

 空海様は、人ではないのかもしれない。

 

 私はかつて、江陵に雨が降らないことを心配していた。

 江陵では昼も夜も、ずっと晴天が続く。

 その時、空海様は『天が俺を見てるから』なんて冗談のように軽く答えていたけれど、今思えばそれはきっと本当のことだったのでしょう。

 水が必要なら雨などなくとも用意出来るとも言い、その言葉が実現されてすらいる。

 

 空海様は、誰よりも人に交わる。

 

 朝、この街の誰よりも早く起きる農家のおばあちゃんたちに混じって散歩をし、時にはゴミ拾いまで行う。

 屋台や出店の準備をする商人達に声をかけ、傾いだ荷物を支え、味付けを手伝う。

 子供達と戯れ、井戸端会議に顔を出し、畑仕事に加わり、病人達に話を聞かせる。

 桜を見ながらお茶を飲み、歩哨の真似事をする時もある。

 夜にはお一人で筆を執って毎日何かを書かれている。

 

 空海様は、誰よりも人間離れしていながら、誰よりも人間らしくあろうとしている。

 

 

 

「あ、あの、空海様」

「なんだ?」

「その、私、お酒を飲み始めてからの記憶が曖昧で」

「お前、あれだけやったのに覚えてないのか?」

 

 何をしたというの昨日の私!?

 

「も、申し訳ありません」

「しばらく深酒は控えろ。お前のためにならない」

「……はい」

 

 でもだって空海様と一緒だったから……

 

「一緒に飲み始めたところまでは覚えて居るか?」

「はい」

「公覆の名前を出したとき、他の女の名前を出すなと俺を脅したのは覚えて居るか?」

「か、かろうじて」

 

 何を言ってるのよ私は! お世話になってる祭さんのことくらい話題にしたっていいでしょうに!

 

「その後か……」

 

 

「まずは羽織の中に無理矢理入り込んで首に抱きつかれたな。さながら蛇のようだった」

 

 深酒は良くないわね。例えそれが空海様と一緒だったとしても。

 

「あとは耳を噛まれたり舐められたりしたぞ」

 

 あ、水鏡さんにどんな自殺方法が苦しくないのか聞いておいた方がいいかしら?

 

「まぁ、耳元で『好き好き大好き』と言われたのは悪い気分ではなかった」

 

 なっ――なんてこと言ってるの私はぁぁぁあ!!

 く、空海様の顔が見られない! ああああ、こっちを見ないでください!!

 って、これ空海様の羽織じゃない! なんで私が持ってるのよ!

 ああっ、でも顔を上げられないいいい!

 

「み、見ないで……!」

「ふむ」

 

 えっ?

 

「これでいいか」

 

 あ――空海様、もしかして抱きしめてくださってる?

 

「こうすれば俺からは漢升の姿が見えないな」

 

 ッ! 空海様ぁ!

 

「ごっ、ごめんなさい……ごめんなさい……っ! 嫌いにならないで――!!」

「うん。『悪い気分ではなかった』と言っただろう? あのくらいで、お前を嫌いになることなどないぞ、紫苑(・・)

 

 あ、真名……空海様ぁ、だから好きなのよぉぉ

 

 

 

「ほら、羽織を返して。お前は風呂に入っておいで」

「あ……はい。申し訳ありませんでした」

「風呂から上がったら、少し遅い朝食になるが食事に出よう。今日は水鏡学院に用があるからその近くだな」

「はい」

 

 空海様と一緒に食事かぁ……

 

「ああ、もちろん、酒はなしだぞ?」

 

 !

 

「――もう! からかわないで下さい!」

「あはは。紫苑の可愛らしい姿を見て気分が良いんだ。大目に見てくれ」

「……もぅ」

 

 また今日も、特別な日になっちゃうなぁ……

 

 

 

 

 

■水鏡"女"学院

 

「あの、空海様はどうして水鏡女学院が男子禁制なのかご存知ですか?」

「ん? お前たちは知らなかったのか?」

「水鏡先生に聞いても教えて下さらなくて……」

「そうかぁ、まぁ新年に話すようなことではないんだけどなー」

 

 

 アレは学院が始まってから2ヶ月くらいだったかなぁ。

 その頃はまだ手探りの運営が続いていたから、結構頻繁に見に行ってたんだよ。

 あの日も、徳操を訪ねたんだけどね。なんか、ちょっと普通聞けないような口汚い言葉が聞こえてくるわけよ。徳操の声で。

 もしかして徳操に何かあったのかと思って慌てて見に行ったらね。

 

 男の子が泣いていたんだよ。

 それはもう子供だったね。5歳くらいに見えたなあ。泣きながら謝ってた。

 で、その男の子を見下ろしながら、こう、ね。徳操がちょっとお子様には見せられないような表情で口汚い言葉を吐いてたんだよね。端的に言えば男の子を罵ってた。

 時々挑発しながら、顔を上げるのを見てたたき落としたりね。薄く笑いながらそういうことしてるんだよ。あの優しげな声で。

 

