《武偵殺し》の一件を終えて
まったく蘭豹め、何が「あの程度ちゃっちゃと済ませて来んかい!」だ。忘れてるのか知らんが、こちとら
そう言うのはアンタが受け持つ
――とにかく、ようやっと迎えた自由な時間の昼休み。
体の痛みも治まってきた俺は、二つ隣のクラスである二年A組へと訪れていた。
「よう、理子はいるか?」
そう声をかけると、即座に一人のちっこい女子が姿を現した。
フリルをたっぷりとあしらった改造制服に、ゆるふわの金髪ツインが特徴的な彼女は、
「はいはーい、呼ばれて飛び出て即参上! 貴方のお望みの理っ子りーんでーすっ! ……って、ヤーくん? どーしたの?」
「おう、理子。その元気っぷりは相変わらずだな。にしてもちょうど良かった、まだクラスにいたんだな」
「お、どうしたんだよヤマト。わざわざこっちに来るなんてよ」
挨拶をしていると、理子の騒がしさにこちらに気づいた
「よう武藤。別に大したことじゃないさ、ちょっと理子に調べてもらいたいことがあってな。それも急ぎだ」
「うー、理子に緊急
「それくらいは承知の上だ。ほれ」
財布の中から、最近モノレール駅の中に二号店を構えた有名店の特盛パフェ半額券を差し出す。ネットで調べたところ、余りのクリームの量に俺じゃ食いきれないなと半ば腐らせかけていたものだ。その処分も兼ねての依頼だ。まさに一石二鳥。
予想通り目を輝かせながらそれを引ったくり、理子は女の子だけの胸のポケットに押し込んだ。
はしたない、と一年前の俺なら叫んだろうが、もう慣れた。こいつらは自分の体だろうと、容赦なく使ってくるんだから油断ならない。
「くふふふふっ、ラ・クレームの和風ぱるふぇ、楽しみにしてたんだよねぇー。コイツは理子りんも張り切っちゃいますぜっ。で、なんの情報をお望みですかい? うりうり」
「ええい、肘で脇をつつくんじゃない。知りたいのは、今朝の武偵殺しの件なんだ」
「ん、それがどうかしたのか」
なぜか武藤までも体を乗り出してきた。
まあ……別にあったことを話すだけだから、こいつに聞かれようが別に良いか。
「セグウェイに追われて逃げてた時に、ちょっと助けてもらってな。幾ら武偵憲章に従っただけとはいえ、お礼を言いたいんだ。でも、生憎と名札も確認してなかったんでどこの誰なのかが分からなくてな。それで、知ってそうな奴に聞こうと思ったんだ」
簡単にそう教えると、二人は揃って変な顔をする。
「ちょっと待てヤマト。お前も武偵殺しにあったのか?」
「お前も、ってなんだ。まさか他に、誰かあのクソみたいな短機関銃に追っかけられた不運な奴でもいたのか?」
「ああ、キンジがな。そのせいで朝からちょっち騒がしかったんだが……」
キンジが? 俺とあいつは別の時間に出たんだが、そうか。アイツも同じような目に会っていたのか。
だがキンジは元強襲科のSランクだ。とある事情でEランクになってこそいるが、それでも腕を鈍らせているわけじゃない。あの状況を切り抜けるくらい、出来て当然だったろうな。
そう考えていると、理子が腕を引っ張ってくる。
そちらに意識を向けると、やけに真剣そうな顔でこちらの瞳を覗き込んでいた。
「ねぇ、ヤーくん。それってホント?」
「それってどれだよ。武偵殺しに襲われたってことならホントだが。自転車下の爆弾に、
「……へぇ」
やけに真面目そうに顔を顰める理子。こいつのこんな顔を見るのは初めてだ。
「もっと詳しく知りたいんなら、教務課に提出したレポートでも見せてもらえ。蘭豹にぼこすか殴られながらだが、きちんと書いたつもりだから。にしても、そんな気になるのか?」
だが次の瞬間には、彼女の顔はすぐさま元の元気溌溂な笑顔を取り戻していた。
「う……ううん、何でもないよ! それでそれで、ヤーくんのお探しの人って一体誰なのかな?」
何でもないのなら、別に構わないんだが。
妙に反応が気になるが、理子はAランクと言うだけあって探偵として非常に優秀なんだ。何か気になった事でもあるんだろう。また今度聞いてみようと考えて、俺は彼女の流れに沿って今朝の少女の姿を思い返す。
「……美人、だな」
「「は?」」
思わず口から洩れた言葉に、目を丸くする二人。
「長い銀髪と、赤い手甲と草摺を身に着けてる剣士みたいな女子だ。あと、宙を舞う爆弾の信管を打ち抜けるくらい動体視力と銃の腕がいい。多分、強襲科のAかSだと思うんだが……」
そう特徴を述べると、何故か目の前の二人は顔を硬直させていた。
理子なんか、口をパクパクとさせているぞ。
「……や」
「や?」
「ヤーくんに春が来た! キーくんに続いて今日はおめでたい一日だよ!」
「なんだよちきしょう、お前らはいつもいつも美味しい所を独り占めしていきやがって!」
「なんだ、なんなんだお前ら。良いから落ち着け、ほら、これやるから」
途端に騒ぎ出した武藤と理子。とりあえず何故か血涙を流す
武藤は額を押さえて呻いているが、理子はちゃっかりとそれを奪い取ってまたもや胸の隙間に押し込んでいた。ちらりとピンクの唇の覗く舌が笑っている。
こ、こいつ。さては財布の中を見た時にもう一枚あると分かって、俺から巻き上げようとしたのか。
キンジも言っていたが……やはり女子は油断できない。
「くふふ、ヤーくんはいつもいつも甘いよ? 理子相手に隙を見せるなんて、ね」
