黒刀のシンシアと無刀の剣士   作:七海香波

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第10話「本当に間違ってる事なのか?」

 

 ≪武偵殺し≫によるバスジャックに遭遇した次の日。神崎が無事に目覚めたと知ってさっそく菓子折りを持って病院に行ったんだが、どうやら一人部屋を取ってるらしい。まあ、あんなテロと呼んで差し支えない大事件の功労者なんだ。静かな部屋で過ごすくらいは当然の権利だろうさ。

 ――だが、受付で確認した通りの部屋の前にいざ立ってみると、何故か中からは剣呑な雰囲気が漂ってきていた。

 

「――キンジに指示なんか出して、またアタシから仲間を()るつもりなの? シンシア」

「いやいや、そんなつもりはなかったさ。勘違いも甚だしいよ、アリア」

 

 聞こえてくる声からして、先客はどうやら神保だったようだ。彼女も神崎を見舞いに来ていたようだが、何やら知り合いらしき二人の仲はそう宜しいものでもないらしい。

 

「嘘! あっちで組んだ時だってそうだった! チームを組んだみんなが、アタシを置いてアンタについていったもの!」

「それはキミが、一人で何度も勝手に先走ったからだろう。自分から独奏曲(アリア)になろうとするキミと調和(ハーモニー)を奏でられる人間なんて、世界のどこを探したって居やしないさ。今回だって、キミが遠山クンにあらかじめバスの下に潜ると一言告げておけば彼もあんな慌てずに済んだんだ。違うかい?」

「――っ、キンジならアタシのことくらい分かるって信じてたからよ!」

「彼と出会ってまだ一か月も経っていない上に、一緒に取り組んだ最初の事件だ。ちと、信頼の積み重ねが足りなかったのと違うかい。キミこそ、本当に彼のことを信じていたのか怪しいものだ」

「なんですって!?」

「キミの祖先譲りの直感は素晴らしいものだ。その上、成長し続けている。あの時ボクが遠山クンに爆弾の場所を伝えたのも、私の知る昔のキミはまだ爆弾の場所を一発で当てるほどじゃなかったからだ。結果としては私の軽い手助けなど必要なかったみたいだけどね――そんな、理論をすっ飛ばして結論に辿り着けるキミについていけるのは、もはや命令通りに動く≪ドレイ≫くらいにしか不可能さ。真に相互を理解できる≪相棒≫とは、まるで真逆のね」

「……うるさいうるさい! ごちゃごちゃと屁理屈を並び立てるのはアンタのいつもの得意技なんだから! その≪教授≫譲りの頭で何を考えてるかなんて、知りたくもないわ! どうせ先祖と同じように、アタシを貶めようとしてるんでしょ!」

 

 扉を貫いて叫んだ神崎の声は、廊下にまでキンキンと響き渡る。

 理性的に言葉を並べて突き詰めていこうとする神保とは違い、子供が駄々をこねるような癇癪だったが――。

 

「≪教授≫とボクを一緒にするなッ!」

 

 その言葉は何よりも神保に効いたらしい。

 扉の向こう側にいても分かるほどの彼女の激情に、俺は思わず持っていた手土産の袋を取り落としてしまいそうだった。

 これまでは余裕ぶった表情を崩さなかった神保シンシアが、まさかあんなに声を荒げるなんて想像もつかなかった。

 ――彼女の心を毛羽立たせる≪教授≫とは、一体何者なんだ?

 

「……ふぅ。それに、ボクは決してキミを貶めたいわけじゃないんだ。もっと遠山クンと時間を積み重ねた方が――」

「いいえ、関係あるわ。その冷徹な頭脳は、まるでお爺様とは正反対。だってそうよね? ――父親をその手で斬った人間のことなんて、アタシは絶対に信じない」

 

 神保はすぐに気を取り直すが、神崎も今の言葉で余裕を取り戻したらしい。

 思いもよらず飛び出てきたその話題に、俺は悪いとは思いながらもつい扉に耳を寄せてしまう。

 