 聞き込み調査を行った結果わかったのは、5人くらい既に再起不能(おんなのこ)になってたということだね。たった2ヶ月で。

 別に徳操を怒らせたっていうわけじゃないみたいだった。素行に問題がありがちな子の方が被害に遭ってるみたいではあったけど、どういう基準が適用されていたのかは、今となってはちょっとわからないな。

 ちなみに、女の子には被害がなかった。こっちが普段通りの徳操だと、思いたい。

 まぁ、それで男子禁制にしたんだよ。

 

 え? その男の子? すぐに、新しく作った軍学校に入れてね。しばらくして、なんとか持ち直したって聞いたな。今は兵士になるために学んでいるはずだよ。

 残念ながら再起不能(おんなのこ)になっちゃった5人は、卑弥呼と貂蝉のとこに預けたよ。なんとか幸せを掴んでくれるといいなぁ。

 

 徳操は極端に疲れがたまったりすると『ああなる』っぽいからお前達も気をつけろよ。

 俺に言えば何とかしてやるから。

 

 

「あらあらうふふ」

「……おや? 徳操(とくそう)さん、なにやら新年会(この場)にふさわしくない武器(もの)をお持ちのような」

「いえいえ天来様。武器(これ)処刑場(この場)にふさわしい彩りですわ」

「こやつめ、ハハハ!」

 

 

 

 

 

■左慈の日

 

 江陵で一番荒っぽい男、左慈の朝は遅い。

 正確に言うならば、夜通し警邏を行ってから昼まで睡眠を取るのだ。

 

 寝具から身体を起こせば、その1分後には八極拳(はっきょくけん)劈掛掌(ひかしょう)の型を全力で繰り出している。

 起床から最短で全力まで持って行けるよう、常日頃から心掛け行動する。その心構えは起床に始まり、着替え、食事、移動、全てで実践されており、起床から30分以内の左慈に話しかけると、もれなく空を飛べる(悪い意味で)と兵士らの間でも有名である。

 

 昼食(左慈にとっては朝食だが)を終えればすぐに練兵場へと向かう。

 江陵には近衛兵を除いて、一軍から四軍までの兵が置かれている。一軍や二軍といった名前が付いて居るが、平時の担当区分けに沿った名前が付いて居るというだけだ。数字の小さい軍ほど江陵の中心部に近い区域を担当し、士官の割合が加速度的に増していく。

 

 上級士官らに一軍と二軍の訓練の指示を出し、いくらかの士官と大勢の下士官を連れて三軍と四軍の訓練へと向かう。

 三軍と四軍では新兵の割合が大きい。武器の扱い方、行動における正しい動作、命令を行動につなげる訓練などを繰り返す。指示を出した後は近衛兵を相手に組み手をするのが常だが、時には近衛兵と共に100人単位の愚図共(・・・)を相手に仕置きを下すこともある。

 

 夕刻になって三軍と四軍の訓練が終われば、次は二軍と四軍の別部隊を交えた集団行動訓練である。整列、移動、隊列変更、行軍訓練、陣形展開、陣地構築、陣地撤収などを短時間に何度も反復する。

 短時間しか出来ないのだから、より密度を高めなければならない。この訓練には左慈が一層厳しく当たるため、大人の男でも泣き出す地獄となる。当の左慈の顔に浮かんでいるのは大半が不満で残りは冷笑だが。

 

 訓練が終わったら、片付けを指示して警邏へと向かう。夜目が利かないヤツは、堀にたまった水と友達になってもらい、スゴいね人体して目を良くして(・・・・)もらう。おかげで一軍には、月のない夜に600メートル先にいる人物が敵か味方かを判断出来ないような腑抜けは一人もいない。

 もっとも、堀はうっすらと光っているため、光源がないというわけでもないのだが。

 

 最近は侵入を目論む流民や間諜、逃亡奴隷が多い。都市から逃げ出すそれを捕縛するのも左慈の仕事だ。適当に捕縛しては于吉に引き渡す。

 

 与えられた任に最大限の力を注ぐ。左慈は今日も、夜明けの太陽を眺めてから于吉の待つ執務室へと向かった。

 

 

 

 

 

■黄蓋はそれでも懲りない

 

 ぬ……眩しいな。朝か?

 む? ドコじゃここは?

 それに、何やら股がすーすーする……?

 

 ふむ。服も替わっておる。

 はて。ワシは昨晩着替えたかのう?

 

 いや、待てよ?

 昨晩は空海様と一緒に飲んでおったような。

 というか空海様が飲まないからワシだけ飲んでおったような。

 

 空海様と一緒に飲む、前後不覚になる、眩しい朝、新しい着替え、股がすーすー。つまりこれは

 酔った勢いで空海様とヤってしまったか!?

 

「起きたか、公覆」

「む、空海様」

 

 い、いかん。そういう仲(・・・・・)になったかと思うと意識してしまって顔を見ることが出来ん!

 

「まず臭いが酷いからさっさと風呂に入ってこい」

「に、臭い!?」

 

 あ、アレか!? 男女の体液がどうとかそういうヤツか?

