黒刀のシンシアと無刀の剣士   作:七海香波

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第2話「お礼くらい言わせてくれよな」

 

 雲一つない澄み渡った青空の下、俺は武偵高に向けて片耳で音楽を聴きながら愛用の自転車で真実と加速していく。俺も少年と同じように加速したいのだが、残念なことに時代は未だ人の脳と繋がる次世代機まで生み出してはいない。いや、これが同じ装備科(アムド)Sランクの平賀さんなら、言えば作ってくれそうなものだが。

 ……いやマジで作り始めそうだし、絶対に言わないでおこう。

 あの人はよく突飛な武器を開発しては周囲を困らせたりするのだから。適当な話だけだと、隣の部屋の俺まで巻き込んだ爆発オチが待っていたりしかねない。

 それに、そんな夢の機械の代金なんて俺の預金だけじゃそもそも払いきれないからな。

 俺の短棍も「絶対壊れない、それでなおかつ袖に隠せる奴で」と頼んだら「大丈夫ですのだー!」のやり取りだけで出来上がったからな。ただし採算度外視でやたらめったら高価な金属をこねくり回した挙句、支払いが少々足りずに訳の分からん平賀製品の試験役を押し付けられた羽目になったのは嫌な思い出だ。

 とまあ、そんな至極どうでもいいことを考えつつ、いつもと変わらない学園島の風景を横に俺は滑らかに街の中を駆けていく。

 

「そのチャリには 爆弾が 仕掛けて あります チャリを降りたり 減速した場合は 即座に ドカン です」

 

 時速十キロ程度で鼻歌を歌いながら走る俺の耳に、突然機械的な女性の声が聞こえてくる。

 ……確か、最近流行りのなんとかロイドだったか。俺は興味なかったが、作曲が趣味と公言するクラスメイトがなにやら話していたのを聞いたことがあるぞ。

 加えて、他に峰理子――探偵科(インケスタ)Aランクのロリ巨乳がしつこく薦めてきていたので覚えていたが、それがなんでこんな朝から聞こえてくるのだろうか。しかもやたらと物騒な内容で。

 

「一体なんなんだよ、新春早々登校時にアニメ声って! いくら何でもありの武偵高でも不自然すぎるだろうが!」

 

 割とどうでも良い点なのだが、思わずそう声を上げてツッコんでしまう。

 と、それが現実であると示すかのように女の子の平坦な声が繰り返される。

 

「再度 通告いたします そのチャリを 降りたりしたら ドカン です」

 

 もうちょっと表現ってものがあるだろうに、どうしてこうも頭の悪そうな文章なんだ。

 ひとまず落ち着こうと仕掛けられている爆弾を手探りで探すと、すぐにそれらしいものが見つけられた。サドルの下に、明らかに普通の自転車には必要のなさそうな四角い何かがむき出しの配線と共に付けられている。

 

「えっと、外したら――」

「その場合も ドカン です」

「ご親切にどうも!」

 

 ……さて、ひとまず冗談じゃなさそうな雰囲気になってきたな。

 だが、このまま慌てたところでどうしようもないんだ。ひとまずは、先ほどから走らせている自転車に着いてくる音声の正体を確認してみようか。なぁに、こちとら武偵高に一年もいたんだ。これくらいの不可思議なんか状況なんか今更だ。

 そんな軽い気持ちで後ろの方を確認すると、なんということでしょう。

 そこには、銃を乗っけた二輪走行車(セグウェイ)が俺の自転車の後ろをぴったりと同じ速度で尾けてきているではありませんか。

 乗っているのは確か、ウージーという短機関銃だ。イスラエルで開発された優秀な銃で軍や警察で評判だったと聞くが、なんでそんなヤツの銃口が朝っぱらから俺の方に向いてるんだ。

 まったく、普通ならこんな状況、混乱してハンドルから手を放して横転したって仕方がないぞ。

 

「……その普通じゃないのが、武偵高(ココ)なんだよなぁ」

 

 残念なことに、その異常事態が日常茶飯事なのが武偵という職業の悲しき性である。

 この状況に対して本来取るべき「な、なんだあれは!?」と叫ぶとか、慌てふためくなんてわざとらしい反応は、むしろ恥ずかしすぎて出来ないくらいだ。

 それに――。

 

「この程度なら、今朝の忌々しい夢の頃の方がまだマシだってんだよクソっ!」

 

 ――さて、馬鹿馬鹿しい思考はここまでにしておいて。そろそろ真面目に考えるとするか。

 試しに情報科(インフォルマ)の中空知にでも電話しようかね。あの子なら即座に連携が取れるし、自由履修で顔を出していることからクラスは違えども顔なじみなんだ。何よりBランクだから、金もそんなに掛からない。女子だから、パフェでも奢れば十分だろ。

 どうせセグウェイに取り付けられたスピーカーの向こうで笑っている犯人に「するな」と忠告されるだろうが、とりあえずやるだけやってみようとスマホを取り出したところで、

 

「また 助けを求めては いけません 携帯を 使用した場合も 爆発 しやがります」

 

 と予想通りの忠告が飛ばされる。

 ――タァンッ!