「むぅ、確かにキミのお母さまのことを鑑みれば、ボクのことを信じられないのも分からないではないが――」

「アンタがお母さまのことを語るなッ!血の繋がった親を殺しちゃうような、血も涙もないアンタなんかに――他人のことを語る資格はないわ! さっさと帰れ!」

 

 どんっ、と耳を当てていた扉が揺れる。そして――べちゃりと何かが落ちた。

 これ以上話すことは言わんとばかりの態度を取る神崎に、とうとう神保も音を上げたようだ。

 

「仕方ない。病室をこれ以上騒がしくすれば、駆けつけてきた矢所先生に怒られてしまう。今日は素直に退散させてもらうよ。本当は手短に感謝だけを述べるつもりだったが、悪かったね。それじゃあ、また」

「もうその顔を見せんじゃないわよ!」

 

 慌ててその場から離れると、ガラリと扉が開く。

 こちらを見る彼女の顔は一見、いつも通りの不敵な笑みを浮かべたままだ。

 しかし、俺は気づいてしまった。

 その瞳の奥に幽かに浮かぶ――漆黒の闇の中に確かに存在する、少女の悲哀に。

 

「ああ、大和クンか。みっともない所を見せてしまったね」

「……神保」

 

 固く握りしめていた拳を開き、何もなかったかのように話しかけてきた彼女は、こちらを見て今度は片眉を上げた。

 

「今の話を聞いていたのかい? それにしては、大して驚いていない様子だが。もしかして知っていたのかな?」

 

 何の話かは、言うまでもないだろう。

 

「……まあな」

「おや、驚きだ。てっきりキミのことだから、これ以上私に関わりたくないからと調べないと思っていたんだが」

「はん、その推理は合ってるよ。いつも通り冴えた頭でなによりだ。なに、偶然耳にしたってだけさ。知りたくて知った訳じゃない……ところで、神保。あんな話の後で悪いが、この後に時間はあるか?」

 

 こちらからの誘いがよほど意外だったのか、彼女はポカンと口を丸くした。

 あれだけ近寄るなと嫌っていたくせに、どうして方針転換したのかが分からないに違いない。

 どうやらこっちから誘いをかけることは推理できていなかったようだな。

 

「デートのお誘いかな? まさか大和クンから招待してくれるとは――」

「前言撤回だ。お前も頭に喰らってたみたいだな。ちょうど良い、ここのCTスキャンで頭を輪切りにされてこい」

「ははは、冗談さ。――いやなに、これくらい明るく振る舞わないとやってられなくてね。忘れてくれ。で、暇かと訊いたね。大丈夫だけど、いったい何の話かな?」

「大したことじゃない、ちょっとしたお話さ。信頼関係を深めたいってんなら、まさか断ったりしないよな?」

「もちろんさ。ボクからは大歓迎だよ。それじゃあ下の待合室で待っているよ」

 

 そう言って神保は、恐らく投げ返されたのであろう手土産の袋を片手にスタスタと去っていった。

 ちらりと見えたが、あれは松本屋のももまんだな。神保のことだから神崎の好物くらいリサーチ済みだったんだろうが、まさかそれでも突っ返されるとはな。どれだけ毛嫌いされてるんだか。

 ――さて。

 

「神崎、良いか?」

「はいはい、良いわよ」

 

 一応神保から少し時間を置いて中に入ると、息を整えた神崎が備え付けの机の上に銃を広げていた。どうやら気分転換に整備しようとしていたらしく、専用の道具がずらりと並べてある。

 ……いくら個室とはいえ、そんなことをして良いのだろうか。

 

「あら。アンタは確か、キンジと一緒の部屋の……ヤマトだったわね」

「覚えててくれたようでなによりだ。なに、俺もあのバスジャックに巻き込まれたクチでな。事件の功労者にお礼を言わせてもらいに来たのさ。はいこれ」

「……なにこれ?」

「かりんとうだ。悪いがお前の好物なんて知らなかったからな、そいつで許してくれ」

 

 既に色々な人がお見舞いに来ていたらしく、他のものが山積みになっていた側机の上に箱を置いてから改めて向き直る。

 