 

「身体を拭いて服を取り替えたのは冥琳だ。礼を言っておけ」

「冥琳が!? ……め、冥琳には少し早すぎやしませんかの?」

「冥琳が一番慣れているだろ?」

 

 一番!? どういうことじゃ冥琳! 覚えておれよ!

 

「い、一番とはどういう意味――」

「それより、風呂に入る前に水分を取っておけ。ほら」

 

 ぬ、これはいつもの水筒か。

 相変わらずどこから取り出しておるのかわからんのぅ。

 

「頂戴します」

「うん」

 

「重ねて言うが、冥琳はお前が気持ち良く寝ている横で、後始末をしてくれていたんだ。よく礼を言っておくようにな」

 

 気持ち良く、寝ていた…じゃと…!?

 

「しょ、承知しました」

 

 ワシは一体どこまで進んだんじゃ!?

 男女の仲になったんじゃろ? 気持ち良くなって、そして……子供とか?

 

「く、空海様」

「なんだ?」

「その、昨晩はワシとどこまで――」

「なっ、お前あれだけやったのに覚えてないのか!?」

「いいいい、いえ、覚えております、覚えておりますとも!」

「……そうかぁ?」

「さ、酒に酔っておったので記憶が少し混乱しておるだけです!」

 

 その目はおやめくだされー!

 

「……順を追って出来事を話すとだな」

「はい!」

「まず一緒に飲んでいたら割と突然絡みつかれたな」

 

 突然絡みついたのか!? え? 脱がずにか?

 

「で、しばらくしたらぶっかけられた」

 

 ぶっかける!? ……ハッ! 乳か! ということは子供が出来てしまったのか! 何で覚えてないんじゃ! なんと惜しいことを!

 

「そんで臭いに釣られてというのか、自分でもかぶってたな」

 

 体液を!? そ、そういえば変な臭いがしておるような?

 

「まぁ、しばらく飲むのはやめておけ」

「な、何故ですか!」

「昨日のようにはなりたくないだろ?」

 

 いやいやいや! 酔ってしまったのは不本意ですが、結ばれたのは本意ですぞ!

 

「……まさか、またやりたいと言うのか?」

「く、空海様さえ良ければまた、したい……です(酔っていない時に)」

「お、俺さえ良ければ!?」

 

 何を慌てておられるのですかな空海様? もしやワシが思っているより初心なのか?

 

「空海様、片付けて参りました」

「ぬ、冥琳か(邪魔をしおって)」

「冥琳! 助かった! 公覆が、公覆が!」

「どうなさいました空海様?」

「公覆が、俺さえ良ければまたしたいって言い出して!」

「なっ、空海様!?」

 

 冥琳に言うことはないじゃろう!?

 

「――は?」

 

 …………あれ?

 これ逃げた方が良いんじゃ?

 

 

「祭殿」

 

 冥琳のワシを見る目! まるきり汚物を見る目じゃ!

 

「貴女はまた、したいと」

 

 おおおお、おうとも! 冥琳がなんぼのものじゃい! 空海様はやらんぞ!

 

「酔った挙げ句、空海様に全身で絡みつき、髪の毛をひっつかんで噛みつき、衿の内側に向かって嘔吐し、自らも吐瀉物を浴びたいと。そう仰るのか」

 

 

 ……え?

 嘔吐(ゲロ)

 空海様? 何で両手で顔を覆ってらっしゃるんじゃ?

 

 あれ? ワシ、ここで死ぬんじゃ……

 

 

「実に良いご趣味ですな。祭殿」

「ご……誤解じゃ冥琳!」

「問答無用」




「問答無用」 メコッ


石で埋め尽くすまで戦う
後漢の囲碁のルールは現代とは異なる。中押し勝ちというのもなかったらしく、いわゆるヨセの後まで全部石で埋めて石の数で勝敗を決めた。コミというものも存在しなかった。
ちなみにゲームの恋姫では8世紀に発明されたはずの象棋で大会が開かれていた。
ゲーム内での象棋の描写はどことなく囲碁っぽかった。

小覇王出陣シナリオ
ゲーム三國志9のシナリオ3、呂布の兗(エン)州強奪と小覇王出陣の呂布プレイ。かなり難易度が高いため、プレイに慣れていなければ数ヶ月で滅びる。スタート地点が兗州。
兗州は恋姫において陳留州と扱われているような雰囲気なので、ここでは陳留州という意味で使っている。

「こやつめ、ハハハ!」
その後のちょっとしたホラー展開も考えたけど、キャラ崩壊著しいのでカット。

「(起きたらゲロ臭かったら混乱もするか)……順を追って出来事を話すとだな」
空海は黄蓋に配慮してあえて「ゲロ」という言葉を口にしていない。愛ゆえに。

黄忠は純心で盲目な恋。初恋をこじらせて空海の肯定者になっている。
黄蓋は豪快な割に初心。半端な知識で間違った判断も多々。男女の関係になる=子供が生まれる、みたいな。

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