 それどころか同時に犯人は無線操作で発砲してきたぞ。とっさに撃たれると思って引っ込めた。そのままだと手には当たらなかったが、携帯が狙撃されるところだった。実際に放たれた弾は目標を見失い、どこかへと飛んでいく。

 一般の通行人が少ないのが功を奏したが、危ないな。

 にしても、俺が携帯を出したタイミングちょうどその事を警告してくるとは。こりゃこっちの話を聞くだけじゃなくて、見てもいるんだな。

 試しに続いて懐から銃を取り出そうとすると、

 

「銃を 取り出した場合も 爆発 しやがります」

 

 やはり同じように止めるよう音声が飛んできた。でしょうね。

 ったく、犯人は少し前に逮捕されたと噂の《武偵殺し》にでも憧れたのか、それとも時間を持て余した暇人なのか。動機は知らないが、随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか。

 

「趣味が悪いぞ、こん畜生が!」

「ありがとう ございます」

「誉めてんじゃねぇーよぉぉぉっ!」

 

 そう叫びながら、自転車を駆る速度を一段階上げる。確認した限り、後ろのセグウェイも勝手に速度を上げて着いてくるようだ。

 さて、どうしてこの事態を解決したものか。

 このまま武偵高に乗り込めば後に教師に袋叩きにされることは間違いないし、自分で処理することは大前提だ。それに自走する短機関銃付きの爆弾自転車なんて劇物を片付けるには、万が一のことを考えて人気のない所で処理した方が良いだろう。

 となれば、目指すは――わざわざ近づく理由の少ない、海辺だな。

 学園島は海に浮かぶ人工島だ。周囲は海に囲まれているし、すぐにたどり着ける。潮風なんて銃弾の大敵だし、武偵だって自分からは訪れないさ。それに、ここらは荒事になれている区域だ。もし誰かに見られていても、たとえ一武偵が爆弾背負って飛び込んだくらいじゃ大した騒ぎにもなりはしないだろう。

 海へのドボンはあくまでも最終手段だが、いざというときはそうするしかあるまい。

 いくらサドルの下に隠れる程度だからとはいえ、油断するべからず。某死を呼ぶ高校生探偵でよく用いられることから結構知られているプラスチック爆弾なんかだと、この量でも十分自転車どころか車すら吹っ飛ばせる。例の映画じゃ、ラジコン飛行機に積めるだけの量で随分な爆発を引き起こしてたからな。

 まったく、それにしても面倒なことこの上ないのは爆弾よりも後ろに短機関銃どもだ。

 自転車は最悪乗り捨てた勢いで海にポイするとしても、残って銃撃してくるであろうこいつらもどうにかしなければならないんだ。

 セグウェイへの対策を考えている内に自転車は町中を抜け、俺は海の覗く一本道へと差し掛かっていく。

 このまま行くと海へ飛び込むことくらい相手も想像はつくだろうが、不思議と向こう側からの静止の声は掛からない。いったい、どういうつもりなのやら。逃げ惑う結果爆死するなんて、哀れな俺の末路でもお望みなのだろうか。

 

「まあ、爆弾魔の考えなんて分かりたくもないけどな」

 

 そのまま自転車をトップスピードに上げ、海へと一直線のルートをひたすら突っ走る。

 ……と。

 全速力で走る俺の目の前から、一人の女生徒が呑気にこちらへ歩いてくる。

 

「嘘だろっ」

 

 両耳にイヤホンをつけた上に、歩きながら手元の携帯を見ているようだ。

 着ている制服からして同じ武偵高の生徒のようだが……いささか不用心すぎやしないか?