「ちっ、分かったよ。せっかくもう一枚くれてやったんだ、イロをつけて返せよ」
「らじゃっ。ちょっと待ってね……んー、えっとね、ヤーくんのお探しの子は多分、この子なんじゃないかな」
理子に差し出されたスマホを見ると、確かにそこには今朝俺が見た通りの少女が映し出されていた。
「神保シンシア。二年B組。
「おおっ!?」
「うるさいぞ武藤。理子、そこは見た時に測ったから知ってるんだ、飛ばしてくれ」
「「えー」」
「飛・ば・せ。……にしてもお前やキンジと同じ探偵科か、強襲科の間違いじゃないのか」
「うん、そうだよ。一緒に講義受けたこともあるし。でも噂によると、強襲科の生徒にも一目置かれるくらい強いんだってさ。春休みの間にも強襲科の訓練にちょくちょく顔を出してたみたい。――おおっと?」
「どうした?」
「ヤーくんの推理も、完全には外れてないみたい。春にこっちに転校してくるまではウェールズ武偵高の強襲科にいて、二つ名は『
なるほど。中が空洞とはいえ、金属製のフレームを斬れるくらいなんだ。Sランクであっても不思議じゃない。それにしても既に二つ名まで持っているとはな。
きっとその元となっているのは、あの腰に携えた漆黒の刃に違いない。
「で、東京に来た時に探偵科に転科したんだってさ。周りは随分驚かされたみたいだよ? でも、まだその力を惜しんでる人が勧誘してくるくらい強いんだってさ。まるでヤーくんと同じだねっ」
何気ないその一言だが、俺の心は揺れ動く。
俺と同じ、か。確かに俺も時折、それこそ今朝も蘭豹に拳銃を突きつけられて脅されたものだ。だが、俺は決して強襲科には行かないと心に決めている。
俺には――これ以上人に対して刃を振るう資格がないのだから。
しかし、よほどの事情がなければわざわざ転科なんてしないだろう。彼女にも何か、深い理由があるのだろうか。ふと、そんなことが気になった。
「気になっちゃう? でも、そこまで調べるなら今すぐには無理かなぁー? もう一枚くれたら、考えてあげるけどっ」
「……いや、今は関係ないから構わないさ。あまり欲張るんじゃない、理子。神保のプロフィールはもう良いから、普段はどんなところで目撃情報があるのか教えてくれないか。B組の中もさっきちらりと覗いたが、中にはいなかったんだ」
「んー、とねぇ。あまりそういった事は書かれてないね。むしろ好んで姿を隠す傾向がある、って書かれてる」
「見られるのが嫌なのか。武偵っちゃ武偵らしいが……」
武偵は対策を取られないために、普段の習性を悟られないように隠す傾向がある。
それに、今も昔も探偵の基本技能の一つには追跡技術が挙げられる。探偵科のSランクともなれば、逆に追跡されない方法を身に着けていても不思議じゃないか。
「そうか。ありがとな理子。じゃあ後は自分の足で――今度はなんだ武藤」
そう別れようとしたところで、今度は額を押さえながら静かにスマホをいじっていた武藤に手を掴まれる。
「ふ、ふふっ……。ちょうど良かったなヤマト。俺たちシンシアちゃんファンクラブの奴から、偶然にも目撃情報があったぞ。どうやら今日の昼休みは、弁当を持って屋上に向かったらしい」
「ファンクラブ? 春に転校してきたのにもうあるのか……いや、今更そんなことを考えても不思議じゃないけどさ。助かったよ武藤。そのスケベ心に感謝するとは思わなかったが、今は手持ちはないからな。礼は今度、銃の整備の割引で勘弁してくれ」
「お、マジか? 『武器庫』のヤマトにやってもらえるなら大助かりってもんだ」
武藤は自身の愛銃が仕舞われた胸をぱんぱんと叩く。
『武器庫』――それは、装備科で数多くの武偵の命とも呼べる武器を整備し、また使うことのない装備を保管することを生業と決めた俺に着けられた二つ名だ。とはいえ、神保の『黒刀』とは違って非公式だが。
同じ装備科でAランクの平賀さん――彼女はそもそも問題児だからとランクが下げられているだけで実質Sランクなのだが――が新しい先天的な武器をどんどん開発するのに対し、俺は現状存在する多種多様な武器をメンテナンスすることが出来る。銃であれば
もっとも外部の仕事は受けたことがないから、そんなに有名ってわけでもないが。
「――あ、そうそう。言うの忘れちゃってた」
「なんだ、理子。もう充分なんだが」
「えー、そうとは言わず最後まで聞いてってよー、ぷんぷんがおーっ、だぞっ」
両手で角を作る理子に、仕方なく振り返る。
「ヤーくんので思い出したんだけど、シーちゃんにはもう一個二つ名があるの。それも同じ非公式のヤツ」
シーちゃん……神保の事か。
もうあだ名をつけるとは、なんとも理子らしい。
「へぇ、なんて言うんだ?」
そっちの方も知っておいて損はないだろうと興味本位で尋ねると、意外にも彼女はもったいぶらずにすぐに答えた。
ただし、再び彼女には珍しい真面目な声で忠告をするように。
「ウェールズ武偵高の記録じゃ、シーちゃんの捕まえた人たちは口を揃えてこう言ってたみたい。――我々はあの魔女の手によって踊らされていたんだ、って。だから、あそこの伝説になぞらえて……『
「……アーサー王伝説か」
「うん。王を凋落させた災厄の魔女。気を付けてね、ヤーくん。もしかしたら、ヤーくんももう魔女の手のひらの上なのかも――なんてね」