「怪我は大丈夫か? キンジが言ってたが、頭を打たれたんだろ? 後遺症とか、そういうのは……」

「なんにもないわ、不幸中の幸いでね。こんなの掠り傷よ」

「……そうか。なんにせよ、悪かったな」

 

 軽く頭を下げると、彼女はそんな俺に不思議そうな顔を向けた。

 

「なんで謝るのよ」

「あの場所にいて、俺は何も出来なかった。そんな自分が、情けなくてな」

「何言ってんの、アンタは装備科(アムド)、それもAランクなんでしょ。良い? 人には誰しも、得手不得手があるの。太陽が西から昇る? 月が東から昇る? アンタはアンタの出来ることをすればいいのよ。出来ないことをやられたら、むしろ迷惑だわ」

「……ああ、そうだな」

 

 神崎はそうはっきりと俺の戯言を切り捨てたが――違うんだ。

 俺は事態解決に寄与できる力があったにも関わらず、それを発揮しなかった。

 そのことを、彼女は知らない。

 

「じゃあ、そうだな。その銃の整備を引き受けさせてくれないか。流石にタダってなると怒られるけど、事件の礼ってことで大きく割り引かせてもらう。見た所大切なモノなんだろ? 病室で手入れするには限度があるだろうし」

「んー、それならお願いするわ。どうせこの調子じゃ、もう少しここに押し込められそうだしね」

 

 彼女はガチャガチャとバラしかけたのを組み直し、黒と白にそれぞれ塗り分けられたコルト・ガバメントを差し出す。

 小さな体には似つかわしくない大きさだが、長らく一緒に付き添ってきたのだろう。改めて手に取らせてもらうと、細かい補修の跡や丁寧な全弾射撃(フルオート)の改造が見受けられる。

 

「アンタ、二つ名を持ってるんでしょ? キンジから聞いたわ。≪武器庫(アルメリア)≫って呼ばれてて、色んな武器の修復や保存を請け負ってるんでしょ。刀の方はやってくれないのかしら?」

「あー、そう言えばそうだったな」

 

 確かに神崎は、剣も使うんだったか。

 

「悪いが、そっちは引き受けられない。専門外ってわけじゃないんだが……」

「なによ、歯切れが悪いわね」

「色々あってな。刀剣類に関しては、二度と握らないって決めてるんだ。ちょっとだけでも触りたくないし、それだけは依頼も受けないことにしてる。その代わり、この銃については誠心誠意やらせてもらうさ」

 

 傷つかないようにハンカチに包んでから、預かった二丁を鞄の中に片付ける。

 

「それにしても素晴らしい改造だったな。ウチにも平賀さんって言う天才がいるが、キンジ曰く仕事が時々雑になるらしくてな。その点これを施した奴は仕事が最後まで丁寧だ。もし良ければ、誰がやったのか教えてもらえないか?」

「ええ。ベレッタよ。知ってる?」

「ベレッタって言うと……ローマのか」

「前にあっちに留学してた時に仲良くなってね、その時にやってもらったの」

 

 ベレッタ・ベレッタ。かのベレッタ社の娘にして、天才的な兵器の発明家だ。武偵高にも彼女の会社の拳銃を愛用する連中は少なくないから、当然俺もそれらを扱う以上、彼女の公開プレゼンなんかには一通り目を通している。

 その仕事は遥か彼方の極東にも届くほど芸術的で美しく――そして、効率的だ。

 

「そうだったのか。それじゃ、彼女の名に失礼のないように頑張らせてもらうよ」

 

 そう気合を入れ直し、席を立ちかけたところで――先ほどの神保の顔が頭を過ぎった。

 あの、彼女が初めて見せた素顔の欠片。

 それと、たった今神崎に言われたばかりの言葉が重なった。

 俺は、俺の出来ることを為すべきだ。あのバスでは為せなかったが――今なら。言葉を伝えるだけならば、出来る。

 なんとなく、もう一度彼女の方に座り直した俺に彼女は怪訝な顔をした。

 