 というか、どうしてこんなところにいるんだ。せっかく人のいない場所を目指して走ってきたのに、なんでこの先に何もないようなところから歩いてくる奴がいるんだ。

 しかも、あの様子だとこっちに気づいてないみたいだ。

 このまま俺が通り過ぎてもセグウェイが発砲しないとも限らない。

 巻き込むのも気が引けるし、大声で注意を促せばイヤホンをつけていても聞こえるだろう。

 

「おーい、ちょっとそこの白い髪のアンタ! ……誰かは知らんが退いてくれ!」

 

 その声に反応したのか、彼女はこちらへと顔を上げた。

 ――陽光に照らされて鋭く輝く、刃の如き銀髪。黒曜石のような透き通る瞳。防弾制服の上につけられた、朱色の手甲と草摺。腰には黒塗りの鞘が吊り下げられている。そんな西洋と東洋の相反する雰囲気が交わって、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す少女。

 俺は、今まさに命の危機に置かれているにも関わらず――この一瞬、視線が交わったその少女に意識を奪われた。

 可憐だとか美しいだとか可愛いだとか、少なくとも俺の知る言葉では、彼女を見た瞬間に俺が感じた感情は表せないだろう。そもそも自分でも良く分からないし、ただなんとなく、彼女に自らの知らない感覚を抱いてしまったことだけがかろうじて理解出来た。

 彼女の発する、不思議な魅力に捕らわれる。

 それだけじゃない。背筋をピンと伸ばし、武士然とした佇まいの彼女の姿に、俺は思わず過去に置いてきた剣士としての自分すらも惹かれてしまう気がして――唇を強く噛み、意識を思考の海から現実へと引き戻した。

 

「――そんな馬鹿なことがあってたまるか」

 

 ――俺はもう二度と剣を握らないと、そう誓ったんだ。

 それだけは決して破っちゃいけない、大事なもの。

 それが見ず知らずの少女の在り方を一回見ただけで緩むなんて、あっていい筈がない。

 こちらのそんな複雑な心境もつゆ知らず、声を掛けられた彼女はこちらを見て、ン? と小さく首を傾げた。

 

「チャリのサドルに爆弾! 後ろには短機関銃が迫ってる! 分かったらさっさと逃げろ!」

 

 状況伝達だけで助けは求めてないからセーフ、だよな。

 耳を後ろの銃達の方へと集中させるが、相手からは何の忠告も弾丸も飛んで来ない。どうやらこれくらいは犯人の許容範囲だったようだ。

 後方はそれで良かったのだが、前方はそう都合良く物事は進まなかった。俺が声を掛けた彼女は逃げ出すどころか、逆に迎撃するかのような素振りを見せた。

 ゆったりと、しかし素早く。左半身を引いて、肩をこちらへ押し出す。更に体を深く沈みこませ、右手を腰に吊っていた刀の柄に掛ける。美しく流れるように整えられたその姿勢は、抜刀術のそれだ。

 だが、その体勢から――何を斬るつもりなんだ。

 

「退いてくれってば!」

 

 再度警告する俺に――彼女は仄かに口の端を上げると共に、マバタキ信号で短く告げた――問題ない、と。

 この現状には決して似つかわしくない、聞いたこともない筈の少女の落ち着いた声が頭の中で自然と再生される。

 不思議なことに、この時の俺の耳は確かに一言一句残さず捉えることが出来た。

 ――サドル、斬る、蹴り飛ばせ。続けて紡がれた迷いのないその指示に、俺の体は即座に反応した。

 そう。厭っていたはずのその言葉を、自ら口にしてしまったんだ。

 

「――≪()≫ィッ!」

 

 彼女の体が俺の左側を通り過ぎる直前、一言叫ぶと共に――僅かに遅くなった世界の中で、両のペダルを足場に飛び上がった。

 そのまま両手に握ったハンドルを起点に鉄棒の選手のように回転し、その上で逆立ち。無論、ぐらぐらと揺れるこの体勢はバランスが悪いことこの上ないが、この程度なら今の状態でどうにかなる。

 そして、サドル下のフレームががら空きになった瞬間――キンッ、と彼女の腕が閃く。

 稲妻のような速さで振るわれたその剣は、逆さになった視界の中で見事に俺の自転車のサドル部分だけを下から上へ断ち切った。

 ――その腕も見事だが、なにより目を惹かれたのは彼女の振るった漆黒の刃だった。

 

(こく)(とう)……?」

 

 夜の闇を集束させたと言わんばかりのその刀身は、視認できたのは一瞬であるにもかかわらず、光を吸い込むように俺の心を強く惹きつけた。

 ――いや、珍しい剣に気を引かれる場合じゃなかったな。

 勢いのままに跳ね上がったサドル部分はそのまま上下逆さの俺の眼前から腹の下を通り越して、足の方へと飛んでいく。それがちょうど脛の前に辿り着いたタイミングで――ゴッ!

