「なんだよ、誰もいないじゃないか」
せっかく屋上へ辿り着いたんだが、周囲を見回しても誰も居ないな。
馬鹿話で余計な時間を食ったせいか、神保も弁当も食べ終わってしまったんだろう。
諦めて帰ろうとすると――。
「いや、ボクはここにいるとも」
声と共に後ろからガチャリと音が鳴り、新たな来客が屋上に姿を現した。
たったひとつの校舎内へと続く入り口の前に立っていたのは、今朝見たまんまの格好をした彼女だった。声を聴くのは初めてだが、女性の平均に比べてやや低い声だな。
「神保さん、で良いんだよな」
「いかにも、宮本大和クン。ボクがキミのお探しの神保シンシアだよ。先に峰理子や武藤剛気から色々と情報を聞いてからここへやってきたんだろうが、気にせず仲良くしてくれると嬉しいな」
「なに……?」
その不自然な物言いに、自然と右足を引いてしまう。
まさか、さっきの俺たちと武藤たちの会話を聞いていたのか。
だが、少なくとも教室の中では彼女の目立つシルバーブロンドは眼に入らなかったはずだ。
「いやいや、そう構えることはない。尾行させて貰ったわけでもないさ。この程度、簡単な推理だよ」
そう言って、彼女は立てた指を前に持ってきて得意げに説明を始める。
「キミは今朝、ボクのことを知らないと言った。加えてお礼を言おうともしていたね」
「聞こえてたんなら止まってくれればありがたかったんだが」
「まあまあ、最後まで聞きたまえ。そんなキミはまず、ボクを探すために自分の交友関係の中で一番優秀な探偵科の友人から情報を集める。そしてその傍には偶然にも、ボクのファンクラブの友人もいる。ここに来るまでに同じクラブの会員に足取りを見せておけば、彼は親切にもそれをキミに話すだろう。そうしてボクの居場所を特定したからこそ、キミは屋上にまでやってこれた、そう踏んだだけさ」
「まさにその通りだが……いやはや、二つ名通りの頭の良さだな。
「お褒めにあずかり光栄だよ、宮本大和クン」
俺なりの賛辞をすると、薄く微笑むその顔には赤みが指した。
魔女とか呼ばれながらも、褒められることには慣れていないのか。その辺りは年相応の少女らしいな。
「ああ、ボクの知の一端を知った人間はすぐに恐れるものだからね。素直な称賛には慣れていないんだ。ウェールズじゃ、担任もボクにはあまり関わろうとはしなかった。そこで引かない辺り、やはりキミは素晴らしい」
「ん? 別に褒められることでもないだろ。……とにかく、今朝の件は今ここで改めてお礼を言わせてもらうよ。ありがとうな」
「どういたしまして。とはいえ、感謝されることでもないがね。武偵憲章にもあるように、武偵同士の信頼と助け合いは当たり前さ」
彼女はそう、肩を竦めつつクスリと笑った。
――さて、礼は済ませた。助力には素直に感謝するが、それとこれとは話が別だ。
俺は白々しくこちらを見つめる彼女に、気になっていたことを問いかける。
「それじゃ、本題に入ろうか。――神保、こんな人気のないところに俺を誘き寄せておいて一体何が目的だ? 俺の交友関係まで知っておいて、まさか何もありませんはないだろ。二人っきりで、何を話したいんだ」
今朝《武偵殺し》から俺を助けた時にこちらの声がイヤホン越しにでも聞こえていたのなら、礼をあの場で言おうとした時にそそくさと立ち去らなくても良かったのはさっきも考えた通りだ。
それが不思議だったのだが、「姿を隠す癖がある」と評された彼女があのタイミングでファンクラブに足取りを《見せておいた》と表現したことも含めて考えると、その理由も想像がつく。
彼女は恐らく、目をつけていた俺と二人っきりで話すタイミングを狙っていたんだ。
あの海近くの現場には遅かれ早かれ、通報を受けた
だが、そこまでして話したい内容とは何だ?