「なぁ、神崎。さっきの……神保との話のことなんだが」

「あら、もしかして聞いてたの?」

「偶然だよ。狙って聞こうとしてたわけじゃない」

 

 彼女は一瞬だけ気まずそうな顔をした後、キッとまなじりを吊り上げた。

 

「悪いけど、私からは謝らないわよ」

「いや、部外者の俺から謝れだとか、そんなことは言えないさ。アイツとお前の間には、並々ならぬ因縁がありそうだからな。新参者がどうこう言った所で意味ないだろ」

「それが分かってるなら、何が言いたいの?」

「一つ、聞きたいんだが。アイツが上に許可も取らずに強襲するとは思えないんだ。強襲(それ)が認められたってことは、アイツの親父には逮捕状が下りてたんだよな?」

「……ええ。具体的になにをやったかはアタシからは言えないけどね。ただ、新聞によるとシンシアの父親が悪事に手を染めてたのは周りの人間は薄々気づいてたみたい。そんな噂の中、彼女は自ら生まれ育った屋敷を急襲して、実家で行われていた悪事を暴いたの。そして、その際に抵抗した父親を母親譲りの刀で切り殺した。世間は誰もがそれを称賛したわ。でも、そんなのおかしいじゃない。家族が罪に問われたら、誰だって無実を信じたくなるはずよ。アタシだって……」

 

 その瞳には先ほどの神保と同じ、並々ならぬ感情の揺らぎが見て取れる。

 今の話から推測すると、神崎の家族は謂れのない罪に問われたことがあるのだろうか。

 

「そう言えば、アンタも武偵殺しの自転車ジャックにあったのよね。じゃ、他人事でもないか。……今、アタシのお母さまは≪武偵殺し≫の犯人として逮捕されてるの。アンタたちがヤツに襲われた、その前からよ」

「――そういうことか。神崎はそれを冤罪だと信じてるんだな?」

「ええ、もちろん。だからあたしはお母さまの無実を晴らしたい。奴らのスケープゴートにされたお母さまを解放したいの」

 

 両手を胸に引き寄せた彼女は、遠くどこかの留置所に囚われている母親に思いを寄せているように見える。

 そこには、神崎の母親への心からの信頼が輝かしいほどにはっきりと見て取れた。

 

「……優しいお母さまだったんだな」

「ええ。」

 

 その姿は、本当に輝かしかった。

 ――俺の過去とは、まるで逆だ。

 

「神崎、知ってるか」

「え?」

「お前らの地元がどうなのかは知らないけどな。日本じゃつい最近、尊属殺人ってのが撤廃されたんだ。その背景には、親に相応しくないような大人が増えてるからってのがある。親が子に相応しくないことをしたら、子供が身を守るために親を殺すのは特別じゃないってな」

「だから何よ?」

「――お前みたいに子供が守りたくなる優しい親ってのが、本来の正しい家族の在り方なんだろうさ。でもな、世の中にはイカレた親もいる。子供がそいつらを止めたい、罪を償ってほしいって思うのは、本当に間違ってる事なのか?」

 

 座り直した俺の言葉を、彼女は今度は頭ごなしに否定しようとはしなかった。

 

「詳しいことは分からないけどさ。少なくとも、俺の親はそんなのだった。だから神保がやった事を一口にロクでもないだなんて、俺には到底言えないんだ。奴は確かに口煩い奴だが、それとこれとは話が別なんじゃないかな、もしかして……」

「……」

「――いや、悪い。病室には相応しくない話題だったな。そいつをあったかい緑茶と一緒に食ってくれれば、心も温まる。最後に改めて、ありがとな神崎。じゃ、キンジも来たみたいだし、邪魔者はさっさと帰るさ。お節介が過ぎたかな」

 

 足音で分かっていたが、ドアを開けると予想通りキンジが立っていた。

 

「よ、キンジ。お姫様がお待ちだぜ。お前らしく、慰めてやってくれ」

「お、おう……」

 

 部屋の中にこいつを押し込んで、俺は早々にこの場を立ち去った。

 ――さて。俺も俺のお姫様を、迎えに行くか。

 

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