 蹴り飛ばされたサドルは勢いよく、遥か遠くの上空へ飛んでいき――パンッ、と続けざまに先ほどの少女が放った銃弾によって打ち抜かれ、ドガァァンッ! と時間帯に似合わない花火を上げた。

 

「嘘だろ?」

 

 ――まさかあの一瞬で、高速回転する爆弾の信管を見抜いて、撃ち抜いたってのか?

 信じられないような神業を目にしながら、俺は急ブレーキをかけて自転車の隣の地面に降り立った。

 

「えっと、ありが……」

 

 礼を言おうと彼女の方を向くと、彼女はもう視線をスマホに戻し、イヤホンをはめてスタスタと武偵高の方へと歩いて行ってしまっていた。

 

「……いや、お礼くらい言わせてくれよな」

 

 そうぼそりと呟いていると、存在を忘れていたセグウェイがやってきた。何故か邪魔をした彼女には擦れ違う際にも発砲することなく、俺だけを目指して迫ってくる。

 

「ま、いっか。話は後、まずは残ったコイツらを片付けるかねっ!」

 

 彼女のことを一旦思考から外し、自転車をそこらにほっぽりだして、空になった手に仕掛けでトンファーを引き出す。折り畳み式の取っ手が『ト』の字にかちりと展開され、それを握ると同時に俺はセグウェイ目掛けて飛び出した。

 遅れて奴らの銃座から、連続した発射音が届く――遅い。

 遠隔操作で引き金が引かれ、銃口から9×10mmパラベラム弾が顔を覗かせる――それよりも早く、俺は奴らの隣に一足で降り立っていた。

 襲い掛かってきたのはたった二台。

 ――軽い軽い、この程度なら今の状態の俺でも問題ない。

 狭い小道の中、俺は両腕のトンファーを半回転――長柄の部分を先に出し、更に体ごと回転。二台の中心に立つ俺に今更ながら向けられた銃口を、先手を取って叩き潰す――ゴシャッ。これでもう、まともに発砲も出来やしないだろう。

 そのまま今度は更にもう一回転。トンファーの先端部分を相手のセグウェイのハンドル部分に引っ掛け、奴らを俺の傍に引き寄せる。そして縦に伸びたハンドルの柱を、トンファーを投げ捨て空になった両腕で掴み――逃げられないために、ハンマーのように地面に叩きつけた。

 ごんっ、ごんっ、と何度も叩きつけているとやがてタイヤの部分がひしゃげていき、動けなくなった。

 最後に接続されているむき出しの配線をブチブチっと引き千切り――ようやく相手は何も言わなくなった。

 

「――っと、こんなもんか。≪(カイ)≫」

 

 ふぅ、と一息吐くと同時に、世界の時間の流れがもとに戻る。

 しかし――この現状をざっと見て、俺はこう思った。

 ああ……やってしまった、と。

 剣みたいに完全に禁止していたわけじゃないが、俺は今の力をあまり使いたくないんだ。それこそ、かつてのように振るってしまっていたらと思うと――。

 そのぞっとする考えを振り払うように、俺は用済みとなった《武偵殺し》の残骸をガシャガシャッと適当に放り捨てた。

 軽く手を払い、近くに落ちていた棍を手にとってチェックする。

 うん、さすがは金のかかった信頼の平賀製なだけはある。銃口を殴った程度では歪んだりはしていないようだ。

 それに、しても。

 地面に散らばる残骸やら何やらを一目見回して、考える。

 

「何処のバカだ、こんなのやらかしたのは」

 

 最近武偵を襲う事件って言ったらさっきも考えた《武偵殺し》くらいだが、本人は既にムショの中。恐らく犯人は別人だろうが、よくこんな武偵の本拠地みたいなところでこんなのをやらかせるモンだ。その図太い神経だけは多分本物にも負けてないだろうよ。いつかガラス越しに褒めてやりたいものだ。

 とりあえずはいずれ本人の顔を拝ませてもらうためにも、教務課(マスターズ)に連絡して探偵科(インケスタ)でも呼ぼうか。

 俺なんて、ただの装備科(アムド)に過ぎないからな。武偵の本職らしき地道な捜査は、その筋の人間に任せた方が良い。

 

「あ、蘭豹先生ですか、実は――」

 

 んでもって、連絡ついでに始業式に遅れる事への謝罪を終えた俺は、座れないだけでまだまだ使える自転車を起こして再度武偵高目がけて急ぎ走るのだった。

 

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