自然と警戒の姿勢を取ったままの俺とは対照的に、彼女は飄々とした姿勢を崩さない。
だが、わずかばかり眉を顰めたぞ。
「んー、察しが早いね。助かると言うべきか、つまらないと言うべきか」
「なんだよ、そんな面白くなさそうな顔をして。ここは単純に「なんでそこまで俺の行動を読めるんだ!?」とでも尋ねた方が良かったか? かのワトソン医師みたいにな」
「いや結構。ここには察しの悪い警部役の聞き手もいないからね。それにキミは
彼女は悠々と歩き始める。じりじりと正対する線を崩さないこちらの様子など気にも留めずに、ゆっくりと屋上の柵に背をもたらせかけた。
「――端的に言おう。ボクはキミが欲しいのだよ、宮本大和クン」
「……は?」
その言葉を聞いた途端、喧騒の広がる昼休みの武偵高が一瞬だけ静まり返った。
「な、なんだって?」
「キミが欲しい、そう言ったんだ。ゆくゆくは
なんだ、そのことか。びっくりさせるなよ。
武偵は最小限の行動単位としてチームを決める。こいつは国際武偵連盟にも登録される正式なもので、将来のことを見据えて決める必要がある。
確かにまだチームの本決めまでには余裕があるが、組む相手と予行演習を行って実際の相性を確かめる時間も考えれば、唾をつけるのに早すぎることはない。
幾らSランクに劣るとはいえ、Aランクだって十分先に声をかけておくことは考えられる。
「言い方をもう少し考えろ。それに、それだけなら誰かに聞かれても問題なかったんじゃないのか」
「いや。ボクは重要な話は当事者だけで済ませるべきだと考えるし、はやし立てるような外野がいる環境は好まないのでね。だからこそ、キミにわざわざここまで足を運んでもらったんだ」
「そうなのか。とは言っても、当事者は別に俺たちだけってわけじゃないだろ。他に検討してる仲間はいないのか?」
「いない。ボクとキミだけだ。それは今後も変わる予定はない」
あまりに自信満々に断言した彼女に、俺は眼を細くせざるを得なかった。
「――どういうことだ?」
「言い方が悪かったかな。学校に申し込むといった、公での体裁はチームとしてだが。ボクの望むキミとの関係は、そうだね、相棒と表現した方が正しいだろう。あくまでもキミ個人に、ボクと一緒にいて欲しいと考えている。それこそ、我らが祖先と先ほど言ったワトソンのようにね」
「……なんで俺なんだ。そっちが強襲科のままならともかく、探偵科の神保と装備科に過ぎない俺じゃあまりにバランスが悪すぎる」
チームは基本的に攻撃型や支援型に別れており、それぞれが連携を組むことで事件を片付ける。こんな方向性のはっきりしないパーティーじゃ、学校も承認するはずがない。
より連携を高めるために両方を一緒くたにしたチームを組む事もなくはないが、かなり珍しい。
それも二人っきりで、だなんて。
「そもそもボクが求めるのは、そう言った単なる専門知識の相性補完などではないのだが……良いだろう。キミの理屈に当てはめると、ボクが強襲科だったことも知っているね。そしてキミも、決して装備科の能力だけではない。違うかい」
「なにっ――《
彼女は平然と笑ったまま――突然の指摘にこちらが動揺した隙を狙って、何の前兆もなく銃を抜き放つ。そして、なんとそのまま発砲してきやがった!
なんとか寸前で発動した強化が間に合い、銃口の向きから射線を特定、回避したものの――バシュッ!
飛来する銃弾は、俺の横髪を擦って通り抜けていった。殺意はなかったが、今のは
「何するんだ! 当たっていたら大変な事になってたんだぞ!」
睨みつけるが、彼女はむしろ困ったような顔を浮かべる。
硝煙の匂いが漂う中、彼女はスカートの中に銃を片付けつつ首を傾げる。
「なぜそんなに怒るんだい? 避けられるという信頼を含めて撃っただけのことなのに。現にキミは避けただろう」
「そんなのは言い訳だ! お前はたった今、人を殺しかけたんだ!」
「ふむ、ボクからしたらそんな認識はなかったんだが……。気分を損ねたというのなら、素直に謝るよ。すまないね、宮本クン。だが、これで結論は示された――この至近距離での銃弾を避けておきながら、まだ装備科に過ぎない、と言えるのかな。教務課だって、強襲科としての適性も高いキミとなら一貫性のあるチームとして認めるだろうね」
澄ました顔でそうつらつらと述べる神保に、俺は冷や汗を流していた。
――なんて奴だ。いくら何でも仲間を信じているからと言って、殺そうとするやつがいるか。こんなのは、いくら血の気が多い武偵の中でも普通じゃあない。
図らずも俺は、彼女の二つ名がなぜあれほど物騒なものなのかに納得してしまった。
智略の、《魔女》。人の想像もつかないような所業を容易く行うからこその、その呼び名。
「……さて、どうだろうな。ともかく相棒の件は無かったことにしてくれ。仲間に発砲する奴なんざ珍しくもないが、殺そうとしてくる奴の隣になんて立てるか」
「殺そうとしたわけではないのだがね。キミも、まさか今ので死ぬと思った訳じゃあるまい。――それとも、そんなにその立派な力を振るいたくないのかい?」
その指摘に、思わず俺は彼女に詰め寄ってしまいそうになった。
……立派、ねぇ。蘭豹も強襲科の連中も、皆俺の戦いを見ればそうはしゃぎたてる。
――だが、この力は決してそんな上等なものじゃないんだ。
「ああ、そうさ。お前らからしちゃあご立派な力でも、俺にはこれを使わない理由があるんだ。武偵高に居るのも、望んだわけじゃない。今更普通の学校に通えないから、ひとまず戦わないで済みそうな装備科を選んだだけなんだ。……期待に応えられなくて、悪かったな」
こちらの用はとっくに済んでいるんだ、これ以上付き合う必要はない。
俺はそう吐き捨てて言って立ち去ろうとする――だが。
次の彼女の言葉に、俺の足は強制的に屋上の冷たいコンクリートに縫い付けられた。
「――《巌流島事件》。その真相がキミの心を、未だに深く縛り付けているというのかね」
「……何が言いたい」
ジャキッ――今度こそ、手に取ったトンファーを握りしめる。
《巌流島事件》、それだけなら俺の過去を調べればすぐに辿り着くから気にも留めなかった。だが、その《真相》とまで言われては俺には立ち去るなどという選択肢はなかった。
敵意を露わにした俺に対して、彼女は拳銃を抜きもしない。
意味深に、笑みを崩さないままこちらを見つめている。
――リン、ゴーン……と昼休みの終了を知らせるベルが鳴る。
だが、それを理由に彼女から別れるには、あまりにもその単語は俺にとって特別すぎたんだ。